天然お嬢様気質
「こんにちわ、雫」
「やあ、雫」
「こんにちわ」
手を振るアルメイダさん、カミロさんが陽光に眩しい。
日差しには乾燥と音楽がある。
彼らとの待ち合わせはカラカス着任初日に安原さんと落ち合った広場だった。
お化けみたいな巨大キノコのオブジェが林立するこの場所は全体的なフォルムがちょっとシュールだ。
ショッピングモールに接続されるこの広場は、人の行きかいも賑やかだが、やはりその中でも彼らの美は際立っている。
- お似合いカップル、だなあ。-
ほふう、と妙なため息が出そうになるが、堪える。
すると、アルメイダさんがこちらをまじまじと見てきたので、わたしは首を傾げる。
「何か?」
「んー」
すんすんと匂いでもかぐように、くっきりと整った鼻を近づけてくる。
彼女の行動に、わたしはガブリエルさんを思い出した。
昨夜の彼もこんな感じで顔を近づけてきて、汚水の臭いを指摘して、わたしに投げ飛ばされたりした。
何か恥ずかしいことにわたしは気付いていないのだろうか。
でも流石にアルメイダさんを投げ飛ばすわけにはいかない。綿貫雫はおしとやかでなければならないのだ。
「香水、何を使っているの?」
「カルヴァン&クラインです」
控え目で自然な香りのこのブランドを、わたしは気に入っている。ただし病院では香水を嫌がる患者さんも多いので、TPOとしてつけない。
が、今日は美術館に夜はカミロさん宅でパーティだ。
お気に入りの香水の出番なのである。フルーラルミントと微かな薔薇の香り。どちらか迷ったが、結局微かな薔薇の香りにした。
プンスカ号のメンテナンスで、思った以上にガソリンの臭いが全身に染み付いたので、わたしは事務所のシャワーを使わせて貰った。
旗日はもぬけの空となるこの事務所には、何故か仮眠室やシャワーがある。まあ、カラカスは基本設備が充実している。高所得者層用のマンションは、びっくりするほど広い。
空間の使い方が贅沢だったりする。
斜面にレゴブロックみたいな住宅がひしめくバリオスとは大違いだ。
これが貧富の差というものだろうか。中央のマフィアさんたちが、伝統的に強盗に繰り出してきたのも、分かる気がする。
激しいというより、眩しすぎるのだ。
灼熱と帯びた日差しと、巨大キノコが作る影くらい、差がくっきりとし過ぎている。
話がそれた。
まあこれはいつもの事である。何かにつけてベネズエラの社会情勢に思考が飛んでしまうのは、どういう事だろう。
東洋人への差別が激しいこの国だけど、安原さんは『これからの国』と言った。
発展する途上の国。でもわたしには、没落の途中の国にしか思えないし、恐らくそれは間違ってはいない。そしてその事に悲哀を覚える。
悲哀を覚えるのは、情を抱いているからだ。
それは、綿貫雫のみならず、多濡奇としても……。
「新しい服の香りに、薔薇がちょっと馴染んでいないわね。今日買ったばかりでしょ? その服」
「え、あ、はい」
アルメイダさんは名探偵だったのか。
その通りである。
ガソリンの臭いが思った以上に染み付いたので、わたしは彼らとの待ち合わせの間に、ショッピングモールで買い物をした。
送ってくださった安原さんが、夫婦で買い物の付き添いを申し出てくれたが、そこは断る。
ノエミさんに悪いし、バナナ・パイの戦いでわたしは完敗したのだ。
ここは1度引くべきだとの判断があった。
いや、落ち込んでいるわけではない。が、やっぱり響いているのかもしれない。
やけに明るい柄のプリントTシャツを買ってしまった。
緑、青、赤のストライプの地にまん丸黄色の笑顔マーク。音楽番組とかのADが着てそう。
「薔薇の香りという柄ではないな。そもそもブランドの選択が悪い。僕はブルガリ以外の選択肢を認めたくは……ぐ」
横から茶茶をいれてきたカミロさんの脇を、アルメイダさんは肘で小突いて、笑顔を作った。
「とりあえず、車に行きましょう。話は車内で聴くわ」
「え」
踵を返すアルメイダさんに、わたしは戸惑った。折り入って話すべきことなどあるのだろうか。
「顔でばればれよ。今日、雫、落ち込むことがあったでしょ。話を聴くわ。友達なんだから」
「ふむ。所見としては……」
「カミロは余計な事言わない。行くわよ」
歩き出すアルメイダさんの背に、わたしは何故か物凄い安心感を覚えた。
彼女の天然お嬢様気質がなせるわざなのか。または、友情が本当にわたしたちの間に成立しているのか。
どちらかはよく分からないけれど嬉しい。
でも、何をどう話せば良いのだろう。
わたしはちょっと悩ましく思った。




