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とある戦闘

 - 1997年 -


 わたしは、長物を構える3人の黒服の男たちと対峙していた。

 

 年齢層は3者3様だ。

 白髪の老人、ちょび髭の中年、それに幼さを顔立ちに残す少年。

 

 彼らの瞳にはわたしが映っている。

 ブルージーンズに黒のトレーナー。黒のショートボブ。

 顔は小さく丸い。目は結構くりっとしているけど25歳だけあってお肌は曲がり角だ。

 ちょっと悲しい。

 村人という怪人特有の目の良さも、こういう時はあまり嬉しくない。


 と、どこかで哀愁をおぼえているうちに、1人が先陣を切った。



 肩の上に長物を振りかぶった中年。

 彼が床を蹴ったと思った刹那、ぞわっとした。

 わたしの首、皮一枚に接近する刃先。

 頸動脈を狙った袈裟斬り。

 恐ろしく(はや)い。


 瞬間的に斜めに避ける。加速する意識。


 刃渡りの長い刃は蛍光の明かりを反射して、蛇くねるような紋様が空中をきらめく。

 とても美しいと思った。


 ちょび髭中年の動きは洗練されている。

 それは美を感じるほどに。


 そう。

 彼らの一挙一投足には、無駄を極限まで()ぎきった者しか出せない何かがあった。

 目が自然とひきつけられ、感嘆の息がもれかける。


 惚れ惚れしつつも、目の端は一般人の存在を探すが、3人衆以外の気配はない。



 ここは敵のアジト。

 でも表向きは廃れて久しいウォーターパークである。

 プールの水は抜かれているはずだが、天井を覆うビニールシートの裂け目から、雨水が流れこんでいる。至るところに散らばっている水たまりは、ざらざらとした特殊材の床一面に、マーブル模様を展開していた。


 その水は生命の元。

 ここも例外ではない。


 どのたまりにも、菌糸を伸ばすカビや、青草などで生活する昆虫たちの小さな生態系がちゃんと営まれている。


 わたしはその一つに足を突っ込む。

 靴底がずるっと滑った。斜めに体勢を崩す。


 先程空振りした中年男とは別の男が、長い得物を振りかぶった。

 男の子と言ってよいほどに幼い顔立ち。

 力みなく振りかぶられた長物が、照明に煌めく。


 この男の子みたいに背筋をしゃんとして薪割(まきわ)りをしたら、綺麗な薪ができるのだろうな、と思う。


 彼の長物の先は、正確にわたしの首を捉えている。

 つまりこのままいくと、わたしの首と胴は鎖骨を境として明快に寸断されるだろう。

 それは駄目だ。


 わたしの体勢は相変わらず崩れっぱなしだった。

 が、立て直すひまもないので、そのまま彼の手首を蹴る。


 骨が潰れる音と感覚。


 腕から色々飛び出ている手首だった何かの惨状に、少年の瞳が大きくなった。

 刃物を握ったまま、呆気に取られている。


 ごめんね。村人(わたし)は怪力なの、とか言ってあげたい。

 けれどわたしは崩れまくった体勢を立て直すべく、水溜りに手をついて胴をねじりながらくるくるとしている最中である。

 逆立ち状態のブレイクダンス。わたしは何をしているのだろう。

 

 


 長物を空ぶったちょび髭中年。

 わたしに手首を潰された少年。


 彼らの奥の老人が突きの構えを取った。

 沖縄の魚を思い出す。こんな魚がいた。ダツだったけ。

 光に突撃する魚だ。

 ……と、物凄くどうでも良い豆知識を思い出してしまうのは、わたしの悪い癖だ。



 しかし、いたいけな20代半ばの女子に、容赦のないことこの上ない。


 初めの空振り男も、肩の上に斜めに、同じ構えをしている。


 それは正しい。

 そもそもこんな体勢で逆立ちブレイクダンスとかが、ふざけているのだ。

 いや、それ以前にコムサのスニーカーなんか履いてきたのが間違っている。

 足場が悪いと分かっていたはずだ。


 2つの刃先は、トレーナーの余裕部分を貫いたけれど、幸いにして肌や肉までは届かなかった。

 ダイエットをしていて良かったと思う。


 後方に飛び退(すさ)り天地を回復。

 彼らと距離をとってから、改めて向き直る。


 つかの間の沈黙。


 交錯する視線。


 わたしは一度、(まばた)きをした。


 それからゆっくりと口を開く。


「これは、雪解けの歌というの」

 できるだけ優しく言ったのち、歌を口ずさんだ。


 初めは小さく、でもすぐに大きく響き渡る歌声-。

 


 


 わたしの鼓膜に渦巻くそれは、肺を伝って喉から解放され、旋律となって彼らに届く。


 これはわたしの歌だ。

 そして廃れたウォーターパークは、リサイタル会場なのだ。旋律を聴かせてはいけないヒトがこの場にいない事は確認した。わたしは歌えるのだ。


 ……歌い終えると、男たちは全員、水垢で汚れた床に倒れていた。


 体を色々な方向にねじっている。

 口や眼は大きく開かれて、それぞれの奥に収められていたものが、水揚げされた深海魚みたいに、まぶたや唇の先からせり出している。

 彼らの眼球も胃袋も独立した生き物みたいに、かすかに動いているので、少しの悲哀を覚える。

 臭気のために鼻に力が入る。でも、悲しんだり、遺体を整えてあげられる時間もそんなにないので、転びかけた時に手についた水垢や泥を腰のジーンズに擦り付けて落としながら、守衛室に向う。


 足早に歩きながら、雪解けの歌に倒れた男たちの冥福を祈る。


 守衛室に着く。

 屈強そうな男たちがいたけれど、見かけ倒しだ。

 先ほどの三人衆の方が、よほど強い。


 それに、村人(わたし)相手に銃とか、ナンセンスもはなはだしい。

 手早く制圧してから、マイクのスイッチを入れる。

 全館放送だ。


「今から歌います、ね。これは、雪解けの歌、です」

 空気を肺に一旦吸い込んでから、また歌った。

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