みんな、五分で読み終わるから、マイナー作者のおれが小説をうまく書けない時、どんな風になっているか見て行ってくれないか?
もう既に九月に入ったというのに、まだ気怠い暑さが後を引く今日この頃。
外に出れば朝でも例外無く、嫌な温度と湿度が肌に纏わり付く。
太陽は己の退き際を知らずに、俗世に向けて元気満々な日光をお構いなしに照射する。
「うっわ。今日もこんなに暑いのかよ……」
アパートの外に出ると、我慢強いおれでも思わずカチンと来てしまいそうな程の暑さが肌を焼く。
いつになったら秋が来るのやら、と心でため息を吐きつつ、イヤホンを耳に捩じ込んだ。
「少しでも涼しげな音楽を」と聴覚からですら涼を取ることを求めてしまう。
ささっと曲を選んで横三角の印をタップ。
再生される爽快な音楽に集中するも、瞼を落としてしまいたくなるような日差しによって阻まれる。
太陽から逃げる為に、街路樹の影を渡りながら歩く。
それでも暑さから逃げられる事はなく、すぐに額から大粒の汗がにじみ出て来た。
どう足掻いても、こいつからは逃れられない。
諦念がおれの心を満たして行く。
今日の太陽は特に、おれをそんな気分にさせた。
−−−−−−−
「よっこらしょー!」
暗くなる前に部屋に帰ってくると、着ていたTシャツを洗濯機にぶち込み、服がてんこ盛りのソファーに身を投げ出した。
それにしても暑い。
エアコンのリモコンを探す。
普段からこまめに掃除でもしてれば、こんな風にリモコンを探す手間も省けるんだけどな。
リモコンはソファーの上に散らかる服の中に隠れていた。
こんな風に言うと、まるでリモコンが生きているように聞こえるが、おれの思うに多分こいつは生きてる。
まるで「少しは相方を休ませてくれ」と言わんばかりに、いつもどこかに行ってしまうのだ。
まあ、すぐに見つけ出して「ピッ」っとやるけどな。
「フルパワーで働け、決してサボるなよ信号(16℃ フルパワー)」を受けたリモコンの相方、エアコンは気怠そうな音を垂れ流しながら、冷たい息を吐くのだった。
少し早いが飯にしよう。
といっても夏バテのせいか、そこまで食欲が無い。
冷蔵庫に豆腐あったから冷奴でいいや。
冷奴をつるりと食い上げると、おれはブクマに入れていた小説を読み出す。
ふむむむ……おもしろい。
みんな本当に面白い作品を書くよなぁ。
「そうだ。おれもそろそろ書こうかな」
執筆を思い立ってパソコンを開く。
スリープ状態の画面はなかなか立ち上がってくれない。
早く起きろ! とキーボードをカチャカチャ叩く。
「ふえ? あ、おはようございますぅ」と言う声が聞こえて来そうなほど迂愚で頓馬で頓痴気にスクリーンが目を覚ます。
あーもう、後ろにコンがつく家電はみんなダメだな!
エアコンにもリモコンにもパソコンにも罪はないのだが、自分の惰性をすぐに物のせいにするのは、おれが一番ぽんつくだからだろう。
「さて、『でべそ』の方はこの間書いたから、今日は『不確定』を書き進めようかな」
テキストエディットを起動して、プロットを右脇に開きながら執筆していく。
おれは今、『でべそ』という勢いだけのコメディーと、『不確定』というファンタジーモノの二本を同時に連載してる。
元々読み専のおれが何となく始めた執筆だが、『不確定』を何話か書き進めて行くうちに楽しくなり、「自己満足でも良いからコイツは完結させよう」と心に誓ったのだった。
ちなみに『でべそ』の方はプロットも何もないので、いつ完結かもわからない。
『不確定』は所謂、異世界ファンタジー物なので、魔物とか魔法とか地名とかすべてがフィクションなわけだ。
そうすると、どうしても細部まで設定する必要があり、ストーリー進度を追いながら文章中に情報を鏤めなくてはならない。
まあ、必ずしもそうしなければならない訳ではないのだが、おれは若干、設定に振り回される節があるため、そうなってしまうのだ。
細かい規則が気になるA型の性なのかも知れない。
なんて言っても結局は自分の実力不足なだけなのだがね。
そして一時間が経過。
1500字くらい書いただろうか。
一応、一話4000字〜5000字を目安にしているので、2/5くらいまで来たか。
読み返してみる。
ふむ……
元々書くつもりじゃなかった情報が少しあるが、まああってもいいか。
それから、こことここが誤字で……
こんな感じで中間添削をしながら、再び執筆し始める。
執筆は楽しいが、集中が乱れる時もある。
お湯を湧かして苦めのコーヒーを淹れる。
そいつを飲みながらヘッドホンを装着して音楽を聞きながら再びパソコンに向かう。
さらに一時間が経過。
目標の文字数とストーリー進度を達成。
あとは添削だ。
おれは鮟鱇の様に大きな口を開けて欠伸をしながら、さっと読み返す。
ここの描写はいらない。あとで削除。
このキャラの台詞に説得力がない。あとで情報追加。
ここは展開が急だからワンクッションほしいな。
大まかなアウトラインが出来上がって来た。
さて、もう一度書き直しだ。
ここの描写はいらないっと。バックスペース連打ァ!
うおおおおおお!
あとは……このキャラの台詞の根拠は、こういう背景から出て来たんだよね。
おれの脳内で物語の鮮明な光景が映像となって浮かび上がる。
追加情報カチャカチャ……
ん? このキャラ、なんでこんなに動くんだ?
待て待て! 止まれ! おい!
え? お前も暴れんの? 二人の掛け合い!?
気がつくとキャラ二人が600字くらい暴れてた。
「まったく、こんなに暴れやがって。暴れるにしても100字くらいにしとけっての……」
と言いつつも、キャラの暴れっぷりはなかなかよかったので、本文に盛り込む事にする。
「あれ? そうするとさっき削除した描写がないと、この展開は強引過ぎるな……」
バックスペース連打を後悔しながらも、先ほど削除した描写をさらに書き込む。
そしてまた新たな矛盾点に気がつく。
ここでは三日経ってるのに、三日でこれしか行動してない主人公ってどうよ?
この主人公『シゲルくん』はチートっ気あるけど、行動派なのだよ。
ええい! 情報追加追加ァァアッ!
カチャカチャやりながら、ふとスクリーンの右側に開いていたプロットに目をやる。
そう言えば、この章って若干恋愛要素含むんだよな。
なら、少しでも主人公の心理描写がないと、後から説得力が足りなくなるだろ。
プロットには、この回の大まかな流れが書いてある。
しかし、細かな行動については書いていなかった。
人間の心情を描写する為には、キャラの細かい行動に対しての心理的作用を書かなければ!
といってもおれ、恋愛ものとか書けないYO!
カチャカチャ……
書いてみた。
なんだこりゃ? って感じの出来だ。
おれは頭をくしゃくしゃ掻いた。
−−−−−−−
他の箇所も含め、修正する事三十分。
読み直すと、プロットにとらわれて、起伏の少ない平淡な文章になっていた。
つ、つまらん……!
むしろ、いじる前の方がおもしろかった。
これは、あまり手を加えすぎない方がよかったのか。
てか、若干足が結構冷えてる。
二時間以上もマックス業務をこなしてくれたエアコン殿を休ませなくては。
おれはヘッドホンを外し、リモコンをエアコンに向ける。
「おつかれ……ピッ」
ええ、大変疲れましたよ、と伝えたいかのように徐々に音を低くするエアコン殿。
「あれ? 電話だ」
ヘッドホンをしてて気がつかなかったが、不在着信が二件あった。
友人からの電話だった。
折り返し電話する。
「もしもし、どうした?」
『おう! なあ、飲み行こうぜ』
はあ、また飲みの誘いか……
「いや、今日は用事があってな」
『何の用事だよ? お前んちの近くの店だぞ』
執筆の事は言わない。
「まあまあ、悪いけど今回はおれ抜きでやってくれ。そんじゃ!」
『あー待て……! プツ』
ポチっと一方的に通話終了。
実は、自分が小説を執筆しているのは周りには内緒なのだ。
というのも、見られたら恥ずかしい!
他の作者さん達はどうか分からないが、おれの小説はトップシークレットなのだ!
さてと。
またパソコンに向き直る。
一体どうしたものか。
読めば読むほどつまらない。
自分で言うのもアレだが、前話も前々話も面白く出来たと思う。
なぜ今回はこんなにダメなんだ。
「まあ、直さない事には始まらないよな」
おれは修正作業に入る。
だが、もうどこをどう変えたら良いか分からない。
お手上げ状態だ。
それでも手は動かす。
カチャカチャ……
「2020年。大型クルージング船『ウインドボヤージュ号』は太平洋西部にて突然消息を絶った。何かの事故により沈没と思われたが、当時の現場海域の天候は良好、SOS信号の発信もなかった。この謎の大型船消失事件を追う一人の少年モリスと、千葉県の砂浜に打ち上げられた記憶喪失の銀髪少女が出会い、物語は大きく動き出す!」
……はっ!
なんだ!? 頭が勝手に考えてた。
めっちゃ面白そうな話じゃねーか!
っと、いかんいかん!
集中力が乱れてる!
今は『不確定』の執筆だ!
よーし! カチャカチャ……
「波津根高校三年生、小野寺裕樹は、隣の涼賀丘女子高校に通う夏川悠に一目惚れし、卒業式の一週間前に意を決して告白する。そして、見事にOKをもらう。しかし、悠は高校卒業後、地元を離れて農業大学に進学するという。涼賀丘女子高校の卒業式は十日後。出会ったばかりの二人に残された時間は十日間。この恋は一体どうなってしまうのだろうか。タイトル『十日後の桜』」
……って、おいおい!
変な事ばっかり考えんなよ、マイブレイン!
ああ、頭痛い。
さあ、真面目にやるぞ!
カチャカチャ……
「みなさんは『ワットルカップキャタピラー』という芋虫をご存知だろうか? 緑色の胴体に赤と青のストライプの毒を持つ芋虫の事だ。大変珍しい虫なのだが、先日この芋虫に大型の個体が確認された。しかもその個体はなんと人の言葉を操り『ハロー♪ 神様だよ☆』と流暢な……「やめろぉぉぉぉぉおおああ!!」」
おれはすっかり冷めた苦いコーヒーをグビグビと飲み干した。
はぁはぁ……
疲れた。
ほらみろ、
おれなんて書き出しと後半の雰囲気も統一出来ない、いちマイナー作者さ……
自分の脳みそも制御できないなんて。
やめだやめだ!
書き上げられなかったからもう寝よう!
マイナー作者のおれが小説をうまく書けない時。
大体、こんな感じだ。