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終章

終章


「まったく、王家の所為で散々な目にあったな」

王城広場での交戦から数日、ようやく事後処理がひと段落ついた。

 怪我人の治療には宮廷の医官と宮廷魔術師、イドとシャーロットが総出で狩りだされたが、おかげで被害は比較的少なく抑えられた。

 倒壊した建物を再建する資材の運搬は、ウルリヒの手下が引き受けてくれた。おかげで人間だけを勘定に入れた最初の再建計画よりもずっと早くに復興できそうだ。

 今の今まで怪我人の看病や今後の王都再建、補強計画の企画に奔走させられていたイドは、城内に与えられた客室でようやく一息入れることができた。

「お疲れ様。お茶でもいかが?」

「ああ。もらおう」

 客室は金の額縁に囲まれた天使の絵や、白磁の花瓶にいけられた真っ赤なバラで装飾されていた。絨毯やふかふかのソファはバラと同じ赤色で統一されている。いつも簡素な家で、漆喰の壁や剥き出しの木の床に囲まれている主従にとっては落ち着かない贅沢さだ。

 丁度休憩をもらえて一休みしようと淹れていた紅茶をイドの分のカップにも注ぐ。お茶請けは厨房から貰ってきたクッキーだ。

「家に帰してもらえそう?」

 カップが半分ほど空になった頃にシャーロットが尋ねた。

 この数日、イドは散々引き止められ、シャーロットも城に仕える気はないかと再三の要請を受けていた。イドにはアーサーが、シャーロットにはグロリアが纏わりついて説得に当たっていたのだ。

「許可など下りなくても、仕事が終われば帰るさ」

「それもそうね。ウルリヒ達はどうするの? いくらオズの策略に利用された結果とはいえ、村を破壊して魔物を引き連れ、王都に攻め入った竜を無罪放免にすることはできないでしょう?」

「それについては考えてある。そろそろ話そうと思って連中を呼んでおいた。もうすぐ来るんじゃないか?」

 一杯目の紅茶がなくなる頃になって、客室のドアがノックされた。

 シャーロットが出迎えに走り扉を開ける。その向こうにはすっかり見慣れた顔ぶれが勢揃いしていた。

「呼びはしたが全員同時に来られると面倒くさいな。敵対していたくせに、何故雁首揃えてるんだ」

「何度も説明するより楽だろう?」

「椅子が足りんだろうが。まあ良い、野郎は立ってろ」

 言った本人が立ち上がらないところはさすがである。

 部屋を訪れた顔ぶれは以下のとおり。アーサー、グロリア、ジャスティン、ウルリヒ、ウルリヒに抱きかかえられたアースラだ。

 本来重要な会議に参加できる立場にはないジャスティンは、ウルリヒの城に潜入した協力者としてアーサーから呼び出しを受けて連れて来られたらしい。

 アースラの足は既に治療が始まっていて、象のようだった足はほんの少し細くなり、感覚を取り戻しつつある。

 アースラとグロリア、ジャスティンは面識がなかったが、あの戦が終わってから当事者同士思うことがあったらしく何度か会談の場を設けていた。おかげで和気あいあいとまではいかずとも、目が合えばぎこちなく微笑む程度には歩み寄っている。

 テーブルに備えつけられた椅子は四つあった。さすがにアーサーを立たせるのは気が引けたので、シャーロットは即座に立ち上がりその椅子を彼に勧め、自身はイドの斜め背後に移動して控える。前方のイドが小心者めと呟いた。

「それで、病床のアースラまで呼び出したのだ。重要な用件なのだろうな?」

「お前達夫婦にとってはこの上なく重要な話だと思うがそれは後回しだ。まず俺達は今一度はっきりと意志を示しておく必要がある。何分、物分りの悪い兄妹がやかましいからな」

 イドはじとりと王族二人を睨みつけた。アーサーは相変わらず飄々としているが、グロリアはびくりと肩を振るわせた。

「アーサーが俺を引き戻そうとするのはまだ理解できる。が、グロリア、うちの助手を引き抜こうというのはいったいどういう了見だ。こいつは身を守る術には長けていても、他人を守る技量は浅い。傍においてもお前の役には立たないぞ」

「そういうことではありません。シャーロットは私にとって数少ないお友達です。だから、傍にいてほしくて……。宮仕えが無理なら、せめて王都に住んでくれればいつでも会えるのにと……」

 語尾が尻すぼみになっていく。わがままを言っていることは自覚しているのだ。

「オレの妹を守り抜き、本気でなかったとはいえ竜と対峙して生き残り、あげく説得してこちらに引き入れた。役に立たないことはない。助手殿の判断能力と人望は充分将来有望だ。あんたがこだわるだけはある」

「だからしつこく勧誘したと。馬鹿。こいつに決定権がないことを、お前は知ってるだろうが」

「確かに、助手殿に決定権はないかもしれない。けどな、イドシュタイン。あんたは、助手殿に本気で懇願されれば折れるだろう?」

「いえいえ王子殿下、それはないかと」

「折れるさ。そもそもこいつが土地や財産を取り上げると脅したくらいで屈するはずがない。オレの目には、助手殿の必死のお願いが効いたように見えていたんだが」

「見間違いだな。医者を呼んで一度診てもらえ」

「ならあんたがオレの主治医になってくれ」

 再会以来ずっと続いた勧誘をお断りするはずが、一周回ってまた勧誘。この堂々巡りを終えるべく、イドは親指でウルリヒを指差した。

「無理だ。俺にはこいつを監視する役目がある」

『――はい?』

 王家のみならず、空気を呼んで黙っていたジャスティンまでもが首を傾げた。

「愚かなことに利用されただけとはいえ、国に仇なした竜を放置できるわけがないだろう。かといって、お前達で管理できるのか? 無理だな。こいつを怒らせたりしてみろ、王城が町ごと消し飛ぶぞ」

 イドが矢継ぎ早に捲くし立てる。 

 彼の考えはすぐに理解できた。この夫婦を城を出る口実に利用するのだ。

「あー。まあ、アースラさんの治療も要継続だしね。オズに植えつけられた病魔の呪いが深く根付いてしまっているから、一朝一夕の治療では治せないし」

 ジャスティンとアースラの違いはそこにあった。

 二人が発症した病は魔力の循環障害。普通なら魔術師が魔術を行使して魔力の流れを正常に戻してやれば、たった数分の治療で根幹の治療は完了し、あとは時間が解決してくれる。しかし、アースラはオズの呪いで発症した分、魔力の流れを妨害している呪詛を取り除くという作業が必要になるのだ。そのため、イドの見立てでは半年間は治療が必要なのだそうだ。

「お二人を城で保護なんて、国王陛下がお認めになるとは思えません、よね?」

 してやられたとばかりに頭を抱えて反論を考える王家二人に、ジャスティンが控えめに現実を告げた。

「私が説得を!」

「無理だな。お父上がオレ達の話を聞くはずがないし、何より民の安寧を願うなら、彼等はここに置いておくべきではない」

「そんなあ」

 その落ち込みようは、うっかり割った花瓶の隠し場所がばれたときの子供のようだ。

 グロリアも少なからずウルリヒやアースラと言葉を交わし、二人が悪人でないことは理解した。だからこの数日も、同じ城に寝泊りしていても気に病むことなどなかった。だが、兵士や城下の民は彼等の人となりを知らない。所詮は王都に攻め入った侵略者で、姫を攫おうとした悪者なのだ。

 当然国王はリスクを負ってまで彼等の身元を引き受けることはしない。仮に引き受けることがあるとすれば、それはあくまでも幽閉という形になる。しかしウルリヒが大人しくしているはずはないし、シャーロットが許さない。彼女自身に権力がなくとも、彼女が騒いで被害を被るのはイドだ。イドの言なら国王も無視はできない。彼等を城に残さないよう手を回すのは、イドにとって容易なことなのだ。

「落ち込まないでグロリア。ずっと傍にいてあげることはできないけど、手紙を書くわ。それにときどき遊びに来る」

「――本当に? 約束ですよ?」

「ええ、約束。友達に嘘はつかないわ」

「じゃあ、あなたをお城に迎えることは諦めます」

 それはもう無念そうに渋々と、しかし確かに頷いて、グロリアはわがままを飲み込んだ。妹が聞き分けたのだ。兄がいつまでもぐずることはできないと、アーサーも観念した様子で肩を竦めた。

「お城を出て行かれるのなら、皆さんはどこに居を構えるおつもりで?」

 会話が一区切りついたところで、ジャスティンが素朴な疑問を口にした。

「今まで住んでいた森は王都から近すぎるわ。引っ越す予定で準備も進めていたし」

「それなんだが、ウルリヒ。お前の城に滞在させてもらえないか」

「私の城に? それは構わんが、知ってのとおり人里からは遠いぞ」

 山脈に囲まれた大自然のど真ん中だ。人間が生活するにはおよそ不向きな環境といえるだろう。

「元よりそういう場所を選んでいる。お前だって城を空けるのは本意じゃないだろう。部下に城を乗っ取られたらどうする」

「手下の魔物達が主の不在を良いことに、人里に下りて遊びまわられても困るものね。ウルリヒという主はそのまま据え置いた方が安全だわ」

 もっとも、オズという人間の裏切り者の所為で、ウルリヒ側にも反逆者が出て痛手を負っている。人間の魔術師が歓迎されるはずもないが、イドならば間違いなく一晩で黙らせられるはずだ。

「お前だって、オズに奪われた魔力が回復するまでの間、身を守るための保険は欲しいだろう。人の親切は素直に受け取っておけ」

 これはアーサーを追い払うための口実であり、目的にのっとった親切の押し売りだ。そう知っていて、シャーロットは白々しくたたみかけた。

「そうよ。イドがこんな良心的な提案をするなんて珍しいことだもの。気が変わる前に頷いておいた方が得よ」

「助手殿。君は時折辛辣だな」

「すみません。どこかの誰かに育てられるとこうなるみたいです」

「その気持ちはわからんでもない」

 ここでも親交が深まりつつある若者達に、イドは面倒くさそうに舌打ちをした。

「なんだか申し訳ないわね。グロリアさんからお友達を引き離してしまって」

「アースラさんが気に病むことじゃありませんよ。放っておいてもイドはまた引っ越すつもりだったんですから。荷造りも途中まではできてますし」

 アーサーに見つかって以来、ちまちまと進めた荷造りは、途中で放棄されたまま森の屋敷に取り残されている。

 貴重な文献や、乾燥させた薬草も数多く残したままなので、荷造りの続きをするべく一度帰る必要がある。もうしばらくは休めそうもないと、シャーロットは苦笑した。

「随分周到なことだ」

「疫病神の王家から逃げ回っていたんでな」

「次の居場所が知れているだけまだましか」

「次はない」

 それはもう忌々しそうに吐き捨てた。

 グロリアとアースラが同時にくすりと笑った。

 続くイドとアーサーの応酬を、ウルリヒとジャスティンが呆れた目で眺めている。

 まるで夢のような光景だった。

 幻想的とか、奇跡的とか、そういう意味ではない。重なり合うはずのなかった二つの日常が、今こうして織り交ざり、自分達を取り巻いている。

 初めて経験した大きな戦いが終わったことを今になって痛感し、今になって指先が震えた。

 指の震えが教えてくれる。この場所は、イドが与えてくれたものではなく、自分の力で両者を繋ぎ勝ち得た人生の戦利品なのだと。

「シャーロット、どうかしましたか? 指が……」

「いいえ、何でもない。ほら、何でもないでしょう?」

 グロリアが伸ばした手を包んで見せる。指はもう震えていなかった。

「シャーロットは温かいですね」

「グロリアの方が体温高そうよ。健康的で何よりだわ」

「当然です。次にまた会えるまで、私は元気でいなくてはならないのですから」

「良い心がけだわ」


 翌日には城を出て、森の屋敷に向かった。

 重い腰を上げたイドが荷物を整理し始めると、引越しの準備はあっという間に完了した。

 ウルリヒとアースラは先に帰ったので、彼等の城までは二人旅だ。とはいえ、怪鳥の背に乗って、ほんの数時間の旅なのだが。

 一年ほど住んだ家を離れることになったのに、何故か気分は懐かしかった。

「自分から言い出したとはいえ、面倒なことになったな」

「思惑があったから、アースラさんの治療とウルリヒの監視を買って出たのでは?」

「竜の鱗は貴重な素材だ」

「そんなことだろうと思ったわ」

 いつもどおりだ。この数日が夢だったかのようにいつもどおりだった。

 魔術師とその助手に日常が帰ってきた。


「落ち着いたら、また皆で集まりたいな」

「馬鹿を言え。やかましくて敵わんわ」


 そこに嫌悪の色はなく、彼もどこか楽しそうだった。

 シャーロットは微笑みながら、かつての我が家に別れを告げた。


 魔術師とその助手は、新しい家で、新しい日常を歩み始める。


終わり

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