第8話 魔法の弾
「いいとこに目をつけたぜ、ジョン。お前がにらんだとおり、実はこの弾がどうも怪しいんだ」
「そうだろ?やっぱり、そう思ったんだ。前に映画見たとき、ちらっとそんな話が出てきたような気がしたしさ」
「うん、確かにあの映画にも出てたな。
まず、暗殺事件を調査したウォーレン委員会は、オズワルドが一人でぶっ放した3発のうち、一発がケネディとコナリーの身体を通ったと主張した。
でも、それにしちゃ、どう見ても弾の通り道がおかしいんだな。
それが巷で言うシングルブレット(単発弾)理論、またの名をマジックブレット(魔法の弾)理論って呼んでいるやつさ」
「なっ、なんなんだよ、それ?」ジョンは目を丸くして聞いてきた。
「まぁ、ここの項目をまず読んでみろよ」ステファンはあごで記事を指した。
― ウォーレン委員会物的証拠No399。
問題の弾は下向き25度の角度にて、銃口より秒速約564m〜610mで放たれ、弾道学上、少し弧を描きながら空中を通過し、まず、コートを着ていたケネディ大統領の背中を秒速約523m程で直撃する。
そして、その弾はちょうど大統領の襟元から約14cmほど下の部分、つまりちょうど背骨の右側から金属片を散らばらせながら着ていたコートとシャツを通過し、そこから背中の上位部分の肌に赤黒いあざと4mm×7mm程度の傷を作りながら、背骨から右、約50mmの部分から身体の中に突入する。
後にこの傷とあざは確かに銃弾によって作られたものと確認されている。
次に、背骨近くから入ったこの弾は6番目の頸部脊椎骨に当たって少しそれる。
つまり、首の部分に入って少し上向き11度で通過し、そこで今度は上向き9度の角度で右から左へとそれていくのである。
そして、最後に大統領の咽喉、ちょうど喉仏の真下の部分から外へと貫通していく。
そこはちょうど、ネクタイの結び目の上部左側部分であり、大統領の身体を貫通した弾は当然、スピードを落として秒速約457mでそこをかすめていき、そこから弾は下に向かってふらつき始めた。
そして、弾は大統領と知事コナリー氏の間の距離、約72cmを大統領の首の傷からほぼ、90度方向で右へとそれていく。
知事コナリー氏のスーツとシャツを通過し、そして彼の右脇下をこれまた金属片を撒き散らしながら通っていく。
「おい、おい。ちょっと待てよ。なんだか、よく分からんから説明してくれよ」
ジョンはそう言ってぼやいた。
「よく考えてみろよ、ジョン。要は射入角の問題なんだろうけど、何も専門的な知識がいるわけじゃあない。
いいか、まず、ケネディの背骨の右から弾が入るだろ。
それで、身体ん中でその弾が骨に当たってちょっと角度が変わったとする。
で、その弾が最後に喉辺りから出てくるわけだ。
ここまでは別に問題ない。
だが、そこからが問題なんだ。
その出てきた弾が何とわざわざ90度も折れ曲がって、また知事の右の脇下からその身体に入っていくんだ。
な?変だろ?」
ステファンはちょっと興奮気味に鼻の穴を大きくして説明した。
「ふーん、確かに変だな。まるで弾自体がリモコンか何かで操作されてるみたいだな」
「1960年代で、大統領車の防弾装備だって、まだちゃんと整っちゃいないのに、弾丸をリモコン操作できるなんて芸当できるはずないさ。
だから、皆、不思議がってマジックブレットなぁんて呼んでいるのさ」
「なるほどねぇ。
ということは何か、公式に発表されてる3発以外にも別のどっかから銃が発砲されたってわけか?」
「察しがいいね。その通り。つまり、そうなるとオズワルドの単独犯行説が覆るって寸法さ」
「じゃあ、そのジムなんとかっての頬に当たった弾ってのは、別のどっかから撃たれた弾ってこともありうるわけか・・・。
確かに、お前の言うとおり、ちょっと変だな。
右の背骨から入って、そいから右の脇下通って、それがまた、また、右の頬に当たるってぇのは」
ジョンは考え込むように顔を下に向けた。
「うん、それに100歩譲って公式発表通り、たった一発がケネディとコナリー、それにもしかしてジムの3人に当たったとするなら、こうも考えられる。
例えば、身体の右側に弾がいつも当たってるってことは、常に弾が右方向からやって来てないとおかしい。
と、いうことはだな、一つ仮定するなら、それぞれのターゲットが少しずつ左にずれた形でいればいいってことになる。
そうなると、知事のコナリーが座ってた位置とジム・テーグが立ってた位置っていうのも問題なんだ」
ステファンは自分でももう少しきちんと整理するかのように、一つずつ状況を描き出した。
「ふーん、そいで、その知事のおっさんはどこに座ってたって?」
「ケネディのまん前さ」
「へっ?じゃ、やっぱり変じゃないか。左手にいないといけない知事のおっさんが、ケネディと同じ右側に座っていたとしたら」ジョンは目を丸くして言った。
「うん、だからやっぱり弾が勝手に右に90度もそれて行ったってことさ」
ステファンはお手上げだといわんばかりに腕を広げて見せた。
「右に座ってた奴を突き通って、右に弾がそれて、またまた右の奴に当たって・・・。
おい、おい。頭がおかしくなりそうだぜ。
とりあえず、ちょっとそれ、脇に置いといて、何か別んとこを調べないか?」
「もう、嫌んなったのかよ? お前が陰謀説をやろうって言い始めたんだぞ、これぐらいでめげてたら、こんな話、ゴマンとこれから出てきそうだけどな」
ステファンはそう笑いながらジョンをからかった。
「別んとこからでもまた、調べはつくだろ?
ややこしいのはとりあえず、後、後」
ジョンは取り合わぬ態で手を振って先の記事を読もうと、画面を覗き込んだ。
― 知事コナリー氏の背中に当たった弾は、ちょうど彼の右の脇下から入ってきて、8mm×15mm程度の損傷を作った。
その後、弾は5番目の右肋骨を127mmも砕いて、そのまま胸壁内に下方向10度の角度で進入する。
この時、彼の右乳首には50mm程度の傷が作られ、胸の傷には空気を吸い込んだ形跡が確認された。
そして、弾は再びコナリーのシャツと、右の折襟辺りを抜けていったことが証拠写真からも伺える。
弾はここから秒速274mほどにスピードを緩め、コナリーの右手首の外側に当たった。
その時、コナリーはその手首辺りにメキシカンペソのついた金のカフスボタンをつけていたが 銃撃の際にそのカフスボタンは吹き飛ばされた。
その次に、彼の右手首の骨が砕かれて手の平の内側を損傷し、問題の弾は再び秒速122mほどまでにスピードを緩める。
そして、コナリーの左太ももの正面から直径10mmの傷を作って通過し、太もも筋肉に入った。
結局、ウォーレン委員会が主張するシングルブレットは、搬入されたパークランド病院にてコナリーの左太ももから押し戻されたのか、その身体から抜け落ち、ストレッチャーの上に落ちているところを発見された。
「ってことは、やっぱり、このケネディとコナリーを抜けたってぇ弾は、ジムにまで届いてなかったってわけか・・・」
ジョンはちょっと自分の推理がはずれてがっかりしたようだった。
「まぁな。でも、この先の記事を読んでみたら、もっと変だぜ。その弾が見つかったっていうストレッチャーがどうも最初にコナリーを乗せてたのと同じものじゃなくて、入れ替わってる節があるんじゃないかって書いてあるぜ」
ステファンはちょっとかわいそうな気がして、別の記事を指し示した。
「ふーん、それも、変な話だなぁ。うへぇー、しかし、いろいろと出てくるわ、出てくるわ。
ややこしい話のオンパレードだな。お前の言うとおり、今のところ、そういう、入れ替わりだとか、証拠隠滅なんてぇ話はあんまり聞きたくないぜ」ジョンは辟易して、顔をしかめた。
「同感だね。俺もこういう話にはあまり首はつっこみたくないね」
ステファンも手を組んで頭の上に乗せ、ちょっと気を抜くことにした。
その時、ふっとジョンはひらめいたらしく、身体を起こして言った。
「ここまでで、お前が言ってた、その、マジックブレットってぇのがケネディとコナリーの両方一偏に抜けたっていうのは、確かにおかしい。
で、その線から見たとして、オズワルドの単独犯行説ってぇのはありえないことになるんだろう。
だけど、それでもそいつが教科書ビルから全く一発も発砲していないっていう証拠にはならねぇんじゃねぇのか?」
「うーん・・・。確かに、それは言えるんだろうなぁ。
今んとこ、オズワルドこそ犯人だ、って証拠もなければ、犯人じゃない、って証拠も出てきてないしな。そのマジックブレット説がおかしいから犯人は二人にしても、そのうちの一人は確かに右側から発砲してるんだから、その教科書ビルが一番怪しいと言えば確かに怪しいしなぁ」
「その教科書ビルからの発砲ってぇのは、確かなことなのかよ?
他にも右側から撃てる場所ってぇのはなかったのか?」ジョンはそう言ってステファンをせかした。
「ええっと、それはここには書いてないな。どっか、別んとこを探してみないと。
・・・でも、ジョン。とりあえず、俺、腹が減ったよ。
ちょっと休憩して、続きはまた明日ってことにしないか?」
ステファンはグーグーとなるお腹にちょっと前から気づいていたが、我慢できずにそう言った。
「そういや、俺もちょっと減ってるかな。よし、とりあえず飯だ、飯」
ジョンはステファンの肩を叩くとさっきまでの熱心さを忘れたかのように、さっさと立って行った。