第6話 1963年11月22日
「事件の立証検分か・・・、しかし、一体どこから手ぇつけたら、いいのかさっぱりだな。
まず、暗殺事件の大まかな話ってのはまぁ、最初の記事で書いてあったとおりだろうけど・・・。
もう少し突っ込めるような、なんか別んところを調べてみないと、面白くならないだろうしなぁ」
ステファンは頭の上に手を組み、回転椅子を動かしながら考え始めた。
「別んとこって?」
「それを今、考えてるのさ。とりあえず、もうちょっとこのバイオグラフィーを読んでみて、別んとこも探せるような取っ掛かりでも探してみないと、どうもこれだけじゃあなぁ・・・」
ステファンはそう言うと、再びパソコンに目を凝らしてみた。
― キューバ危機後、ケネディ政権の汚点となったのは何よりも、クーデターを謀ったとされる人物達をカストロが次々と処刑していったので、ケネディは捕虜となった政治犯の釈放を求め、嫌々ながらもキューバへの食料および医薬品援助の交換条件を下に、カストロと合意したことであった。
これによりアメリカの威信を大きく失墜させてしまったのである。
その次にケネディ政権に襲いかかったのは、1961年8月13日のベルリンの壁事件である。
冷戦が激化しつつある中、西ベルリンに駐在していたアメリカ軍に反対して、ソ連のフルシチョフ書記長に支援された東ベルリンの反抗勢力がこの日、東西ベルリンの通行を鉄条網でもって遮断してしまった事件である。
その後、この壁は東西155kmにも及ぶ壁の構築にまで発展してしまったのだが、このときもケネディの働きは少なく、何の対抗措置も取れなかったのだった。
こういった外交危機に大きく影響していたのは、その当時のソ連との冷戦のためであったが、「冷戦」という名のとおり、アメリカがソ連と直接対決することはそれまで起こっていなかった。
ところが、1962年10月、アメリカのU2スパイ飛行機がキューバにて建設中だったソ連の核ミサイル基地の写真を撮った事から、両者の間に不穏な空気が流れ出す。
建設を阻止するためにアメリカがミサイルを放てば、ソ連との核戦争は避けられない。
しかし、この地域において建設を許せば、アメリカの威信に関わるだけでなく、今後アメリカが核ミサイルの恐怖にさらされることになる。
このとき、多くのアメリカの閣僚達は直接攻撃を支持し、「ミサイルにて建設を阻止せよ」とケネディに迫った。
しかし、最終的にケネディが取った行動は、海軍を出動させて海の上にバリケードを築き、ロシア人との話し合いで解決しようとした。
これが効を奏し、ソ連がキューバでの基地建設をあきらめる代わりに、アメリカもまた、二度とキューバには侵攻しないという条件の下、1週間でフルシチョフとの合意に達したのだった。
しかし、ソ連とアメリカがこれほどまでに緊張した状態に置かれたことは後にも先にもこのときだけである。
こうした冷戦構造の中、ケネディとしては何としてでも共産主義の世界的な拡大を阻止せざるを得ず、前政権の意向を受けた形で、当時、政治的に不安定だった南ベトナムにアメリカ軍を投入し、共産主義政権の打倒を謀った。
しかし、この内戦が長引いたことで後にベトナム戦争の泥沼化にアメリカは巻き込まれることとなる。
「うーん・・・、これじゃ、全然、何の取っ掛かりもないよ。お手上げさ。暗殺と関わるような動機になりそうな話はゴマンとあるし、これじゃ誰がケネディを殺してもおかしくないさ。
だって、政治家なんだから敵だらけだし。例えば、カストロの手先が密かに殺ったのでもいいだろうし、共産党支持者でもいいわけだし。ロシア人のスパイでもいいし、ドイツ人の米軍駐留反対派でもいい・・・。
それに、単にケネディが嫌いな奴だっていいわけだし・・・。
うーん、これじゃ、誰から調べていったらいいのか、わからないよっ!」
ステファンは唸ってキーボードを乱暴に押し出した。一方、ジョンは退屈そうにあくびを始めた。
「おい、おい、お前が陰謀説やろうって言い出したんだぞ。お前もしっかり考えろよ」
ステファンはジョンの方を向いて文句を言った。
「何を? 変なとこ、マジメになってないかい、お前。
さっき、なんて言った?外交問題なんて、書かないってお前、言ってたジャン。
なのに、何で外交問題のとこなんか、マジメに読んでんだよ。
どうせなら、さっさと暗殺事件の現場に移った方が話は早いだろ」
「なんで?」
「だって、誰が殺ったか?ってのが俺たちの疑問だ。
殺す動機を先に考えるより、そこには一体、誰がいたのか調べる方が話は早くないかい?
動機はゴマンとあるさ、でも、実際に殺る奴ってのは動機があんまりなくったって殺ることはあるさ」ジョンは頬杖をついてつまらなさそうな振りをして言った。
「へぇ〜〜、ジョン。お前って結構、こういうときだけはなんか頭、冴えるんだな」
ジョンの言葉にステファンは舌を巻いた。
「こういうときだけってのは余計だが、まぁ、バドワイザー1缶で許しといてやろう。
とりあえず、暗殺事件のことを先に調べようぜ。その方が退屈しなくって済むし」
ジョンは再びあくびをした。
「まぁな。俺もこの外交問題の記事、読んでるより、その方がずっと気が楽だよ」ステファンは早速スクロールして、画面に映っている記事をいくつか飛ばすことにした。
その時、ちらっと、
― ケネディ暗殺事件とは?
という言葉が映った。
「おっと、それ、それ。
それ、最初に行っとこうぜ」
ジョンはステファンが飛ばしていた記事の中から目ざとく、目的となりそうな記事のタイトルを見つけた。
― ケネディ暗殺事件とは?
1963年11月22日、来期の大統領選出馬に当たっての選挙キャンペーン基金を募ることを目的として、テキサス州ダラスに訪れたケネディ大統領が、オープンカーで移動中、銃殺された事件である。
二つの公式調査グループは結局、ディーリープラザの一角にある教科書ビルの従業員、リー・ハーベイ・オズワルドが単独、もしくは少なくとももう一人の人物と一緒になって犯行を行なったと結論した。
ケネディがダラスを訪れたのは、選挙資金への協力要請はもちろんのこと、1960年当時、テキサス州におけるケネディとジョンソンのコンビによる政権に対して反対する勢力があり、その勢力との関係修復を図るためでもあった。
そのため、ダラスを訪れることとなった大統領への反対勢力による妨害や暴力行為は十分にありうるとダラス警察は予想し、その警備体制を万全に敷いていたのにも関わらず、悲劇は起こってしまったのである。
当初の訪問スケジュールでは、まず、一行はラブフィールド空港からディーリープラザを含む市街を車で走り回り、ダラス郊外にあるダラストレードマートを最終目的地にして、そこで大統領が演説を行なう予定となっていた。
大統領が乗る車は、1961年もののリンカーン・コンチネンタル、上部開口となった改造型リムジンであり、大統領車両に防弾装備はまだほどこされていなかった。
それに乗車したのは運転手を含む6人、ケネディ自身とその妻ジャクリーヌ、テキサス州知事ジョン.B.コナリーとその妻ネリー、ホワイトハウスのアシスタントでシークレットサービスのロイ・ケラーマン、そして同じくシークレットサービスで運転手のビル・グリアーである。
11月22日の大統領訪問当日、ダラスの新聞は、超保守派のキリスト教プロテスタント団体ジョン・バーチ・ソサイエティによるケネディ批判が紙面を飾り、パレードが行なわれる予定の通りではケネディ反対派が抗議チラシを配ったり、プラカードなどを掲げたりしていたが、大統領一行到着の際にはそれほど目立った妨害行為はなかった。
また、空港からディーリープラザに入るまでの大統領一行に事故は何も起こっておらず、ほぼ完璧にそのパレードは順調に遂行されていた。
それまでの間に大統領を乗せたリムジンが止まったとすれば、2度ほどケネディ自身がカソリックの尼僧や子供達と握手するためだけだったし、また、車がメインストリートに入った直後に、一人の男がリムジンに向かって走り出したのだが、これもシークレットサービスによってすぐ取り押さえられている。
そして、12時半少し前、ケネディを乗せた車は、ゆっくりとテキサス教科書ビルの方へと向かって行った。
その後、リムジンはビルの手前で120度方向に曲がり、そこから20mほど通り過ぎて行く。
この間、約6〜9秒。
この間にケネディは銃撃されたと推測されている。
また、銃撃されている間にも、リムジンは時速11km〜14kmほどの速さで前進した。
後にウォーレン委員会は、この時の銃撃は3発だったとし、そのうちの一発は失敗して大統領一行から外れ、もう一発はケネディの身体を貫通して知事のコナリーに当たってこれを怪我させ、そして最後の一発は、ケネディの頭に当たって致命傷を負わせたとした。
この結果、全員一致の見解としては、少なくとも2発の銃弾がケネディの身体に当たっていて、最後に頭を撃たれたことでケネディは殺害されたものとした。
最初の銃撃が起こった時、パレードを見ていた群集の耳にその銃声は届かなかった。
後で思い返してみても、彼らにはその音は単なる爆竹か何かぐらいにしか思えなかったようだ。
ただ、すぐ後で知事のコナリーが怪我をして倒れ、「No, no, no!彼らはわたし達全員を殺そうとしてるっ!」と言う叫び声で、ドライバーのビル・グリアーが尋常でない事態に気がついた。
その銃撃の間に、グリアーは自分の後ろで叫んでいる知事か大統領のどちらかの方をすぐに振り返り、そして前に向き直ってまたすぐに、後ろの方をもう一度振り返った。
この時、リムジンのブレーキランプが点滅していたことが写真に残されている。
そのため、グリアーは、頭を撃たれた直後のケネディの表情を真正面から見ていたことになる。
「誰だろう?この叫び声を上げた奴って?」ステファンは考え込んで頬杖をついた。
「そうだな、変だよな。何だか、まるで事前に殺しがあることを知ってたような言い方だよな・・・」
ジョンもステファンとそっくりのポーズを取った。
「それはともかく、この話の筋からすると、犯人はずっと銃撃の機会を伺って一行について回ってたわけじゃないことだけは確かだろうな。
きっと犯行当初からディーリープラザで銃撃するのをずっと待ち受けていたんだ」
ステファンはつぶやいた。
「なんで?」
「だって、2度ほど車が止まったってそこに書いてあったろ?
もし、犯人が大統領を銃撃しようと思って一緒について来てたんなら、2度ほど止まった時に十分狙えたはずさ。
だって、動いている標的を狙うより、動いてない標的を狙う方がもっと確実だろ?
そんないいチャンス、犯人がみすみす逃すと思うか?
俺にはそうは思えないね。だから、途中で書いてあった、その、リムジンに向かって走って行って取り押さえられたってぇ男は、単なる野次馬か変質者で、まず犯人とは関わりなさそうだな」
「ということは、犯人はあらかじめ、大統領をディーリープラザで待ち構えていたってお前は推理するんだな?」ジョンはステファンにそう聞き返した。
「うん。つまり、待ち構えていたってことは、どこを大統領一行が通るかってあらかじめ知ってたってことになる」
「そうかっ!すごいぞ、ステファン。そいつぁ、すげぇ!確かにそうだよっ!」
「まだ、喜ぶのは早いよ、ジョン。ルートは皆、知ってたんだ。だから、通りで大勢の人が大統領を見ようと待っていた。だが、射殺するにはその群集を避けて最適な場所を選ばないといけない。だから犯人は相当、銃を撃つことに慣れていて、しかも事前に十分、場所を検討した人物ってことになる」ステファンは淡々と続けた。
「しかも、たった3発でターゲット(標的)をしとめたんだ。だから、かなり計画的なことだけは確かだね」
「ふーん、ということは、さっきの叫び声ももしかして、計画を知ってた奴がいてもおかしくはないってことか?」ジョンはステファンの推理にうなずきながら、再び叫び声についての疑惑を持ち出した。
「それはまだ、わからない。計画ってぇのは時間が経つと漏れる可能性も十分あるから、もしかして、暗殺計画を知っていた奴が同乗してたっておかしくはないだろうな」
「少なくとも叫び声を聞いたドライバーを除く同乗者4人のうち、一人は怪しいってことか?
叫んだとすれば知事か? ターゲットの大統領がそんな叫び声、上げるわけないしな。
第一、怪我してる奴が叫べるか?」
「かもな。まぁ、まだ、結論を出すにはまだ早すぎる。もうちょっと先を読もうぜ」