第5話 動機
バイク(自転車)で教会まで行くにはあまりにもカッコが悪すぎる。
リリアンに見られでもしたら最悪だ。
でも、無神論者で大の宗教嫌いの父さんに車を借りる理由が見つからない。
― やっぱ、バイトでもしてお金貯めて車、買わないとな。
ステファンはそうやってあれこれ考え出した自分に嫌気がさした。
とにかく日曜までまだ考える時間はあるさ、とステファンはリリアンのことも日曜日のことも、とりあえずは考えない方がいいと思った。
でないとますます気持ちが不安にさいなまれる。
その不安を振り払おうと、画面に映し出されるJFKに気持ちを集中させることにした。
― 1960年、党代表として見事に大統領候補となったケネディは、同じく共和党代表の大統領候補リチャード・ニクソンと本選にて対決することとなる。
そしてこの選挙も佳境に入った秋頃、ケネディはテレビ中継にてニクソンと直接討論することになった。このときテレビの果たした役割はかなり大きかった。
お茶の間はケネディのハンサムな容姿と余裕の態度に終始圧倒され、一方ニクソンはその神経質そうな表情と焦りの汗が目立ってしまい、返って国民の目には二人の候補が対照的に映った。
こうして、ケネディはテレビのブラウン管を通じて国民に強い好印象を与え、その年の11月、激しいデッドヒートの末、ケネディはついに第35代合衆国大統領に当選を果たした。
それはわずか43歳の若さにして初めて選出された、最初のローマカソリック教徒の大統領だったのである。
1961年1月20日、就任演説に立ったケネディの言葉はこうだった。
『Ask not what your country can do for you, ask what you can do for your country』
(国があなた方国民のために何かできるはずだと求めないで下さい。あなた方国民が自分達の国のために一体何ができるのかをまず、考えてください。)
後に名言となったこの言葉と共に、ケネディ政権が始まったのである。
「なぁ、選挙戦の時の事を考えるとニクソンだってJFK暗殺に関わっていたっておかしくないんじゃないか?
悪役らしい発想でいけば。政敵だし・・・」ジョンもいつの間にか画面の話に真剣な目を向けてきていた。
「まぁな。ニクソンも陰謀説の一つぐらいには入ってるだろうな。
後においてのニクソンの政治戦略を考えりゃ、それらしいって言えば、それらしいだろうけどね。
でも一番の政敵で黒幕の噂を立てられているとすりゃ、副大統領になったリンドン・ジョンソンだろうな」
「おっと、次がさっき言ってた暗殺事件に関わりあるところじゃねぇのか?」
「ああ、キューバ問題か」
― 大統領に就任したケネディはまず、前任者だったアイゼンハワーの意向を受けた形でキューバの共産党リーダー、フィデロ・カストロの排除をもくろんだ。ピッグス(豚)湾侵攻作戦として、亡命中のキューバ人たちを集めた反カストロ軍を合衆国が全面的にバックアップすることでカストロ政権へのクーデターを謀ったのだ。
ところが、CIAの読みの甘さがあったのか、あえなくこれは失敗に終わる。
そのため、ケネディ政権においてこのクーデターの失敗は極めて大きな汚点となったのだった。
「この辺だろ?あの映画のネタになってるとこって?俺、何となく覚えてるぜ」ジョンは鼻高々に言った。
「そうだな。あの映画だと、ぶっちゃけた話、ケネディはそれほどカストロ政権を倒したいって野望はあんまりなくって、それとは逆にカストロとか共産主義の連中を倒したいグループ、ここに副大統領のジョンソンなんかが入るんだろうけど、このグループとCIAとが一緒になってどうやらケネディ暗殺を企てた、ってぇのが結論ということになるだろうな」
ステファンもジョンと同じようなうら覚えの知識を披露してみた。そこでジョンはちょっと考え込んだように目を下に向けた。
「そのジョンソンってぇ男は大統領候補選挙の時に負けたんだよな?そのことも恨みに入ってたのかな?」
「まぁ、ここに載ってる話からするとジョンソンがケネディに脅迫状を送っていたって噂もあるそうだから、そうかもな」
「おお、なかなかいい調子でネタが進んできたんではないかい?」
それを聞くとジョンはうれしそうにそう言った。
「よせよせ、オリバー・ストーンなんかと張り合ってケネディ映画を撮るつもりは俺にはないぜ。
奴の映画ってぇのは、実際の暗殺現場にいた証人とかがゴマンと集結して作ってあるんだから。
JFKクレージーの奴らと一緒になって、キューバ問題とか外交問題なんかにまで手ぇ出して調べててたら切りがなくなっちまうぜ。
ほら、ここにも書いてあるだろ? ソ連との問題とか東ドイツのベルリンの壁騒動とか・・・、こんなの掘り下げてたら1週間なんかでエッセイが仕上がるはずねーだろ。
陰謀ネタよりずっとタチ悪いぜ」ステファンはかったるそうに首を回した。
「俺だって、そんな外交問題なんてどうでもいいさ。
やっぱり陰謀ネタが一番だって。
誰が殺ったか?
その理由の隅っこの方で外交問題なんかはちょっと使うのがちょうどいいだろ?
な〜んとな〜く、真実味が出て?」ジョンは食い下がってきた。
「だからさっきから言ってるだろ。
並みの陰謀ネタなんてあのドーソンが取り合っちゃくれないって。
単にJFK暗殺の時の事実関係と奴の輝かしい政治業績だけを書いてケネディの事ほめそやしておきゃ、ドーソンはお目こぼしで俺たちに点をくれるさ」
「なーに言ってんだい!ドーソンはなぁ、結構あれでそういう陰謀ネタが好きなんだよ。
俺、見たんだ。あいつがこの間、スーパーでファーレンハイト(華氏)911のビデオ、買ってたとこ」
「ほんとかよ?あの堅物で保守ガチガチのドーソンがあんな反保守ものを。まさかぁ」
ステファンはまったく取り合わない態でジョンの顔の前で手を振ってみせた。
「ほんとだって。ありゃ、確かにドーソンだよ。
何の心境の変化かしらねぇけど、確かにあいつだったって。
だから結構こういうネタ、気に入るんじゃないかな」ジョンはいきんで言った。
「ふーん、意外だな。
何せ、保守の権化のあいつがそんな映画に手を出したなんて、ほんと眉唾もんだと思うけどな」
「まぁな。俺も確かに目をこすって見ちまったよ。
でも絶対、あいつだったって。
だから、どっちにしろ、ギャフンというような陰謀説でも繰り広げりゃ、あいつもちょっくら目の玉が飛び出て少しは俺たちを見直すはずだろ?な?」
「ジョン、お前ってほんとお気楽な奴だよな」
ステファンはため息をついた。
そうとはいえ、ステファンも退屈な話ばっかり並べるより陰謀説なんかもちょっとは付け足したって悪くはないな、と思い始めていた。
ま、二人とも最初から真面目にエッセイを書けるはずもないだろうなぁとは何となくお互い、気づいてはいたけれど・・・ね。
「よし、とりあえず陰謀説をぶちまかすにしても、暗殺事件の話自体、よく調べないとな。
俺たちゃ、まだ一体、誰が、何がどうなってるのか、さっぱりのサ、なんだから」
ステファンはそう言って仕切り直しする事にした。
「OK、とりあえず事件がどうだったか、まずは立証検分ってやつだよな?」
ジョンはわくわくした表情が隠せないようだ。
− こいつ、結構、こういうドラマキャラがあるよな。
ステファンはジョンの探偵気取りを冷めた目で見ているつもりだったが、自分も喜んでそれに乗っている事にはまだ気づいていなかった。
訂正とお詫び;第2話でケネディが大学時代に診断された病名をステロイドとしておりましたが、「骨粗しょう症」の間違いです。ここに訂正とお詫びを申しあげます。