水の交換
宇宙人との取引が、珍しくなくなった時代のこと。
地方に小さな池を所有する一人の地主のもとへ、奇妙な申し出が届いた。送り主は、第三銀河通商連合なる異星の組織。
曰く──「あなたの池の水と、我々の星の水を交換したい。報酬は支払う」
当然ながら、男は怪しんだ。汚染水や外来種を持ち込まれたら、農地にだって被害が出る。
男はすぐに業者を呼び、先方の“水”を入念に検査させた。
結果は良好。むしろ元の池よりも透明度が高く、飲用にも適しているという。
念のため、自分の池の水も調べてみた。ひょっとすると、知らずに高価なミネラルを含んでいる可能性もある。
──しかし、こちらもただの、ごく普通の水だという結論だった。
「宇宙人の考えることはよく分からんが……まあ、金になるならいいか」
男は契約に同意し、交換の日を迎えた。
宇宙人たちは礼儀正しく、作業は実にスムーズだった。
まず池の水を専用のバキューム装置で抜き取ると、宇宙船から伸びたホースから新しい水が流れ込み、みるみる池が満ちていく。
見た目はまったく同じだった。匂いもない。波紋の広がり方さえ、前と変わらない。
「……こりゃ、何も変わっちゃいねえな」
そう思いながらも、男は宇宙人から報酬を受け取り、満足げに宇宙船を見送った。
異変に気づいたのは、それから数日後の夜だった。
窓に、妙な光がちらついている。
外に出ると、池の上空に巨大な立体映像が浮かび上がっていた。
色とりどりのドラゴン。空を翔ける異星の馬。尻尾のある巨鳥。
どれも、池の中心から湧き出すように現れては、空に舞い、池に消える。まるで夢のようなショータイムだった。
「なるほど……そういうことか」
男は思った。
これはおそらく、宇宙人が廃棄したかった故障品だ。
液体状の立体投影装置なんて、聞いたことがなかったが──
業者の検査でわからなかったのも、そういう技術だったからに違いない。
「まあいい。調査会社にはクレームを入れて金を取り戻すとして……この映像、うまくやりゃ金になる」
男はさっそく告知を出した。「池の上で毎晩開催される異星の幻獣ショー」──見物料つきだ。
口コミは瞬く間に広がり、池は連日行列。地方の小さな池は、一夜にして観光地となった。
男は笑いが止まらなかった。
* * *
一方その頃、宇宙船の船内では、異星人たちが乾杯していた。
「いやあ、うまくいきましたなあ。これで呪いの池ともおさらばですぞ」
「幽霊の出る池を地球の田舎に丸ごと移すとは……我ながら天才的判断」
「ちょっと心が痛みますな、あの地球人には説明もせず……」
「それが、それがですよ……地球人たち、あの幽霊を“幻想的”とか言って大喜びしてるらしいですぞ」
「なんと!? あんな恐怖の幽霊をですか!?」
「ええ。しかもお金まで払ってるとか。まったく、文化の違いとは不可解なものですな」
「……そういえば、あの男からお礼の手紙と“現地の映像”が届いていますが……ご覧になりますかな?」
「いやいや、とんでもない。そんな恐ろしい映像、見たくありませんぞ」