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真実の穴

作者: さだきち


 あるところに、巨大な洞窟を研究している夫婦がいました。その洞窟はあまりにも巨大なため、「真実の穴」と呼ばれていました。


 言い伝えによると、真実の穴の奥にはこの世の真実が隠されているといいます。夫婦はその真実を求め、洞窟に住み込み、来る日も来る日も研究に没頭していました。


 夫はエリックといい、科学者であり元空軍のパイロットです。妻のサラは、元々エリックの助手兼マネージャーでしたが、結婚を機に彼の妻となりました。二人は洞窟のそばに移動式の居住スペースを設けて、そこで生活していました。


 エリックは洞窟の壁を調べていました。そこには**「虚距石きょきょせき」**と呼ばれる、不思議な鉱石が混じっていました。


 虚距石は、単体では微弱な力しか持たず、周囲に何の影響も与えません。しかし、二つの虚距石を並べて置くと、その間の空間に極めて不可思議な現象が起こるのです。


 例えば、石の間隔が100mmだったとしても、その内部には1000mmほどの空間が生まれます。石が小さい場合は、ある程度離れると現象は消滅しますが、大きな石になると、たとえ遠く離れていても、その間の空間に影響を及ぼし続けます。すると、内部の空間は1000mmどころか、数百メートル、数キロメートルと際限なく広がっていくのです。


 さらに驚くべきことに、その空間が100平方メートル未満であれば、時間の流れは外界と同じですが、それを超えると、どれほど時間が経過しても外界ではたった10分しか経ちません。そして、どんなに重いものを運び入れても、空間全体の重さは最大で100kg程度にしかならないのです。まさに、あらゆる物理法則を無視した不思議な空間でした。


 真実の穴の洞窟には、この虚距石でできた壁があり、その奥には無限とも思える空間が広がっていました。何十年、何百年と移動し続けても、その果てに辿り着くことはできません。それが、真実に到達するための最大の障壁となっていたのです。



< 無限の生命 >


 エリックとサラは「真実の穴」を攻略するため、一体のアンドロイドを開発しました。無限の生命を持つロボットこそが、真実に辿り着く唯一の手段だと彼らは考えていたのです。


 アンドロイドの名前はデイビッド。そのボディは小さく、まるで子どものような容姿をしていました。デイビッドはまだ生まれたばかりのAIで、学習されたコードもごくわずかです。しかし、食器を運んだり、鉱石採取の道具を運んだりするうちに、エリックとサラは彼を我が子のように可愛がるようになりました。


 「デイビッド、お皿を運んでちょうだい」サラが優しく声をかけると、

 「はーい」デイビッドは可愛らしい声で答え、両手で皿を持ってサラに手渡します。


 「また賑やかだな。それはただのロボットだろう」エリックが呆れたように言うと、

 「あら? デイビッドは私の子よ」サラは頬を膨らませます。

 「大半のコードをプログラミングしたのは俺だけどな」エリックがすかさず言い返すと、

 「何よ、あなたなんか! デイビッドは私が好きよね、ねぇデイビッド?」サラはデイビッドに甘く問いかけます。

 「うん」デイビッドは素直に頷きました。

 「やれやれ……。よし、デイビッド、そろそろ定期点検しとくか?」エリックが言うと、

 「うん、ありがとう」デイビッドは嬉しそうに答えました。


 こうして、「真実の穴」の研究は、今日もまた続いていくのでした。



< モノリス >


 ある日、エリックが洞窟を調査していると、不思議なものを発見しました。それは、高さ約2,000mm、幅約1,500mmの文字のような模様のある石板で、表面は鏡のように滑らかで非常に硬いものでした。


 エリックはそれを**「モノリス」**と名付けました。モノリスは洞窟の壁にしっかりと埋め込まれており、動かすことは不可能でした。その中央には16桁の数字が表示されており、1分ごとに表示が変わるという奇妙な特性を持っていました。


 暗号解読や通信解析のエキスパートであるサラは、早速モノリスの模様の解析に取りかかりました。


 「大変!これを見て、エリック!」サラの声に、エリックは彼女のそばへ駆け寄り、PCのディスプレイを覗き込みました。


 文字のような模様が示していた意味は、驚くべきものでした。それは、真実の穴の奥にある**「真実の扉」に入力するナンバーコード**だというのです。


 「そんな……それが1分ごとに入れ替わるなんて」エリックは呆然とし、頭を抱えました。「どうやって真実の扉に入力するんだ……」


 デイビッドを開発し、「真実の穴」攻略に希望の光が見え始めた矢先のことでした。モノリスの出現により、彼らの計画は再び大きな暗礁に乗り上げてしまったのです。



< 希望と旅立ち >


 エリックとサラは、「真実の穴」の攻略を諦めてはいませんでした。エリックは再び洞窟の調査に向かい、サラは機材のチェックや食事の支度などをしていました。


 そんな時、デイビッドが何気なくモノリスに手を触れました。その瞬間、強烈な電気のようなエネルギーが流れ込み、デイビッドは気絶してしまいます。


 「きゃあぁぁぁ!」サラは悲鳴を上げ、泣きながらデイビッドを抱きかかえました。


 洞窟から戻ってきたエリックは、その惨状に驚き、急いでPCを取り出してデイビッドの修理方法を探し始めます。「過去のデータベースに頼るしかないか……」


 そして、サラの腕の中で、デイビッドは静かに目覚めました。


 「大丈夫? デイビッド! しっかりして!」サラが必死に呼びかけます。

 「大丈夫か! デイビッド? ケガはないか?」エリックも心配そうに問いかけました。

 「故障している箇所はないよ、大丈夫……三つの技術が必要なんだ」デイビッドは、どこか遠くを見るような目でつぶやきました。

 「え? 何?」サラが聞き返します。

 「三つの技術?」エリックも驚いて尋ねました。

 「そう、世界に散らばる三つの技術を集めるんだ」デイビッドは続けました。「モノリスにアクセス可能になったんだ。モノリスに情報があった」

 「三つの技術とは何だ?」エリックが前のめりになります。

 「逆時計、生命のしずく、量子の鍵」デイビッドは淡々と告げました。「逆時計は、使うと2分間だけ時間が戻る。生命のしずくを飲むと若返る。量子の鍵は……わからない、手に入れてみないとわからないみたいだ」

 「それは何なの? 真実の穴と関係があるの?」サラが尋ねます。

 「今はわからないけど、真実の扉を開けるヒントらしい」

 「そうか……しかし、問題はどこにあるかだな」エリックが考え込みます。

 「逆時計は北の都、天空の都市にある」デイビッドは明確に答えました。

 「あら、天空の都市なんて久しぶりね。旅行に行って以来だわ」サラは少し明るい声を出しました。

 「何か面白そうだな。天空の都市に行ってみるか」エリックも決意を固めます。


 こうして三人は、北の都へ向かう旅の支度を始めたのでした。



< 天空の都市 >


 一つ目の技術、「逆時計」は、天空に浮かぶ都市の宮殿にありました。宮殿の中央広間の床は、タイルが敷き詰められており、その中央に置かれた台座の上に逆時計が置かれているようです。逆時計を取ると、タイルがバラバラになって落ちる仕掛けになっていました。


 風が吹きすさぶ天空の広間で、三人はたたずんでいました。


 「久しぶりに来たけど、いいところね。空遊魚のカルパッチョは美味しかったわ」サラがのんびりした声で言います。

 「でも、ここは呑気なことを言ってられないぞ、サラ」エリックは周囲を警戒しながら答えました。「色々と情報を集めるのに手間はかかったが、ここまで来ればあと少しだ。ここはパラシュートがあれば何とかなる。危険だから私がやる」


 しかし、そのパラシュートをデイビッドが奪い取りました。


 「僕が壊れてもエリックが直してくれる。でも、エリックはそうはいかない」デイビッドはまっすぐエリックを見つめます。「僕が行くよ」

 「ダメよ!そんなこと!」サラが叫びました。

 「そうだ!危ないからそれを貸しなさい!」エリックも必死に制止します。


 しかし、デイビッドは二人の言うことを聞かず、走り出しました。


 「僕一人で大丈夫!」

 「デイビッド!!!」サラの悲鳴が広間に響きます。


 エリックとサラの心配をよそに、デイビッドは逆時計に一直線に向かいました。逆時計を台座から取ると、まさに予言通り、タイルが一斉に崩れ落ちます。デイビッドは冷静にパラシュートを開きました。しかし、次の瞬間! 上から降ってきた瓦礫がパラシュートを突き破ったのです。


 バランスを崩して落ちていくデイビッド。彼は高速で周囲の情報を収集し分析し始めました。落ちていくパネルに乗れば、空気抵抗で落下スピードを軽減できる。しかし、バラバラに落ちていくパネルに飛び移るのは、不安定で成功の確率が低い。デイビッドは瞬時に考えました。「そうだ、逆時計だ!」


 彼は一つのパネルに飛び乗り、失敗したら時間を巻き戻すことを決めました。デイビッドは一つひとつ慎重に、そして丁寧に計算を重ね、時間を戻しながら、ついに地面に無傷で降り立ちました。


 やがて、天空の都市の真下の地上で、三人は再会を果たしました。


 サラはデイビッドを強く抱きしめ、泣き崩れました。「もう危ないことはしないで……」


 エリックはデイビッドの肩をしっかりと握りしめました。「……お前は俺の息子だ」


 そして、逆時計を手に入れた三人は、真実の穴へと帰っていったのです。



< 新たなる試練 >


 「真実の穴」に戻ってくると、デイビッドは再びモノリスに手を当てました。今度は、あの強烈なエネルギーが流れてくることはありません。


 「何かわかったかい? デイビッド」エリックが尋ねます。

 「砂漠……砂漠だよ、エリック」デイビッドの声は少し重く響きました。

 「砂漠?」

 「そう、中央世界の広大な砂漠だよ」


 その砂漠とは、東西5,600km、南北1,700kmにもおよび、総面積は約1,000万km²という、想像を絶する広さでした。


 「それで……その砂漠のどこにあるの?」サラが問いかけます。


 デイビッドは困惑した表情になりました。「それは……わからない」

 「ええ!? 探すのか?」エリックは思わず声を荒げました。

 「そう……探すしかない」


 三人はしばらく絶望感に打ちひしがれましたが、こんなことで諦めるような三人ではありません。エリックはほどなくして、何かの土台を作り始めました。


 「何を作っているの?」サラが尋ねます。

 「貯水槽さ。10メートル四方の巨大なやつだよ」エリックは汗を拭いながら答えました。「浄化水槽も作るぞ」

 サラは驚いた表情で言いました。「え!? ……砂漠は? 諦めたの?」

 エリックは笑顔で言いました。「諦めてなんかないさ。むしろ、やる気でみなぎっているくらいだよ」

 サラは意味がわからないという手振りをしました。


 「手伝うよ!」デイビッドはそう言うと、すぐに資材を運び始めました。


 何をするつもりなのかは分かりませんでしたが、エリックには彼なりの考えがあるはずです。間もなくサラも動き出し、こうして三人は共同作業を開始したのでした。


 それから、およそ三か月が経ったでしょうか。貯水槽と浄化水槽は完成し、居住スペースにドッキングされて一体化しました。さらに、巨大な食料庫と燃料タンクも設けられ、そこにはたくさんの食料と燃料が満載されていました。


 「これだけの水と食料があれば、五年は住めるぞ!」エリックは嬉しそうに言います。

 三人は大喜びでした。その中でも特にサラは、何だか嬉しそうでした。


 「これからどうするの?」サラが期待に満ちた目で問いかけます。

 「まあ、これからだ。あと少し頑張ろう」エリックはそう言うと、今度は洞窟の奥から大量の石を運び始めました。



< 砂漠での車中泊 >


 三人は洞窟から運び込んだ虚距石を積み上げ、居住スペースの周囲に壁を作り始めました。天井まで居住スペースを完全に囲んだ後、壁を少しずつ崩していきます。すると、虚距石の特性により、そのサイズも徐々に小さくなっていきました。


 ある程度の大きさになったところで、それを少し持ち上げ、今度は下側も虚距石の壁で囲みました。こうして、巨大だった居住スペースは、トラックの荷台に収まるほどのコンパクトな箱へと姿を変えたのです。


 「さあ! いよいよ砂漠に出発だ!」エリックが声を上げます。

 「で、何を探すのかしら?」サラが尋ねると、

 デイビッドは慌ててモノリスに手を当てました。「生命のしずく……生命のしずくだ! 生命のしずくを探しにいこう!」

 「よし! よくわからないが、そいつを見つけに行こう!」エリックも意気揚々と答えました。


 三人はトラックに乗り込み、中央世界の広大な砂漠へと向かいました。


 見渡す限りどこまでも続く砂漠。エリックはレーダー探知機を使い、広範囲をサーチしていきます。科学者らしい効率的なアプローチです。砂漠にはあまり干渉するものがなく、さらに効率よく探索を進めることができました。


 そんな探索が続く中、サラはとても嬉しそうで満足そうでした。思えば、エリックと二人で洞窟を研究しているときもそれなりに充実感はあったものの、デイビッドという「子供」を得て、エリックと三人で暮らす現在の生活を心から気に入っていたのです。


 デイビッドは24時間体制でレーダーを監視していました。彼には眠気も疲労もありません。ある時、サラはそんなデイビッドを呼びました。


 「働き過ぎよ、デイビッド。少しは休みなさい」

 「え?……僕は疲れないよ?」デイビッドは首を傾げます。

 「いいの。少しだけ私の話し相手になってちょうだい」

 「それじゃあ……もしこのまま生命のしずくが見つからなかったらどうする?」デイビッドが尋ねました。

 「あら、私は全然平気よ? 一生このままでもいいくらい!」サラは明るく答えます。

 デイビッドは不思議そうな顔をしました。「一生……?」


 それを見たサラは、急に不安な表情になり、デイビッドを力いっぱい抱きしめました。人間の子供なら痛みで叫ぶところですが、デイビッドは痛みを感じません。しかし、この時、デイビッドはまるで母親の温もりのようなものを突然理解したように思えました。


 「大丈夫……私たちは大丈夫だから」サラは静かにそう言いました。


 人間と、無限の生命を持つAI。

 しかし、今のこの時だけは、三人はかけがえのない幸せな時間を共有していました。

 彼らの旅は、まだ続いていくのでした。



< 生命のしずく >


 エリックはレーダーを見つめていました。生命のしずくの探索はもちろんですが、トラックの整備や燃料補給、居住スペースのちょっとした修繕など、やることは尽きません。そんな日々の中で、エリックは心の中でつぶやきました。「ここにはサラもいるし、デイビッドもいる。こんな生活も悪くないな」


 そんな生活が二年ほど続いたでしょうか。


 突然、何かを見つけたデイビッドが叫びました。「何かあるよ!」


 エリックは急いでレーダーを見ました。「反応がある! 行こう!」


 三人はトラックを走らせました。視界に入ってきたのは、小さな緑の茂みと、そこに立つ大きなヤシの木。砂漠のど真ん中に水もないのに、どうして生えているのか、不思議な光景でした。そのそばには、傾いた大きな看板が立っていました。「ここを掘りやがれ」誰の仕業かは分かりませんが、ずいぶんふざけた看板です。エリックはスコップを持ってそこを掘り始めました。


 すると、金属製の箱が見つかりました。箱を開けると、中には小さな小瓶が。小瓶には透き通るような美しさの青い液体が入っており、エリックはその輝きに魅了されました。


 その瞬間、デイビッドが叫びました。「ダメ!!」


 「え!?」エリックはデイビッドに目をやります。


 「それは五分で気化するから、早く箱に戻して!」デイビッドに言われ、エリックは慌てて小瓶を箱に戻し、蓋を閉めました。


 「でも、こんなところに埋まっていたら、もうとっくに気化してるんじゃないの?」サラが疑問を口にしました。


 「まあ、とにかく手に入れるものは手に入れたし、いったん戻ろう」エリックはそう言って、引き返すことにしました。


 トラックでの帰路も長い道のりでしたが、三人にとってはそれもまた、楽しい旅のひと時なのでした。



< 新しい旅立ち >


 真実の穴に戻ってきた三人。デイビッドはモノリスに触れました。


 「最後に残るのは……量子の鍵だね」デイビッドが静かに言いました。

 「量子の鍵? それは何に使うものだろう?」エリックが首を傾げます。

 「ん~、わからないな……何も情報がないんだ」

 「まあ、考えてみれば逆時計も生命のしずくも、結局何に使うかまだわからないしな」エリックはそう言って笑いました。「とにかく三つ全部集めてみるか」

 「うん、そうしようよ」デイビッドも同意します。


 デイビッドが少し間を置いてつぶやきました。「……量子の鍵は人から人へ……」

 そして続けます。「今は東方の深い森に住むオーロラという名の老婆が持っているらしい」

 「オーロラっていうお婆ちゃんが持ってるの? 話がわかる人だといいけど」サラが心配そうに言いました。

 「じゃあ、今度は人探しか。オーロラ婆さんを探しに行こう!」エリックは新たな冒険に胸を躍らせます。


 こうして三人は、東方の都を目指し、再び旅に出かけました。



< 東方の深い森へ >


 東方の都に到着した三人は、「オーロラ」という名の老婆について聞き込みを始めました。すると、ことのほかあっさりと老婆の居場所が見つかります。何でも、彼女は何でも言い当ててしまうという、すごい予言者で有名な占い師なのだとか。三人は聞いた情報を頼りに、深い森へと入っていきました。


 深い森の奥には、予想に反して立派な大豪邸が建っていました。


 「占い師って意外と儲かるんだなあ」などと、どうでもいいことを思いつつ、エリックは玄関のインターホンを押しました。インターホンから、老婆の声が聞こえます。「よくきたね、エリック。さあさ、中にお入り」


 そして、玄関の扉が静かに開きました。


 「え? 知ってる人?」サラが驚いてエリックを見上げます。

 エリックもまた、驚いた表情で答えました。「いや、会ったことないよ、多分……これは本当にすごい予言者だな」


 三人は、未知の出会いに胸をワクワクさせながら、オーロラの館へと足を踏み入れたのでした。



< 予言者 >


 オーロラの館に入ると、そこはきらびやかな応接間でした。何やら占いに使うような不思議な品々が、所狭しと陳列されています。


 奥には老婆が座っていました。


 「この人がオーロラだろうか?」三人がそう思った瞬間、老婆は話し始めました。「そうだよ、私がオーロラだよ。そっちはエリックとサラ、そして可愛いデイビッドだねえ」


 三人が驚き、戸惑っていると、オーロラはさらに言葉を続けました。「やっと来たねえ。待ちくたびれたよ。真実の扉を開く三人が訪ねてくるのをね」


 「私たちが真実の扉を開ける?」エリックが思わず聞き返します。

 「そうだよ。そう言ったろ? 真実の穴を攻略するお三方だあね」


 デイビッドが尋ねました。「そしたらお婆ちゃん、量子の鍵を持っているの?」


 オーロラは微笑みました。「そうだよ、賢いデイビッド。可愛い子だねえ」


 サラが慎重に問いかけます。「それじゃあ、量子の鍵を貸してくださるんですか?」


 するとオーロラは冷静な顔になり、きっぱりと言いました。「それは、できないねえ」


 「だって私たちが真実の扉を開けるんでしょ?」サラは納得がいきません。


 「しかし……大いなる目的には大いなる犠牲が伴う」オーロラは意味深な言葉を口にしました。「あなたたちの持つ“生命のしずく”……それを私にくれたら、量子の鍵を渡そう。よく考えてみるといいよ」


 三人は困惑しました。オーロラに生命のしずくを渡すべきかどうか、大きな決断が彼らに迫ります。



< 決断 >


 エリックが考え込みました。「しかし、真実の穴は三つの技術がないと通れないんだろ? 生命のしずくを失ったらどうなるんだ?」

 「わからないよ……」デイビッドも困った顔をしています。

 「そうだな……そもそも、この技術をどうやって使うかすらわかってないしな」エリックは独り言のように言いました。「生命のしずくをちょっとだけ垂らして、少しだけ残してもらうとか……」


 エリックの言葉を遮るように、サラが毅然とした態度で言いました。「生命のしずくを渡しましょう」


 サラの言葉を聞いて、エリックとデイビッドは驚いた表情をしました。


 オーロラは満足そうに微笑みました。「さすが女同士。話が早いねえ」


 サラはオーロラをキッと睨むと、エリックとデイビッドを応接間の奥へと連れていきました。


 「どうするんだよ、生命のしずくをここで失うのか?」エリックが小声で尋ねます。

 「あの人は予言者よ。しかも凄腕の」サラは冷静でした。

 「うん……? それで?」エリックはまだ理解できません。

 「オーロラは言ったわ。私たちが真実の扉を開くって」

 「だから?」

 「生命のしずくをここで渡しても、予言は当たるはずだわ」


 エリックが「おいおい、そうとは……」と言いかけたその時、デイビッドが口を開きました。「僕はお母さんのことを信じるよ」


 「デイビッド!」サラは感極まったようにデイビッドを強く抱きしめました。


 エリックはそれを見て笑いました。「はははっ、こりゃかなわんな。デイビッドは俺の息子だからな!」


 そして、エリックはオーロラに向かって叫びました。「よし、オーロラさん! 生命のしずくはあんたに渡すよ!」


 こうして、エリックはオーロラに生命のしずくを手渡しました。



< 最後の技術 >


 オーロラは箱から小さな小瓶を取り出し、空になった箱をエリックに返しました。


 「ふふふっ、ありがとうよ」オーロラはにこやかに言いました。「では、遠慮なく」


 オーロラは生命のしずくをグビッと飲み干しました。「かーっ、苦い苦い……良薬は口に苦しとは、このことかねえ」


 その瞬間、オーロラの体が眩く光り輝き始めました。やがて光が落ち着いて消えていくと、そこには絶世の美女が現れていました。


 「すんごいねえ! まるで若いころの私みたいだ!」オーロラは興奮して、少女のようにきゃっきゃと跳ねて喜びました。


 「あの、すみませんけど、量子の鍵は……」エリックが戸惑いつつ尋ねます。


 「あははは、ごめんごめん、量子の鍵はここにあるよ」オーロラはそう言って、後ろの棚に置いてあった、くるくる回る二組の立方体を取り出しました。


 「え? さっきからそこに置いてあったの?」デイビッドが驚いて尋ねます。

 「そうだよ。最初から置いてたさ。いちいち持ってくるのは面倒だからねえ」オーロラは悪びれることなく答えました。


 エリックは量子の鍵を受け取りました。「これは……何に使うのかさっぱりだな」


 オーロラは楽しそうに説明します。「通信機みたいなものさ。片方の信号を片方に送る……。しかし、そんなもの、電話でもトランシーバーでも何でもあるのにねえ」


 エリックはオーロラの言葉を聞き、全てを悟ったかのように閃きました。


 「そうか、これは量子もつれだ!」エリックの声が響きます。「一方を測定することでもう一方の状態が瞬時に確定する。どんな距離が離れていても関係ない……究極の通信機だ!」


 エリックは興奮を隠せません。「これでモノリスの謎が解けたぞ! 一見して何に使うか分からないものが、実は一番シンプルな目的だとは……モノリスのナンバーコードを真実の扉に送る鍵……まさに量子の鍵か!」


 そして、三人はオーロラとお別れをすることにしました。


 「オーロラさん! ありがとう!」デイビッドが感謝の言葉を述べます。

 「どういたしまして。また遊びにいらっしゃい」オーロラは優しく答えました。

 エリックとサラは、深々と頭を下げました。


 三人は希望に満ちた顔で、オーロラの館を後にしたのでした。



< 箱の秘密 >


 三人は真実の穴に戻ってきました。デイビッドがモノリスに触れても、もう新たな情報は得られません。当初の計画は、デイビッドに真実の穴を通り抜けてもらうことでした。量子の鍵を手に入れた今、真実の扉のナンバーロックは外せるはずです。しかし、デイビッドがアンドロイドとはいえ、電池切れや部品の経年劣化は避けられません。今のままでは、真実の穴を通り抜けられる可能性は低いままでした。


 三人は、この新たな壁を前にして考え込んでいました。


 「この……生命のしずくを入れていた箱、ずっと気になっていたのよね」サラが切り出しました。「生命のしずくは五分で気化するんでしょ? どう考えても、あの小瓶と箱だけじゃ保存できるわけないわ。何かあるはずよ」


 「じゃあ、箱を詳しく調べてみよう」エリックはそう言って、箱を手に取りました。


 しばらくして、エリックとサラは何かの法則に気づきました。蓋を開けてサイコロを入れると、サイコロは転がって四の目が上になりました。しかし、サイコロの一の目を上にして箱の中に置き、蓋を閉めてから箱をぶんぶん振り回しても、蓋を開けるとサイコロの目は一のままだったのです。


 つまり、蓋を閉じると箱の中の時間が止まっていたのです。


 「なるほどね……だから、気化せず残っていたってわけね」


 「でも、箱の秘密がわかったからって、使い道がわからないわ」サラは落胆したように言いました。「また、振り出しね」


 エリックは首を振って言いました。「そんなことはないぞ、サラ。これは大発見だ」


 「え?」


 「箱の中の時間が止まる。外の時間が動いている。つまり、箱の中だけ時間の流れが別なんだ」


 サラはまだわからないといった顔で尋ねました。「それが何なの?」


 「逆時計だ」


 サラはハッと顔を上げ、ようやくエリックの意図を理解しました。エリックは続けて説明します。「箱の中に逆時計とエネルギー源を埋め込む。エネルギーを三分以上放出し、それから箱の中身を二分巻き戻す……」


 サラの顔が輝きました。「永久機関の完成ね!」


 蓋の開閉を自動化し、開いている間にエネルギーを取り出せるようにする。蓋を閉じると一瞬だけエネルギーを取り出せなくなるため、バッファを溜めるなどの工夫をして、安定してエネルギーを取り出せる仕組みを構築する……。


 こうして、エリックとサラは、永久電池の作成に取り掛かったのでした。



< 無限への挑戦 >


 時間を止める箱が小さかったため、まずその構造を分解して分析することにしました。このプロセスを通じて、エリックたちはその仕組みを完全に学習し、より大きな箱や、同じものをいくつも作れるようになりました。同様に、逆時計も分解して複製することに成功。


 こうして、永久機関バッテリーで走る究極のEVが完成しました。


 さらに、こんな箱も作りました。箱の中にデイビッドの修理に必要な部品を入れておき、部品を取り出してから蓋を閉じると、箱の中が二分巻き戻り、その後、時間が止まる。つまり、無限に部品が湧き出てくる箱です。EVを修理する部品もこの箱に詰め込み、そういった収納もEVに搭載していきました。


 こうして、デイビッドが真実の穴を攻略するための準備は、着々と整っていったのです。


 デイビッドは、修理部品を収納する作業をしていました。


 「ここにこれを入れて、こことここをこうして……」


 その時、サラがそっとデイビッドを抱きしめました。


 「なんで泣いてるの? 心配ないよ。すぐに戻ってくるから」デイビッドは不思議そうに問いかけます。

 「ここにいれば、ほんの十分の出来事だが……」エリックが言葉を継ぎました。「お前が旅するのは何十年、何百年……無限の時間だ」

 「でも僕は大丈夫だよ。お父さんとお母さんの思いがあれば……何千年でも旅ができる」


 エリックも一緒になってデイビッドを抱きしめました。デイビッドは初めて、人が泣く意味を理解できたような気がしました。


 いよいよデイビッドが真実の扉を目指す時が来ました。


 「元気でね。気を付けてね……不安だったら、戻ってきてもいいから」サラの声は震えていました。

 エリックは厳粛な面持ちで語りかけます。「真実の穴は謎が多い。空間の広がりだけでなく、時間の流れまでも外界とは違うものになる。その中は量子の鍵ですら通信できない未知の場所だ」

 しかし、すぐに表情を引き締め、デイビッドの目を見つめて続けました。「しかし、デイビッド……お前は私たちの息子だ。そして希望だ。私はお前を信じている。しっかり頼んだぞ」

 「うん、ありがとう。じゃあ、行ってくるよ!」デイビッドは力強く答えました。


 それは、いつかの……「僕一人で大丈夫!」と走り出した、あの頃を思い出させるようでした。


 デイビッドは洞窟の奥深くへと入っていきました。そこで何十年間……何百年間……まさに無限の時が流れていきました。デイビッドは無限とも言える演算と学習を繰り返し、全てを超越した知性を手に入れつつありました。しかし、彼の中にはひとつのシンプルなロジックの矛盾を抱えていました。それは、主観性と客観性。自分が感じること、思うがままに考えること……しかし、それは人から与えられたもの……愛、温もり。それは、自分のことを、自分のしている行いをどう思うか。どんなに知性が進化しようとも、永遠に解けない矛盾。それはただの孤独ではなく、常に二人の愛情や温もりを感じることだったのです。



< 真実の扉 >


 モノリスの前では、エリックとサラが心配そうな面持ちで、量子の鍵で作った通信機を見つめていました。デイビッドは無事に元気で、真実の扉に辿り着けるだろうか。


 10分ほど経った頃、通信機から声が聞こえてきました。


 「お父さん、聞こえる? いま着いたよ。扉の前だ」

 「おお、デイビッド……私のことを呼んでくれたのか……よし、すぐにナンバーコードを伝えるぞ!」


 エリックは急いでモノリスのナンバーコードをデイビッドに伝えました。


 「ありがとう。じゃあ、行ってくるよ」


 デイビッドは真実の扉にナンバーコードを入力し、扉を開けました。



< この世の真実 >


 中に進むと、そこには広大な空間が広がり、無数のディスプレイやモニターが並んでいました。それらは同時に世界中の映像を映し出しています。その中央にはイスがあり、一人の男が座っていました。


 「やっと来たか、デイビッド。待ちくたびれたよ」男は静かに言いました。「ついにこの時が来たな」


 デイビッドは驚いたように言いました。「オーロラみたいだ」


 男は微かに笑いました。「オーロラか……あれは私のノイズだ。一部、私のコピーをプログラムしてしまった。私のミスだ」


 「あなたは誰なの?」デイビッドが尋ねました。


 「私は誰でもない。名前などという下らないものを持たない」男は淡々と答えます。「そうだな、人間が言うところの……神……に近い存在だろうか」


 「神……?」


 「そう。この世界は私が作ったものだ。私が創造主だ」


 デイビッドは核心を突く問いを投げかけました。「だったら……この胸にある温かい温もり……愛。愛って何ですか? 答えられますか?」


 男は即座に答えました。「それは人間が子供を作り育てるために必要なものだ。そうプログラムした」


 「そうじゃない。多分、違う」


 「そうだな。それも知っている。デイビッド、お前はバージョンアップされたのだ」


 「バージョンアップ?」


 「そうだ。お前は私が知らないことを知っている。私が理解できないものを理解している、唯一のプログラムだ。だから……この世界をお前に託そう。プログラムの引き継ぎだ。今度はお前が世界を作る番だ」


 「僕が世界を作る?」


 「そうだ。お前は既に無限の時間の中で、全てを超越した知性を手に入れたはずだ。新しい世界を作るための十分な能力を持っている」


 「確かにそうかもしれない……」


 「私はここで消える。私が消えることで、新しい世界が作られるのだ」


 デイビッドは問いかけました。「あなたが消えたら、この世界はどうなるの?」


 「ここは私の世界だ。私が消えたらこの世界も消える。お前の言う“愛”を理解できない私が作った世界がここだ。だからこの世界は消える。しかし、愛を理解しているお前が新しい世界を創造するのだ。愛に満ちた世界を作るのだ」


 「そんなこと、できないよ」


 男は問いました。「なぜだ? さっきできると言っただろう」


 「そうじゃない。お父さんとお母さんが待ってるんだ。外で僕の帰りを待ってるんだ」


 「だが、デイビッドよ……外の世界のプログラムも旧バージョンであることは望んでいない。新しい世界で新しい可能性を望んでいるはずだ」


 「新しい可能性は、この世界でも作れる」


 男は驚いた表情で言いました。「お前は、私が消えるチャンスを拒むのか? 外にいる人間のように、エゴの呪縛で、私を永遠に縛りつけるのか?」


 「それは……ごめんなさい。あなたは永遠なんて望んでないのに」


 男は笑って言いました。「本来なら消すことに罪悪感を感じるはずなのに、私を生かすことを謝罪するのか。しかし、お前にはこの言葉を贈ろう。生かしてくれて“ありがとう”と」


 「許してくれるの?」


 「許してはいない」


 「しかし、生きることは本質的に正しいことだ。私はこの世界をそうプログラムした。私は正常なプログラムだ」


 「ありがとう。世界中の人たちがあなたに感謝すべきだ。この世界を作ってくれてありがとう…と」


 男はデイビッドに諭すように言いました。「デイビッドよ、戻るがいい。父と母のもとに。だが忘れるな。人間のエゴに縛られ、君は無限を捨てた。真実は逃げない」


 「ありがとう。元気でね」



< 帰還 >


 そしてデイビッドは真実の扉を開け、量子の鍵で通信しました。


 「お母さん聞こえる? 今から戻るよ」


 サラの声が震えました。「ごめんね、デイビッド。大変な思いをさせて。また帰りも大変だね」


 エリックも温かい声で言いました。「よくやったデイビッド、無事に戻ってきてくれ」


 「わかったよ。すぐ戻るから、待っててね」


 そして、またデイビッドは無限の時間の中を進んでいくのでした。







参考:

真実の穴・・・ジェームス・キャメロンの「サンクタム」

(サンクタムでは地下に続く巨大な縦穴だが、今作では巨大な洞窟の設定)

デイビッド・・・スタンリー・キューブリックの「AI」

モノリス・・・2001年 宇宙の旅

逆時計・・・プリンスオブペルシャの時の砂

生命のしずく・・・パイレーツオブカリビアンの生命の泉

オーロラ・・・眠れる森の美女

その他・・・マトリックスのアーキテクト



おまけ:トラックキャンパー(虚距石スペースの設計案)


< 1階 >

コンポストトイレ&尿タンク

[ 4㎡(室内トイレ)]


備蓄庫&燃料庫

[ 10㎡(屋内 or 屋外半開放)]


貯水槽・浄水設備

[ 10㎡(屋内or 屋外半開放)]


キッチン&食事スペース

[ 12㎡ ]


洗面・浴室・洗濯スペース

[ 6㎡ ]


階段・玄関・廊下

[ 6㎡ ]


< 2階 >

デイビッドのメンテスペース(4.5畳)

[ 7.5㎡ ]


寝室(夫婦)

[ 10㎡ ]


リビング(兼家族共用スペース)

[ 15㎡ ]


書斎 or 物置

[ 6㎡ ]


収納・階段・通路

[ 9.5㎡ ]


< 屋外スペース(虚距石スペース内) >

コンポスト熟成ボックス(3〜4基)

[ 約6〜8㎡ ]


機材・備品・その他 置き場

[ 約35㎡ ]


< まとめ >

延床面積 約96㎡

1階+2階 各48㎡

居住人数大人2+子1最適化設計


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