第9話 悪い女と夢だけ数えて
ノリヨシは何度もポケットから、メリケンサックを取り出しては仕舞う。その姿を 岬 一燐 に見られている事に気がついたのか、指にメリケンサックを嵌めたままポケットに手を押し込んだ。
「町山さんから、お前が尋ねてくるって聞い時、どんな奴なのかって思ったよ」
「背格好くらいは聞いてたんだろ? だから、」
「そりゃな、でもよ、こんな事に駆り出されんのは初めてだよ」
岬 一燐 は警棒を取り出して、その先に刃物を取り付けながら聞いていた。ストラップに手を通し、逆手に握って壁にもたれ掛かる。
「オレが知る、町山 キミコ の日常生活はもっとハードな感じだったけど」
「俺たちゃ本体の者じゃないんだ。畜生ッ、絶対にここに現れんなよーッ」
「ギャングなんだろ?」
「ギャングだからってよ、抗争とかには興味ねぇよ!」
警備員が店内へのシャッターを開け始めた。開店までは後5分ほど、扉を囲む様に数名の客が待ち構えている。それを駐車場に停められ車の陰からじっと眺めていた。
マサルとバオは、1階の正面入り口に回っている。開店すれば客の流れに乗ってB1Fの両替機付近にやって来る。そして近くにあるイートインから見張る予定だ。
ノリヨシと 岬 一燐 は、駐車場上側から人の出入りを見張る。両替機が設置された場合へはこのどちらか二箇所を通らなければ行く事は出来ない。
「俺は本部入りなんて興味もねぇし、御免なんだ」
「何でギャングなんてやってんの?」
「毎日女たちのケアをしてさ、そりゃ中にはタイプじゃない子もいるけど、それでも皆んなに働いて貰って何とか切り盛りしてるんだ」
「そうか」
「何やっても上手く行かねえけど、こいつは上手くやれてるし向いてんだよ」
誇れる動機なんてある筈もなく、選択肢が塞がれてただそうなってしまっただけ。岬 一燐 だって似た様なものでしかなく、マフィアとの抗争で名を上げたい訳でもない。
店が開いて客が流れ込みはじめた。正面入り口は、隣接する駅が人を流し続けて途切れさせることはない。
「一燐、俺たちも中に入ろう」
「もう少しここで待とう」
「何でだ?」
「来るなら駅からだろ? オレならその後ここで車を狙う」
ここの駐車場で車から降りたという理由で誰かが襲われる。下手をすれば殺されてしまう。本当に車を借りるというだけの不道徳な動機の奴にだ。
きっとそうして借りた車も返しに来ることなんてなく、適当に乗り捨てられたそれを誰かが警察署に通報し、見つかった場所の連絡を受ける。
そして盗難保険も下りずに犯罪に使用された車を安く払い下げる事になる。
ノリヨシの電話が駐車場で鳴り響いた。
「やべぇ、、」着信音に慌てて電話を切ってしまった様だ。本当にこんなヤツがギャングなのかと疑ってしまう。電話はマサルからで、イートインに見張りについたのだそうだ。
岬 一燐 は内心で『あの男も予定通り来る』と確信と願望を混ぜていた。
バイブの動作音が、また着信している事を周知させる。
予定通りに現れたそうだ。ゆっくりと店内への入り口付近に向かって足を進めてゆくと店内から漏れる悲鳴が聞き取れた。
その悲鳴は仲間の危機を知らせるアラートだ。二人は急いで店内を走ると正面からあの男が走ってくる。後ろの方でマサルが倒れている。バオはそれを介抱しているのだろう。
「マサルさん!」ノリヨシも仲間の安否に気が行ってしまっている。
〝どいつもこいつも
捕まえる気がないなら、どいてろッ!〟
岬 一燐 は、左側を走るノリヨシをつき飛ばした。岬 一燐 は右に飛び退き、すれ違いざまに右手に握った警棒を太腿辺りを狙って振り抜いた。
遠心力でシャフトが伸び出し、警棒の先に取り付けた刃物は、ふくらはぎの下辺りを切り裂いた。もの凄い勢いで転けて滑って行く。
冷静だった。何も考えずに 湖凪 クレハ がやりそうな事をヤった。
もう一方の足の太腿の刃物を突き立て、右腕左腕に警棒を叩き込む、刃物が邪魔でも気にせずフロアを削って殴りつける。
「ノリヨシ! 車だッ!」岬 一燐 が声を上げた。
バオがマサルを引きずって近くまで連れてこようとしている。
「マサルが何度も刺された!」バオの声は未だハッキリしている。
だが、バオも腕で防いだだろう切り口が深く開いている。岬 一燐 は、倒れているスラブ系の男の腰に振りかぶって警棒を叩き込む。
それはどっちが折れようが知ったことじゃない潔さだった。
うつ伏せに倒れる男の襟ぐりを掴んでフロアを引きずって駐車場へ向かう。まだノリヨシが車を回せていない。
「電話だ! 電話するんだ!」
その声にバオは我に返っているのか怪しそうな手つきで、スマホにコールさせている。岬 一燐 は、スラブ系の男の服を探りアパートの冷蔵庫で見た袋を掴み取った。
中身はパスポートと紙幣の束詰まっている。
『 ……………………… 』
「マサルが刺されました、どうしたら、」
『 ………… 』
「もの凄い血が、、、」
『 ………… 』
「代わってくれ!」岬 一燐 がスマホを取り上げる。
『………況を説明しなさい』
「オレだ 岬だ! 男を捕らえた。袋も取り返した」
『分かったわ、撤収先を説明するからノリヨシに代わりなさい』
「車を取りに行かせた! マサルと男の方も車に積み込む」
『死んでいるの?』
「マサルは分からない、男はまだ喋れるはずだッ」
『分かったわ。車を出したら千葉方面に向かわせなさい』
「車が来たッ! 後で連絡する」
ワゴンの荷台にマサルとスラブ系の男を並べて寝かせた。バオ後部座席に座らせて見張らせると、岬 一燐 は助手席に乗り込んだ。
車は徐行に近いスピードで駐車場内を走行している。
「何やってんだ! アクセル踏み込めッ」
「分かってるよ! 狭くて、」
「当ててもいいんだよッ、ささっと踏み込めッ!」
ノリヨシはゲートで駐車券まで入れそうな雰囲気だ。岬 一燐 は、バーを薙ぎ倒せと真横で焚き付けて、車のスピードを上げさせる。
「そこから突っ込め!」
「逆走だ!」
「もう逆走してんだろッ、ゲートなんて知るか!」
千葉方面に向かえと 町山 キミコ から指示の通り話した。
「岬だ、千葉方面に向かってる、スマホをスピーカーに切り替える」
そう言ってコンソールの小物入れのスペースにスマホを置いた。
『よく聞きなさい、今から、』
そりゃそうなるだろう。死体を和海軍に事務所に運び込む訳にはいかない。ましてやもう片方は、抗争中のマフィアと思しき男。このまま行方不明にするしかない。
暫く走ったあと何処かの突堤に到着する。もう既に車3台が停車して待ち構えていた。車から降りてくる者たちは、それなりの悪事を合法的にやってきた 岸田 嘉一 と同じ大人の顔つきをしている。
ワゴンの荷台を開けて運んできたニ体を下ろした。一体は死んでいる、マサルだ。もう一体は苦痛で歪んだ顔が生きている証拠になった危険な男だ。
町山 キミコ が車から降りて 岬 一燐 の前に歩いてきた。
「全部持ってくるなんてね、よくやったわ」
思っていた通りの声で何故だか安心した。約束を果たした証拠に紙袋を差し出すと、その袋を隣に立つ男に手渡した。男は中身を確認し頷いている。
町山 キミコ は、仲間の男に ノリヨシとバオを目黒区にある寺田病院へ運ぶようにと指示をする。流石にお抱えの医者でも死体はその後の扱いが際どいのだろう。
乗ってきた車は、後ろの怖いおっさん達の片付けに利用されるのは、ドラマで見た事があったからよく分かる。
岬 一燐 が「約束通り協力した」そう言ったのは『もういいだろ?』という意味ではあったが、それは入り口で一つ協力したに過ぎない。
町山 キミコ は握手でもする様に銃を握った手を差し出した。
「ここで地面を舐めるか、私が指示したところを舐めるか、選びなさい」
「 …… 」
もう銃口がいつでも眉間にくっつきそうな身近さにある。
はじめの選択で生と死に分岐する。一方的に50%は選ばせない様に銃口が塞いでいる。いや、必ずしも選べない訳では無い。だが、それなら逃げて暮らすべきだった事に価値を見出してしまいそうになる。
「分かった、アンタの指示ならそうするよ」
「一緒に乗れて良かったわ」町山 キミコ は、銃を下ろしてズボンの腰裏に差し込むと、腕を 岬 一燐 の首に回して強く肩を組んできた。
「色な味して飽きないから期待していいわ」
〝悪い女はいつもオレを晴らす〟
車に向う足は迷わなかった。
◇
目まぐるしく二週間ほどが過ぎた。
あの男はテュルク系民族出身、名は アントン・イヴェラヴィチ・ポポフ。
スーチ・ルーチ、ロシア支部の構成員だった。本部組織のあるトルコを経由し入国してきた事が分かっている。偽造ICタグに纏わるビジネスへの警告を兼ねて訪れていたとの事だ。
パスポートは和海軍の傘下で働いている女性から渡されていた。奪った物ではなく女が客の男に作らせたものだというのだから、もう二人て消えてしまっていても不思議ではない。
むしり取られる方も身ぐるみを剥がれてから気づく様なら、痛みを感じるのはずっと後になってからなんだろう。そこまで鈍感なら、いっそ不感の方がマシな人生だったのかもしれない。
ノリヨシとバオは、町山 キミコ の口利きで山狼連に加わった。あの辺りの仕事は はよく理解しているらしく、監視させる男の人選は、女の子が仕事を全うするために最善を尽くしているかで決めているという。
結局、章 玥が誰か…… どちらなのかは分からないままだ。シリカもリリカも見つからなかった。湖凪 クレハ が勧めたスーチ・ルーチに加入しなかったのに、和海軍で 町山 キミコ の下で働くのはどうなんだと疑問が湧く。
〝結局自分で決めたのは生死だけ
いつだって死ねないままで夢だけ数えてる
クレハ にもう一度逢えるなら
何て話そう…… 〟
今、渋谷区である男がホテルから出てくるのを待っている。
それが夜だろうと日曜日だろうと関係ない。岬 一燐 が所属するのは、年中無休のブラック企業。もう、やってる事と言ったら違法労働と言っても差し支えない。しかも大した手当もなく低賃金ときている。
まぁ、それは現金に限っての話しではあるのだが……。
岬 一燐 は若さと行動力を気に入られ大抵の場面で、町山 キミコ に同行を強いられる。お陰でスーツにベルトを巻いて、スコッチグレインの革靴を履いている。
それが本社勤務ってやつだから。
町山 キミコ は外出先で偉そうな連中に会う度に「私が連れてきた新人で」と紹介をする。どいつもこいつもド中年を地で行く、コレステロールで詰まった管みたいな話しかしない。マンホールの蓋にでもなった気分でコーヒーは2杯まで飲む事にしている。
面白いのは、岬 一燐 に対して男と女でリアクションが大きく異なること。
男は恨めしがって、女は羨ましがる ────
町山 キミコ もそれが気分いいのだろう。それに毎日が忙しい。ギャングとはいっても良いビジネスが出来れば本望なのは確か、…… 内容はともあれ。
「おい、一燐。起きてんのか?」
「起きてません」
「…っ、しゃぁーねぇけどな、起きろっ」
町山 キミコ の側近のゴツイ男、 谷山 国士 と、その節では後ろからワイヤーで首を絞めてくれた、王・ジェン が 岬 一燐 を引っ張って連れて行く。
深夜に呼び出され、事務所から車で立ったのは数十分前の事だった。
「出てきたみたいだ」運転席にいる ワンジェン が振り返った。
「行こうか」谷山 国士 が声を掛けると、助手席の 岬 一燐 もドアを開けた。
簡単な仕事だ。ホテルから出てきた官僚に「その子は未成年だ」と伝えるだけ。台無しなるものが大きいほど手打ちも捗る。その後の厳しい人生相談については 町山 キミコ が引き継ぐ。
この官僚の立場に限って言えば、取引をして損など無い。寧ろ合法かもしれない様な気で良い思いを十分なまでに熟せる、捕まるまでの間は。
この男の引き金は重いどころか、セーフティが効きぱなしだったのだろう。だからそこに実はタマが入って無かった事にさえ気づていない。
女は録画アングルもお見事だった。流石、山狼連の専門職。
町山 キミコ は偽造IC タグの製造とその商流を範疇に収めつつある。この二つをコントロールする事によって和海軍 次期筆頭の座にのし上がる気でいる。
結果から言及すれば、不法滞在者のICタグをロンダリングしていた、李 誠実を 湖凪 クレハ が殺害してしまった。そこから新たな経路の確保が急がれていた事に話しは繋がる。
未だ生きていれば 張公士は、岸田 嘉一 たち公安によって隔離されているだろう。だが司法取引を餌にきっとまた何処かに泳いでくる。
それにしても 町山 キミコ は、湖凪 クレハ の存在を知っているのだろうか?
もし、あの殺害現場に一緒に居たと知ったら、怒り、悲しみ、殺すだろう。
そうなるのは 町山 キミコ の期待に応え、他者の妬みを愉悦し、拾った子犬を世話する様な愛情の注ぎ方を 岬 一燐 にしてしまったからに他ならない。
失いそうなものに怒りを催し、虚構となって悲しみが満たす、指には引き金が絡んでしまって引くしかなくなる。私情のもつれのそれでしかない。
兎も角この官僚が、間を挿してくれたお陰で暫く目眩しになる。
まさに明日への架け橋をかける行為さ。
岬 一燐 も『良い仕事したな』って言ってやりたい気分だった。
女のケツ持ちが口を挟んで来る、ノリヨシとバオだ。警察官の格好をした和海軍の奴が呼び出されると、後は男が一寸だけのお先真っ暗を選ぶか否か。
白々しく 町山 キミコ と幹部の男とがやって来る。
いつだって 町山 キミコ はクールで出来る女だ。必ず生きて帰った者にはYESと言わせている。岬 一燐 とノリヨシは、笑ってしまうの堪える方が辛い状態だ。この官僚には同情なんてしなくてもいい、今日も気分はいい。
男が出入国在留管理局へのアクセス権を有していたことで、町山 キミコ も上機嫌だ。帰りの車に同乗した際は、組んだ足のふくらはぎ同士をぴたりと付けて静止画の様に保たれていた。いつに増してしなやかに。
ただ早い段階で 岸田 嘉一 ともう一人、丸刈りの中年に筒抜けてしまいそうである。。そして泳がされるのは確定だろう。司法取引を持ちかけられれば寝返る。それはあの官僚が生の選択しか出来ずに死ねないから。
着々と資金源を築き上げている。
町山 キミコ の台頭は、他の若頭にとって脅威だろう。ICタグの件がシステマチックに稼働し始めたら、内部抗争の方が先に始まりそうな気配もある。
マフィアとの抗争も進む中、鉄砲玉や弾除けになるリスクを更に上げる。
それを踏まえて 町山 キミコ は部下たちへの還元を怠らない。それに自ら先陣切って現場に乗り込むから若手構成員からの信頼が絶大に厚い。
組織のナンバー2からは悪者に仕立てられ易い要素を兼ね備えている。
町山 キミコ もそれを承知している。きっと何処かに隠れ家に武器、資金もプールして備えているだろう。
岬 一燐 としてもこのまま、和海軍として暮らし終えるつもりはない。だからと言って、邪馬台区への復帰もない。指名手配もされているだろうから、もう家には帰れない。
無限に利用可能な魔法のICタグさえあれば十分に暮らしてゆける。
〝問題はいつここから抜けるかだ〟
湖凪 クレハ は、岸田 嘉一 に捕まったのだろうか?
多分それはない、そんなタマじゃない。生息場所なら知っている。
恐らく澱みが濃くてもきっと何処かで、ありのまま漂っているに決まっている。
あの美しいクラゲは今も ────
◇
ある日の午後だ、いつになく表情の険しい 町山 キミコ が口を開く。
特別なことは感じない、いつも通りだ。全てを許す以外にない。
町山 キミコ が口を噤んだ。それだけだ。
若頭の一人を 町山 キミコ 本人が色で嵌めてから、折を見て組織から追放すのだという。良い気はしない。何故だろうとかじゃなく、直接撃ってきた方が早いのも一理だからだ。
でもそんな単純ではないらしい。仲間内で共通の悪者を仕立て上げてから落とすためなのだとか。そういう流れが出来れば、それに乗り遅れまいと他の若頭が、町山 キミコ に乗っかる。それが最も大事なのだという。
偽造ICタグのビジネスも、未だ軌道に乗る様な段階でもない。下っ端が見ても勇み足なのは否めない。足場を固める方が先決の筈。
ただ若頭同士の間では、町山 キミコ がボスに取り入っているという空気を強められ、ボスに梯子を外させる事でを組織の結束を促そうと働きかけているらしい。
それを扇動している若頭は次期筆頭に最も近く、今このタイミングで 町山 キミコ の資金源の基盤を取り上げなければと画策している。
〝くだらねぇ、政治家かよ
ギャング名乗ってんなら、撃てよ!
何が『空気を強め』だ、馬鹿かよ〟
案外どこに居たって空気が薄いと目を回して酸欠を起こす。結局は、上空では生き辛く、地表以下で蠢くしか生き残れない。
岬 一燐 としては和海軍に未練は無くても、町山 キミコ には少なからずとも想いがあった。ひと回り以上、歳上であるため単純な言葉で表す事は難しい。
はじめは公安に連行されずに済んだ事への借りであった。だが次第に組織を動かす力や、仲間への気づかい、岬 一燐 の身を立てさせようとする 町山 キミコ の求心力に漠然と惹かれるのは仕方がない。
下らない手を使うゴミ同然の若頭に怒りを感じ、一瞬とは言え 町山 キミコ を取られる悲しさを抱きはじめていた。
町山 キミコ が気にかけているのは暴発しないか…… そこだ。
この日、岬 一燐 は 谷山 国士 と ワンジェンに加えて、林 ガイエン という他支部の幹部と 偽造パスポートのリサイクル工場の視察に訪れていた。
半期に一度は視察を兼ねて品質チェックを行い、不正な横流しや、ましてや競合するスーチ・ルーチの手が入っていないかなどを確認する。
儲かれば良いと考えている奴は、直ぐに横流しをするから目配りが欠かせない。ここで働く連中は元は技術研修生と言われた飽和した不法労働者たち。
一緒に来た 林 ガイエン は 町山 キミコ が現在、手を組み足を組み関係性を深めている次期筆頭若頭 湊ロンタイ の部下の一人。
廃った手の内を見せても信用するなんて思ってはいない。それは織り込み済み、協業に持ち込んでからが 町山 キミコ の本領発揮となる。湊 ロンタイ 達は帰化人で幹部を構成している。よくある保守派の発想のそれだ。
多民族化したとはいえ、ローカライズによる無個性化を嫌うものは多い。結局それは、小さな国を沢山形成するだけでしかない。その結果、砂場に王様が居座ってしまい、王様に気に入られなければ砂遊びに混ぜて貰えなくなる。
不満を抱く奴ほど 町山 キミコ に転がされて一緒に走る仲間になる。今、向こうの幹部がよく知り、よく理解しているのは、湊 ロンタイ の好物や好みであり、金の使い方ばかり。
だから下っ端の金の稼ぎ方は危険なものばかりに繋がる。そして自らギャングをはじめ出す始末。何れその中の誰かが報復するだろう。ある日、車から降りた時に。
町山 キミコ が至るところで小さなギャング組織を使っているのはそのためだ。
「なるほど、よくわかりました。上と相談して決めます」
「林さんは、どう思いますか?」谷山 国士 が意見を求める。
「歩留り設定が高いから、生産性が悪いんじゃないですか? あと……、あそこのラインを担当している人の数が、」
「あ〜、気づかれたかぁ。あそこは問題があって何とかしろって言われててね。一度、ウチの町山 連れて来るんで、話し聞いて貰えると助かるよ」
この後も 谷山 国士 は、この 林 ガイエン でも分かりそうな事を指摘させて腕を買う側に徹している。林 ガイエン は、金融系に強くプライドが高い。こいつには見合うポジションで頑張って貰う事になるだろう。
堀を埋めるの地味ながら効果は絶大だ。
今日は夕方から特にすることが無い。ここ来て二ヶ月が過ぎようというのに、未だ正式に休日と言っていい日は無い。それに 町山 キミコ が事務所に顔を出す機会は、めっきりと減ってしまった。
谷山 国士 から明日の昼まで休暇をとって良いと言われ、組みのスマホを渡された。「何かあれば直ぐ来れる所に居ろ」という話しだ。それなら事務所で寝て過ごしても良さそうだ。
スマホを見ると今日が火曜日だと知った。
あの通りに面したあのビル。扉を開くことが出来る日。
「オレちょっと、ちょっとギギラミーを見てくるよ」
「お前の休日何んだ。お前の好きにすれば良いさ」
「少ないけど軍資金だ、ホレっ」
「ありがと」
久しく 町山 キミコ に会えていないのに、何だかんだで居心地はいい。
岬 一燐 は、跳ぶ様に駅まで走っていって、電車に飛び乗った。当然、使用しているのは偽造ICタグだ。魔法とまでは言わないが5ヶ月は飲み食いしても問題無い程度に使用可能だ。
電車の窓から白金にあるJピールセレクトが見えている。随分と久しぶりの光景だ。
あのビルがある通りまで歩いて行くと、以前は屋上から光だけで主張していたコンビニがあった。適当に食べ物とコーラ、それと白桃のリキュールを買っておいた。
レジを済ませて表に出てから「ぬるくなるよな」そう袋に向かって聞いていた。相変わらず通りは、花輪と胡蝶蘭を並べ替えた新装開店の居酒屋やラウンジで華やいでいる。
雑居ビルの階段を上がって屋上の扉に手を掛けた。鍵は掛かっている。ジングルベルを歌ってドアを軽く叩いてみたが、中に居そうな気配もない。未だ来ていないのだろう。
今日、来るかどうかも分からない。
でも、今日一日しかないのなら、ここでしか逢えない気がしていた。
きっと何処からともなく、あの髪が揺れ動くのだと信じていた。
階段に座って買ったもの食べながら時計を見た、20時36分。
元々する事は何もないし、したかった事の一つは今はじめている。岬 一燐 は預かったスマホでネットを見て時間を潰した。どの話題もコンパチな内容で目新しいくはない。
23時17分、約束していた訳でも、顔を出す保証なんてのもないのだから、待ち惚けるのは覚悟の上だ。2本目のコーラは開けずにおいてある。白桃のリキュールも雫を拭えないでいる。
2時21分、眠くてうつろうしている。階段の横で待ちくたびれて眠ってしまっていた。2本とも雫が乾いてしまって、背景と同じ色に馴染んでしまっている。
6時44分、ケツが痛い。
〝あのクラゲはどこを漂ってんだ?
もう今日が結構過ぎてしまってる
今度来た時はもっとゆっくりとさ……〟
2日は待つよ ────
岬 一燐 は開かなかった扉を眺めた。
階段の隅に蓋の開けていないコーラと白桃のリキュールを並べて置くと、ゆっくりと後退りする様に階段を下りていった。
一人で街へ降りると、通りも街角も全部、朝の疲れきった表情を晒している。
流石に階段で寝ると身体のあちこちが痛いむ。
雨でも降りそうな暗い空模様が駅までの足を早めさせた。
〝あそこでも待ち惚けるのは御免だ〟
雨が打つ前に和海軍の事務所へと急いだ。
◆
第10話へつづく
こっちの扉が閉まって あっちの扉が開く、よくある仕掛けさ。
予定通り、8万文字を超えました。
活動報告にアップしました通り応募コンテストを変更しました。作風の問題です。それに伴い文字数の上限に合わせた文章化が必要になります。
オーバーした場合、『小説家になろう』の方は修正しない予定です。
※誤字脱字などは修正は頑張ります