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第8話 頭上の逃げ道と足下の道標

絵は無くしてもいいよね?

挿絵(By みてみん)

 藤堂塗装工商店は、この新代田駅を越えた先。


「あそこの角、曲がった先だよ」

「案外、遠かったな」

「あのさ、私、ちょっとトイレに行きたいんだよね」

「さっきコンビニにあったよな、オレは先に行って様子見てくるよ」

「あんまり先走らないでね」


 岬 一燐 は曲がり角に立って左側を見た。湖凪 クレハ が向かったのは目と鼻の先にあるコンビニ。


 正面に向き直し、路地に入ると少し先に駐車場がある。その先に足を伸ばしても建設中のマンションに空いた土地、それに民家が数軒。


 こんな狭い区画なのに、それらしき建物は見当たらない。だが、どう見ても電信柱の表示物は目的地を主張しているのだから間違いはない。



 角の小さな空き土地の前に自販機だけが設置されている。


 その明かりの前で 湖凪 クレハ を待つことにした。ぼんやりと光ることで精一杯の()()は、釣り銭切れもアピールをしている。


 岬 一燐 も「使えないままか?」と自販機にぼやくと、何気に問い合わせ先の表示に目がいった。そこには『藤堂塗装工商店』の表記と、問い合わせの電話番号が記載されているのを目にする。


「えっ、これ、」岬 一燐 が声にした瞬間だった。


 サスッ バチンッ ヂヂヂヂッ ────




「またこのガキか。 車に乗せろ。 前らは女が現れるまで張ってるんだ」


 男達は、岬 一燐 からテーザーガンの針を引き抜き、手足を結束バンドで縛る。顔には袋を被せると数名で土嚢袋でも引き摺る様に連れて行く。


 梅酒とコーラを持った 湖凪 クレハ が曲がり角のとこまでやって来ていた。


 複数人の気配を察したのか、こっそり覗く様に曲がり角の先を見ると、自販機の前で数名の者達が 岬 一燐 を車に押し込めている。


 寡黙になった自販機は、指示をしている男の顔をぼんやりと照らしだす。


 この角で見張るのは危険と感じた 湖凪 クレハ は、通りの反対側、道路を挟んで少し離れた物陰から自販機の照らす先を睨み続けた。



 黒塗りのバンが一台、路地を出て走り去った。



「おい! どうなってんだよ!」痺れが取れた 岬 一燐 ががなり立てる。

「大人しくしてろ! 暴れるとスタンガンを使用する」



 頭に何かを被せられて前は見えない

 後ろ手に何かで縛られている……

 足も自由がきかない



 どれくらい経ったのか、何がどうなったのか分からない。


 車から降ろされてエレベーターに乗せらる。両脇を抱えられ、背中に何かを突き付けられている。椅子に座るように指示され、肩を押さえつけられる。


 頭に被せられた袋を剥ぎ取られるとその眩しさに目が眩む。


 正面、少し離れた戸口には、スーツを着た男が二人立っている。



 真後ろから低く乾いた声がした。


「オレはお前みたいなガキが、犯罪に走るのを見ると胸が痛む」


 男が椅子を引きずって正面へ回ってくると、向かい合う様に腰を下ろした。


岸田(きしだ) 嘉一(かい) …… 」

「ご名答だ。褒めといてやる。お前の名前は?」

「アハマド、」

()()()の他に、このカードケースにICタグが3枚入っている」


 アハマド、アル・ハシャーニのICタグをチラつかせている。


「たまに付け替えるんだ」

「吉田 隆史、岬 一燐、安田 浩二、お前の口から聞きたい」


「岬 一燐 だ」


「他の三人はどうした?」

「世田谷区の駅へ向かう途中で絡んできたチンピラのだ」

「得意のバールを使って奪い取ったのか?」

「まぁな」


 岸田 嘉一 は「こいつらを調べてこい」、そう言って4つのICタグをカードケースに仕舞うと、後ろの二人に見えるよう顔の高さに持ち上げた。


 後ろに立つ一人が 岸田 嘉一 からカードケースを受け取り部屋を出ていく。廊下で誰かに指示する声が聞こえると、その男は直ぐに戻って来て、また定位置で立っている。


 威圧感を抑え切れない眼光、頬の深く刻みついた皺が歪む。


章 玥(チャン ユエ) は何処にいる?」

「誰? チャン・ユエ?」

「お前に何て名乗ってるかは知らねぇが、女は今何処だ?」

「何処も何も、そんな女は知らない」

「ならお前はあそこで何をしていた?」



 湖凪 クレハ というのは偽名だったのか? その思いが込み上げて苦味さえ感じさせる。吸い込んだ息で胸に飲んで流し込んで抑え様としても、炭酸飲料を飲んだ後のゲップを我慢した時と同じで()()()()スッキリとしない。


 ノックもせずに部屋に男女二人が入って来た。


 男の方は、岸田 嘉一 と同年代くらいに見える。背丈は 岬 一燐 より少し高いくらいで、坊主に近い短髪だ。ネクタイはヨレずに首輪の紐にしては不自然なくらい未使用。コイツが偉そうだというのは堅い。


 女の方は黒い髪を後で一括りにし、パンツスーツ姿だ。恐らく30半ばから後半、清楚で穏やかな雰囲気。


 ここで明らかに場違いな格好をしているのは 岬 一燐 ただ一人。



 女性が優しい声で話しかけてきた。


「一燐くん。あなたは何故、拘束されているのか理解できていない、そうよね?」

「へっ…(ふぅ) 皆、同じスーツを着て、どっかの広告か何かで … 」

「誤解はある様だけど、理解は出来そうだから安心した」


 岬 一燐 から視線を外さずにその様子を見ていた 岸田 嘉一 が口を開いた。


「お前、俺たちが警察だって分かってないだろう」

「あんたが人身売買やってる悪党だってことくらいしか知らない」


 周りの者達が一斉に失笑した。


「俺たちが泳がせていた 張と伊坂を誰かが殺害した」岸田 嘉一 が指差す。

「一燐くん、チャン・ユエは、偽装ICタグの製造に纏わる犯罪組織の一員なの」


「女の居処を俺達は知りたい」岸田 嘉一 がポケットからタバコをだした。

「岸田さん、ここ禁煙です。吸うなら外でどうぞ」

「仕方ねぇなぁ」



 岸田 嘉一 が女性に嗜められて出て行くと、女性と一緒に入って来た丸刈りの中年男が口を開いた。


「君は重大な犯罪に加担している。知らなかったとしてもだッ」

「知らないのに犯罪なのかよ?」


 女性が目線の高さを 岬 一燐 に合わせ顔を近づけた。

「一燐くん、あなたが利用さているなら、私達も助けたいと思っているの」


 目の前で話されている事が、どこか上の空で身体の内側のどこにも噛み合わない。


 しかし、明らかに目の前にいるスーツを着た者達の髪型やベルト、それに革靴は上場会社に勤務するサラリーマンのそれでしかない。



 まるで 湖凪 クレハ が、組織の末端の口封じをして回っているかの様にも錯覚する。では 町山 キミコは? それにスラブ系のあの男は何者なんだ!



 もし、町山 キミコ もコイツ等が泳がせている警察官だとしたら、途中で姿を消したのは 湖凪 クレハ が始末した可能性だってあるということ。


 それならあのスラブ系の男は、湖凪 クレハ と同じ組織の者なのか?


 ロシアンマフィアが口封じをして回っていると考えるのが順当だと?



 妄想だ! 分からない、いや分かっても……、未だ真実じゃない



 だが、目の前のスーツ達は、岬 一燐 の知りたい事には答えない。ただ情報を吸い上げようとするだけで、ギブ&テイクなどはない。


 ただ一方的に吸い尽くしたら、殻は務所だ。



「一燐くん、チャン・ユエの潜伏先を教えて欲しいの」

「知っている事を話すので、一つ教えて欲しい事がある」

「話せる事ならね」


「二日ほど前、ギギラミーの近くで女の子が刺された」


 女性は小さく頷いた。


「黒髪をツインテールにした、右上唇に2つホクロがある子のこと?」

「そう、その子が突然、スラブ系の男に刺された」

「その子は、山岸 みゆき。死亡が確認されているわ」

「なぜ刺されたの? 何をしたの? それを教えて欲しいんだ」


「それは捜査に纏わる事だから教えられないの」


 女性は、丸刈りの中年男の顔を見た。


「岬君、我々の質問は女の潜伏先と連絡方法だ!」男は少し声を大きくした。


「……、刺された理由くらい教えてくれてもいいだろ!」

「君は被疑者という立場で、ゲストではない! 君はチャン・ユエに、スケープゴートにされている事を理解しているのか?」



「一燐くん。これ以上、罪を重ねないためにも、ね」



 寄り添う様に手を広げ、巣穴から顔出すのを覗っている

 罪ってなんだよ、もう安心だよとでも言いたいのか

 そんなことよりコイツらを追い払ってくれよ



 岬 一燐 は、待合せ場所として、スラブ系の男が居たアパートを教えた。丸刈りの中年男と優しかった女性が部屋を出て行った。



 丸刈りの中年が、岸田 嘉一 と女性に作戦の指示をする。


「岸田は見張らせている部下を拾って潜伏先のアパートで合流」

「ああ分かった」

「藤崎、君はここに残って被疑者の監視と他の情報を取れ」

「分かりました」


「あのガキは父子家庭だそうだ。母親の愛情に飢えている」


 岸田 嘉一 が女性に 岬 一燐 のICタグを手渡した。


「あんな大きな子供がいる様な歳ではありませんけど」

「我々がやるより、君の方が話せる事もあるだろう」

「分かりました、出来るだけ吐かせる様にします」



 戸口に二人の男を残して部屋の外では数名の足音がする。慌ただしく車が2台、砂利道を走る音を立てて行った。



 ここが何処かも分からない。パーティションを畳んだ会議室? それともイベント会場の一角なのだろうか? 出て行った車の音の聞こえ方から、ここが4〜5階くらいなのだろういう事は感じ取る事が出来る。


 それに、ガラスを割って連行された警察署とも雰囲気が異なる。



 岬 一燐 の考えが及ぶのはそこまで。今は『湖凪 クレハ』という名前は出すべきではない。


 答え合わせが終わるまでは ────



    ◇



 藤崎と呼ばれていた警察官が戻ってきた。


 きっと 岸田 嘉一 たちはあのアパートを調べ、冷蔵庫のパスポートを見つけるのだろう。そこからスラブ系の男の正体が分かる。


 その後、 町山 キミコ がどういった形で姿を見せるかで、繋がる先が決まってしまうのかもしれない。



 その頃、藤堂塗装工商店の自販機前を張り込んでいた警察官2名が、何者かの襲撃を受けて死亡していた。


 警察官が所持していた、手錠、警棒、テーザーガン、スタンガン、ICタグや手帳は持ち去られている。



 現場に到着した 岸田 嘉一 が、丸刈りの中年男へ連絡を入れる。


「オレだ。張り込んでた部下がヤられた。道具も持ってかれたよ」

『保全を優先しろ。こちらは所轄に応援を要請し到着次第突入する』

「わかった。こっちも今応援を要請したところだ」

『引き継ぎが終わったら藤崎と合流しろ』


「いや、ガキの口を封じられる前に移動させるべきだ」

『わかった。藤崎に移動の指示を出す』



 あれから20分ほど経ったか如何かという頃合い。藤崎警察官のスマホが呼び出し音を鳴らして振動している。スマホを耳に押しあてて部屋を出て行った。


 戻ってきた藤崎警察官は、戸口に立つ二人に何かを指示すると、二人の男は 岬 一燐 の頭に袋を被せて両脇を抱えた。



 車で移動させる気だ

 アパートであの男を捕まえたのか?

 それとも居なくてパスポートと現金が入った袋を押収したのか?



「どこに連れてくんだよ」

「貴方の安全を確保するためなの。黙って従いなさい」



 岬 一燐 の為ではなく、情報源が口を封じされてしまうのを防ぐため、というのが正しい言葉使いだろう。母親を真似るなら、中年のオヤジに愛想をつかせて出ていくべきだった、こんなどん底なんかより。



 外に連れ出されると、足が砂利道を歩いている事を伝えてくれる。


 車のドアが開いた音がすると、直ぐ近くでスライドドアが開く様な音もする。


「何だ貴様ら!?」


 ダンッ ダンダンッ 


「ぅあッ!」 


 ダンダンッ


 岬 一燐 は頭を下げる様に押さえつけられると車に押し込められる。


 バシャッ! ────


 ダンダンダンダンッ


 車の窓ガラスが割れた? いや運転席に乗り込んだ藤崎警察官を窓越しに撃った音だ。岬 一燐 は車から引っ張り出されると、別の車に押し込められた。


 シュルジュジュルルーーーーゥ  ガコ


 スライドドアの閉まる音が発車の合図だ。


 どういう状況かは全く理解が出来ない。だが前後左右に揺れ動かされて、猛スピードで車が走行していることは体感できている。


 袋を被せられていても分かる事がもう一つある。右腕をゴツイ男、左腕は女に抱えられている。後ろの席のヤツがワイヤーの様なものを首に掛けてシートに押さえつけ、助手席のヤツが走行経路を運転手に指示している。



「お前、一体何なんだよッ!?」岬 一燐 が左側に向かって言った。


「貴方の方こそ、自動販売機の前で何をしていたのかしら?」


 まったく聞いたことのない声。それでも腕を撫で付ける様な長い髪が、闇に姿を隠していたとしても、その名を浮かび上げて想像させてしまう。


  隣にいるのは 町山 キミコ なのだろうか?



「藤堂塗装工商店に用があって」


「なんの用かしら」

「売られた、リリカとシリカという不法滞在者の姉妹を探してる」


 身体を(まさぐ)り、藤崎警察官に首に掛けられたICタグをTシャツの首から出された。女が顔を近づけたのが感覚的に分かる。


「そんな名は聞いたことがない」少し間をおいて女は続けた。


「ところで貴方は何故捕まっていたのかしら?」



 もしこれが 町山 キミコ なら、湖凪 クレハ が言ってた『他にも二人居たお仲間』に顔を見られている可能性がある。話す内容を間違えるとその気がなくても、首が締まり切ることを現実に起こさせる。



「ギギラミーで女の子を買ったんだ」

「そう」

「ケツ持ちしてるヤツを脅していけば、何れ姉妹の居場所が分かると思ってた」

「ふん、で?」

「買った女の子を男が刺し、追いかけてそいつが住んでる場所を突き止めた」

「続けて」

「外出するのを待って侵入した。藤堂塗装工商店の住所を書いたメモがあった」

「他には?」

「冷蔵庫にパスポートとシンガポール紙幣が入った袋」

「それ持ってきた?」

「そのままにしてきた」


「その後は?」

「空き地の前の自動販売機を見てたら身体が動かなくなった」


「彼らは貴方に何を訊いたのかしら」

章 玥(チャン ユエ) の居場所と連絡方法を訊かれた」


「誰のなの?」

「知らない」


 幾つか女に質問をされた。刺された女の子が『山岸 みゆき』という名で死亡したと知ったことや、チャン・ユエとの待ち合わせ場所に刺した男のアパートを教えた事などを話した。


 突然、女に股間を鷲掴みにされる。


「公安相手にいい度胸(たま)だわね。 いいわ、」



 一つ協力してくれたら、一つ協力してあげる



 耳を疑う言葉だ。



「パスポートが入った袋を取り返してくるのよ」

「分かった」

「あなたが協力して欲しいことは何かしら」

「武器がいる」

「いいわ」


 車が停車し、手足の結束バンドが切られた。手を後ろで組んでおけと言われ、降車させられる。3日以内にパスポートを持ってギギラミーにいる和海軍のメンバーに申し出ろというものだった。


「逃げたければそれもあり。でもその場合、貴方を追うのは公安だけじゃなくなる」



 ある日、知らない人に突然刺れる事もあるわ

 それは来月か数年後かは分からない、でもその日は必ず訪れる


 もし大切な人がいるなら、隠れて人前に出ないで暮らしなさい



「ゆっくりと100数え終えたら、頭の布を取るといいわ」


 誰かが足元に何かを置くと車が走り去った。


 40くらい数え終えてから頭の布を外し、地面に置かれた物を見つめる。ホルスターに入った二段式の警棒だ。ホルスターには警棒の先に取り付けられる刃物が付属している。


 辺りを見回せば、そこは高速道路の上。


「何処だよここッ」


 岬 一燐 はズボンを下ろしてホルスターを巻くと警棒を隠す様にズボを上げた。



 標識に従うなのら、360mも歩けば用賀PAに辿り着く。四の五の考えても仕方がない路肩を走ってパーキングへと向かった。


 そのパーキングには地上と、この場所を繋ぐエレベーターがある。


 このまま道が途切れるまで走って逃げれば見つかりっこない。でもそれじゃきっと今までよりもっと酷い明日が繰り返しロードされるだけ。



 もう一度、ここから下りて  クレハに話そう ────



 急いで世田谷区の駅へ向かった。金の無いICタグでは乗り物に乗ることも出来ない。武器より魔法のICタグにすれば良かったと思いはじめていた。


 何とか明け方にはあのアパートの付近に到着した。警察官に封鎖され物々しい状況に様変わりしてしまっている。辺りを囲う様に群衆がそれを覗き込む。


 封鎖された最前列では、TV局やネットニュース、SNSで発信したい者たちが我先にとエサ箱をつつき合っている。


 あの男がどうなったのかで、今後の分岐点が決まってしまう。パスポートを持って逃げたのなら向かうべきは空港。だがこの状況、暫くは何処かに潜伏するだろう。


 もし捕まったかパスポートを置いて逃げたのなら押収されている。そうなれば取り返すなんて不可能だろう。その場合はどうする?


 逃げるか、それとも和海軍に駄目だった事を申し出るか……。



 ある日、唐突に死が訪れるのだろうか? 大切な人が出来た時に限って、その人にも不幸が訪れるのかもしれない。もしかすると、山岸 みゆき も、本人の問題ではなかったのかも……。



 そう考えれば、今は 湖凪 クレハ や、マキロ達にも近づかない方がいい。湖凪 クレハ は先日の件で 町山 キミコ の組織の者に顔がバレてしまっている可能性が高い。



 二人で協力した方が良いのか? そう言えばなんて答えるのだろう?

 とにかく今は冷蔵庫にあった袋がどうなったのかハッキリさせよう。


 それが今すべきことと、他の事を考えなくていい。



    ◇



 近くに居た人に「何かあったんですか?」と尋ねてみた。


「犯人がベランダから飛び降りて、下にいた警官を何人も刺したんだよ」

「そいつ、捕まったんですか?」

「いや、凄い足が早くて追っかけたけど逃したって話しだよ」

「そうなんですね」



 ベランダから逃げたのなら、玄関先に 岸田 嘉一 たちが押し掛けたという事だ。飛び降りる前に足がつく物、冷蔵庫からあの袋を掴み取って逃げる筈だ。そう 岬 一燐 は推測していた。



 潜伏するには金が要る……、両替だ!

 品川のショッピングモールの下にも外国紙幣の両替機あったよな

 他にもあるはず! 何処にある……



「くそッ」


 岬 一燐 は、タックスフリーの大型ショッピングセンターや、大型家電量販店に設置されていた様な記憶があった。それらが開店する10時までに和海軍を通して、あの女と連絡を取るしかない。


 ギギラミーへと踵を返し走った。




 その頃、岸田 嘉一 は、藤崎警察官の襲撃現場から 岬 一燐 が連れ出された事を受け、岬宅を訪れていた。何らの手掛かりを探しと、父親の岳生 を場合によっては保護するためだ。部下2名を同行させている。


「ここだ」


 ピンポンピンポン


「いねぇのか?」

「岸田さん、管理人から鍵を借りてきます」


「おい、うるせーぞッ」早速、隣の黙っていない住人だ。

「すまない、用が終わったら引き上げる。だから黙ってろ」


 もう一人の部下が警察の捜査である事を告げ、邪魔をする様なら公務執行妨害で検挙すると告げた。隣人は黙ってすごすごと巣穴からへ引き下がった。


 いつだってそうすりゃ良かったのかもしれない。岬 岳生 だって十分、公務は失効中なのだから。


 部下が管理人を連れてやってきた。鍵を開けさせて中に入るとかなり臭う。人の気配がする部屋の扉を開くと、大量飲食物を買い込んで寝ている 岬 岳生 を確認した。


「酒くせぇな、お前ら所轄と連携して拘置所に入れておけ」

「了解ッ」


 岸田 嘉一 は、溜め息をつくとキッチに足を向けた。机には 岬 一燐 名義になっている薬の袋が置かれている。中は既に空だ。薬を取り出した殻だけが机に捨てられている。


「おい、この薬が何か調べてくれないか」


 部下の一人がスマホで確認する。


「向精神薬の様ですね。かなり強めでの様ですが」

「そうか、あのガキ、…… まぁいい」


「ここはお前らに任せる、俺は藤崎が襲撃された現場に戻る」

「わかりました」




 ギギラミー前に到着していた 岬 一燐 は、和海軍に関係してそうな強面の男を探して辺りを見回す。20半ばで長めの髪をセンター分けした、気さくそうな男が声を掛けてきた。


「そこの君、君だよ。 岬くんかな?」

「ぁあ、そうだ」

「和海軍にでも用があるのかい?」

「ああ、急いでる」

「そこの2階だ」


 そう言われて気さくな男の後ろついて行った。狭い雑協ビルの飲食店に似たような感じの男が2人待っていた。


「早かったな」男が手の平を上にして伸ばした。


「いや違うんだ。世田谷区周辺で外国紙幣の両替機がある場所を探している」

「何故だ?」

「男がパスポートとシンガポール紙幣を持って逃げた」

「んん? 何処から逃亡する気なんだ?」

「この状況だと空港は無理だから、世田谷区周辺で外国紙幣の両替機がある場所に連れて行って欲しい」


 室内に設置されたモニターからそのニュースが流れている。スラブ系の男が警察官を刺して逃げたと報道している。2階のベランダから飛び下りて逃走したのだと。


 ニュースの内容は取り逃した失態を掘り下げて煽っている様にしか見えない。



 三人のリーダーだろう男が何処かに連絡をしている。


「言ってた奴が来たんですが、」

『 ………… 』

「いえ、パスポートは持ってきていなくて」

『 ………………… 』

「そうです。金を持って逃げたらしく、両替機を、」

『 ……… 』

「世田谷区周辺だと言ってます」

『 ……………………… 』

「分かりました。すぐに向かいます」



 男が立ち上がって「今から新宿駅に向かう」そう言うと、ここを案内した気さくな男に向かって車の鍵を投げて渡した。


「オレも一緒に行かせて欲しい」岬 一燐 も同行することを嘆願する。

「お前はハナから頭数に入ってる、連れて行けとの指示だ」



 こうしてあの男と接触するため、和海軍の三人と行動を共にする。



 リーダー格の強面の男は、マサルと呼ばれている。恰幅の良い歳がかなり上の男は、バオ。はじめに声をかけてきた気さくな男は、ノリヨシ。


 そう呼べと聞かされる。



 店の前にワゴンが横付けにされると 岬 一燐 は、マサルと後部座席に乗り込んだ。和海軍だけでなく、他の下位組織も主要駅に向かわせているという。各チームに外国紙幣両替機の場所を順次指示するのだという。


「下位組織って?」

「組にも満たない組織だ、俺らもそうだった」マサルは言う。

「小さきゃ、俺らみたいな3、4人さ」バオが付け加えた。


「でも何とか本部の要求を満たせてる」マサルは窓の外を見て口を動かす。



 和海軍が小さい組織を傘下において勢力を伸ばそうとしているという。水面下でマフィアであるスーチ・ルーチとの抗争が始まっているのだそうだ。


 マサル達は、シノギはきつくても和海軍を名乗ることが出来る様になって世界は変わったらしい。それにこの各地区を束ねる者に認められれば本部組織への登用もあるのだという。



「町山 キミコ…… 」

「口には気を付けろ、ここらを束ねる若頭の一人だ」

「そうなんだ」

「頭の下に6人の若頭がいて、俺らは町山さんの組織の末端だ」



 新宿駅に到着する前に、マサルのスマホが鳴り出した。向かう先が駅の向かい側にある大型家電量販店。その地下1階に設置された両替機が見張れとの指示だ。



「ところで男はどうしたらいいんだ?」岬 一燐 がマサルに尋ねた。

「とっ捕まえろという指示だ」

「何人も殺してるヤツだから気をつけないと、」


「俺は殺しはした事がねぇけど、喧嘩じゃ負けない」

「銃とかあんの?」


 車内は爆笑だ。銃なんてあれば脅し放題で、札束数えて暮らせるらしい。


 残念だ。岬 一燐 は、銃の引き金を平気で引くヤツ等に出会してきたけど、どいつも札束なんて数えていない。


 引き金を引くか、死んでるかだ。


 こいつ等にはスニッカーズを配っておいた方が良さそだと、真剣に考えてしまう。誰だって銃さえあれば全部解決するとはじめは見込み違いをする。でも引き金が軽くなりはじめてからなんだよ、ヤる奴らに巻き込まれはじめるのは。



 ワゴン車は大型家電量販店の地下駐車場へと潜って行く。



 B2Fに駐車するとエスカレーターで上へと急いだ。未だ10時前、両替機の設置された場所はシャッターが降りている。マサルとバオ、ヨシノリと一燐 の2組に分かれて姿を隠した。



 岬 一燐 はあの男が()()に来ると確信していた。だから 町山 キミコ は、ここに連れて来いと指示を出したのだと。


 あの男がもし何事もなく予定通りに空港から居なくなるのなら、ここの駅を経由する。お土産に家電でも買うのなら、タックスフリーで外国紙幣の両替機がある()()だ。


 ベランダから飛び降りるくらい急いでるヤツが今更、新しいメニューなんて選び直さない。予め決めていたコースの中から欲しいモノに手をつける。



    ◆



第9話へつづく


 喧嘩じゃあの男には勝てない、躊躇なく殺されるか殺すかだ。




言葉や文面としての作り込みにムラがあります。

8万文字必要であるため投稿優先中、次回で予定通り届きます。

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