第6話 あの輝きを浴びながら
少し離れた所で 湖凪 クレハ が待っている。
切れてしまった電灯のせいで、その表情は視認できない。
ため息がでるよ 終わってるよ
2歳年上の天使とか死神とか、最悪でしかない
不可抗力とは言え、撃てなかった判決はどう下るのだろうか。きっと何も出来なかった事を軽く笑って大したことがない事を分からせるのだろうか。
「オヤジは居なかった」
「そう、なら撃ったと思えばいいんじゃない」
「居てもホントに撃てたかどうか、…… 分からない」
「私に一燐を撃たせなかったんだから、それで良しとしなよ」
「もしオヤジを撃ってきたら、オレを撃った?」
「うん、そりゃね」
そう言うのは知っていたとしても安い一言だ。そんなに簡単に返され、撃たれてしまったら存在価値と存在意義とか、どう思われているのだろうと詮索してしまう。
「なぜそんなに簡単に撃ったり出来るの?」
オレと何が違うの?
「私の引き金は軽いからなんじゃないの」
「引き金が軽い?」
オレと同じじゃないの?
「私は台無しなるものが、もう残っていないから」
「台無し?」
オレだってもう滅茶苦茶なんだよ
「そうだね、一燐は諦めなければチャンスはあると思うよ」
「そのチャンスが20年後とか30後だったら、いらねぇよもう」
まだ勉強だって、資格取ったり、オヤジを病院に入れて
でも、もう無理だ
どう足掻いたってゴミ以下から這い上がれない
「そうかな? 結果なんて『今』分からるものだけじゃないよ」
「クレハ、続きをしたい、今の続。ここの続きじゃなくって」
「…… そう、わかった」
湖凪 クレハ に銃を返すと、シリンダーから抜き取った弾薬を手渡された。使い方は自由だという。だが、父親の岳生 を撃ったら 岬 一燐 の頭を撃つのは変わらないそうだ。
エレベーターのインジケータが、誰かが上がってくる事を知らせている。二人は階段を降りて今いるフロアを後にした。踊り場で上の階でエレベーターの止まった様な音がする。
その音は足音と共に遠くなっていってはっきりと聞こえない。
「どこに向かうの?」
「中央区へ戻って、そうだねぇ……。今夜は私の家で寝るか」
「クレハの家?」
「屋根は無いんだけどさ、結構広くて普段は誰でも自由に出入りさせてる」
「そうか、何かオレには考えても分かんないけど」
「まぁ、私に任せなよ。天気以外はなんとか出来るから」
「すげぇな、それじゃオレは雨降らないように祈っとくよ」
その街角に行けば24時間いつだった人が溢れている。時差ボケしてない様な狂ってるヤツは、すぐにカモられてしまう。そこ居るまともなヤツは、街の色に馴染んでしまったイカれたヤツ等。
「電車はやめておこう、方向さえあってりゃ大した距離じゃないよ」
「クレハ、家まで少し掛かりそうなのか?」
「ん? ここ私ん家の玄関だよ」
「だろうとは思ってたよ。家の広さって皇居くらいあんの?」
「まさか、私のお尻くらいのサイズだよ」
「それは随分とエコノミーなんだな」
「はははー、そりゃそうだよ。半分くらいはボタニカルで出来るんだから」
「ボタニカルって何だっけ?」
「ピザとかさ、クレープとかポテトみたいなヤツのことだよ」
「へー、じゃぁオレも結構ボタニカルなんだな」
「チーズ&チーズはボタニカルじゃないよ、残念」
歩いてく途中でコンビニに寄って色んな食べ物漁り、また白桃のリキュールを買っている。オレもまたコーラを買っている。奪った携帯と財布をドブ川に捨てた。
「捨ていいのか?」
「大体分かったから」
携帯の持ち主は シドニオ・伊坂 コスタ というらしい。ポルトガル系の名だ。財布には金がそれなりに入っていて、他に意味がありそうなものは、カード型のルームキー、それと本人のICタグだ。
ルームキーの表面には『エクスリート31』とロゴが入っている。大手が運営するマンスリーマンションのため物件数もかなり多い。男は腰に鍵が吊り下げてたというから、恐らく本人が住んでいる部屋ではない。
姉妹が引き渡さした組織を聞き出していた。スーチ・ルーチ というロシアンマフィアだ。壊滅したヤクザ構成員を吸収して勢力を伸ばしている、名うての危険なマフィア。
「ああ、なんか聞いたことあるなぁ、スーチ・ルーチって」
「ま、ヤバい奴らだよね」缶に唇をつけた 湖凪 クレハ は心なしか冷めていた。
どうやって姉妹を奪還する気なんだろう?
あの伊坂という男を撃った後の 湖凪 クレハ はらしくないと言うか、少しイラついた様な感じがしていた。
それはそうかもしれない。マフィア組織が相手では簡単に手を出せない。警察に通報して姉妹もろとも検挙させて救出するしか手立てが思いつかない。
そうなれば姉妹は移民裁判所へと連行されるだろう。
まさか襲撃する気なのか?
岬 一燐 の頭にはそれしか浮かばなくなっていた。
その姉妹も強制送還先で暮らす方がマシなんじゃないのか?
イヤでも、言葉は大丈夫なのかな?
会った事もなければ、実情も知らないため答えなんて出てくる筈もなく、グルグルと妄想がループしている。日本の何処かに、そういった子ども達の収容施設があるって学校で聞いた様な気もしていた。
そこなら強制送還せずに保護してくれるんじゃないか?
そんな淡い期待しか抱くことの出来ない 岬 一燐 ではきっと、何にも力は及ばず、それにきっとまた、何も変えることの出来ない明日を迎えてしまう。
ただ今はこの澱みをフワフワと揺れ動くクラゲに頼るしか術はない。
随分と歩いた。ようやっと溢れだしてきたネオンサインが、街の中間色を排除しはじめる。そしてハードミックスな世界を映して二人を人ゴミへと誘う。
「クレハ、大丈夫?」
「ちょっと疲れたかも」
「少し休んだ方がいいな」
ここの交差点を行き交う面子を見れば、24時間静まらない理由を証明している。
「おや、クレハじゃねぇか。彼氏かい?」
「やぁ、マキロ、一燐っていうんだ。リリは元気かい?」
「ああ変わりねぇよ。 へぇ、君はここらじゃ見ないなぁ」
「はじめて来たんだ。マキロさんよろしく」
「さん、はいらねぇよ、一燐。よろしくな」
「じゃーねぇ、今から弟とデートなんだ。リリによろしくね」
湖凪 クレハ はそう言うとコンビニで買ったソフトスルメイカ、サラミや飴にカロリーメイトなどから、適当なものを選んで投げて渡した。
マキロと呼ばれた男は笑顔で「いつも悪いな」と言うと手を挙げて、電飾と人の波に紛れてしまった。
その後、幾人かに同じように声を掛けられ、同じように食べ物を渡していた。湖凪 クレハ が言うには、ここで暮らすための繋がりだそうだ。それがなければ置き去りにされるという。
置き去られた者は、上手い話しも、不法滞在者の検挙情報、誰が捕まったのかさえ回ってこなくなるそうだ。湖凪 クレハ の様な者達は互いに匿って凌いでいる。
意外だった。暴力的な事を厭わない行動から、マフィアやギャングの手先、若しくは一匹狼に近い感じの詐欺師なのかと想像していたからだ。
確かに声を掛ける連中は男も女も見た目で分かるチンピラばかりだ。だが 岬 一燐 のイメージしていたものとは程遠い。
そいう連中に、湖凪 クレハ は敬意をもたれている様に思える。施しを分け与えるのただの一面でしかなく、色んな事があったのは想像がつく。
暫くすれば、弟分とされる 岬 一燐 もここでは毟り取られずに暮らせそうだ。
「クレハってさ、マフィアの手先かと思ってたよ」
「祖父が不法滞在者になった時、仲間を集めてギャングをやってたんだ」
あっさりとした返答だった。それにその答えはスッキリとさせてくれる。
ギャングは、マフィアと違って組織化されている訳ではない。世代交代しながら続くコミュニティでもない。今となっては顔が通るってだけ、他のコミュニティと争ったりはしないのだろう。
「祖父は恨まれてたから他のギャングに売られたんだ。それで母が検挙された」
「そうだったんだ」
「うん、その時にね、私も連行された」
「……、それで襲撃したのか」
「私はね、マイフィアに売れたんだ」
「……、襲撃の話しって、11って言ってたよな」
「まぁ、長い間、商売をさせられてた」
何となく予想はしていたものの、本人の口から聞かされるとかなりショックだ。検挙したのは出入国在留管理局職員 李 誠実 の上司、岸田 嘉一 だそうだ。
「アイツはトラウマなんだ。顔見ただけで息が出来なくなる」
「そうだったのか、先に聞いてりゃ銃借りて撃ったのに」
「ありがと、でも無理だよ。それに私の印象、変わったでしょ」
「いや、そんなことはない」
「多少は想像はしてただろうけど、確定しちゃったら見る目も変わるよ」
リキュールを片手にそう口にすると、目を閉じて薄っすら笑っている。
湖凪 クレハ の声は明るい筈なのに何故なんだろう。見透かされてた様に、受け取った言葉通りの結果となってしまっている。
憐れみや、ましてや蔑みを感じた訳ではない。
ただ結果を感じてしまった ────
空っぽになってしまったら、クラゲの様に漂うことが叶うのかもしれない。
◇
一方通行で一車線の道路沿いを歩いて行く。同じ様な雑居ビルや平屋の古い飲食店が立ち並ぶ。当たり前の話しだが、ここの交差点は朝まで点灯を繰り返し、年中無休で常に営業中だ。
だから人が途切れることはない。曲がり角の空いたスペースには人が屯う。道路の真ん中を人々がいつまでも練り歩く。立ち往生しても閉店にはならない。
今夜の寝床は、この通りにある3階建ての雑居ビル屋上だそうだ。
幸い晴れているのは救いと言って良い。
通りに面した建物はどれもこれも古びていて昔のまんま。店舗だけが頻繁に新装オープンを繰り返し、頻繁に花輪と胡蝶蘭を並べ替えているから華やいで見える。
寝床となる雑居ビルは、地下が居酒屋、1階と2階はスナック、3階は予約制ラウンジになっている。
3階は窓が塞がれていて明かりは見えない。非常階段から上へと向かう。
屋上手前の扉は当然の様に鍵が掛かっている。湖凪 クレハ が手にするのは合鍵なのだという。
「ここは火曜日だけ利用できるんだ」
「ここって下のラウンジの休憩場所かなんか?」
「うん、そうだよね、定休日は誰も来ないんだ」
「よく合鍵なんて持ってたな」
「まぁそこは色々さ」
扉が開いたその先には、40平米にも満たない場所にリクライニングする椅子が置かれていた。壁際にベンチシートがある。脇に置かれたタバコの灰皿に使っているであろう水を張った缶が、風向きによって臭ってくる。
コンビニやアミューズメント施設も隣接し、あらゆる光が混ざり合った間接光で、異質なリゾート空間を演出している。
今となっては、湖凪 クレハ の言ってる事の大半に根拠が伴いはじめている。訳が分からない女の方が良かった気もする。『お尻のサイズ』と言ってたのはその椅子で間違いはなさそうだ。もう陣取ってリクライニングはMAXだ。
「そこのドアの横に蛇口がある。体洗いたいなら先に使っていいよ」
視線を向けると扉のある壁の横に、ホースの繋がった蛇口が見える。
「いや、いいよ」
「そのホースのヘッドにさ、ジェットってのがあって、」
「いや、大丈夫だから」
「なんなら、私が洗ってあげようか?」
「バカじゃねぇの!」
「じゃ、私が先に使わせてもらうよ」
「冗談だろ!?」
ため息をついて『理屈っぽいなぁ』とでも言いたげな表情をみせられる。
「そんな事でいちいち頭振ってたら1ヶ月と持たないよ」そう嗜められた。
湖凪 クレハ は座っていた椅子を端へ寄せると、ブーツを脱いで裸足になっている。何を考えているでもなく、普通に服を脱いで椅子に重ねて置いゆく。
一切合切を失って、それが最も満ち足りた姿をしている。髪を揺らせてゆっくりと歩み寄ってくと、岬 一燐 はたじろぐ様に脇へ退いた。
まるで映像でも鑑賞しているかの様に此方に対して無干渉だ。蛇口を捻ってとシャワーヘッドを手に取る肢体とその揺れ動く体に 岬 一燐 は魅入ってしまっていた。
案の定、顔面にジェットを浴びせられる。
「見てんだったらさ、ジェットしてよ」そう言ってシャワーヘッドを渡された。
「何でそっちに行くんだよ!」湖凪 クレハ が通りに面した所に立ったから、岬 一燐 がそう言ったのも当然だ。
「一燐、外すと下の通行人に水が掛かるよ」
「ヤバいだろ!」
「よく狙いなよ。ホラ、早く!」
滅茶苦茶だ。シャワーヘッドの引き金を引いた。湖凪 クレハ はジャンプをしたり、回ったりしている。身体に当たって飛び散る水滴が、カラービーズをぶち撒けた様に飛び散って消える。
ネオンサインの間接光で飛び散る水滴が色鮮やかに煌めいている。逆光で表情は、はっきりと見えなくても漏れる笑い声がそれを補完してくれている。下の方から通行人の声がする。
はじめは見ている側の 岬 一燐 の方が、恥ずかしさを隠しきれないでいた。
「外すな! 当てろ当てろー」
「左右に動くんじゃねぇよ! は、はははっ」
「足ばっか狙ってないで! ちゃんと狙えよ 一燐」
バカみたいだ
何やってんだコレ
見ている事を見られている事実。どこを狙ってジェットを浴びせているのか知られている事実。ワザと外さて通りの下から声がする様にし向けている事実。
無我夢中でシャワーを外さない様に浴びせた。要望通り全身に。頭の中には何にも無くなってしまっていた。湖凪 クレハ から目を逸らさずシャワーを浴びせる、ただそれだけ。
少しはしゃぎ過ぎたのか両手を上げて「降参だ」と言ってきた。岬 一燐 の方はもうとっくに白旗を上げているというのに。
「どうする? 交代したくなったかな、一燐くん」
「……、えぁ!? うん、あ、あぁ」
クソ恥ずかしさというのは、先を越されたお陰で多少鈍感になってしまっている。
今はもう『逃げたら負け』という事に対するプライドだけしか残っていない。だからといって何も考えずに脱げるわけでもなく、後ろを向いて脱いだ服を空いてる椅子に放り投げる。
何も考えるなと言い聞かせる様にして振り返ると、顔面にジェットを浴びせられ目の前が滲む。湖凪 クレハ は少し笑った表情で容赦なくジェットを浴びせる。
全身を狙い撃ってくる。一通り浴びせられた事で『逃げなかった』ことへのプライドだけは何とか保つことを許された。もう十分、恥もかいて見せるものも無い。
だからもう、後ろに振り返っていいタイミング。
真上にジャンプし、体をひねって背中を向けた。
着地すると同時に向けらた水は、背中から首筋を伝い、後頭部を撃ち抜いた。
飛び散る雫がネオンサインの光を透過してゆく。
頭撃たれた時に見る光景がこれなら
悪くないな
一浴びして高揚感で満たされているのは確かだった。深く考え過ぎたり、装い過ぎたりしない方が、安楽な状態へと深く包み込まれてゆくのだろう。
きっと 湖凪 クレハ の様に。
けれどもまだ対等な関係というには程遠い。
それはマフィアに売られたとか、銃を持っているからじゃない。
こんな事ならあの男を叩きのめしておくんだったと頭をよぎる。どれもこれもカッコ悪いというのは、未だ理想を目指そうとする少年には結構辛い。
湖凪 クレハ は屋上消火栓ボックスのハッチを開けて、中に隠してある袋を取り出した。中身は下着の様だ。岬 一燐 もリュックからパンツとTシャツを取り出した。
この日もバカなまま暮らせた。明日は早目に起きてギギラミー付近でスーチ・ルーチの構成員を探すらしい。
屋上でリクライニングを倒して眠るなんて、なんて日だ。
◇
流石にルーフ無しの仕様では、朝の日差しも優しくはない。
「うぅん、ッ、クソ眩しい」岬 一燐は体を起こすと、横のシートでは 湖凪 クレハ が涎を食って寝ている。
何なんだコイツ
朝は機嫌が悪いとかじゃないよな、、、
「おいクレハ、朝だ。起きろよ」
「んーもう、分かった。分かったよ」
分かってなさそうな顔をしているのは確か。ほっといて靴を履いて顔を洗うと、気になっていた消火栓ボックスのハッチを開けてみた。袋以外は特に何も無さそうだ。
「気に入ったのは見つかった?」
「ッうわぁ! びっくりした」
「驚き過ぎだよ、さぞ怪しことに手を染めたんだね」
「んな訳ねェーだろ、消火栓の中がどうなってんのか見ただけだよ」
明らかにからかってやったという表情をしている。他に何が隠してあるのかと思うのは当然だが、下着しかなさそうなのはかなり気不味い。
「悪かった。変なマネはしてないから」
「へー、着けて欲しいのがあったら遠慮なく言ってね」
「ホント、何もしてないってッ」
ケラケラ笑って楽しんでるのは分かる。馬鹿にはされてはいない。完全に弟としてあしらいにきている。
「ギギラミーに行くんじゃなかったのか?」
「うーん、顔知られてるから変装しないとマズイなぁ」
「じゃぁ、ルームキーから当たるか?」
「中に密売人が5、6人いたら、一燐 だけ確実に殺されちゃうね」
ありそうな話しだ。そして 湖凪 クレハ は、また酷い目に遭わされるってオチが付く。
岬 一燐 は『本当にヤレんのか? オレ』そう自問していた。相手は全く躊躇なんてしないだろう。それも見ず知らずのバールを手にした男だったら尚更。
考えなしに行動すると痛い目に遭った上、その日で幕を下ろすのは確定する。それは姉妹を助ける以前の話しだ。
「手っ取り早い方法はさ、一燐がスーチ・ルーチに入ってくれればいいんだけどね」
「えッ 冗談、、、マジ?」
「うん、マジ」
これは100%か、絶対本気で言ってんな
マフィアになって探れってか
すぐ岸田って奴にバレるだろ
「流石に、」
「流石に?」
「無理じゃね」
「無理じゃねえ」
「いや、無理だって」
「そう、残念、うーーん」
うーん じゃねェよ
捨て駒にする気かよ
結局、構成員を探して跡を付ける事にした。その方が何処のエクスリート31なのかという事や、ルーム番号も確認出来るかもしれない。
取り敢えず、身バレしない様に変装道具の準備をする事にした。
二人は街へ降りると、通りも街角も全部、朝の疲れきった表情を晒している。
「そこのピーセレで適当に見繕ってく」
「ああ。はじめてだな、その店行くの」
大型ディスカウントストア、Jピールセレクト。大体何でも揃う品揃えで、普段ここで色々買い揃えているのだろうというのは察しが付く。
湖凪 クレハ はICタグを変更している。それも何かあるんだろう。そのICタグの持ち主は邪馬台区には行かないし、人も撃たない。ましてやスーチ・ルーチなどのマイフィアに弟を斡旋したりもしない。
「兎に角、髪隠せよ」
「仕方ないなー、括ってニット帽でも被っとくかぁ」
「オレもフェイスカバーと保護メガネ、買っとく」
「私はサングラスかな」
その他に、ミネラルウォーターとスニッカーズ、痛み止めにテーピング、スキミング防止のカードケースとマスキングテープを購入した。
預けていた自分のICタグを返されて、カードケースに仕舞って持っておく様に言われた。痛み止め、テーピングとマスキングテープは念のためだという。確かにどれも使い勝手は良い。
飲みものとスニッカーズを上着に入れば捜索の準備は完了だ。
湖凪 クレハ は何かを思案している事が窺える。バスに乗って有楽町へと向かい、そこからギギラミーへと向かうらしい。
「これはバスに乗車するためだけに使う様に」と、ICタグを渡された。
いつもの『アハマド』タグは、自分のタグと共にカードケースへと仕舞っておく。
二人はバスに乗り込んだ。
もし、ギギラミー前で 湖凪 クレハ が一人でいたなら、男が買いに群がるのは想像に容易い。岬 一燐 は向かう先が不快な場所にしか思えなくなっていた。
高校に入った頃はバカ丸出しでクラスメイトと連れ立ってそこに向かった。そこに立つ女の子達を見てあーだこーだと知った気になって騒いでいた。
本当は何も知ってなんていない。今も隣りで揺られている奴ですら、知っているのは2割が精一杯だろう。昨日の夜のことを思い出す努力ばかりしていても、それ以上を知れはしない。
今の 岬 一燐 では、2つ知れば、8つ知らな事が出てきてしまう。
バスが停留所で停まると、そこから二人は目的地まで歩いて向かう。
出来るだけ交通量の多い沿道を歩き、路地裏を避けて進む。この辺りに疎い 岬 一燐 は、手こそ引っ張られないが、連れられている感は傍目にも分かったのかもしれない。
こんなところでハグれたら迷子になる
オレが迷子とか、、、
クレハは散々来てんだろうけど
「ところで、はぐれた時どうすればいい?」
「そうだった。ピーセレにしよう」
「分かるかなぁ、怪しいかも」
「大丈夫だよ。白金にはあれ一軒だし、なんとかなるよ」
はぐれない努力をした方が、きっと楽なのは分かった。はぐれたら気づいてもらえる様に、後ろをついて行かずに横に並んで歩いた。
バンッ 湖凪 クレハ が肩をぶつけてきた。
横に目をやると、その口元は笑っている。目を合わせなくても横にいるのを確認する様に頻繁に肩が触れ合う様になる。
目的地のギギラミーは目の前だ。早めの昼食をとっておいて、じっくりと張り込みをするという。近くにあるミスドがご希望らしい。別になんでも上手いと思える 岬 一燐 からするとハズレはない。
「久しぶりだなー。エビグラタンとポップにしよっと」
「何があんのか覚えてない」
「取り敢えずチョコレートのどれか2つ取りなよ、フレンチクルーラーとハニーディップ、それあと一つ。お勧めはエンゼルクリームだよ」
「すげー量だな」
「こんなの大したことないって、食べれる食べれる」
「一燐、飲みものはコーラか?」
「いや、いつもクレハが飲んでるやつ」
「店内で、ジンジャ2つね」
「こちら温めますか?」
「うん、お願い」
人通りが視認出来る窓際の席に、二人は向かいあって座った。朝食が未だだったことも相まって、岬 一燐 はココナツチョコレートを食べはじめている。
「ぅんぐっ、これ上手いな」
「うん、美味しいよね」
湖凪 クレハ は、ジンジャーエールを飲みながら窓に目を向けている。
急いで食べている訳でもないのに自然と食べるのが早くなってしまっている。お勧めのエンゼルクリームだけを残して、ドーナツポップを口に入れる 湖凪 クレハ を眺めていた。
「どうかした?」
「いや、ゆっくり食べるんだったな」
「喉に詰めなきゃね、好きに食べたらいいよ」
なぜだろう?
ああしろ、こうしろとは言わないのに
そういう風にしてしまう、させられてしまう
皿に残したエンゼルクリームが特別なものに見えていた。
数分経って二人で窓の外を眺めていると、見知った顔の女が二人のイカつい男と、東南アジア系の女三人を引き連れてギギラミーの方へと歩いて行く。
「あの女やっぱり、顔を見られてなくて助かったね」
「展望台にいた……、あの女もやっぱり和海軍か」
「いや、違うと思う。男二人はどっか他のギャングだ」
「あの女の子達はギャングに引き渡されたんだな」
「あの女は高確度で入管か警官だよ」
「…… マジか? やばいな。入管なら岸田の部下ってことか」
「でもあの女、違和感が凄いんだ。説明は出来ないけど、うーん」
湖凪 クレハ が珍しく掴みあぐねている。きっと何かの組織に属している女である事は確かなのだろう。
それと、二人にとって危険な存在であることに違いない。
◆
第7話へつづく
味を知りたければ口にすればいい、皿を眺めているよりずっと早い。
物語りが【破】へと差し掛かりました。
暫くは投稿優先で頑張って参ります。