表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/9

第5話 撃てない時のおまじない

湖凪 クレハ(ウォーターブリード版)

挿絵(By みてみん)



 夜が深く傾いても街の光が零れ落ちて空っぽになってしまう事なんてない。


 エレベーターを乗り継いで行き、漸く上層フロアへ足を踏み入れた。セントラルブロックは上層しか存在していないのに等しく、ここは()()()()()()()()()()を支える屋台骨だったはずだった。


 言うまでもなく今や、観光ビザで出入りする外国人富裕層たちが、住み家とする場所となってしまっている。


「ここから、迂回して北第6ブロックに向かおう」

「一燐、ここでもう一つやりたい事があるんだ」

「急いで品川区へ戻った方が、」

「私はもう来れるかどうか分からない」


 話しは後にして、取り敢えず繁華街へと向かい食料を買い漁って、カラオケ付きのレンタルスペースで朝までやり過ごす事になった。



「なんか歌ってみたら?」

「歌いたかねぇーし、いいよ」

「えーっ、そうなの。歌いそうだからカラオケ付きのにしたのに」

「はぁー。勝手に決めんなよ」


 カチカチとボタンを操作している。その姿を見ていると、日常とか非日常なんて、きっと区別をしていない ……。


 いや、その考えが間違いなのだろうとさえ思える。



“ Holly came from Miami, F.L.A.”


 世界中の人達が混ざり過ぎて、もう全然何もかも変えなきゃ繋がらない会話になってるってのに


“ Hitch-hiked her way across the U.S.A.”


 きっと明日だって、通学や通勤、習い事に献立の所為にして、いつまでも自分だけの日常にしがみつこうとしているんだろうな


”Plucked her eyebrows on the way“


 いつだって無関心を装って救済と弁済を求めても、いつまでも勝ち取らない、いつまでも奪い取らない


”Shaved her legs and then he was a she“


 この女は電車で刺して、街中で銃を撃って、そして訳の分からない歌を歌う


”She says, 「Hey, babe,Take a walk on the wild side.」“


 オレなら、勝手に連行されるか、勝手に殺されるか、勝手に売られるんだろう


”Said, 「Hey, honey,Take a walk on the wild side.」“


 この女は、大切なものを奪い返し、抵抗し殺し合ってでも、絶対に売られない


”And the colored girls go 「Doo do doo do doo do do doo...」“


 棚に並ばない様な商品なんてマトモなもんじゃない



 だってそうだろ! やめておけって

 きっと明日が来る方がいいに決まっている

 その方がいつかきっと報われる

 きっといつか邪馬台区で生活する日が来るはずだ

 馬鹿な真似はしないでいい……



「次は一燐の番だよ、何がいい?」

「いや歌なんて歌ったことないからさ、最近のとか何にも知らないし」

「家とか学校で教わったり、歌ったりしたでしょ?」

「そりゃそーだけどさ」


 何かをもうセットしている。


「ジングルベルとか頭狂ってんのかッ!」

「私も一緒に歌ってあげるよ」

「サビしか知らねーし、何月だと思ってんだよ」

「ほらほら、走れそりよー、風のようにー」



 どう考えても狂っている、…… オレは

 何に線を引いてんだ? 

 いったい、誰れが決めた空気を吸って生きてんだ

 いつかじゃなくても12月は絶対来るんだからさ



 朝方には眠ってしまっていた。目を覚ますと 湖凪 クレハ が居ない。慌てて起き上がるのと同時に、扉が開いて髪が湿ってペタっと張り付いた感じで戻ってきた。


「シャワー借りられるから使うなら今、空いてると思うよ」

「あ、ああ。オレもシャワーしてくるよ」


 ヨタヨタとドアを出ようとして 岬 一燐 は振り返った。


「すぐ戻ってくるから、ちょっとだけ持っててよ」

「ん? 慌てなくていいからさ、ゆっくり行ってきなよ」



 シャワーに打たれて頭も冴えてきた気がする。いつもの明日じゃなく昨日の続きがロードされている。この後、失敗するのかもしれない、でもきっと今は正しい。


 連れて行かれた 湖凪 クレハ のいとこ姉妹の居場所を突き止めよう。


 その後のことは、その時の今なんだから、その時に考えればいいだろう。



 シャワーから戻ると 湖凪 クレハ は、チャイでシフォンケーキを食べてニュースを見ている。当たり前の様な朝の光景を見せられても驚きはしない。きっと居なくなっていた方が驚いたはず。


「もう一つ、やりたい事ってなに?」

「昨日のおっさんの事はもう知られてるよ、ほら」


 室内のモニターから流れるニュースは、出入国在留管理局職員 () 誠実(チェンシー) 37歳 が強盗に襲われて死亡したことを伝えている。死因は銃撃を受けた事による失血死。何者かが押収品の偽造ICタグを奪おうとしトラブルになったものとされていた。


「嘘つけよッ! 何が押収品だよ」

「恐らく、これ以上は誰にも明かされない」

「オレ等のこと、バレたかな?」

「大丈夫。それより警察の目は、押収品のICタグに向いている」

「日本海軍みたな奴ら、、、何だっけ」

和海軍(ハンハイジュン)ね、そっち潰してくんないかなぁ」


 話しが逸れてシフォンケーキも食べ終わりそうだ。


「ところでクレハ、」

「ずっと前、母が不法滞在者として逮捕されたんだ」

「えっ、う、うん」


「母が連行された時に祖父と彼氏が襲撃したんだよ」

「祖父とクレハの彼氏で ……、襲撃」


「私が11歳の時の話し。母の彼氏だよ」

「そ、そうか……、結構前なんだな」

「私の父はどこかの外国人で知らない、一燐 からすれば母も外国人だよ」


 その後、祖父、母親、その彼氏がどうなったのかなんて、話さなくたって分かりきっている。だから『聞くから、話してよ』なんて、とても言える気はしなかった。それは 父親の岳生 の事だってまともに話す気にはなれないのと同じ。


 多分それは今じゃなくていい。



「入管のおっさん、() 誠実(チェンシー)の上司の顔を見ておきたくって」

「上司か、、、携帯とか棄てちまってるし、」

「見ればすぐ分かると思うんだ」



 …… だろうな、知ってるんだろ? 仇なんだろ



「カンだよ。女のカン、当たるんだよねー」

「オレはそういうの、あんまアテにしてないけど」

「酷いなぁ、一燐 の事なんて8割くらい当てちゃえるんだからね」


 それなら殆どを知られているという事になる。話し半分なら4割ってところだから、2分の1以下の正解率。あながち嘘でもない気がしてくる、YESかNOなら。


「ふーん、オレは今、」

「朝ごはんに、ホットドックが食べたい。だよね?」

「それいいな」

「ほらね、お見通しなんだよ」


 コンコン ドアを叩く音がする


「きたきた、出てみなよ」


 店員が運んできたトレーに乗っているのは、ホットドックとコーラー。アタリといより、無理矢理 YES と言わせるのに等しいやり口だ。朝食に食べたかったのは朝食だった。何が食べたいと思ったんじゃなく、『何か食べたい』それが答えだ。


「8割当たってるよ、すげーよマジで」

「うんうん。でも残りの2割が肝心なんだ」



 ホットドックを食べていると 湖凪 クレハ の言う2割が、ホットドックを食べたいってことか、朝食を食べたいってことかが分からなくなってくる。


 けど、正直どっちにしたって損はしないし、満たされればそれで十分。



 出掛ける支度は済んだここに居場所はもうない。行き先は出入国在留管理庁本庁、今いるセントラルブロックから少し南に()()はある。


 岬 一燐 は途中にあるホームセンターで工具を買って行く事にした。


「解体作業の道具を買っていく」

「あはははー、それって悪いヤツが持ってるヤツだよねー、知ってる」

「悪く無くても持ってるよ、それに何かの時に手ぶらだとな」

「そういう仕事向いてんじゃない?」

「どういう仕事だよ」


 ホームセンターで店で30㌢の平バールと安い背抜き手袋、防塵マスクを購入した。支払いは当然、『アハマド、アル・ハシャーニ』のICタグで済ませる。コイツもついてないな。


 欲しかったモノかどうかで言えば、今、欲しいモノの一つというので合っている。



    ◇



 岬 一燐 はバールを腰裏に仕込むと、防塵マスクを首から下げ、手袋を尻のポケットに押し込んだ。それはもう拉致された姉妹救出志願者か、一端の悪者か見分けがつかない。


 どちらにしても真っ当な労働をしないのは確定だ。


 幸い 岬 一燐 は悪人面ではないので直ぐに呼び止められる事はないだろう。ICタグの照合で疑われなければ検挙されることもない。警察官だって内面的な事情より第一情報の()()()()や動作で、その人なりは判断するのだから。



 出入国在留管理庁本庁を見通せる場所に到着すると、職員達の出入りが監視できる都合の良い場所で二人は見張り続けた。11時を過ぎた頃、濃紺のスーツを着た中年でガタイのよい小太りの男が建物に入って行った。


 湖凪 クレハ の目が一瞬見開いたかと思ったら口の端が僅かに上がっている。まず間違いなくあのガタイの良いスーツの男で間違いないだろう。


「アイツなんだろ?」

「ふふっ、うん。でもアイツは警官。シカとミヤを連れてった警官の一人だ」

「会いに来たのかな……、上司に」

「アイツ、この前も中央区のギギラミーで 李 誠実 と声掛けしてたよ」


 ギギラミーは立ちんぼスポットになっているアミューズメントストア。今や子供でも知っている名所の一つで、観光スポットにすらなってしまっている。出稼ぎや遊び目的で遠征して来る者も大勢いて(ひしめ)き合っている。


 鎌をかけて周れば何れ不法滞在者のアタリを引く。そうなれば移民裁判所へ連行されるか、マフィアに売られてしまうか、偽造ICタグを受け取って商売を続けることになる。


 ヤツ等は、下見と味見をしたら選別をする。稼げそうなら大抵は偽造ICタグを渡して商売を続けさせるらしい。その場合、和海軍の様なギャングが後見人になる。


 だから仕事を続けている限りは直ぐに見つけられる。


 湖凪 クレハ の言う、姉のシリカと妹のミリヤが、マフィアに引き渡されているというのはそう言うことだ。どういう基準でマフィアに引き渡すのかは分からない。恐らく年齢的なものも含まれるだろうけど、知りたくもない。



「きっとさ、李 誠実 の家族にお悔やみの言葉を述べてからここ来たんだよ」

「ヤバくなってきて、親分に会いに来たって感じか…… 」

「何も知らない奥さんの泣いている顔でも見たんじゃない? あの顔」


 ターゲットが変わった。私服で来たのが運の尽き、今のアイツには公的武装は無い。だからといって正面から立ち向かって口を割らせられる相手でもない。


 湖凪 クレハ の直線的思考は行動の速さに直結している。何をするのかは想像がつく。銃で脅して聞き出すのではなく、撃ってから生きてる間に喋らせるに決まっている。


 残念だが、喋っても喋らなくても撃たれる事実からは逃れられない。



 まだ5分も経っていない ────



 まさか、二人で出てきた。恐らく 李 誠実 の上司か? 長身で白髪が目立つ短髪オールバック、頬には深い皺が入り、丸い色メガネをかけている。


「クレ、、、」岬 一燐 は、答え合わせが合っていたことを確信する。


「アイツだった……。同じ穴ぐらに居た」湖凪 クレハ のその言葉に感情はない。


 そのクラゲ頭、海面を目指して上昇するかの様に大きく仰いでいる。


 外に出てきたところを見るに、早めの食事でも取りながら今後の事を話すのだろう。15近く歩いた所にあるレストランに二人は入った。



「一燐、碌なことにはならいよ」

「そうだろうな」

「悪い事をして捕まれば、邪馬台区には住めなくなる」

「捕まればな」


 この瞬間に限って言えば、そんな事はどうでもよくなっていた。岬 一燐 の頭にあるのは、湖凪 クレハ の話しの通りなら、あの警察官が姉妹を引き渡したのが何処の誰か? という疑問への答え合わせが可能になる。


 男達は窓際の席に座ってくれた、お陰で監視するには都合がいい。



 コーヒーとドーナツらしきものを食べているのが窺える。これは直ぐに表に出てきそうだ。


 湖凪 クレハ は素性がバレない様に、上着のファスナーを上まで締め上げて口元を隠している。それを見た 岬 一燐 も防塵マスクを着用し、上着のフードを被った。


 手袋に手を通した 岬 一燐 は立派な不審者だろう。



 長身の男の方だけ立ち上がって会計に向かった。ここで別れて職場に戻るのだろう。扉が開いて一人、元来た道を歩いて行く。


 ダンッ ────



「あたらないか…… 」それだけ言うと 湖凪 クレハ は素早く物陰に隠れる。


「マジかよッ 撃つとか、、、」慌てて 岬 一燐 も屈んだ。

 

 一発だけなら今のが発砲音だったなんて誰も思わない。直ぐに周囲の音に紛れてしまい、撃たれた本人ですら遠くの方で『何か音がした』程度で、正確な情報は耳に残ってはいない。



「私は警官の方に集中したい」

「なに言ってんだよ! 撃っといて」

「警官が居場所を喋れば、アイツはいつ死んだって大差ない」


 なんて身勝手なんだこの女は! 場所もお構いなしで引き金を引くとかどうなってんだ。このイカレ女は脅しなんてしない、TPOすら弁えずにぶっ放す。


「っはッ。 滅茶苦茶だ、、、どうやって生きてんだよッ」

「必死なだけだよ。命懸けだからさ」

「賭けてんのは相手だけだろ!」

「スラムで生活してたら一方的なことの方が多いよ」


 岬 一燐 は心拍数が上がっていた。冷静さより少しハイになっているせいで笑ってしまっている。湖凪 クレハ 至って平常運転の様にも見える。


 銃のグリップを 岬 一燐 に向けてた。


「私の仇、討ってきてよ」

「えッ。クレハの仇?」

「アイツ、ヤッてきてくれたら。私も一つ協力するよ」

「目の前でクレハが襲われてんなら別だけど、絡まれてもないのに無理だ!」


「まぁ……、そうなるよね」


 理屈じゃない事を求めるのは未だ無理だ。いつだったら良いとかってのは確かにある。だけど、今じゃない。無理なのは分かってくれ。


 だが、静かな空気があの男を真っ先に撃ちに行きたい事を伝えてくる。


 深く息を吸っているのは、その髪が教えてくれる

 一方的に恨んでる訳じゃないのも分かってる?

 何があったのかなんて話す必要はない


「クレハ、あのおっさんに()()()の話しを聞いてくるよッ」

「何にも答えないだろうし、取り押さえられて全部ダメになっちゃうよ」

「今考えても分からないから、後で落ち合おう!」

「わかった。ここか、居なければ、あの展望台でね」


 本庁建物内に入られると名前すら知らないから、そこで終わってしまう。ごちゃごちゃ頭の中がうるさい、急いで走るしかなかった。


 危険だ。岬 一燐 はきっと先制攻撃なんて出来やしない。


 そのことを本人は自覚していない。



 今は頭に何も入っていない。数十m先を歩いている男が中身をバラしてくれる。



「すみません。 お届けものです」


 振り向いた男は50歳くらいだろう、背は180はある。近くでみるとガッチリとした身体つきで、頬の深い皺と目つきの鋭さから凄まじい威圧感を感じさせる。


「なんだお前? 誰に頼まれた」低く乾いた声で聞き返された。


「李 誠実さんからタグを預かってます」

「なかなかの不届者だな、お前。子供(ガキ)だな、誰のお使いできた?」


 重い空気で息苦しさを感じる。こいつはただのホワイトカラーの優男なんかじゃない。そりゃそうだろう、底辺とはいえ普通の生活を送ってきた 岬 一燐 と違って、人身売買でマフィアやギャングと繋がっているこの男とじゃ、倫理観から違う。


「ここじゃ何だ。そっちで話そう」


「オレはここで構わない」岬 一燐 は意識していないが緊張して力が入っている。


「お前の名前は?」

「アハマドだ、和海軍に頼まれて来た」

「なるほど、ならオレも渡す物があるからここで待っていてくれ」



 レストランの窓から見える警察官の男の様子は、明らかに()()()()()しまっている。偽造ICタグの件から悪行がバレそうで切り捨てらそうなは容易に想像がつく。


 湖凪 クレハ は、弾を込め直して静かに待っていた。



    ◇



 岬 一燐 が対峙している男は底が見えない。今ここで目の前のガキに襲われたとしても至って日常のルーティンを熟す様に対処するだろう。


 今まさに、この男に応援を呼ばれて 岬 一燐 が警察官に取り押さえられる流れ。


「なぁ、おっさん。オレ、実は頼みがあって来たんだ」

「どんな頼みだ」


 岬 一燐 は脇道を指差して、ここでは話せないという仕草で足止めに打って出た。男も『分かった』とばかりに少し後ろをついて脇道に踏み込んでくる。


 裏通りに入り込んだ 岬 一燐 は振り返って話しを切り出した。


「ここ1ヶ月くらいで女を売っただろ、そこで仕事したいんだ」

「そうか、なら連絡をつけといてやろう」


 近くに歩み寄ってきたその男と体格の差を実感する。


「がッ  うぇッ!?」 腹を殴られた、、、息が


 マスクを剥ぎ取られて、襟ぐりと袖口を掴まれた。


 アスファルトに背負い投げをされる。


 咄嗟に左手でバールを抜き出し真下に振り下ろした。


 運よく男の膝に勢いよく当たった。お陰で踏み込んでいた膝が伸びて、そのまま前のめりにアスファルトに転げるだけで済んだ。


 男の方は手をついて直ぐに立ち上がると右膝を押さえている。


「痛ってーな、おぁ、ああ? ッ、ガキが」


 まぐれでも形勢逆転したかに見えたが、この雰囲気はそうでもなさそうだ。


「おい、ガキ。誰に頼まれた。話せば務所にぶち込むだけで許してやる」



 顔を見られたか…… どうする?

 コイツが居場所を答えるとは思えない

 バールを取られて返り討ちに遭う、…… 無理だ

 捕まる 家に警官が押し寄せる



 岬 一燐 の頭の中は、この男の口を封じることではなく、逃げることで満たされた。だから、一心不乱で振り向かずに走った。


 カシャ


 男はその様子を眺めながら連絡を入れている。



 もうこれはいつもの悪循環のループでしかない。このままではきっと明日ロードされるのは、いつもの日常で且つ、警察官が家にやって来て逮捕される場面からになる。務所暮らしだ。



「俺だ。今、どっかのガキに襲われた。タグの事も知ってやがる」

『李をヤッた奴か?』

「違うな、まぁそれはとっ捕まえてからだ。画像を送っておく」

『女も一緒だったか?』

「いや、だがアイツが手引きしている可能性はある」

『駅に何人か送っておく、ガキが何処に向かうか探らせよう』

「上層は俺が向かうから中層と下層を頼む」

『念のため見知ったヤツを噛ませておく』


 カチ ボォ  ッス── ふぅ〜


「今日、伊坂が顔を出した」

『そうか、こっちで処理しておく』

「ああ頼む」


 通話を切るとタバコをもう一吸いして膝を払った。


「痛ってぇなぁ 糞ガキが」この男からするとこれも日常なんだろう。


 こいつも住む世界が違う。



 はぁはぁはぁ ──── 何処まで走ったか分からない。


 どうする? クレハに言わなきゃ

 一旦、戻ろう

 やばい、何やってんだオレは



 警察官の男に電話が鳴り何かを喋っている。その様子を見た 湖凪 クレハ は警察官との距離を縮めはじめた。


 

 迂回して 湖凪 クレハ が居る場所へ走っていた。頭にあるのは銃を借りるべきだったという事だ。銃なら勝てた。銃なら脅して居処を吐かせた、それも安全に。それが頭を埋め尽くす。


 初手で間違うと大抵は失敗した原因よりも行動のタラレバを始める。そうでないなら、もう一度戻って油断した男の後頭部にバールを叩き込めば、この先のベクトルは変わる。


 もし 岬 一燐 にそんなぶっ飛んだ真似が出来るのなら、こんな結末にはなっていない。


 務所暮らしとか勘弁してくれ

 このままスラムに逃げるか?

 オヤジはどうする?

 クレハ から銃を借りよう

 捕まる前に終わらせるしかない



 ようやく警察官を監視していた場所まで戻って来た。だがそこに 湖凪 クレハ の姿はない。レストランを見るとウェイターがテーブルを片付けている。


「遅かった!」慌てて辺りを見回す、何処だ ────



 少し離れたビルの角をクラゲが曲がって行ったかの様な気がした。



 息が切れて全力で走れない。その時、岬 一燐 の脳裏にあるのは、あの警察官の男に全弾浴びせるているだろうこと。喋るまで死なない程度に撃ち続けるに違いない。


 弾ってもう何発も残ってないだろう?

 あの性格だ、残弾のことなんて考えてない

 全部撃ち切った方が得したとさえ思っている

 

 道を曲がったその先は、比較的に大きい道だ。湖凪 クレハ の姿が見えない。何処かの建物の入ったか、それとも別の路地へ入ったか、…… 見間違いか。



 一旦、通りの先まで行ったがやはり何処にも姿はない。裏路地も確認してゆくしかなさそうだ、そう考えてた矢先。



 ダンッダンッ ────


 銃声だッ

 直ぐそこの路地からだ

 2発撃った!



 もう事は済んでいた。歩み寄って「行こう。コイツはもういい」と呼吸を整えて言ったから聞こえている筈だ。湖凪 クレハ は警察官の服からICタグ、財布、携帯を抜き取ると伏した男を見下ろし銃を構えた。


「こんな奴、撃っても…… 意味なんてないよ」


 地面で丸まっている男から 湖凪 クレハ に視線を戻すと、ハンマーに親指を掛けたまま、ゆっくりとトリガーを引いた。


「意味は感じない、結果を感じたいだけ」湖凪 クレハは振り向いた。



 岬 一燐 は事の顛末を全て話した。


「ヤレなかったのは残念だけど、捕まらなかったのは運がいいね」

「オレ、手配される」

「うん、2、3日で家は突き止められるだろうし、帰るのはマズイかもね」

「クレハ、銃を貸してし欲しい」

「何を撃つ気?」

「オヤジを撃って、オレも撃つ」


 人生の末路として自身で引き金を引くのだから、どうしようもない人生の一日だと思うしかない。捕まって裁判所で一方的に裁かれるなんて終わっている。


「残念。失敗したから空の銃は貸してあげるよ」


「弾が2発いる、何を協力すればいい」

「お父さんを撃ってきたら、私がその頭撃ち抜いてあげるよ」

「分かった」



 急に色んな事が起きてしまって考える時間もない。いや今までは、何も起きない様に、何も変わらない様に努力してきたのだから当たり前の結果だと言える。





 こんな事になってんのに旨いもん食って

 ジングルベル歌わされた事の方がクソ輝いてる(Holy shit)だなんて



 少し、少しだけ考えて、鍵を差し込んだ ────


 

 部屋は電気が消えている。「おい、オヤジッ」声をかけても返事はない。部屋を開けてももぬけの殻。台所のシンクに飯を食い終わった箸がそのままだ。


 水で流しながら、箸をスポンジで擦って濯ぐと水切りラックに乗せた。


 台所の上には 岬 一燐 が貰ってきた薬の袋が放り出されている。まだ何日分かは残っていそうだ。今までの日常が止まったままそこにあった。


 飯でも買いに行ったか

 暫く待つか、それとも


 ズボンからクチャクチャになった紙幣を取り出した。ズボンに2千円入れると、4万円を薬の袋の下に挟んだ。



 結局、引き金を引く機会さえ無かった

 だから、クレハにも撃たれずに済みそうだ

 もし明日もここにいれば

 務所に入るのはオレで、病院に入るのはオヤジだ


 優劣も大差ない引き篭もり先を、二人とも取り替えたくはないだろう。目くそ鼻くそレベルの譲り合いを今更する親子関係でもない。自室に戻って上着を着替え、服と下着をリュックに詰めた。



「じゃあな」



 部屋を出て鍵を閉めた。


 通路の向こう側では 湖凪 クレハ が待っている。父親を撃ったと嘘を言ってもバレるだろう。適当に一発撃ったら隣の住人が怒鳴り込んでくる。そいつに向かって引き金を引く事も出来やしない。


 結局、誰一人撃てはしない。もう逃げるだけで精一杯。



    ◆



第6話へつづく


 未練なんて臭くないから残るんだよ、オレにはもう無理だ。



何とか【序】が終わりました。

連載形式をとっているので緻密さに欠けています。

取り敢えず投稿優先で頑張ります。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ