第11話 危険地帯の退路
ライダージャケットの男が踠きながらポケットに手を入れた。
この状況、助かりたいなら『殺す』か『何もしない』かの何れかを選択する。だがこいつは『殺す』選択を、躊躇なくしてくるタイプだ。
岬 一燐 も咄嗟に拾い上げていた銃で一発放つと、弾は脇腹に命中する。腹を抑えるための手は、折り畳んだナイフと一緒にポケットから飛び出しフロアに転がった。
とても握り易く、湖凪 クレハ が持っていたリボルバーと似ている。グリップの底に紐を通すためのランヤードリングが取り付けられている。
岬 一燐 はフロアに落ちたナイフを取り上げ、腹を押さえる手の上から踏みつける様に何度も蹴った。
「右折するぞッ!」ワンジェンが大声を上げると 岬 一燐 は右側のアシストグリップを握り、ストンピングを繰り返した。
岬 一燐 は、谷山 国士 に電話をしながら、フロアに転がるを男に定期的に蹴りを入れて、変な気を起こす芽を踏み潰した。
「岬ですッ、襲撃を受けて逃走中、現在、、、」ワンジェンを見た。
「環状線だッ 一ノ橋からループする!」
「環状線に向かい、一ノ橋からループしますッ」
『無事かッ?』
「ワンジェンも無事ですッ、襲撃犯の一人を捕らえました」
『分かった。谷町方面に向へ!』
「ワンジェン! 谷町方面だッ」
「二人乗りのバイクに襲撃され、一人はバイクで逃げましたッ」
『追って来ているか?』
「雨で視界が悪くて高速に上がらないと何ともッ」
『分かった。直ぐに応援を出す、止まんじゃねーぞ!」
「了解。 ワンジェン、止まんなって!」
「ガソリンは満タンだ、心配すんなッ」
高速道路へ上がると首都高速道路C1を外回りにハンドルを切った。幸い車は流れている、雨で視界が悪くても急襲するのは至難だろう。
雨のせいでタイヤのパターンノイズに濁音が混ざって、普段より音割れの酷いビートを掻き鳴らす。バイクで襲撃する様な馬鹿は、ぶっ叩く様に踏みつけろって事さ。もしバッドがあるなら相手はフルフェイスなんだ、気にする必要なんてない、ぶっ叩け。
男が他に武器を隠し持っていないか確認し、結束バンドで手足を縛った。
スマホが鳴り、仲間が環状線に入ったと連絡があった。武装した構成員達が4台に分乗してやって来るなんて、邪馬台区の住民じゃネットニュースの別世界の話しさ。
適当な待避場に車を寄せて止めて車を降りると、応援には本部の怖いおっさ達も混ざっている。谷山 国士 はいなかったが、町山 キミコ が同行していた。
本部の怖いおっさ達がライダージャケットの男を車から引き摺り下ろす間、町山 キミコ の乗る車に移って状況報告、連絡、そして帰りの足を相談する。
「銃を取り上げて一発撃ちました。後、これが予備の弾で」
「昔警官に支給されていた銃ね、それに弾まであるだなんて」
金属製の弾薬は貴重だと聞かされていたので、喜ぶ理由も良く分かる。谷山 国士 から渡されていたタマ無しになった トカレフ TT-33 を預かるというので返却した。
「警官から奪ったのかな?」岬 一燐 がワンジェンを見た。
「いや、国内で銃弾規制がされた時に全部回収されてる」そうだ。
町山 キミコ は、政府が回収した拳銃をスーチ・ルーチが持っているというのは、政府関係者が横流しをしていると言っていた。スーチ・ルーチが勢力を伸ばしているのは政治的な理由もあるだろうし、買収されている者がいても不思議ではない。
岬 一燐 は、湖凪 クレハ が持っていた銃とロゴが同じだった事から想像してしまっていた。恐らくあれも警察官へ支給された拳銃。祖父が警官ではなく、ギャングと言っていたのに持っているという事は、やはり本当はマフィアの構成員。
それも敵対しているスーチ・ルーチの。
邪馬台区の他人の墓から出てくる時点で奪ったものではない。どうすべきか? それは 湖凪 クレハ にもう一度会って話さなければいけないと頭をもたげる。
岬 一燐 たちが見張っていたアパートを、他の若頭の部下達が襲撃に向かった事で抗争は表面化する。今のままでは何れ消耗する。ギャングを束ねた様な新興組織では海外にも拠点がある古くからのマフィア組織に到底及ばない。
ワンジェンと乗ってきた車は、本部の者に処理を任せた。町山 キミコ とは向かう先が違うため、他の車に乗せて貰い事務所に戻ることとなる。車中、都営住宅の隣人の言葉が雨音に混ざって 岬 一燐 の耳の奥にノイズとなって障る。
〝お前、死ぬか、殺すかしねぇーと、殺されるぞ〟
死ぬのも殺されるのも御免だ。だから殺さなければ。それなら一体、誰を? 今、必要なのは逃げる事だろう。
それが最善なのは分かっている、でもそれが出来ない、行くあても先立つものも、何もない。
まるであの二人の様だ。
ザーーーッ ザザーーーッ アスファルトに溜まった雨水がホイールハウスに当たるノイズが湿った音のまま耳の奥まで入ってくる。
〝殺してやるッ、テメーッ! 助けてッ、やめろーッ、〟
「……、やめてくれ」
〝死にたくない〟
「ん? 今何か言ったか? 雨の音うるせェよな」ワンジェンが返した。
「あぁ、いや、腹が減ったなぁって」深呼吸をして前を見る。
「ここんところ、おにぎりとパンばかりだしな、」
二人は直接、事務所へは向かわず、近くの中華料理店の前で降ろして貰うことにした。雨はしとしとと、大人しくなってきている。食べている間に止むのかもしれない。
「なに食うかなぁ」とワンジェンがメニューを見ている一方で、岬 一燐 は、ラーメンに餃子、チャーハンだと決めていた。
狭い車中で三日も過ごせば、ストレスと疲労で幻聴が聞こえても不思議ではない。一時的なものだと考える様に意識したが、それは倫理的ジレンマからきた症状などではない。
如何なる理由があったとしても 岬 一燐 に情状酌量の余地はない。ギャングに加担する者は社会の敵に他ならないからだ。非合法というのはそういうものでしかない。
結局、警察組織とマフィア組織に追われる身となった。警察組織に捕まれば命は助かるだろうが、仮釈放無しの終身刑が言い渡される事になる。抗争で死を選ぶより終身刑の方が幾分もマシだろう。
〝くたばるまで、50年とか60年だぞ!
ゴミ生活より長くなってんのは前借りして革靴買ったからかよ?〟
長生きしないなら娑婆で死ぬべきだ。長生きするのならさっさと娑婆で死ぬべきだ。
もう答えは出ている、いい死に方はしないと。
「久しぶりの飯だったから、美味かったなぁ」
「食った食った、行くか、一燐」
ワンジェンが会計をする間、ガラスのドアの向こう側では、雨粒がアスファルトの窪みで起こす波紋で緩やかな輪を描かせている。
「おし、行くぞ」
「ワンジェン、オレ、ちょっと便所行ってくる」
「何だクソか?」
「あぁ、クソだよ」岬 一燐 は笑って便所へ向かった。
「先に行ってんぞーッ」
「わかったッ」少しだけ振り返って右手を上げた。
雨はもう、上がっていると言っても良い。少し明るめの曇り空が数時間後の雲行きを暗示している。
ダンダンッ ダンッ ────
「悪いがビッグ流してる最中なんだよっ」
〝クソしてる最中にクソかよ、クソがッ〟
「ふーッ、食いすぎたかな」用を足した 岬 一燐 は店を出た。
進行方向の道路の先、向こう側の空は晴れている。来た道とは見た目に分かる明暗だ。反対側はあと少しだけ雨が続くだろう、けど何れは晴れる。
相変わらず街は五月蝿い。雨音なんかでは掻き消せない。もう雨が降らないのは分かっていても足を急かせるのは、ワンジェンに追いつくためだ。
〝そこのアパートの駐車場から抜けてショートカットだ〟
「きゃーッ」
「うぁわ、救急車だッ! 誰かー!」
「危ねぇッ! ここから逃げようッ」
「ひぃぃーーッ」
「なんだ!?」岬 一燐 は足を止めて曲がり角から通りの先を覗き込んだ。
「ワンジェンッ!」
◇
通りの先でワンジェンが血を流して倒れ込んでいる。
「ワンジェンッ、ワンジェン!」
首元に二発、頭部に一発 即死だ。
「ワンジェン! くっそッ」
岬 一燐 はワンジェンのポケットからスマホを取ってコールした。
『どうした』通話相手は 谷山 国士 だ。
「岬だッ、はぁはぁ、撃たれた! ワンジェンが撃たれたッ」
『おいッ、今どこだ!』
「天山楼から帰るいつも道ッ、いつものアパートの、」
『直ぐそこから離れろッ』
「分かったッ」
〝ワンジェン、、、悪い〟
岬 一燐 は、通りから外れて、アパートの駐車場、民家の塀を乗り越えて一旦身を隠した。マンションの裏手で通りから死角になっている駐車場で 町山 キミコ にコールしたが……、出ない。
〝事務所に戻るか? 近くに襲撃犯が居るんじゃないのか?〟
どうするッ ────
暫くしてスマホがせわしく呼び出しはじめる。
「岬です。ワンジェンがやられたました」
『聞いたわ、話せるの?』
「はい」
『相手は何人?』
「いえ、見てません。トイレに行ってて、戻って追いついたら、」
『落ち着きなさい、少し離れた駅を経由して本部まで来なさい』
「分かりました」そう返して一旦、終話した。
トルルルルルルーーー トルルルルルルーーー
「……、くっそッ出ない!」岬 一燐 がコールを切った。
電話したのは 谷山 国士 へだ。出ない理由は幾つかあるが、この状況では『それどころじゃない』と思いたい。勿論、する事があってという意味でだ。もう何も出来ないというのは考えたくない。
新宿方面まで移動して人混みのノイズに紛れて何もかもが停止した。
スマホが呼んでいる。谷山 国士 だ。
「ワンジェンが、なんでこんな……、畜生ッ!」
「…」
「はぁはぁ、……はぁ、お前……、誰だ?」
相手が喋らない。きっと 谷山 国士 じゃない。岬 一燐 は通話を切るとスマホの電源を落として駅のコインロッカーに入れた。
〝どうする、ここから どうする?〟
直ぐに本部に向かうのはマズイというのは直感で分かる。町山 キミコ に合流したいが向こうもそれどころじゃない可能性が高い。
〝ノリヨシに車を出させよう〟
駅を張られている気がしていた。自分ならそうするからだ。
窓を打つ雨も上がり室内に光が射すと、窓の格子は影となってはっきりと映しだされた。
「どうだ? 流石に短いか?」
「ええ、無理です」
「あのガキだ、察しがいいな」
「岸田さん、どうしますか?」
「そいつ等、しょっ引いてぶち込んどけ」
ボォ ッス── ふ〜
「撃たれてた男ですが、死亡が確認されています、即死です」
「こいつ等はどこでだってお構いなしに撃ち合いをする」
「結局、あの電話の女は何だったんでしょうか?」
「タレ込みというよりは、俺達も利用されたな」
岸田 嘉一 たち警察公安組織も何らかの情報を得て、谷山 国士 たちが詰めている事務所に強制捜索で訪れていた。ワンジェンが急襲された事と関係しているのか? それとも偶々だったのかは分からない。
ギギラミーまでは未だ先は長い。付近は未だ曇り空ですっきりとせずに日の翳りを感じさせる。長時間歩いて歩幅も小さくなりはじめていた。
〝コンビニで飲み物でも買おう〟
「袋はどうされますか?」
「大丈夫、いらない」
「これも一緒に会計して」その言葉に乗せて、白桃のリキュールが2本レジに置かれた。
「久しぶりの再会なのにお祝いもしないのかな?」
「クレハッ!」
コンビニを出た二人は、湖凪 クレハ の案内で少し先にあるレンタルスペースに入った。あれから3ヵ月ほどしかし経っていない。それなのに随分昔、一緒に遊んだ近所に住む女の子と出会した様な気分だ。
妙な懐かしさを感じさせる。
「乾杯しようか」
「ここに着く前に一本空けただろ」
「二本目からが乾杯の本番なんだよ」
「嘘つけよ」
こうして実際に会うと、本当に会いたかったのは数日前の夜だったことを、すっかりと忘れさせてしまう。相変わらず、クラゲの様の髪だが、湿度が高かったからかふわふわとはしていない、少し湿っている。
「就職出来たんだ。スーツに革靴、カッコいいね」
「いや、和海軍にスカウトされて強制労働させられてた」
「ふーん、それは奇遇だね」
「何が奇遇なんだよ」
いや今は分かっている。湖凪 クレハ は、スーチ・ルーチの本部組織からの密入国者だということを。
湖凪 クレハ が右手を上着のポケットに入れたまま出さない理由も。
「クレハ、少し話しを聞いて欲しい」
「少しだけだよ」
〝ここで引き金を引くんだろうな、きっと〟
「公安に捕まったんだ」
「見てたよ」
「ああ、一緒に捕まらなくて良かったよ、」
その後の出来事を掻い摘んで話した。湖凪 クレハ は相槌を打って話しを確認する様に聞いていた。一通り話しが済み、後は核心になる事を訊いて死ぬだけだ。
岬 一燐 に 湖凪 クレハ を殺すことは無理だ。だが 湖凪 クレハ は違う。それにワンジェンをやったのは今、その右手に握った物だ。
今までもそうだった様に。
「一燐、話しは終わった?」
「ああ、聞かせて欲しい事はあるけどな」
丸々とした瞳が、向かい側のソファーに腰を下ろす 岬 一燐 を写している。はっきりとそれが見えている訳じゃなくても、それは撃つ側からすれば当たり前なほど確実なこと。
「それは何かな?」
〝スーチ・ルーチのメンバーなんだろ?〟
〝トルコの本部組織から来たのか?〟
〝いとこ姉妹の話しは嘘か?〟
〝あの墓は横流しの銃の受け渡し場所なの?〟
〝章 玥 が誰だか知ってる?〟
〝オレをスケープゴートにしようとしたの?〟
〝ワンジェンをやったのか?〟
〝あの夜、会えなかったことを知ってる?〟
「一つ協力してくれたら、一つ協力する」
「ふーーん、まっ、いいけど」
「オレと一緒に逃げてくれ」
「およ、意外だな、それは」
〝色々あったけど、もう十分ゴミは集めたろ
これ以上は抱え切れないよ、どこかで捨てなきゃ〟
「いいよ、でも私も死ぬかも、う〜ん、それはマズイなぁ」
「オレは今殺されても構わないよ」
丸々とした瞳の中はもっと奥深くを覗き込んでいてもう何も映さない。
「カタチだけでも愛しくなっといて貰うかな」
形はどうであれ、このクラゲに襲われて、捕食されるのは決まっていた。今日そうするつもりだったのか、撃つつもりだったのかなんて、誰も知らない様な深い場所にしか存在しない。
だから目を開けたままでも、瞑ったままでも ────
このまま夜が明けないで欲しいと願う。
あの日の朝の様な光景だ。カフェラテでカヌレを食べてニュースを見ている。あたかも毎朝ここに二人が暮らしているかの様に。
ニュースは銃撃によるギャング構成員の死亡を伝えている。モニター越しに見る死亡現場の映像は何処か薄っぺらく、数時間前までそこ居た事を嘘のようだと錯覚させる。
続けて様に、和海軍事務所が一斉に強制捜査された事を報じている。見知った仲間たちが連行される様子を映している。谷山 国士 が連行されていた。
岬 一燐 は無責任にもホッとした気持ちでいた。殺されるのと務所から出られないのはどっちもどっちだろうだろけど、今は無事だったことに安堵した。
町山 キミコ はどこかに潜伏していると願いたい。湖凪 クレハ は示し合わせたように朝食を頼んでおいたことを告白する。
「何が来ると思う?」
「エンゼルクリームに、ジンジャ」
コンコンッ ───
そんなに勘が当たるのなら、ギャンブルで十分稼げるだろ! と思ってしまう。何故なんだ。そこまで単純な馬鹿ではないと 岬 一燐 本人は思っているらしい。
だから、皿の上に乗っかるエンゼルクリームを見つめて、それを特別なものの様に愛でてしまう。
「女のカンってさ、当てるんだよ」
「2割は外すんだろ?」
「まぁね、時々、故意に外すことはある」
そこらのギャングが、スーチ・ルーチに敵わない理由もわかる気がする。こんなのが山ほどいるんだろうと思うと、ぞっとしないのはギャングの考えなのだろうか。
エンゼルクリームが羽を生やしていないのはきっと、皿から飛んで行かない様にするためだ。岬 一燐 の思考回路ならその程度の回答をする。だが 湖凪 クレハ なら違う回答をする、『食べるからもいだ』と。
皿に乗っている意味がすでに違う。だけどもし、意味が違ったとしても体は逆らえないで、喰らう。幾ら御託を並べて愛でたとしても結局、喰らう。
あるがままと言うならそれが御尤なことだ。きっと為すがままでも御尤なんだろう。誰だってその柔らかいクリームには逆らえないってこと。
とくにお勧めとあっては。
でも何故二つあるのかって言うのは知らなかった。
〝一つは明日のため、一つは今日のため〟
結局、綺麗ごとに意味を感じるのは少年の間だけの特殊知能。だからって踏み外さなければ、いつまでも綺麗事を言ってて良い訳じゃない。世間がケツを叩いて色んな所へと追い立てる。
オトナにも、ガキにも、戻りたくはない。
◇
湖凪 クレハ があの夜、現場からタクシーで車を追いかけて上着やリュックサック、バールを回収してくれていた。あの屋上の消火栓ボックスの中に入れたという。火曜日は明後日だ。
それでまでは、場所を変えて身を隠すしかない。今、公安は 岬 一燐 を重要参考人として捜索している。
〝どこにも逃げ道は無いのに、クレハを巻き込んだ……〟
ソファに転がるクラゲ頭は、何も考えてなさそうな顔をしている。それは顔だけの話しであって、見えない部分も含めるなら『何でもない顔』となる。
内心までは分からないまでも、何故か二人ならどこまででもすり抜けて漂って行けそうな気がする。このクラゲに『迷惑?』なんて、訊くだけ無駄なのかもしれない。
〝きっと言葉じゃ通じないんだ〟
クレハから漏れた言葉も「今のはきいた」それだけだった。
次の隠れ蓑にするものを剥ぎ取りにいく時間だ。白金は近い。明日の晩にはナイトステージが待っている。ネオンサインの間接光が映し出す、煌めく夜の垂れ幕。思い出す。海月が光の集合地点となってぶち撒ける。
和海軍に居たせいか三日先の事なんて考える意味は無くなってきていた。隣にいるクラゲも二日待てばとか言った事はあったが、その先はどうなってんのかなんて、口にした事はない。何かの法則で考え無くなるのかもしれない。
「一燐、私ってさ、偏食多くて、」
「あっ、そうだあれ何だっけ、チーズ&チーズじゃないのって」
「ワッパーのこと?」
「そんなんじゃなかったな、あれ何てったっけ?」
「今度、お店で聞けば教えてくれるんじゃない」
「クレハが言ってたんだよ」
「だったら、また言うんじゃない」
その可能性は高いのかもしれない。幾度となく踏み外す度に、もっと大切なものを色々と落っことして来た気がする。だからといって戻って拾い直す気もない。
次の誰かってのがゴツイ奴なんだったら、そんなゴミ拾ったところで大した事はない、きっと大丈夫さ。
雨が止んでも今夜も星なんて見えない。朝までやっている街角の信号機は赤で点滅しっ放なしで、まだ点灯するまではいってない。
「どういう仕組みなんだ?」
「ん? 何がさ」
「そのICタグ、偽造なんだろ?」
「まぁね、無限じゃないのがね、ちょっと残念」
「まさか、日当?」
「ブラックだからねー、それに成果主義」
「じゃぁ、オレの使うよ」
「ダメダメ、昼になればごっそり振り込まれるんだけどねー」
捕まるくらいなら、湖凪 クレハ に撃たせるのを最終手段として取っておくべきだろう。もしそうだとしても死亡報告にスーチ・ルーチの事務所に戻るのなら、今やっているのは逃亡もごっこなのだろうか。
「そう言えば、スーチ・ルーチの事務所って何処にあるの?」
「北海道だよ」
〝死亡確認ってどうやってしてるんだ…… 〟
チャイでシフォンケーキを食べて……。
カフェラテでカヌレを食べて……。
〝ターゲットの死をニュースで確認している〟
所か構わずぶっ放すのではなく、見せしめを兼ねた処理の連絡手段なのだろう。そしてニュースを確認して 湖凪 クレハ の偽造ICタグに活動資金が振り込む。
もしそうなら、町山 キミコ も公共の場で大々的に報じられる様な死を手向けられる。それを実行するのが 湖凪 クレハ でなければ良い、そう願わずにはいられない。
白金の Jピールセレクト 周辺も、ギギラミー近辺と同じく、休まる時間などない。それにまた、コンビニで日持ちする様な食べ物を買い漁っている。
今となってはそれが何をしているのかも意味が違って見えてくる。湖凪 クレハ 、いや、スーチ・ルーチと縁のある情報屋じゃないのだろうか? と。
だからこうして歩けば直ぐに会える。
「やぁ、マキロに、リリ!」
「おっと、お二人揃って仲がいいな」
「マキロ、リリさん、久しぶり」
いつもの様に軽い世間話をして買って来たものを手渡す。今までの視点なら『いつもの』という光景になる。だが、今は違って見えていた。
飲食物を渡す際、折り畳まれたメモを受け取ったのを見逃さなかった。こう言った指示系統なのだろうか? マキロの様な末端は恐らくは殆ど何も知らないのだろう。
山狼連のノリヨシと同じ。きっと分業化された末端に過ぎず、検挙されたとしてもブツブツと千切れて全容を掴ませる事はない。
〝何が書かれているんだ〟
聞けば教えてくれるのだろうか? もう話せる間柄なのだろうか?
「今日は何処で過ごすんだ?」
「そうだねぇ、取り敢えずピーセレで買い出ししなきゃね」
「クレハ、全身シャンプーを買いたい」
「お、レディースでもいいかな?」
「ああ、なんでもいいよ」
楽しそうにスキンケア商品物色している姿を見ていると、普通の生活をしている女の子そのもの。それは 岬 一燐 も同様に周囲の目には映っている。
どれくらいの資金が今日振り込まれたのだろう。相場が同じなら5ヶ月分くらい。和海軍と違って家賃と食事補助くらいは出ているだろうが、二人で過ごすとなると2ヶ月逃げるのがやっと。
逃げて暮らせるのは一時的に限定される。このまま二人は難民にさえもなれない。少なくとも 岬 一燐 の残りの人生の価値を、逃避行の日数と引き換えるならば 湖凪 クレハ に多少の釣り銭くらいは残るのかもしれない。
「一燐、これどう? 似合うんじゃない」
Jピールセレクト オリジナルのメンズTシャツ。肩口には『JPS』のロゴ。最近 岬 一燐 もよく着る、いつものやつだ。
「そのシリーズのTシャツ、揃えようと思ってたんだ」
〝ギャングになって全部上手くいってる、ここまでは
いいとこオレなんて後20年とか30年ってとこだろ?
オレが空席にしたって同世代のヤツ等には関係ない〟
「じゃこれプレゼントするから着替えなよ」
「なんか誕生日が今さっき来たかも!」
「お祝いしなきゃね」
人生っていうのはトーナメント制なんかじゃない。だから不戦勝もない。たかが一敗して泣いたり、諦めたりするのは誤解してるんだよ。
こなん人生ってクソみたいに思う時は、これが人生だってクソした方が生きてるって実感できると強く思う。
夜はいつも深く傾く、そのまま傾いてひっくり返ったら、またリーグ戦を始めれば良い。今日が全敗なら、次の日が振り出しってだけだから。
今日と、明日だけ考えとけばいい、それで上手く行く。
近くに2歳年上のエンゼルがいればきっと同じことを言うだろうさ。
◆
第12話へつづく
行く先々が行き止まりでも、迂回してれば何れ開く。
【急】も1話を残す限りとなりました。
完結後、コンテスト締め切りまでのブラッシュアップについては、『小説家になろう』版は行いません。
オリジナルという事でご了承ください。
最後まで応援お願いします。
※保存バグが頻発したので追って修正します、あしからず