4. 恋バナ
「なかなかいい部屋じゃないか!今夜はよく眠れそうだ」
オリバーがベッドに倒れ込む。
久々にしっかりとした戦闘をこなした僕も、荷物を置くと奥のベッドへ同じように身を投げた。
「さっき宿のおっさんに聞いたんだが、この辺り、魔獣の数が急速に増えてるらしい」
「さっきの砂狼然りか?」
「ああ、あいつらは本来、砂漠地帯の魔獣だ。こんな人里近くに現れるなんて、聞いたことがねえ」
たしかに妙だ。
「おっさんが言うには、魔王が魔獣たちを操って何かを企んでるんじゃないかとか、自分の手元に戦力を集めてるんじゃないかとか、そんな噂が立ってるらしい」
「それが本当なら、ますます僕らの手に負えなくなってくるな……」
僕はベッドで大の字になった。
そういう陰謀論めいた話は、度々噂されるものだ。酒の席では特に、有る事無い事飛び交っている。
いちいち真に受けるのもバカらしいと今までは思っていたが、他人事ではなくなってしまったらしい。
「……そういや、普通の冒険者みたいに振る舞っちまったが……勇者パーティだって名乗った方が良かったか?」
「言えるか!」
そんなやり取りをしていると、隣の部屋から話し声が聞こえてきた。
騒いでいるのはフィズだろうか?内容まではわからない。
横を見ると、オリバーがそわそわし始める。
「あの二人、何話してんだろうな」
「さあ……女子同士の会話なんてわからないよ」
しばらくゴロゴロと落ち着きなく転がっていたオリバーだったが、僕の方に向き直ると、真剣な顔をした。
「俺さ、今回の旅、チャンスだと思ってるんだ」
「チャンス?」
オリバーの家は伯爵家だ。冒険者を続ける中で、思うところもあっただろう。
「たしかに、魔王討伐が上手く行けば、それなりの地位や報酬は手に入る。お前の立場も安泰だろう」
「それももちろんそうだ。……だが俺は、この旅で絶対に──」
オリバーがグッと拳を握る。
「絶対に、ノエリアをものにしたいんだ!」
その宣言に、僕は思わず頭を抱えた。
「……急に何を言い出すかと思えば」
「急も何も、ずっとお前とこういう話がしたかったんだ!今までずっと一人部屋だったから、タイミングがなかっただろ?せっかくだ、今日は朝まで語り明かそうぜ!」
「お前なぁ……」
イベントごとにかこつけて女子とお近づきになろうなんて。
「なあなあ、明日、俺とノエリアが二人きりになれるように協力してくれよ」
「修学旅行じゃないんだぞ!」
オリバーは至って楽しそうにヘラヘラしている。
「俺は本気なんだ、アレン!本気でノエリアの事が好きなんだよ!」
「そういう話をしてるんじゃない。……お前、今どういう状況かわかってんのか?」
「ああ、もちろん魔王は倒さなきゃならない。だが、ノエリアのことが恋しい俺の気持ちもわかってくれ……!」
この男に、何を言っても無駄なようだった。
「頼むよ、アレンだけが頼りなんだ」
その言葉を聞いて、僕の脳裏にフィズの顔が浮かぶ。昨日の会話を思い出し、胸がざわついた。
ああ、もしかしなくても、今の僕の立場って──
「……最悪じゃないか」
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・
部屋に入ってしばらく経つが、二人の間に会話はない。
フィズは、この気まずい空気に耐えかねていた。
(ノエリア、やっぱり花がないことに気づいてるんだろうか)
ちらりとノエリアの様子を伺ったが、自分から話しかける勇気は出ない。とりあえず、戦闘で汗をかいた鎧を脱ぎ、着替え始める。
「フィズ」
ノエリアがようやく口を開いた。
「……なんだ?」
「あのね、こんなこと、急に聞くのも変だと思うんだけど……」
フィズは、ごくりと息を呑む。
「フィズって……アレンのことが好きなの?」
「はあぁっ!?」
思わず大きな声が出た。
「い、いきなりなんだ!なぜそうなる!」
フィズはたまらず、服を脱ぎかけのまま、ズカズカとノエリアに詰め寄る。
「だって……!昨日も二人でなにかしてたみたいだし、さっきだって、私とアレンが話している時、あなた様子がおかしかったから!」
フィズの剣幕に押され、ノエリアはじりじりと部屋の隅へ追い詰められていく。
「もともと怪しいと思ってたのよ。二人で話している時のフィズ、すごく自然体で楽しそうなんだもの……私やオリバーと話す時は違うじゃない」
そう言って口を尖らせる。
「それは……!」
(それは、オリバーと話す時は緊張してうまく話せないだけだ……!)
「とにかく、一旦待て!誤解だ、私は別にアレンのことなんて好きじゃない!」
顔を真っ赤にして必死に否定するフィズを見て、ノエリアは慌ててたしなめた。
「ごめんなさい、デリカシーがなかったわ。だけど、そんなに必死に隠さなくても……」
「そうじゃなくて……!」
「じゃあ、他に好きな人でもいるの?」
フィズの動きが止まる。
何か言おうと口を開きかけて、そのまま唇を噛み締めた。
(……言えるわけがないだろう)
一瞬の沈黙のあと、ぽつりと「いない」と答えた。
「俺だ、少しいいか?」
ノックの音と自分たちを呼ぶ声に、二人ともハッとする。
「オリバー、どうしたのかしら?」
ノエリアがドアを開けに行き、フィズは慌てて服を整える。
心臓がバクバクと鳴っていた。
「どうしたの、何かあった?」
ドアの前には、着替えたオリバーが立っていた。
ノエリアに笑顔を向けるオリバーを見て、フィズの胸はまた痛んだ。
「ノエリアに相談があるんだ。少しだけいいかな?」
「構わないわ。……フィズ、少し行ってくるわね」
ノエリアはそう言うと、オリバーと連れ立って部屋を出る。
「あっ……」
何か言う間もなく、バタン、とドアが閉まる。
フィズはその場に崩れ落ちた。
誰もいなくなった部屋の真ん中で、先程のやり取りを反芻する。並んで歩く二人の背中を思うと、心臓が握り潰されるようだった。
(オリバーの心は、もう決まっているんだろうな)
そう思った瞬間、みるみる涙が溢れた。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・
オリバーが意気揚々と出て行ってから、僕は頭を悩ませていた。
「ノエリアを夕飯に誘ってくる!」
そう言ったきり帰ってこないところを見ると、うまく誘えたんだろう。
「……参ったな」
フィズに合わせる顔がない。
誰の味方ということはないが、つい昨日あんな話をしたばかりでは、さすがに気まずかった。
部屋に一人でいると、考えが煮詰まってしまいそうだ。気分転換に外の空気でも吸おうと、階段を降りる。
すると、宿の入り口が妙に騒がしかった。
近付くと、宿の店主がこちらに気付き駆け寄ってくる。
「君……!確か君たち、冒険者パーティだと言ったね?力を貸してくれないか……!」
何かあったらしい。
「わかりました、一体何が──」
話を聞こうとしたその時、フィズが階段を駆け降りてきた。こちらを見向きもせず、そのまま外へ飛び出そうとする。
「フィズ!」
この事態をフィズにも伝えようと、呼び止める。
そして、振り向いた彼女の顔を見た瞬間、全てを察した。
その頬には涙の跡が残っているが、眼差しには迷いがないように見える。
「……二人を追うんだな?たぶん、表通りの飲食街にいるはずだ。行ってこい」
フィズは、少し驚いた顔をした。
「……ありがとう」
そう言って、泣き腫らした目のまま駆け出して行く。
その背中を見送りながら、静かに拳を握り締めた。
一人でやるしかない、か。
「僕で良ければ、何があったのか話してください」
宿の店主は、事の詳細を語り始めた。
次回は、明日の夜21時頃に更新予定です。