3. 道中、背後にご注意を
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花も草もない、乾き切った大地
ぬるい風が吹き抜ける夕暮れの中
濃い銀色の髪をした少女は、すぐ隣にいた
「── ──」
なんだ?
なんて言っているんだ
微笑みながら、何かを囁いていた口元だけが記憶に残っている
きっと大切なことを言っていた気がするのに
少女は立ち上がり、枯れた大地を歩いて行く
慌てて追いかけても、距離はどんどん開いていった
走っても、走っても──
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「……レン、アレン!!」
呼ぶ声に目を開けると、三人が僕を覗き込んでいた。その手には、それぞれ砂狼の皮。
どうやら、薬草を摘んでいるうちに眠ってしまったらしい。
「こんなところで寝るなよ、危ないだろ。皮も取り終わったし、さっさと出発しようぜ」
「……ああ、すまない」
まだぼうっとする頭で、テキパキと動く三人を見ながら思う。
こうしていれば、本当に頼りになる仲間なんだけどな。魔王討伐だって、こいつらとだから行く決心がついたというのに……。
「少し行けば街があるわ。日が暮れる前には着いて、宿を探しましょう。ついでに皮を売れる場所も見つけないと……」
そう言って地図を取り出そうとしたノエリアが声を上げる。
「……鞄、置いてきたみたい。さっき戦った場所だわ」
「私もだ。取ってくるよ、三人はここにいてくれ」
フィズがすっと走り出す。
非力というわけじゃないが、二人分の荷物となればそれなりに重たいはずだ。
「僕も手伝ってくるよ」
狼の処理を任せきりだった罪悪感もある。僕も後を追った。
フィズの方が、僕よりも足が速い。少し遅れてようやく追いつくと、荷物が置かれていた草陰に座り込む、彼女の背中が見えた。
「おい、フィ……ズ」
言いかけて、立ち止まる。
……何してるんだ、あいつ。
なにやらゴソゴソとしているその手元を見て、僕はギョッとする。
フィズの手には、例のエメラルドの花が握られていた。
ノエリアの鞄から取ったのか?
気持ちはわかるが、いくらなんでもそれはまずい。
声をかけようと一歩踏み出しかけて、いや待て、と思い直す。
こういうことに首を突っ込んで、一番損を被るのは恐らく僕だ。このパーティの、うっすら怪しい空気感に気づいてからも、傍観者を貫いてきたじゃないか。
そっと後ずさろうとした、そのとき──
足元の枝が、バキリと音を立てて折れた。
フィズの背中がびくりと跳ねる。
……しまった。
「……荷物、あったか?一人じゃ重たいだろうと思って来たんだが……」
フィズがゆっくり振り返る。
「ふぉうか……ふまないな……」
「……は?」
頬が大きくふくらんでいて、何か口に含んでいるのがわかる。どうやら、咄嗟に持っていた花を口に入れたようだった。
……まさか、あれで誤魔化せているつもりか?
「ふぉっひをもっへきてくれ」
そのまま押し通す気らしい。とりあえず荷物を持って、彼女の横に並ぶ。
「………」
フィズは何も言わない。
二人の間に、気まずい空気が流れていた。
頼む、何か話してくれ。
しばらく歩いて、やっとフィズが口を開いた。
「……何か見たか?」
「いや……僕は何も──」
「いい、見たんだろ。わかってる。……みっともないと思うか?」
僕は一呼吸置いて答える。
「そうは思わない、けど……良くないことではあるな。人の鞄を漁るのは、さすがに褒められたものじゃない」
彼女はしゅんとうなだれる。
「……その通りだ。……なあ、他の皆には黙っていてくれないか。合わせる顔がない」
「別に言いつけたりなんかしないよ」
そう言うと、フィズの顔に安堵の表情が浮かんだ。
「ほ、本当だな……?!良かった……もしオリバーにバレたら……」
そう言いかけて、ハッと口をつぐむ。
口を滑らせたことに気が付いたのか、顔がみるみる赤くなり、涙目で僕を睨んできた。
「お前……!謀ったな……!」
とんだ言い掛かりだ。
というか、まだバレていないつもりだったのか。
「落ち着け……!何もかも黙っておいてやるから、お前は安心して旅を続けろ」
なんだか面倒な事になりそうなので、僕は早足で先を急いだ。
「ま、待て……!」
「だから、バラしたりしないって!まだ何か──」
「……私は……」
フィズが真剣な目で僕を見る。
「私は、どうしたらいいと思う……?」
やめてくれ。
「そんなこと僕に聞くな……」
相談役なんて面倒なポジション、僕はごめんだ。
「そんなこと言ったって……私一人じゃ、もうどうすればいいのか……」
「僕だって、そういうのには疎いんだ。役に立たないと思うぞ」
「話を聞いてくれるだけでもいいんだ、頼む……!こんなこと、アレンにしか……」
縋り付くような目で目上げてくる。
僕は深いため息をついた。
「……まあ、それくらいなら……」
「あわよくば……上手くいくように立ち回ってくれたら、嬉しい」
「そっちが本音かよ!」
まったく、結局フィズのペースだ。
「遅いと怪しまれる、戻ろう。話なら後で聞いてやる」
「うん、そうだな。急ごう」
荷物を背負い直し、二人のところへ駆け足で向かう。
「……ところでフィズ、ずっと気になってたんだが」
「なんだ?」
「……お前、あの花……食べたのか?」
「は、吐き出すタイミングがなかっただけだ……!」
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身支度を整えた僕らは、街を目指していた。
旅に出て三日目。今のところは、進む先々に街がある。毎晩どこかの宿に泊まりながら進む、快適な魔王討伐の旅だ。
「見えてきたわ。結構大きな街ね」
ノエリアを先頭に、問題なく街へと辿り着いた。
「とにかく宿だ。あの辺り、良さそうじゃないか?
俺がひとっ走り行ってくる!」
オリバーが宿屋街の方へ駆け出していく。
そのタイミングを見計らったように、ノエリアが寄ってくる。
「荷物を取りに行くの、ちょっと時間かかったみたいだけど……何かあったの?」
こういうところ、本当にノエリアは鼻が効く。
「別に何もないよ」
「ふぅん……」
振り向かなくても、背後からフィズの視線がビシビシ刺さるのがわかる。
「少し道に迷ってただけだ」
あのエメラルドの花は、今はもうフィズの腹の中だ。気づいているのかいないのか、それについては触れてこない。
「そう。運んでくれてありがとう」
ノエリアはふっと微笑んで、それ以上は何も言わなかった。
フィズも、安堵した様子で胸を撫で下ろしている。
……僕の命も、ひとまずは助かったらしい。
そうこうしているうちに、オリバーが戻ってくる。
「あそこの宿で二部屋取れた!俺とアレン、フィズとノエリアな。荷物置いたら一旦休もう。夕飯はそのあと!」
先ほどの戦闘で、皆それなりに疲れていた。彼の意見に賛同して、宿に向かう。
「通りの方に美味そうな飯屋がいっぱいあった!」
そう言って、先にオリバーが部屋に入る。
続いて入ろうすると、フィズと目が合った。
「おい……わかってるだろうな」
じとりとこちらを睨んでくる。
「わかってるって……」
弱みを握っているのは、どちらかと言えば僕のはずなのに……。
再び視線で背中を刺されながら、部屋に入る。
しばらくは、背後に気をつけた方が良さそうだ。
続きは、今夜21時頃に更新予定です。