2. 準備は整いましたか、勇者さま?
王城からの帰り道は、実に静かだった。
あの"アホ国王"の爆弾発言を脳内で処理するのに、それぞれ忙しかったからだ。
「なあ、マジで行くのか?」
沈黙を破ったのはオリバーだ。
「あの国王、どう見ても本気だったぞ」
「アレン、なんで断らなかったんだよ?魔王なんて、俺らでどうにかなる相手じゃ──」
「じゃあ聞くが、あの場で国王に意見できるやつがいたか?今からでも戻って直談判したらどうだ?」
「………」
再び沈黙が流れる。
誰も口にはしなかったが、全員わかっていた。行くしかないのだ。
「……魔王討伐となれば、かなり長期の旅になるでしょうね。物資や武器の調達もしないと」
「ギルドにも一報入れておかないとな」
こういう時、うちのパーティの女性陣は本当に頼もしい。
フィズは家柄もあってか、いつも堂々としている。度胸もあるし、判断も早い。
気が強すぎるところはあるが。
ノエリアは常に冷静で、肝も据わっている。知識も豊富で、何かと助けられることが多い。
ただ、掴みどころがないというか、今だに何を考えているのかよくわからない。
「少し歩けばギルドだ、寄って報告してから帰ろう」
ボルメリア王国の冒険者ギルドは、王都にあるこの一箇所だけだ。規模は300人ほどだが、治安も良く、管理も行き届いている。
ギルドに入ると、顔馴染みの受付嬢が迎えてくれた。
「アレン様御一行、いらっしゃいませ。換金ですか?新しいクエストも入ってますよ。ご覧になります?」
「いや、今日はちょっと違ってな……」
なんて説明したら良いのかわからず、口ごもる。
「何かあったんですか?」
「まあ……新しいクエストが入ったというか」
「持ち込みでしょうか?」
「王様からの依頼でな」
「こ、国王から?!」
受付嬢が、がたりと椅子から立ち上がる。
「魔王討伐クエストだそうだ」
「ま…?!ま、魔王……」
「おいっ、お嬢が倒れたぞ!」
泡を吹き、白目を剥いて崩れ落ちる受付嬢を見て、僕はため息をついた。魔王討伐なんて突拍子もない話、僕らだって未だに信じ難い。
「そういうわけで、装備や経路なんかの相談に乗って欲しいんだ。長旅になるだろうから、しばらくギルドの仕事からは離れることになる。申し訳ないな」
「も、もちろんです!それは仕方ありませんが……やっぱり寂しくなりますね……」
落ち着きを取り戻した受付嬢や、他の冒険者たちの協力もあって、僕らの旅支度は着々と進んでいった。ギルドはできる限りのサポートと、持ちうる情報を提供してくれた。
「現在、魔王の拠点とされているのがここです。ボルメリアから西に進んだ先の山脈、その向こうですね。詳しい場所までは、私たちの元にも情報がなくて……」
「十分だよ。ひとまず、この山脈を目指せばいいんだな」
支給された装備をかかえ、僕たちはギルドを後にしようと立ち上がる。
そのとき、受付嬢が神妙な顔で声をかけてきた。
「あの……アレン様。その、お願いが……」
肩を震わせながら彼女は言った。
「ゆ、"勇者様"と……ぶふっ、お呼びしてもよろしいでしょうか……?」
「ぶはっ……!」
オリバーが吹き出す。
フィズとノエリアも、肩を震わせて笑いを堪えている。
「……やめろ、全身がむず痒い……」
「お似合いですよ、"勇者アレン"」
ニヤつきながらノエリアが言い、
「勇者アレン、なかなかいい響きだな……ふっ……おい、何か言ったらどうだ?勇者アレン」
とフィズも続ける。
「お前らも"勇者パーティ"なんだからな!」
魔王討伐を控えているとは思えない、いつもと変わらない光景だった。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・
「ただいま」
王都を出てすぐ、食材から服、家具に至るまで様々な店が立ち並ぶ商店街の一角に、僕の家はある。
僕はこの国の生まれではない。
幼い頃に両親を失い、母方の叔父に引き取られて以来、ずっとここで二人暮らしだ。
「随分と遅かったな、さては王様に呼び出しでもくらったか?」
「なんで叔父さんがそのこと…」
「そろそろアレンも、勇者の器になってきたと思ってな」
……いや、噂が回るのが早すぎる。
「そこら中の掲示板に、お前の名前がでっかく張り出されてたぞ」
「あのアホ国王……!」
叔父はまだ仕事の最中のようで、ガリガリと木を削る音が部屋に響いていた。
「すぐ出発か?」
「ああ、準備ができ次第」
「そうか。じゃあ、これ持ってけ。旅に必要そうなもんを色々詰めといた」
叔父はこちらを見ずに、ずいと袋を差し出す。
「……ありがとう。助かる」
「まあ、怪我なく頑張れよ」
それだけ言って、叔父はまた作業に戻った。
僕は袋を抱え、二階にある自室へと向かう。木屑の舞う、決して広いとは言えない僕の部屋。
「はぁ……」
建て付けの悪い窓を開けると、冷たい夜風が流れ込んでくる。月が高く、今夜の空は明るかった。
家を出るわけではないし、旅が終われば、またこの部屋に帰ってくる。分かってはいるが、それでもどこか感傷的な気分になった。
それに、僕たちの目指す西の山脈の向こう。
超えたその先は──
「……まさか、またあそこに行くことになるとはな」
記憶の奥底に眠っていた何かが、ゆっくりと浮かび上がってくるような気がした。
疲労がどっと押し寄せてきて、僕は着替えもせずベッドに倒れ込んだ。
無理もない、怒涛の一日だったんだ。
じわじわと、魔王討伐の現実味が湧いてくる。
僕は勇者の器なんかじゃないし、たった四人のパーティで、一体何ができるっていうんだ。
いくら考えても、不安は尽きない。それでも──
「あいつらとなら、何とかなるか」
そう思った瞬間、深い眠りに落ちていた。
続きは、今日の夕方18時頃に更新予定です。