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15. 再会


 朝靄の立ちこめるリオルメアの街路を、僕たちは連れ立って歩いていた。


 まだ朝だというのに人通りはそれなりにあり、すでに開いている店もちらほら見える。

 食べ物の露店もいくつか開いていたので、軽く朝食をとりながら進んだ。


「本当に活気のある街だな」


 先頭を歩くオリバーが振り返る。


 もちろん、僕たちの目的地はレリクスだ。

 ただその一番後ろでは、ノエリアがしょぼくれた様子でついてきていた。


「昨日あの場にいた人たちは、もういないって。さすがに今日になってまで野次馬が集まることはないだろ」


「それはそうかもしれないけど……」


 ノエリアはもじもじと指先をいじる。


「それに、どうしても嫌なら宿で待ってていいって言っただろ?」


「それは嫌よ……!私だって、昨日のことは気になるもの」


「……じゃあ、いい加減うじうじするのをやめろ」



 宿を出てから数分。そんなふうにやりとりを交わしながら、僕たちはレリクスへと続く通りへ差しかかろうとしていた。


 そのとき──通りの入口に、見覚えのある人影が立っていた。

 

「……なあ、あれって」


 フィズが小声で言った瞬間、僕の背中に悪寒が走った。


「ノエリーじゃないか、おはよう」


 嫌な予感は得てして当たる。

 角を曲がった先、大通りの中央で優雅に手を振る金髪の男──リオンがいた。


 ノエリアが露骨に眉をひそめる。


「……なんでここに?」


「たまたま、この辺りを散歩していたんだ」


 リオンはさらりとそう答える。


「……誰だ?まさか、あいつがノエリアの……?」


 フィズがこっそり耳打ちをしてきて、僕は無言で頷く。


「おい、ほんとに偶然かよ?」


 オリバーも低く呟いた。


 リオンは涼しい顔をしているが、どう考えても“たまたま”の範疇を超えている。

 ノエリア以外の存在は目に入っていない様子で、彼女にだけ笑みを向けていた。


「……だから、忙しいと言っているでしょ」


「そうみたいだね……ただ、二人でゆっくり話がしたいだけなんだけど」


 リオンは小さく息を吐き、ようやくノエリア以外の人間に目を向けた。


「初めまして、ノエリーのお仲間の皆さん。リオルメア騎士団中央支部所属の、リオン・カレスタです」


 そう名乗りながら、昨日と同じように、やたらと礼儀正しく品のある所作で頭を下げる。


「もし可能なら、どこかでノエリアの時間を、少しだけ貸していただけるとありがたいのですが」


「何を……っ」


 オリバーがいきり立つが、リオンはそれにも目をくれない。それだけ言い残して再び僕たちに背を向け、悠然と歩き去っていった。



「あいつ、どう見てもストーカーだろ!」


 息を荒くし、肩を上下させるオリバー。


「……まあ、そうだな」


 冷静に考えれば、昨日レリクスの近くで遭遇したのも、本当に偶然だったのか怪しい。

 僕たちは道を外れた場所にいたし、そこにたまたま通りがかるとは考えにくい。

 少し前からつけていたか、あるいは周辺を探し回っていたと見るのが妥当だろう。


「ノエリア、平気か?」


「私は大丈夫よ。ほら、行きましょう」


 ノエリアは外套を翻し、レリクスの方へと歩き出した。

 僕たちもその背を追う。

 


 大通りへ出ると、昨日と変わらぬ威厳と美しさをたたえた大聖堂が、空へ向かって静かにそびえていた。



ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・



 一日ぶりにその重厚な扉を押し開けると、記憶水晶がゆったりと泡を生んでいるのが目に入る。

 昨日の暴走の後、僕とノエリアは聖堂に戻らなかったから少し気がかりだったが──変わらぬ姿に、胸を撫で下ろす。


 まだ朝だからか、昨日に比べるとだいぶ人もまばらだ。観光客というよりは、地元の信徒らしき人の姿が目立つ。


「とりあえず、マルヴィンって司教に会わないとな」


 聖堂内をぐるりと見渡すが、彼の姿は見えない。

 昨日もどこからか現れて、話が終わると奥に戻っていったことを考えると、頻繁に表に出てくるような立場ではないのかもしれない。

 その佇まいや言葉遣いからも、高貴な雰囲気がしていた。


「……そういえば」


 フィズが人差し指をピンと立てる。


「昨日ノエリアが水晶に触れたがらなかったのは、あのレオンとの記憶をみんなに見られたくなかったからなんだな」


 見破ったりといった顔で、ふふんと得意げに鼻を鳴らす。

 そんなフィズを一瞥しながら、ノエリアは小さくため息をついた。


「……まさか、あれが映るとは思ってなかったわよ。別にあの記憶だけじゃなくて、ただ自分の過去を見せるのが嫌なだけ」


 含みのある言い方で、フィズを諭すように言う。


「まあ、今日の目的は記憶を見ることじゃない。とりあえず、適当な司教にでも声をかけてみるしかないか」


 そう言いながら僕は、水晶の側に立っている若い男の司教に近づいた。


「すみません、マルヴィンって司教に会いたいんですが……」


「マルヴィン様に?……ああ、もしかして昨日の」


 若い司教は、僕と隣に立つグレーズとを交互に見比べ、「少々お待ちを」と言って奥に引っ込んでいった。


「"マルヴィン様"って言ってたな……」


 どうやら相当高位の司教様だったらしい。

 そういえば、ここの管理を任されているとも言っていた気がする。



「お待たせしてしまって申し訳ない」


 声のする方を振り返ると、灰色の髪と髭の優しげな男──マルヴィンが立っていた。


「皆さまお揃いで、わざわざお越しくださり感謝します」


 マルヴィンはそう言って、深々と頭を下げる。


「やめてください。僕たちの方こそ、わざわざ調べてもらうんですから」


「お互いのためです。それに……」


「アレンです。こっちはグレーズ」


「アレン様とグレーズ様。お二人には、お話しておきたいことがあります。それと、お見せしたい物も」


 その言葉に、僕とグレーズ、そして後ろの三人もごくりと息を呑んだ。


「まず前提として、水晶が反応を拒むというのは、非常に稀なケースです」


 彼の声は穏やかだが、その瞳は真剣そのものだった。


「記憶水晶は、基本的にはすべての人の“過去”に反応します。しかし稀に、“記録できない存在”や“読み取れない記憶”が関わっている場合、拒絶反応を起こすことがあります」


「……“記録できない”って、どういう意味ですか?」


 僕の問いに、マルヴィンは少しだけ言葉を選ぶように目を伏せる。


「たとえば、極めて強力な魔力の干渉を受けていた場合や、記憶自体が封印されている場合。そして……“記憶を持たない者”や“存在の履歴が不確かな者”にも、時として反応しません」


 記憶を持たない? 存在の履歴が不確か……?


 意味が飲み込めず、僕は思わずグレーズを見た。グレーズも不安そうに眉をひそめている。


「そして、二つ目のお話。見せたい物というのが、聖堂の奥にある“本来の水晶”です。更に深い記憶を知るためには、その水晶を使う他ないでしょう」


「……“本来の水晶”?」


 ノエリアが眉を上げる。


「こちらは観光用の簡易版。ごく浅い記憶しか扱えません。本来の水晶は、地下の聖域に安置されており、限られた状況でのみ使用が許されています」


「……そんな大事なものを、"ただの冒険者"の僕たちに使わせてくれるんですか?」


 もちろん "勇者" とは名乗らない。


 マルヴィンは微笑を浮かべて僕を見据える。


「使うに値する状況だと、私は判断しています」


 地下の聖域。


 直感的に、そこに何か重要な情報が眠っていると感じた。

 でも同時に、背筋に冷たいものが走る。


「アレン……」


 グレーズが、そっと僕の袖を掴んだ。

 地下と聞いて、僕の脳裏に彼女と出会ったあの古井戸がよぎる。


「……そこに、案内してもらえますか?」


「もちろんです。どうぞ、こちらへ」



 こうして僕たちは、記憶の聖堂(レリクス)のもう一つの顔──地下聖域へと足を踏み入れることになった。


続きは金曜日の夜20時頃投稿予定です。

ストックに追いついてしまったので隔日投稿になってしまいますが、ぜひブックマークをしてお待ちください!

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