11. 触れる
誘惑の多い街を歩きながら、ふと上を見上げると──真っ先に目を奪われるのは、街の中心にそびえ立つ記憶の聖堂だった。
白く輝くその大聖堂は、雲を突き抜けて天と繋がっているようにすら見える。
尖塔の先端に浮かぶ、巨大なエメラルド色の記憶水晶が、太陽の光を受けて七色に瞬いていた。
あまりの荘厳さに、自然と足が止まってしまう。
「……あれが、リオルメアの聖堂か」
「"記憶の聖堂"!私も一番楽しみにしていた!」
「何があるところなの?」
グレーズが首をかしげる。
「過去の記憶を保存したり、読み取ったりする儀式が行われる魔導施設だ」
「不思議だよなぁ。どういう仕組みなのか……」
オリバーの言葉に、ノエリアが答える。
「古代の記録魔法が使われているらしいわ。詳しいことは公表されていないけれど」
石畳の道の先に、記憶の聖堂──「レリクス」はあった。
観光客らしき人々が記念写真を撮っていたり、露店が並んでいたりと、周囲はかなりにぎやかだ。
それでも目の前の建物には、自然と背筋が伸びるような、そんな空気があった。
白と銀を基調とした外壁。尖塔とステンドグラスの装飾が陽光を受けて輝き、空へと溶けていくような造りになっている。
「……けっこう人、多いな」
「観光名所だからな。記憶の祝福、旅の安全祈願、あと恋愛成就とかもあるらしい」
フィズが観光パンフレット片手に、得意げに言う。
「そんな雑多なお願いしていいのか?」
「昔は格式高かったらしいけど、今はわりと何でも受け入れているみたいよ。開かれた信仰ってやつね」
観光客に混ざって、軽装の冒険者や、真剣な表情の参拝者もちらほら見える。
「記憶の聖堂」はただの観光地ではなく、今も生きた“祈りの場”として存在しているらしかった。
「入ってみようか」
重厚な扉を押し開けると、内部は想像以上に広く、光が満ちていた。
天井は高く、壁には色とりどりのステンドグラスと古びたレリーフが飾られている。
中央に設置された水晶体が淡く揺らめく光を放ち、人々が順番に手をかざしていた。
「わ……きれい……」
グレーズがぽつりと呟く。
「これが “記憶水晶” ……?」
「そう。触れた人の記憶が、少しだけ映し出されるんだって」
「へえ、試してみてもいいのかな」
「ただ触れるだけでいいみたい。あ、でも"個人情報は守られる"って書いてあるわ」
ノエリアは、水晶の傍に掲げられた説明書きにしっかりと目を通している。
「そういうの気にするタイプだったのか、ノエリア」
「当然でしょ。変な記憶映されたら嫌じゃない」
隣では、オリバーがすでに水晶に手をかざしていた。
触れたところから、淡い光を纏った球体──“記憶泡”が、空中にふわりと浮かび上がる。
「うわ、すごいな……!これ、触っていいのか?」
透き通るその球体の中には、ぼんやりと映像のようなものが揺れていた。
「これ……俺の記憶?」
オリバーが半信半疑で泡を見つめる。
「見ようと思えば、自分の記憶が泡になって出てくるの。触れれば、中が見えるはずよ」
ノエリアの説明に、オリバーは眉をしかめた。
「……それって、触れば誰でも見られるってことか?」
なるほど、そういう仕組みか。
顔をあげると、僕と同じように悪い顔をしているフィズと目が合った。
「あっ……おいやめろっ!触るな……っ」
オリバーの静止もむなしく、僕とフィズの手が泡に触れる。
その瞬間、泡がふっと光を放ち、中の映像が二人の脳裏に流れ込んできた──。
──暗い部屋の鏡の前。恐らく、自室だろう。
マントを羽織ったオリバーが立っている。
「我が名は漆黒の雷帝オリバー・カオス……我が右腕に宿りし悪魔の契りよ……!」
ポーズを決めながら、鏡に映った自分に完全に酔いしれていた──。
「……魔王に憧れが?」
「よ、よく見ろ……!まだガキの頃の話だ!」
言いながら振り下ろしたオリバーの手が、再び水晶に触れる。すると、二つ目の泡が現れた。
「ちょっ……待っ──」
追い払おうとするオリバーの手をすり抜け、泡は僕たちの前に漂ってくる。
──学園の寮の部屋で、机に向かうオリバーの背中。何かを一生懸命に書いているようだった。
「タイトル『愛の炎〜君に届けこの騎士道〜』」
ノートには、びっしりと詩が書き込まれている──。
「……これ、けっこう最近じゃないか?」
「ゔっ……」
「“赤き夕日が燃えるたび 君の瞳がチラつくのだ……”。……これは、見たくなかったな」
さすがのフィズも目を伏せていた。
「厨二病……だったのね」
ノエリアが淡々ととどめを刺し、オリバーはその場に崩れ落ちる。
そんな彼の横で、フィズもそっと水晶に触れた。
「これは……」
浮かび上がった泡に、フィズが目を細める。その表情に、懐かしさがにじんだ。
「……見てもいいか?」
僕が声を掛けると、こくりと頷く。
──向かい合って言い争う、二人の子供。幼いフィズとオリバーだ。
練習用の剣を持った二人が、激しく喧嘩をしている。
「なんだ、仲悪かったのか?お前ら」
「そうだな……顔を合わせれば喧嘩ばかりしていた」
その言葉に反して、フィズの顔はとても穏やかだ。
僕はそっと手を引き、泡から離れる。
「アレン」
袖をくいと引っ張られ、見るとグレーズがこちらを見上げていた。
「一緒にやらない?アレンの思い出も気になるの」
「ああ、僕もそれは気になる」
もしかしたら、グレーズの記憶も見られるかもしれない。
隣に並び、僕たちは同時に水晶に手をかざした──その瞬間。
バチッ。
鋭い音とともに水晶の表面が弾け、光の粒が散らばった。
弾かれた反動で、僕とグレーズは揃って後ろに尻もちをつく。
「いっ……てぇ」
触れた方の手がビリビリと痺れている。隣を見ると、グレーズも手を押さえていた。
僕らは顔を見合わせる。
「ど、どうしたの……?!」
事態に気が付いたノエリアが駆け寄ってくる。
「いや……水晶に触れたら、手が弾かれて……」
「弾かれた?……グレーズも?」
こくこくと、グレーズが頷く。
「どうして?何かしたの?」
僕たちは揃って首を横に振る。
本当に、まったく心当たりがなかった。
まるで、拒絶するように弾かれた。
目の前の記憶水晶は、何事もなかったかのようにゆらゆらと光を放ち、他の人の記憶の泡を生み続けている。
何が起こった?なぜ、僕の記憶は現れない?
……いや、問題はグレーズも同じように弾かれたということだ。
どうして僕たちだけが──
「何かトラブルですか?」
背後から声をかけられ、思わずびくりと体が跳ねる。
振り返ると、柔らかな笑みを湛えた初老の男と目が合った。
次回は、明日の夜20時頃に更新予定です。




