10. 記憶と再会の街
僕たちは数日間この街に滞在し、装備を整えていた。
刃こぼれしていた剣も、今日には戻ってくる予定だ。ちなみに叔父の木刀だが──
「これは無事だな……奇跡的に」
「なんだそれは?拾ってきたのか?」
装備の点検をしていた僕のところへ、フィズが顔を出す。
「いや、れっきとした僕の武器だよ。今回の戦いでも大いに役に立ってくれた」
「それが……か?」
フィズは怪訝な表情で首をかしげる。
「……そんなことより、お前──」
僕は、ずっと気になっていたことを口にした。
「あの日、ノエリアとオリバーを追いかけていったのはどうなったんだ?見つからなかったのか?」
「いや、それはだな……」
フィズの目が泳ぎ始める。
「まさか、あんな勢いで飛び出しておいて、何もせずに帰ってきたんじゃ……」
「ち、違う……!二人の姿は見つけたんだ!声も掛けようと思って、近くまでは行ったんだけど……」
「だけど?」
「その……勇気が出なくて……。しばらく様子を見てたら、会話がちょっと聞こえてきて……」
「ほう?」
「聞いた感じだと、オリバーはあまりノエリアに相手にされてないようで……それで、そのまま帰ってきました……」
僕は盛大にため息をついた。
「つまりこういうことか?見つけはしたが声は掛けられず、会話を盗み聞きし──好きな男が意中の女に相手にされていないことに安堵して帰ってきたと」
「みなまで言うなよ……!」
フィズが床に崩れ落ちる。
「お前、けっこう最低だぞ?」
「わ、わかってる!しかも結局、根本的には何も解決してないってことも……」
そう言って肩を落とす。
色々言ったが、彼女は彼女なりに悩み考えていることはわかる。
僕の決死の優しさを無下にしたことは、いただけないが。
「すまなかった、アレン。お前が一人で大変な目に遭っていたのに……」
「わかってるならいい。……まあ、頑張れよ」
フィズがぱっと顔を上げる。
「応援してくれるのか、アレン……!これからもよろしく頼む!」
「ちがっ……別に僕は誰の味方でもない!」
そもそも、完全に部外者であるべきなのだ。
「これからも、あくまで話を聞くだけ……って聞けよ!」
すでにフィズの姿はもうなかった。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・
「あと少しのはずよ」
街を出た僕らは、さらに西へと進んでいた。
目指すのは、次なる目的地。名は「リオルメア」。
新入りメンバーだが、思った以上にこの旅に馴染んでいる。
その身軽さと跳躍力で、どんな高いところも登れるし、優れた視力は索敵にとても向いていた。自分の役割がはっきりして、グレーズ本人も嬉しそうだ。
「それにしても楽しみだな、リオルメア」
「フィズも行くのは初めてか?」
「ああ。父上が昔行ったらしいけど、私は話に聞いたことしかないな」
「 "記憶と再会の街" リオルメア……か」
鬱蒼とした森が途切れ、視界が一気に開けた。
遠くにそびえる大聖堂──二本の高い塔が印象的な建造物を中心に、街が広がっている。
「こんな大きな街、初めてなの」
グレーズの耳がぴんと立ち、尻尾がぶんぶんと嬉しそうに振れている。
「ここは観光都市だから、各地からいろんな人が集まってくる。お前の姿も、そう目立たないはずだ」
「うん。みんなが買ってくれた服、隠れちゃうからマントは着ないの」
その言葉に、全員がふっと笑顔になる。
「あそこが門だな」
街の入り口にそびえるのは、美しい装飾が施された大門。衛兵の姿もなく、誰でも自由に出入りできるようだった。
門をくぐった先──そこに広がっていたのは、まるで夢の中の一枚絵のような街並みだった。
石畳の大通りが川のように街を貫き、その両脇には華やかな店々と、笑い声が絶えない人の波。
魔導照明がきらきらと光を放ち、風に揺れる旗には、記憶を象徴する紋章が刺繍されている。
「すごいな……」
大通りを歩く僕たちの周囲は、色とりどりの活気で満ちていた。
「おい、あっち行ってみよう!」
珍しくはしゃいだフィズが、先に駆け出す。
石畳の両脇には露店がずらりと並び、焼き菓子や宝飾品、観光向けの魔道具まで、あらゆるものが売られている。
小さな劇場では「記憶劇」と称した寸劇が上演され、人々の笑い声が通りに溢れていた。
「……ふっ、懐かしいな」
横でオリバーが、得意げに呟く。
「来たことあるのか?」
そう聞くと、「らしい」とのこと。
どうやら幼少期に家族旅行で訪れたらしいのだが、記憶はおぼろげ。
それでも、「この辺に名物のマジカル飴があるはずだ!」などと、それっぽいことを言ってはしゃいでいる。
「でも、覚えてないんだよね?」
「記憶にないということは、逆に自由な再発見ができるということだ!」
要するに、初めて来たのと同じじゃないか。
「アレン、見ろ!これすごくないか?」
フィズが手にしていたのは、魔導スコープ。
光にかざすと、過去の景色が一瞬だけ浮かび上がるという観光アイテムらしい。
「これ……門をくぐった時の僕たちか?」
「ああ!屋台の人が、“思い出の瞬間を逃さない”って言ってた!」
隣ではグレーズが、香草の匂いのする焼き串を両手に持ち、すでにご機嫌だった。
「美味しい……これがリオルメアの味なの……ふぅ……幸せ……」
「歩きながら食べるなって」
はしゃぐ三人を横目に、小さくため息をつく。
そして、そんな三人から少し離れて歩く、ノエリアの姿が目に入った。
「……相変わらず、人が多いわね」
ふとつぶやいたその声は小さく、喧騒にかき消されそうだった。
「大丈夫か?人混み、苦手か?」
「ううん、平気よ。ただ少し……」
いつも冷静なノエリアが、どこか落ち着きがないように見えた。
「もしかして、リオルメアに来たことあるのか?」
「……ええ、昔、一度だけ」
そう言って、少し俯く。
何か事情がありそうな様子だったが、それ以上は聞かなかった。
前を行く三人と離れすぎないように、僕は少し歩調を速める。
「思い出の味、ひとつどう?」
突然目の前に飴を差し出され、思わず立ち止まる。
飴細工の露店だった。
「思い出の味……?」
「そう。幼い頃の、忘れられない味。それがこの飴さ」
差し出された飴を見るが、普通のべっこう飴のようにしか見えない。怪しいと思いつつも、旅の高揚感に押されて一口──
「……?!なんだこれは……!」
舐めた瞬間、懐かしい味が口いっぱいに広がった。
驚きと懐かしさに、思わず声が漏れる。
「そんなに美味いのか?」
オリバーたちも、つられるように飴を手に取る。
「……これは……!」
「懐かしさで涙が出そうだ……」
「すごい……なにこれ、なんで?」
戸惑いと驚きが入り混じった表情が、皆の顔に浮かんでいた。
店主が満足げに頷く。
「これは、食べる人の記憶を読み取って、その人だけの“思い出の味”を再現する飴なんだ」
「どんな仕組みなんだ……」
僕はまじまじと飴を見つめる。
「珍しく、アレンもはしゃいでるな」
オリバーがニヤニヤとこちらを見て言った。
「……お前らには負けるよ」
「そうか?」と、オリバーはまた別の面白そうな露店を見つけ、走って行く。
その背中を見て、僕は苦笑しながら肩を竦める。
ああは言ったけれど、本音を言えば──確かに、少しだけワクワクしていた。
次回は、明日の夜20時頃に更新予定です。




