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1. 王命


 僕らが旅に出てから三日目。

 道のりは至って順調──のように、側からは見えるだろう。


 前方から砂狼サンドウルフが三匹、木の影からも四、いや五匹。

 誰が指示するでもなく、すぐさま陣形をとる。

 オリバーが真っ先に剣を構え、砂煙を蹴立てて三匹の間に飛び込む。瞬きの隙に狼たちは宙に舞い、声もなく倒れた。

 下がったノエリアが詠唱を始める間、僕とフィズで周囲を警戒する。


 至ってシンプル、されど最強の布陣。

 個々の実力と、数年かけて築き上げた連携があれば、これ以上の戦略など不要だった。


「我が剣は、常に弱き者のためにある!」

 砂埃を巻き上げながら、オリバーが高らかに宣言しつつ、大きめの狼を切り伏せる。


 そんな彼を尻目に、僕たちは手際よく周囲の安全を確保していった。


「後は戦意のないチビ数匹だけだな。貴族の名にかけて、これ以上の殺生は無用!」


 ボンボン騎士、オリバー・ハリスは、今日も全力で騎士道脳だ。群れの中でも一際大きい、恐らくリーダー格の砂狼サンドウルフの死骸を引きずりながら戻ってくる。


「それだけ大きけりゃ、武器の整備代くらいにはなるな」


 前足を持つオリバーを手伝い、後ろ足を持ち上げた。軽く80キロはありそうだ。

 食用には向かないが、皮はそれなりに価値がある。状態のいいものだと、剥製として貴族なんかに高値で売れたりもする。


「よっ……と、重いな。オリバー、前しっかり持ってくれよ」


「悪い、荷物が多くてな」


「"荷物"、ね……」


 その手にはエメラルドの花が一輪。堂々と、とぼけた顔で握られていた。


 ノエリアの髪の色と同じ、まるで彼女を象ったみたいな色合いだ──誰がどう見たって。


 そう思っても口には出さない。

 こういうことに首を突っ込んだら、終わりだ。

 僕の立場なんて、簡単に傾いてしまう適度には、今このパーティは──


「随分大きいのがいたのだな!」


「フィズ……!」


「私も運ぶのを手伝おう、アレン、お前はあっちでノエリアを手伝ってやったらどうだ?」


 そう言うと、狼の大きな足を軽々と持ち上げる。


「でも、こいつは重いし僕らで……いや、頼んだ」


 フィズからの"お前そこ変われ"の視線を感じ取った僕は、早々にその場を後にした。


 あのあからさまなエメラルド色の花を、フィズが目にしたらどう思うだろうか。それどころか、彼女の視界に入るところで、花を渡したりしたら?

 ……あの男ならやりかねない。



「お前を手伝うよう言われたんだが、何かあるか?」


 ノエリアは、僕らから少し離れたところに座り込んでいた。


「この辺、薬草が結構生えているみたいだから少し採っていこうと思って。……でも一人で十分よ?」


 そう言って、ちらりとオリバーたちの方を見る。


「……あれ、綺麗ね。この辺りにあるなんて」


「あれ?」


「あの花よ」


 ノエリアの視線はオリバーの左手に向いている。そしてふわりと笑って、そのまま立ち上がった。


「ねえ、私の髪の色にそっくりだと思わない?」


 さも当然のように言って、軽やかな足取りでオリバーたちの方へ歩いて行く。



 僕は返す言葉もなく、その場に取り残された。

 三人は狼の死骸を囲んで、何やら楽しげに談笑をしている。その笑顔は、かろうじて形を保っている仮面のようだ。少しでも触れたら、バラバラに崩れてしまう。


 僕は何も言わず、ただ黙って薬草を摘んでやり過ごした。



ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・



 大陸の東、海に面するこのボルメリア王国で、僕ら四人は冒険者として三年ほど活動していた。

 全員、王都の学園を卒業してすぐにパーティを組んだが、ノエリアだけは一学年上。僕らと組む前は、一年間別のパーティで活動していたらしい。


 王国貴族・ハリス伯の嫡男オリバー。

 王国護衛隊 隊長の娘、フィズ・バートランド。


 この二人を擁するパーティは注目度も高く──その期待に劣らぬ実力で、あっという間に王国でもトップクラスの冒険者パーティとなった。


 王城に呼び出されたのは、そんな折である。



ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・



「どういうことだ、なんで僕らが王城に召集されるんだ?」


「勲章が授与されるとか?」


「いち冒険者パーティに勲章って、ちょっと考えにくいけど……」


 城へ向かう道すがら、僕は気が気じゃなかった。


 ノエリアの言う通り、僕らがどれだけ注目されていたとしても、所詮はギルド所属の冒険者だ。国民からの支持はあっても、国から正式に何かを授与されるなんて、滅多にあることじゃない。


 オリバーやフィズだって、今は武者修行や社会勉強の一環として冒険者をやっているだけで、いずれは家柄にふさわしい道に戻っていくだろう。


 ──要するに、王城に呼ばれるような心当たりなんて、僕にはなかった。


「何か後ろめたいことがあるわけではないだろう?堂々と行こう」


 フィズが落ち着いた声で言う。

 相変わらず、こういう時に頼もしい。



 王都とはいえ大きな街ではないので、そうこうしているうちに城へは着いてしまった。

 兵士に案内され、僕ら四人はボルメリア王の謁見の間へと通される。


 王に直接会うのは、もちろん初めてだ。さすがに緊張で背筋が伸びる。


「ほほう、君たちが。噂はこの城まで届いておるぞ!非常に優秀な冒険者パーティだと聞いている」


 王は上機嫌な様子で続ける。


「ハリス伯は、息子がこのように活躍しておることが誇らしかろう。フィズ・バートランド、君も父親譲りの弓の腕と聞いておる。そしてノエリア・リッチ。学園にいた頃の君のことはよく覚えているよ。そして何より──」


 次々と名を呼び上げ、王はご満悦な様子で頷く。


 まぁ、そうなるよな。


 ここからしばらくは、オリバーやフィズへの称賛が続いた。


 もしかして本当に勲章の授与か?

 いや、悪い話でさえなければ、なんでもいい。


「そしてアレン、このパーティのリーダーは君だそうだな?」


「は、そうですが……」


 突然、僕へと話の矛先が向く。


「この面々をまとめているとは、大したものだ。学園を主席で卒業したそうだな?素晴らしい!」


 王は上機嫌に笑った後、続けた。


「そんな君たちに、ぜひ頼みたいことがある。いや、君たちにとっても願ったりの話だろう──」



「魔王退治へ行ってほしいのだ」




 ……魔王退治?

 なんとも唐突で、間の抜けた響きだ。


「どういうことでしょうか…?」


「近年、魔獣や魔人の活動が活発化しておる。それもこれも魔王の影響と見て間違いあるまい。元凶から断とうというのは、何もおかしな話ではないだろう?」


 いや、そういう問題じゃない。


 世界各国が尻込みして手を出せずにいた魔王討伐に、なぜ今、この小国ボルメリアが名乗りを上げようとしているのか──そこが問題なのだ。


「世界中がその被害に苦しんでおる。ボルメリアも例外ではない。ならば、我が国が立ち上がるしかあるまい!」


 王は力強く言い放つが、周囲の廷臣たちは誰一人、顔を上げなかった。

 誰もがただ、黙って目を伏せている。


 いい噂は聞かなかったが、ここまでの愚王とは。

 僕も仲間たちも言葉を失った。


「お待ちください」


 ノエリアが一歩進み出る。


「確かに魔王は討伐すべき存在ですが、我々では力不足では?王国軍を動かすべきかと──」


 僕もすぐに続いた。


「その通りです。僕たちはあくまで冒険者であって、庶民で出自もはっきりしない僕がリーダーでは、皆が納得しないのでは……」


「確かに、王国軍を派遣する案もあった。だが、若者たちが自ら立ち上がる姿は、国民の士気を高めるに違いない。それに、オリバー君やフィズ君もいる。実に適任ではないか」


 そして、王は笑顔のままこう付け加えた。


「庶民の君がリーダーというのもいい。民衆にとっても希望となろう」


 ──ああ、そういうことか。


 魔王討伐なんて、前代未聞の大博打だ。王としても、失敗すれば責任問題になる。

 だが、ギルド所属の冒険者に依頼する形にしておけば、責任は押し付けられる。


 そして、オリバーやフィズがいれば貴族層からの反発も抑えられるし、僕のような庶民をリーダーにしておけば、万一のときは僕ひとりをスケープゴートにすれば済むというわけだ。


 なるほど、よくできてる。



「世界は君たちに託した!」


 ──どれほどバカげた命令だろうと、王命は王命。

 断る選択肢など、ない。


「……仰せのままに」


 こうして僕らは、"勇者パーティ"となった。


続きは、明日の朝7時頃に更新予定です。

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