1.19
グレースがケヴィンからの報告に漏れがないことを確認すると、彼は部屋を後にした。
しばらくすると、外から短く力強いノックが響く。
「どうぞ」
扉越しにグレースの声が返り、執事のテクネスが部屋に入ってきた。
「さっき外でケヴィンに会ったんですが……彼、今回持ち帰った情報で、あなたに重荷を感じさせてしまったのではないかと心配していて」とテクネスは切り出す。
「彼は……本当にね」
グレースは一瞬言葉を失い、やがて哂いをこぼした。
「あの子、心が優しすぎるから、あなたを案じる気持ちは当然でしょうね」
テクネスはグレースの笑いを待ってから続けた。「でも彼が心配するということは、あなたの態度や様子が、事態の深刻さを感じさせているのでしょう」
「はあ……」
グレースは深いため息をついた。「彼が持ち帰った内容、あなたには想像以上かもしれないわ」
「ぜひ聞かせてください」
テクネスが促すと、グレースは席を示した。
グレースはケヴィンの報告内容――
村を襲った怪物の群れ、高級法師の存在、触手の怪物の確認──
を簡潔に、しかし正確に転送する。
テクネスの表情は相変わらず落ち着いているものの、グレースには、その心中がざわめいているのが見て取れた。
「怪物群は予想以上に深刻だが、対応方針に変わりはない」
グレースは思案しつつ口を開いた。「周辺の村には警告を出し、町には巡回配置をお願いする。商人協会や傭兵協会にも知らせて、協力を要請するつもりです」
そう言って、彼女は巻いたパピルスを数本取り出した。
「これらは書き上げたばかりの文書です。あなたに届けてもらいます」
「了解しました」とテクネスはパピルスを受け取りながら頷く。
グレースは眉をひそめながら続けた。
「結局のところ、法師と水路の件が一番気になります」
テクネスも頷きながら言った。
「まず、高級法師については【ソリナ】に調べてもらうべきかと。彼女は事務全般を担当していて、最近は人痕も少なく蔵書室に籠もりがちです」
「読書に没頭するのは、神に喜ばれることだものね」
グレースは微笑んだ。「ただ、早急に彼女にこれらのキーワード(占術系法師、高級法師、法師塔)を調査してもらう必要があります。すぐ彼女を呼んで」
「承知しました」とテクネスが深く頷き、しばらく悩むように口を開く。
「ただ、最後の件です。もし触手怪もしくは怪物群が河を通じて移動しているのなら──」
テクネスは言葉を切り、グレースはその意味を理解した。
【十二主神】の一柱である【海洋の神】を信仰する【海神教会】は、水域の警戒と監視を担っており、通常は河で得体のしれない存在が確認されれば速やかに通知が来るはずだ。
「海神教会の対応は、まだ全貌がつかめませんが、現状は確かに不自然です」
グレースは反論する。「すぐに海神神殿の方に連絡を取り、詳細を確認します」
テクネスは小声で言った。
「ですが──私には直感があります。最寄りの海神教会は上流に近く、被害を受けた村々もそちらの方向に集中しています――偶然ではないと思うのです」
グレースはゆっくりと頷きながら、遠い目をした。
「私も感じています。黙って見過ごすわけにはいかないわ」