1.14
手記の文字は主に炭墨で書かれており、ところどころに削ったり拭い取ったような修正の跡が見られた。
内容の一部は塔主による日常の記録だったが、大部分は魔術研究の実験内容だった。
たとえば――
魔法を用いた天候予測の試みとその結果、
過去の真実を暴こうとする歴史の透視、
星の動きを観測し、遠い未来を予見しようとする試み……
どの記述も緻密かつ深遠で、ケヴィンはすべてを精読する余裕はなく、ざっとページを捲っていた。
だがあるページで、その手が止まる。
――そこには、乱雑な筆跡が並んでいた。
「……最近の施術では、未来の景象が【虚無】として映る。
だが、魔法自体は間違いなく成功している。理由は不明だ……」
「……これまでの経験を踏まえ、ある仮説を立てた。
だが、そんなはずはない!私は何かを誤解している……。
いや、別の占術で試してみよう……」
「……水晶、星象、夢――あらゆる媒介を使っても結果は同じだった。
何かが魔法に干渉している?……そうだ、干渉要素を一つ一つ排除すれば、仮説は否定できる……」
「……何度目の実験かもわからない。
すべてを検証したが、結論は変わらなかった。
もはや……初めの仮説を否定できない。
私は、自分の【未来】を見ることができない。
つまり――その未来は存在しないということ。
すなわち……私は、間もなく死ぬのだろう」
ケヴィンはその文字を一字一句、じっと見つめた。
言葉の奥に感じ取れるのは、塔主が抱えていた【疑念】と【恐れ】だった。
はじめは困惑、次に恐怖、そして……すべてが深い絶望へと沈んでいく。
彼は眉をひそめ、次のページをめくった。
そこには――漆黒の闇が広がっていた。
まるで墨をぶちまけたかのように、ページ全体が真っ黒に塗りつぶされ、
文字は一切読み取れなかった。
ケヴィンは胸騒ぎを覚えながら、次のページ、さらにその次をめくった。
しかし、どのページも同じく真っ黒で、文字はなかった。
ついには、白紙のページにたどり着くまで、墨に包まれた記録は続いていた。
強い疑念が心を満たし、ケヴィンは能力を使って、その墨の下に隠された情報を読み取ろうとした――
そのとき、ルナの呼び声が届いた。
意識を現実に引き戻された瞬間、ケヴィンは一瞬、自分が何をしようとしていたのか分からなくなった。
今さっきまで何かを「必死に」やろうとしていたのに、今や思い出せない。
手元にあるのは、一冊の閉じられた羊皮紙の書物。
――自分は、これを読もうとしていたのか?
疑問に思いながら、再びページを開こうとした――そのとき、再びルナの声が響いた。
「傭兵さま、ちょっと来てください。どうやら、お探しのものを見つけたかもしれません!」
興味を引かれたケヴィンは、本を鞄にしまい込み、ルナたちの元へと歩み寄った。
だが、歩くほどに彼の心には妙な虚脱感が広がっていく。
――まるで、何か大切なことを忘れてしまったかのような……そんな感覚。
そういえば、自分はさっき、この球体を一周して調べようとしていた……はず。
そして――何かを見つけたような気がする。
だが、何も思い出せなかった。
「見てください、傭兵さま。この水晶球、どうやら森の結界を維持している装置みたいです」
ルナの声が、ケヴィンの迷いを一気に吹き飛ばした。
彼が目を向けると、ルナは水晶球に手を当て、微光を放つ球体の表面を指していた。
その瞬間、ケヴィンの頭に残っていた最後の違和感すら、跡形もなく消え去った。
彼は球体に近づき、その光を覗き込んだ。
まるで鏡のように滑らかで、触れるとひんやりとした冷たさが指先に伝わってくる。
指で軽く叩くと、澄んだ音が空気を震わせ、まるで空間そのものを震わせるようだった。
「この球が、結界の装置だって?」
ケヴィンが問うと、ルナはうなずいた。
「はい。私、魔力を注いでいないのに、内部の魔力と共鳴してるのが分かるんです」
ケヴィンも真似して手を置いてみたが、何も感じ取れなかった。
やはり、自分には魔術師の素質はないのだろう。
咳払い一つ、気まずさを隠しながら尋ねた。
「この中の魔力、どのくらい残ってる?」
「たぶん……現状のままなら、数年は保てると思います」
「他にも機能はあるのか?」
「分かりません。ですが、書物には水晶で占いをするってありました。
塔主が占術の達人だったことを考えると、これは占術に使う水晶球だと思います」
その話にケヴィンはうなずいた。
占い師が水晶を用いて過去や未来を見る――そんな話は、詩や物語に限らず、現実の世界でもよく知られている。
「ルナ、君がこれで占いを試してみることはできるのか?」
「えっ、わ、私が!?」
ルナは驚いて目を丸くした。
「無理です、そんな……。占術って、たしか中級魔法だったはずで……私が使えるようになるには、少なくとも……」
彼女が必要な年月を数え始めたとき、ケヴィンは内心で納得していた。
抽象的な魔法ほど習得が難しいという。
初級から中級に進むには、たとえ天賦の才があっても数年かかるのが普通なのだ。
――ならば、自分の【能力】をもう一度試してみるしかない。