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山海異聞録  作者: 夢中人
14/35

1.14

 手記の文字は主に炭墨で書かれており、ところどころに削ったり拭い取ったような修正の跡が見られた。

 内容の一部は塔主による日常の記録だったが、大部分は魔術研究の実験内容だった。

 たとえば――

 魔法を用いた天候予測の試みとその結果、

 過去の真実を暴こうとする歴史の透視、

 星の動きを観測し、遠い未来を予見しようとする試み……

 どの記述も緻密かつ深遠で、ケヴィンはすべてを精読する余裕はなく、ざっとページを捲っていた。

 だがあるページで、その手が止まる。

 ――そこには、乱雑な筆跡が並んでいた。

「……最近の施術では、未来の景象が【虚無】として映る。

 だが、魔法自体は間違いなく成功している。理由は不明だ……」

「……これまでの経験を踏まえ、ある仮説を立てた。

 だが、そんなはずはない!私は何かを誤解している……。

 いや、別の占術で試してみよう……」

「……水晶、星象、夢――あらゆる媒介を使っても結果は同じだった。

 何かが魔法に干渉している?……そうだ、干渉要素を一つ一つ排除すれば、仮説は否定できる……」

「……何度目の実験かもわからない。

 すべてを検証したが、結論は変わらなかった。

 もはや……初めの仮説を否定できない。

 私は、自分の【未来】を見ることができない。

 つまり――その未来は存在しないということ。

 すなわち……私は、間もなく死ぬのだろう」

 ケヴィンはその文字を一字一句、じっと見つめた。

 言葉の奥に感じ取れるのは、塔主が抱えていた【疑念】と【恐れ】だった。

 はじめは困惑、次に恐怖、そして……すべてが深い絶望へと沈んでいく。

 彼は眉をひそめ、次のページをめくった。

 そこには――漆黒の闇が広がっていた。

 まるで墨をぶちまけたかのように、ページ全体が真っ黒に塗りつぶされ、

 文字は一切読み取れなかった。

 ケヴィンは胸騒ぎを覚えながら、次のページ、さらにその次をめくった。

 しかし、どのページも同じく真っ黒で、文字はなかった。

 ついには、白紙のページにたどり着くまで、墨に包まれた記録は続いていた。

 強い疑念が心を満たし、ケヴィンは能力を使って、その墨の下に隠された情報を読み取ろうとした――

 そのとき、ルナの呼び声が届いた。

 意識を現実に引き戻された瞬間、ケヴィンは一瞬、自分が何をしようとしていたのか分からなくなった。

 今さっきまで何かを「必死に」やろうとしていたのに、今や思い出せない。

 手元にあるのは、一冊の閉じられた羊皮紙の書物。

 ――自分は、これを読もうとしていたのか?

 疑問に思いながら、再びページを開こうとした――そのとき、再びルナの声が響いた。

「傭兵さま、ちょっと来てください。どうやら、お探しのものを見つけたかもしれません!」

 興味を引かれたケヴィンは、本を鞄にしまい込み、ルナたちの元へと歩み寄った。

 だが、歩くほどに彼の心には妙な虚脱感が広がっていく。

 ――まるで、何か大切なことを忘れてしまったかのような……そんな感覚。

 そういえば、自分はさっき、この球体を一周して調べようとしていた……はず。

 そして――何かを見つけたような気がする。

 だが、何も思い出せなかった。

「見てください、傭兵さま。この水晶球、どうやら森の結界を維持している装置みたいです」

 ルナの声が、ケヴィンの迷いを一気に吹き飛ばした。

 彼が目を向けると、ルナは水晶球に手を当て、微光を放つ球体の表面を指していた。

 その瞬間、ケヴィンの頭に残っていた最後の違和感すら、跡形もなく消え去った。

 彼は球体に近づき、その光を覗き込んだ。

 まるで鏡のように滑らかで、触れるとひんやりとした冷たさが指先に伝わってくる。

 指で軽く叩くと、澄んだ音が空気を震わせ、まるで空間そのものを震わせるようだった。

「この球が、結界の装置だって?」

 ケヴィンが問うと、ルナはうなずいた。

「はい。私、魔力を注いでいないのに、内部の魔力と共鳴してるのが分かるんです」

 ケヴィンも真似して手を置いてみたが、何も感じ取れなかった。

 やはり、自分には魔術師の素質はないのだろう。

 咳払い一つ、気まずさを隠しながら尋ねた。

「この中の魔力、どのくらい残ってる?」

「たぶん……現状のままなら、数年は保てると思います」

「他にも機能はあるのか?」

「分かりません。ですが、書物には水晶で占いをするってありました。

 塔主が占術の達人だったことを考えると、これは占術に使う水晶球だと思います」

 その話にケヴィンはうなずいた。

 占い師が水晶を用いて過去や未来を見る――そんな話は、詩や物語に限らず、現実の世界でもよく知られている。

「ルナ、君がこれで占いを試してみることはできるのか?」

「えっ、わ、私が!?」

 ルナは驚いて目を丸くした。

「無理です、そんな……。占術って、たしか中級魔法だったはずで……私が使えるようになるには、少なくとも……」

 彼女が必要な年月を数え始めたとき、ケヴィンは内心で納得していた。

 抽象的な魔法ほど習得が難しいという。

 初級から中級に進むには、たとえ天賦の才があっても数年かかるのが普通なのだ。

 ――ならば、自分の【能力】をもう一度試してみるしかない。

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