1.13
ケヴィンは【解答】の能力を発見した後、グレース司祭の協力を得て、さまざまな試験を重ねていた。
その一環として、魔法習得の可能性も探っていた。
教会と魔術師たちとの交流の成果として、知識教会の蔵書には初級魔法に関する書物もいくつか所蔵されていた。
実際に試してみると、ケヴィンは能力を使ってそれらの魔法書を一気に読み、理解し、記憶することは可能だった。
しかし、それはあくまで【紙の上の知識】までだった。
呪文の詠唱や魔符の描画といった行為には一切反応せず、まるで頭の中に知識はあるのに、身体がそれに従わない――異世界の魔術師版【紙上の理論】のようだった。
ケヴィンは何度か、記憶を頼りに詠唱を試みたが、呪文の発音の最初の一節目でつまずいた。
脳内では正しい音が聞こえているのに、口にするとまるで違う。
——完全に【詠唱だけができない】状態だった。
こうした実験経験があったからこそ、彼が今試みようとしているのは、魔法ではなく別の「開錠」方法だった。
根拠はないが、ケヴィンは考えていた――塔主は慎重で、もしものために【予備の鍵】を残しているのではないか、と。
能力を発動させると、灰色と静寂に支配された世界が訪れた。時が止まり、周囲だけでなく、ルナたちの動きも完全に止まる。
だが、目当ての魔導書だけは色彩を保ったまま浮かび、
ページがめくれ、文字が脳へと流れ込むように読める。
ケヴィンは一気に内容を咀嚼し、暗に隠された情報を解析し始めた。
すると──やはり、何か手がかりがあった。
彼は書を閉じて、ルナに返しながら言った。
「ルナ、その本はもともと本棚に置いてあったか?」
ルナは首を振る。
「いいえ。あの本は最初から、あそこの机の上に置いてありました」
「君の杖は?」
「本と一緒にありました」
「開錠の仕掛けに気づいた。ついてきて」
ケヴィンはそう言い、書棚へと歩き出した。
ルナたちは後に続き、本棚の前に集まる。
ケヴィンは指をさして言った。
「ルナ、君の本をこの空いてる場所に戻してみて」
ルナは頷いて、本をそのスペースに戻した。
しかし、何の反応もなかった。みんながため息を漏らす。
「待って、まだ仕掛けがもう一か所あるんだ」
ケヴィンは笑いながら言うと、テーブルに向かって三人を案内した。
「ルナ、杖を借りていい?」
ルナは黙って杖を差し出した。
ケヴィンは机の下を探り、細長い凹みを見つけた。
そこに杖を差し込むと──彼が立ち上がる前に、上階からカラカラと機械仕掛けの音が響いてきた。
「成功したみたいだ」
ケヴィンはそう言って階段へと向かう。
一歩踏み出すと、先ほどまでの不見の結界は消え、自由に上階へと進むことができた。
この一連の流れるような動きを見て、三人は唖然とした表情を浮かべた。
やがてアッシュが口を開く。
「傭兵さま……どうしてこの仕掛けに気づいたんですか?」
ケヴィンは人さし指を唇に当てて【秘密】を示し、微笑む。
実際、すべての仕掛けは、ルナの本に記されていた。
塔主は意図的に暗号化し、それを複数のページに分散して記していたのだ。
だが、ケヴィンの能力はその情報の隠れたパターンを見逃さなかった。
三人の驚きが収まる頃、ケヴィンは上階を示して言った。
「好奇心もあるだろうけど、まずは三階を見てみよう」
三人は互いに目配せし、重く頷いた。
そして皆で三階へと上った。
最後の一段を踏みしめ、ケヴィンは辺りを軽く見渡した。
これ以上の階段は見当たらず、この階が塔の最上階だとわかった。
天井を見上げると、円錐形に伸びた構造で、中央ほど天井の高さが増していた。
その形はまるで逆さの漏斗のようで、奥深く宙へと続く通路のようだった。
部屋の内部には、さまざまな機器が並んでいた。
青銅製の星盤や、大型の望遠鏡などが窓際に設置されているのが印象的だった。
だが何より目を奪うのは、中央に置かれた人の腰くらいの高さの透明な球体だった。
球体の表面に、一条の光が天井からまっすぐ注ぎ、その球がうっすらと揺らぐ水面のように輝いていた。
ケヴィンは光源を辿るように見上げたが、そこには濃厚な影があった。
それは巨大な獣が口を開いているような黒いシルエットで、
その暗闇の一点だけに、天から光がこぼれていた──まるで通り抜け口のように。
「これが三階なんですね」
ルナたちはさまざまな道具を眺めながら驚きの声を漏らす。
「ここは塔主の研究室だったのですか?」
ケヴィンは尋ねる。
ルナは少し思い出し、
「少しだけ……書に、【高階魔導師で、占術に秀でていた】と書かれていました」と説明した。
占術の魔法?この大きな球体は、あの塔主が使っていた【クリスタルボール】なのか。
点在する機器や二階の魔術書棚を思い浮かべながら、ケヴィンは納得する。
彼は球体の周りを歩きながら思案していたが、その途中、足下に何かを感じた。
靴底が触れたのは一冊の羊皮紙だった。
ケヴィンは跪いてそれを拾い、数ページをめくった。
どうやら、そこには塔主自身の手記が綴られていた。