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【完結】妖の國を幼馴染と暮らす人の子の騒乱話~陰謀渦巻く大芦原編~  作者: 猫石
5章 思い出 面影 おぶる罪

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ごのよん 傲った罪を

「さて…」


 ふぅっと吐き出された白い煙は、ゆらりゆらりと風になびき、薄く空いた障子の隙間から流れて外へ出て行く。


 目の前にずらり並べられているのは、朱塗りの三宝とその上に乗せられた書簡を中心に、広蓋には螺鈿が見事な硯箱や、重そうに形が崩れた金襴の布の巾着、豪奢な刺繍の反物や、繊細な白絹の反物、様々な細工物など、本当に様々なものが乗せられて並べられている。


「西方からの贈り物たぁ、随分とまぁ豪奢なもんだ」


 ため息交じり、面白くもなさげに、煙管を盆に置くと高坏に乗せられ差し出された茶を飲んだ。


「ねぇ、珠月見」


「いかに古くからある由緒正しい一族の伏見といえど、東方将軍のお墨付きの葦原と、ことを構えるなど誰も恐れ多くてしぃしんせん」


 空になった茶碗を高坏ごと下げると、すっと朱塗りの膳の上、同じく朱塗りの盃を差し出す。


「これこれで、此度のことは穏便に、と、貴方様越しに頭を下げて頼んでらっしゃるんでしょう」


 流れるように盃を手に渡すと、今度は同じく朱塗りの銚子をそっと持ち上げる。


「あぁ、なるほど」


 実際はこれから粛々と届いた時点ですぐに気づいただろうくせに、そんな思惑今知った、みたいな顔をして手に取った盃を差し出す美しい男


「そういえば、妹御とはすこしでも話はできたのかい? 」


「いいえ」


 きっぱりと言い切る。


「わっしは出奔した身で、あちらは惣領様を支える一族の頭領。早々に迎えに来た物に連れ帰られたと聞きんした」


「そうかい…それでいいのかい?」


 2人だけの室内。


 設えられた豪華な調度品に昼から大変に贅沢な台の物。


 ちりりちりりと鈴の音を立てて揺れる風鈴に視線をやりながら静かに話す。


「わっしはとぅの昔に郷を捨て、行き倒れていたところを葦原に拾われただけのただの籠の中の鳥。そんな哀れな籠の鳥が、檻の外の世界なぞ、どうしたってしることはありんせんし、出ることも望んではおりんせん。これでよかったんでありんしょう」


 そう、あのまま離れて良かったのだ、その方がよっぽどお互い諦めがつくのだ。


「おまいがただの籠の鳥かは同意しかねるところだが…」


 煙管を手繰り寄せ、深く吸うと、長く、様々な言葉や思いをかき消すように、ただただ煙を吐きだした。


「いや、そうだねぇ、お前がいいと思ったことが、1番良い形なのだろう…すなまなかったね」


 ため息ひとつ、ついたところ。


「いえ」


 銚子をそっと進める。


「お気にかけていただきんして、ありがとうござんす」


 と、ひとつ。


 隔てた向こうから声がかかり、す、すーっと障子が開けられた。


「ご挨拶が遅くなりまして、申し訳ございませんな」


 白銀の女性が一人、入ると豪華な品物の奥に座し、ひとつ、深々と頭をさげた。


「此度はこちらからのお願いに快くおいでくださりまして、心よりの感謝を申し上げます」


「うむ」


 口の端だけにやり笑って目の前のものを見やる。


「で、これはどうしたことだい?」


「おや、私が来るまでに気づかれませんでしたかな? 太夫もお座敷にいらっしゃるというのに、これについてはちゃんとお話ししなかったんですか?」


 大げさに驚く姿をして見せ、それから太夫を見やると、太夫は朱を指した目元をそっと伏せ、妖艶に微笑んだ。


「さて…六花四郎兵衛様、わっちにはなんのことかわかりんせんが、これはどうしたことでござんしょう」


「おやおや、そうでございましたか、いやいや、それは申し訳ございませんでしたな」


 ふふふ、と笑った六花四郎兵衛は、自分と、それから太夫と書院番頭・加州との間に鎮座する贈り物に目をやった。


「お気づきかもしれませんが、伏見の狐の大臣おとど様から此方へ届きましてなぁ」


 ちろり、横目でみやる。


「此度のこと、伏見一族の中でも上の方の一族の頭領の起こされた不祥事のようでしてな。末席とはいえ四国の狗神をも操ってらっしゃったのもあって、狐の大臣様はあとあと伏見の不利益にならぬようにと煙が立たぬようにお隠しになりたいようでして。これ、こうして、葦原には私を通じて寄付という形をとって修繕費や口止め料としてあまりある金子と、それからまぁ、同席してらっしゃった加州様にもこちらを、と」


「ようは上にはいうてくれるなということかな?」


 ふふふと、口元だけ笑いながら、煙管をくわえる。


「それで随分と、奮発したわけだね」


「左様でございますな」


 しかしながら、と、六花四郎兵衛はしゃんと背筋を伸ばした。


「こちらとしてはもうひとつ、太夫と傘持ちの男衆の件がありますからな。これはひとつ、伏見に貸しを作る形で飲んでやろうというわけでございますよ」


「だから私にもそうしてほしいと?」


 すっと、冷ややかな赤い瞳を細めて向けた来た加州に六花四郎兵衛はにこり、ひとつ大変美しく微笑んだ。


「お情け深い加州様にあらせられましては、太夫が此度の責任を全て背負い、この葦原でも最下層、羅生門河岸へ身を落とさねばならぬようなことはなさいませんと、この六花四郎兵衛、心より信じておりまする」


「なるほどね」


 ちろり、横目で太夫を見れば、そっと目を伏せ とん、と手をつく。そうしてゆるゆると、頭を下げる。それを見て、ふと、口元を緩ませた。


「太夫はこの葦原の宝で、お江戸の皆は、お前の浮世絵や着物に憧れ、道中見るのを楽しみにしているし、私もお前のいない座敷は花がなくて嫌だなぁ」


 とん、と、煙管を置く。


「いいだろう、あの時のことは皆、気を失っていて知っているものはそうはおらぬし、知っている者たちは口が硬い。京の伏見に貸しを作るのもあとで何かの役に立つ。 いいよ、此度のことは目を瞑っておいてやろうよ」


「ありがとう存じ上げます」


「ありがとうござんす」


「して、太夫」


 頭をあげた太夫に自分の煙管の吸い口を向け、にやり、いたずらに加州は笑った。


「初めて我が子を抱いた気分はどうだったぃ?」


「ぬしさんも、夢を見ておいででしたんか?」煙管を受け取ると、ふぅぅふっと、長く煙を吐きだし、にっこり妖しく微笑んだ「わっちに子などありんせん」


 ぴしり、能面面で言い切り…しかし瞬きのひとつ、瞳の色が和らいだ。


「しかし、もしそんなことがあったなら、一度苦界に落とした身、たとえ羅生の河岸へ落ちても、輪廻の輪を外れたとしても、それは心よりの本望でござんしょう…わっちの妹女郎は、子を産むために命をかけんした。たぶんに、そう申すに違いありんせん…ぬしさん、その娘の子ですので、もう一度、突出し道中をしてやりたいと思っておりんす、お力添えをお願いしてもよぅござんしょうか?」


「おや、これは藪蛇」


  目を伏せ、笑いながら盃を傾けた。


「月狗舞の道中は、ちゃんとは1日もできなかったのだったね」


 そうなのです、と、困ったように六花四郎兵衛も笑う。


「このままでは吝のついたままになってしまい、あの子の将来の傷になりますからな、例の金子の一部を使い、母親の遠縁の狗神名義で仕切り直したいと美兎羅の主人と考えておりますので、どうぞ、お力添えをお願いできれば、と」


「あぁ、そうだな。では、旦那はわたしのところから一人粋でいい男をちゃんと見繕ってやろうよ」


「…わっちのわがままを聞いてくださり、ありがとうござんす」


 そうするとお偉い二人は、此度のことを消し去る意味も込め、やれ盛大にやろうかと細かく話を始めた。


 それを微笑み聞きながら、細く開いた格子窓の向こうに想いを馳せるは、たった一瞬でも会えた妹と、自分の子のために代わり腹となった妹女郎、そしてその子によく似た、振袖新造の、三人の可愛らしい笑顔なのである。





「ん~…あぁあ…」


 布団から体を起こし、片腕を目一杯伸ばす。


「あー、もう朝かぁ…ねみぃなぁ」


 障子の隙間から入ってきた眩しい光に目をこすり、もうひとつ、大きくあくびをしながらぐぅんと体を伸ばしてぼりぼりと頭を掻く。


「んぅ?」


 寝ぼけ眼で見る室内は、なんだか位置もと違ってとても質素で気持ちの良い板の間で。


「どこだ、ここ」


「猫又治療院ですわ!」


 ぱぁん!


 足で蹴り開かれた障子の向こうに立つ星駒は、両手に持った箱膳を抱えてどすどすと中に入ると、布団に半分入ったまま、寝ぼけた顔の零の前に布団の横に置いた。


 ぽい、と、ふかふかの座布団も投げて置く。


「ようやく目が覚めましたのね!?三日三晩眠り続けるなんて、なんて寝汚いんですの!?しかもなんですの、そのしだらないない格好は!」ぶんぶん、ぶんぶんぶん!と、にょっきり出ている尻尾を振り回しながらきっ!と、大きな瞳で睨みつける「早く起きて、食べてくださいませ!そうしたら包帯の交換をするように仰せつかってますの!さぁ!さっさとしてくださいませ」


「お、おぅ…?」


 浴衣を直しながら布団からのそのそと起き上がると座布団の上、きちり座って、茶碗と箸を手にとる。


「なんてお行儀の悪い! 」


 先ほどまで寝ていた布団を軽々と抱え上げ、縁側から物干しに向かおうとした星駒は、牙をむき出しに叫んだ。


「食事の前にはいただきますのご挨拶!礼儀ですのよ!そんなことも知りませんの!?」


「わ、わるい…」


 慌てて箸と茶碗を膳に戻し、両手を合わせる。


「いただきます」


「どうぞ、さっさと召し上がれ、ですのよ!」


 からり、下駄をひっかけ庭に出ると、布団をぽーんと竿にかけ、ぽんぽん、と、しわを伸ばすように叩いた。


 気持ちよさそうに、微笑んで今度は掛け布団を欲している。


 そんな彼女の淡い茶の強い金の髪の毛を朝日が照らすと、きらきらとかがやいていて、まるで木漏れ日のようで気持ちようさそうだなぁ、なんて。


 そう思いながらいそいそと暖かいお粥を食べはじめる。


 じんわりと体の奥から暖かくなり重くなる感じに少し戸惑いながらも穏やかな気持ちになった。


 三日三晩寝ていたと、言っただろうか。


 覚えているのは春霞の呼ぶ声。


 それを聞いた瞬間に体は動き、梅郷屋の淡く青く光る窓に飛び込んだ、たったそれだけ。そのあとは、あとはどうなったんだっけか?


「箸が止まってますわ、食が進みませんの?」


「え?あぁ、いや」


「まったく、手間のかかる。ちょっと待っててくださいませ」


 にゅっと、覗き込んできた顔に少し吃驚していると、答えも聞かずにはぁ、と、嫌そうに深いため息をついた星駒はしゅるり襷を解いて奥へ行き、すぐに何かを持って帰ってきた。


「はい、どうぞ」


 とんとん、と、お膳の上に置かれた小鉢がみっつ。


「鮭のほぐし身と海苔の佃煮とわたしの漬けた梅干しですわ。味が変われば食べやすいでしょう?片付かないのでさっさと食べてくださいませ」


「あぁ、ありがとう」


 ぱらりぱらりと濃い桃色の解し身を粥の上に乗せながらふと、横に座り乾いたばかりの包帯を一本ずつ丁寧に巻いている星駒を見やる


「星駒ちゃんよぅ」


「なんですの?今度はお茶とかですの?!まったく…わがままなっ!少しお待ちくださいませ」


「いや、そうじゃぁなくってよ」


 じゃぁなんですの?わたくしはいそがしいんですのよ、なんてぶつぶつ文句を言いながらも、しゅるりしゅるりと器用に包帯を巻く姿に問いかける。


「三日三晩寝てたってのは…俺の事だよなぁ?」


「お…っ!」


 目がまん丸になったと思えば一気に釣り上がり、手から包帯を取り落とし、ぽぽんと現れた耳と髭をつんつんに逆立てる


「俺のって…あんなに大事だったのに、覚えてませんの!? 霞の君があんなに!あんなに!!」


 なんなんですの、あんなに皆様に心配をかけていたのに、本当に最低ですわ、全くなんなんですの!?


 室内に怒りの混じった大きな声が響きわたり、そのままご飯が終わり、包帯が巻き直す間も、春霞が世話賃と着替えやらを持って現れまぁまぁ仕方ないんだよ、となだめすかすまで、延々、延々と零は星駒から永遠に続くような嫌味全開の説教を聞かされることになり、それは、お江戸と葦原、細石屋にいつもの平穏が戻った証拠だったのである。

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