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【完結】妖の國を幼馴染と暮らす人の子の騒乱話~陰謀渦巻く大芦原編~  作者: 猫石
4章 道中 動揺 動乱れ

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よんのに 動揺

 周囲は悲鳴と、怒号と、罵り合い。そんな音で溢れかえっていた。


 皆の目の前で


 ただ、暖簾をくぐっただけで


 葦原一番の大籬「美兎螺屋」の秘蔵っ子、本日突き出しの花魁が忽然と消えた。


 美兎螺屋の主人はその場で卒倒し、呼び出し茶屋「梅郷屋」の番頭は二階の座敷にいる本日のお大尽へ報告へ上がり、主人は首が飛んでしまう、私の面子が私に落ち度はないのになどと、顔面蒼白になってただただ取り乱しているばかり。


 ただ一人、引手茶屋「繊月楼」の主人であり葦原会所総取・六花四郎兵衛だけが、しっかと声を張り上げ、会所の男衆達に指示を出し、己が式神を飛ばし葦原の暴動を押さえ込んでいた。


 大門は花魁が消えた直後に閂がかけられ蟻の子一匹外へ出られぬように呪がかけられた。


 その上で、遊女や囲い男衆・下男下女は己が揚屋へ、外から入ってきた客は仲ノ町は右の茶屋へ、芸者・髪結いなどの職人商人達は仲ノ町は左の茶屋へ、てきぱきと分けられ強力な呪がかけられて行く。


 考えろ。


 そんな騒乱の中、神経を研ぎ澄ませる者ひとり。


 目の前で、手の届く場所で、ただ一瞬で、月狗舞は消えた。


 暖簾をくぐった瞬間に、そこからいなくなった。


 傘の守りが効かなかったのか、傘の守りの隙をついたのか。


 あの時、慌てて暖簾を分け入ってみても、目の先には先に入った禿や錫杖持ち、店のもの達がただ呆然と、魂をとられたかのように立ち尽くしているだけで。


 考えろ。


 何かがあるはず、何かが違った、何が違ったか、どうなったのか。


 考えろ。


 自分の目の前で一体何があった、何がおきた、どうしてこうなった。


 店を飛び出し、辺りを見回す。


 落ち着け。


 早鐘を打ち鳴らす己が胸を叩き込んで。


 落ち着け。


 打開策はあるのだ、どこかに、おそらくは目の前に。


 なんのために自分がいたのだ、なんのために、どうして、なんで。


 いけない、と、己の頬を張る。


 落ち着け、落ち着くんだ。


 ぐっと傘の柄を力を込めて握りしめる。


 冷静になるため、深呼吸ひとつ、そうして星ひとつない空へと視線を流そうとして


 目が、あった。


 いつだったか、目の前から消えた、ひどく焦ったあの時と似た状況に。


「春霞ぁ!」


「零!」


 二人が声を上げる。


 ばっと、長い両の腕を広げ叫ぶ。


「来い!」


 だん!


「春霞!」


 足元を窓の桟にかけ飛び出そうとしたとき、声をかけられて室内へ振り返った。


「これを持っていけ」


「これを持っておゆき」


 ふたっつ、放り投げられたものを取り落とさぬように両手で慌てて抱えると、下で手を伸ばす零に向かってためらいもせず身を投げた。


「うら、はやく来い!」


 ひらり、夜空を飛ぶ鵲の風切り羽ように、着物がはためいた。


「よっしゃ!」


 ふわり二人の周りを巻いた風を使い、舞い降りるように体が揺れ受け止められる。


「いいか、春霞」


 己よりもふたまわりは細い体を地に降ろすと肩を掴む。


「月狗舞はくぐって消えた。その前と後に通ったやつらは皆消えなかったのに、だ。でけぇ結界があって、そこに枚だけ言ったんだと思うんだ、だからそれを追っかける」


「どうやって?」


「俺や、俺以外の禿や男衆は後を追えねぇ、それはわかってる。だがなぁ、俺の感だと多分だがおまぃは入れる。なんでかってぇのは、このあいだの迷子だ」


 思い出すのは先だっての迷子。散々間が抜けているとか、阿保だとか、言って怒ってしまったが実はあの時に少しばかり奥歯に何かが引っかかったような違和感はあったのだ…ただの人である春霞を怖がらせないように、あぁして怒って喧嘩して終いにしたがただの人に消える、なんて真似はできはしないのだ。


「そいでここが入り口だ」


 人の追い払われた仲ノ町から見据える「梅郷屋」の暖簾をひらり、揺らす。


「追いかけるのはやるよ、だけど」


「だけどなんでぇ?」


「俺、一人じゃ何にもできないよ?」


 只人の自分に何ができるのか、と、零に問うと、ふん、と、にやり、口の端をあげてととん、と、手に握っているものを指で弾いた。


「おまぃ、ちょっとみねぇ間に、随分といいもんもってるじゃねぇか」


「え?あぁ」


 加州から持っていけと渡された彼の脇差と、細石屋主人から渡された先ほどもらった矢立。


「親父殿と加州様が持ってけって」


「矢立はまぁ役にたたねぇかもしれねぇが、その脇差はいいな。あの二人がそれを渡したんだから、刃傷沙汰とか気にすんな。月狗舞を見つけたらお前は俺の名を呼べ、やべぇ奴がいたらためらわずに脇差を抜け、いいな」


「わかった」


矢立を懐に、脇差しをしっかと胸元に両手で握りしめ、暖簾の前に立った春霞の肩に、零は手をかけた。


「おまぃと舞は、俺が絶対に守ってやる」


「零?」


 一瞬、振り返るがしっかと前を見すえろ!と、声が飛んでくる。


「行って来い! そいで絶対に俺を呼べ!」


とん!


 背を押しだされ、春霞は脇差を握りしめ地を、店の暖簾めがけて蹴り出した。


 緋色の暖簾。そのわずかな隙間から見えていた茶屋の風景は暖簾と一緒にくぐるのと同じように、血赤の闇に春霞を引きずり込んで行った。




+++





 室内は、灯台の明かりでゆらりゆらりと全てが揺れる。


 瞬きの間の、いっとき。


 美しい花魁を一人、ぱくりと飲み込んで入り口を閉じてしまったこの中には、もう何人も、妖力をわずかにでも持つものは入れない。それは、この世界のもの誰ひとり、入ることはないということなのだとこの結界を考え仕込んだものは行った。


 その花魁も意識を手放し、この結界、動く人影は三つ。


 部屋に隙間なく大きく広げられた葦原の地図には、朱墨で呪印の書き込まれ、その中に横たわらされた花魁のそばにひとり、巫女装束の女が手灯をもって近づいた。


「早く用意してたもれ」


 呪印の外に座る女の声に、巫女は帯に手をかけた。


「それでは」


 しゅるりしゅるりと帯が解かれる。


「随分とまぁ、無様で無骨な衣よ」


 ふん!と鼻の上にしわを寄せる。


「ほんに田舎者の見栄はりが。あぁ、はよぉその嫌らしき化粧も京風に。田舎臭くてかなわぬ」


 鼈甲のかんざしも落とされて、解かれた髪は梳き直されてゆく。


「なんと!」


 ほほう、と櫛を持った侍女の横に腰を下ろしている女は扇を閉じた。


「あのような頭をしておるというに、随分と寸足らずなことじゃ」


 これはこまった、ある程度に伸びるまで(かもじ)が必要じゃな、とため息をつく。


 脱がされた着物は周りを焦がさぬ火で燃やされ、粛々と用意してあった着物に袴を整えられ、化粧も落とされ眉墨を落とされれば。


「あぁ、やはり東の田舎衣装よりも西方のがよぉ似合っておる」


「御大!」


 女たちは慌てて深く深く手をつき頭を下げた。


「まだお姫様(おひぃさま)のお身支度は整っておじゃりませぬが」


「かまわぬ、様子を見に来ただけじゃ。無事にこちらに連れてこれて何よりじゃ」


 横たわる少女の隣に腰を下ろし、眠る彼女の頬を、指の背でそっと触れる。


 白粉を拭い取った後の整った顔立ちに、遠い昔の面影を探す。


「目鼻立ちもはっきりしておるし、お上がお側に取り置きそうな器量好しではある。が…しかし、姉上様とは似ても似つかぬのぅ」


 ひとつ、失望したようなため息を漏らし立ち上がった。


「男親に似たのかのぅ…」


「いかがなさりましたか」


 ふぅんと、少しばかり難しい顔をすると、慌てて女が声をかける。


「ご気分でも優れませんのですか? それとも何か不備が」


「いや、そうではないぇ」


 衣の端を蹴り上げて踵を返すと、檜扇を広げた。


「我が姉上様には、似ても似つかぬと思うてな…もう少しばかり、姉様に似ていると良かったのじゃが」


「さようでごじゃりますか?」


 眠る娘に目をやる。血赤闇の中、うちから輝くその美しさ。


「肌の白さも優美なお姿も、よぅ似ておられると存じますれば…」


「そうかぇ?」


 一瞥をくれ、ため息をつく。


「そうならば良いのじゃ。はよぅ用意を整え、儀式を済ませてたもれ。この葦原の…江戸の空気も妖気もひどく田舎臭い。高貴な妾にまで匂いがうつっては嫌じゃ。はよぉ儀式を取り行のうて、さっさと国許へ帰れるようにせよ」


「仰せのままに」


「しかし御大」


 巫女が立ち上がり、航路などを用意し始めるのを見ながら、別の女が、恐れながらと声を上げる。


「本に、よろしゅうございますのか?」


「なにがじゃ?」


くるり、踵を返した御大と呼ばれる女の冷たい視線に臆しながらも、震えた声を絞り出す。


「この娘は我が一族の、御大のお姉君が産み落とされた御落胤とはいえ、半分は我が一族の足元にも及ばぬ下賤な血筋のものと伺っておりまする。そのよう…」


「お前ごときが、妾に意見するともうすか」


 金色の瞳が、揺れた。


「ひっ」


「少しばかり妖力が強いからと側に置いてやれば偉そうに。元はただの下女のくせに妾に意見するとは生意気な」


「も、もうしわ…けっ!!」


 許しをこう言葉は、最後まで言い終わる前に炎に飲み込まれた。


「御大!」


「お前も消えたいかぇ?妾はいらぬ口を消したまでぞ」


 ふん、と、鼻をならす。


「只の下女のくせに、すこぅし力があると見込んでやれば図に乗りおって。下賤な口で妾に何を言おうというのか…」


「さ…」


 引きつったまま首を下げる。


「さようでございます、私どもの躾がなっておらず、大変申し訳ございませぬ。それでは御大、巫女殿とこのままご用意致しますれば、しばしお待ちいただけますでしょうか?」


「うむ」


 扇を打ち鳴らし、外にいた別の下女に御簾をあげさせる。


「用意ができたら呼んでくりゃれ」


 部屋を出て行こうとした彼女の背を見送っていた巫女は何かの違和感に顔をしかめた。


「御大、身を伏せてくださりませ」


 巫女が叫ぶ。


「結界がっ!!」


「何じゃ!」


「結界にほころびができまする!」


 行灯と、血のように赤い呪禁によって赤黒く染まった空間に、細い細い闇色の隙間が雷光のように走り抜け、その隙間からしなやかな獣のように、影は飛び込んだ。

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