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【完結】妖の國を幼馴染と暮らす人の子の騒乱話~陰謀渦巻く大芦原編~  作者: 猫石
4章 道中 動揺 動乱れ

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よんのいち 道中

 錫杖が、高らかになり、大太鼓が、どぉんどぉんと腹の底から魂を震わせる。


 あちらこちらから聞こえ始めた三味線の音。


 葦原大門を入ってすぐ、一つ目の行灯・灯篭に火が入ると進み行くように全てが灯りを灯し、ゆらりゆらり、宵闇に艶明かりが広げていく。


 いつもと変わらぬ艶のある光と音が、波のように広がり始めるこれは、夜見世の営業の始まりを告げる。


 だがしかし、今宵は少し音色が違った。


 普段であれば揚屋から茶屋へと続く花魁道中を見ようと仲ノ町に集まる群衆は、今日はただまばらにあるのみ。さっさとその場から足早に去って行くものが多く、少しずつ場所取りをするものたちがわずかに残るのみ。代わりに大籬が並ぶ揚屋通り、その中でもただの一箇所に集まっていた。


 他の揚屋・茶屋の主人も並ぶ中、一つ、また大きく大太鼓が鳴った。


 はじまるぜぇ!と、一斉に拍手が雷鳴のように響く。


「皆々様にぃおかれましてはぁ、お待ち頂きましてぇ誠に、有難う存じ上げます!」 葦原一の店構え、美兎螺屋の暖簾をくぐり出てきたのは、何時もであれば覇気なく垂れた長い耳を今日はぴんと、しっかとたちあげ、目にも鮮やかな茄子紺半纏を身に纏った妖兎の主人・美兎螺屋久兵衛である。「本日は、美兎螺屋より新しく突き出しとなりました花魁を、ご紹介させていただきたいと思います」


 耳に鮮やかなお囃子が、掻き鳴らされ始めた。


 と同時に、美兎羅屋の暖簾のすきまから長く大きな黒傘が現れた。


 ぱぁん!


 傘を張るがして、今宵も見事に闇色の着物を身につけた長身痩躯の美しい桜色の髪の傘持ちが現れた。


「いよぉ! 夜桜太夫!」


「桜花の君!」


 女や葦原男衆たちの声に、美しい傘持ちが操る傘はくるぅり、一度大きく弧を描き、これからくる遊女を受け入れるように立ち止まる。


 軒下に、しっかと傘の影がかかると、暖簾の内よりにゅっとのびた手がからみつき、暖簾をふたっつにわった。


 店の中、闇に向かって差し出す主人の手の上に、白く細い手が現れれば、続いて濡羽色。高く結い上げられた横兵庫髷に光を弾く白牡丹と鼈甲の格子が現れる。


 歓声が、止まった。


 水を打ったような静寂は、たいそう葦原に不釣り合いな不気味な静けさであった。


 みな、息を飲んでそれを見たのだ。


 宵闇。


 狐火灯篭。


 朱塗りの籬の格子。


 雪のように白い肌。


 柳眉の下の朱が落ちた切れ長の目には、黄金の瞳。


 通った鼻筋、続く唇には玉虫色の紅が光を弾き。


 まるで花嫁衣装のような、真白な縞繻子打掛小袖を幾重にも重ね、前帯は銀糸で艶やかな鶴と狐の花舞姿。


 闇夜に浮かぶ、白い陽炎のように、しゃんと立つその姿。


「葦原一の太夫・珠月見の側におりましたゆえ、ご存知かとは存じます」


 久兵衛の声が、遠くへ持っていかれていた皆の意識を引き戻した。


「本日よりお目見えいたします、月狗舞と申します。どうぞ、どうぞ皆様、美兎螺屋共々、ご贔屓に、たんと可愛がってくださいませぇっ!」






「わぁ!」


 突然の、地を破るような大歓声にびくり、身を震わせた春霞は繊月屋の二階のお座敷の窓から顔をのぞかせた。


「すごい…」


「月狗舞の突き出し口上が終わったんだろうね」


 脇息に身を預け盃を傾けながら、落ち着いた声で、大江戸城書院番頭しょいんばんかしら・加州は言う。


「そろそろっと、こっちに道中が始まってくるから、おまぃはそこからのぞいておいで。我らは高みの見物とでも行こうじゃないか」


「はい…でも…」


「春霞、どうしたぃ?」


「近くで見て見たいとかかね? 幼馴染の門出だ、それも良いだろうけどね」


 首を軽くかしげる加州。


 察した細石屋主人は困ったように笑う。


「おまぃはやめておいたほうがいぃ、今宵は葦原は一つの祭りをやってるようなもんだ。大勢の群衆に皆、気が立っているから、ちぃとばかし変わったことがあるだけで、大きな喧嘩になりかねなぃんだよ」


 まぁまぁ、と、細石屋主人の少し咎めるような口調を止めるように、ギヤマンのちろりをつい、と、節のある長く美しい指先で持ち上げ、柔く首を小さく横に振った。


「ただ人の身のおまいは、己が身を守るすべがなければ、下に降りてはいけないのさ」


「はい…」


 すっと盃を差し出して、甘いにごり酒を受ける。


「わかっています」


 受けた盃を春霞が傾けたとき、あぁ、そうだった、と、加州は懐から何やら細長いものと小さな巾着を取り出した。


「春霞」


 ん、と、差し出す。


「此度の礼と駄賃を渡すのを忘れていたな」


「加州様、それは…」


 細石屋主人の問いかけに、にこり、形の良い唇が笑む。


「金子と、それから駄賃だ」


 盃を置き、両の手を差しだした春霞の手のひらにそっと置く。


「簪、とても良い出来であった。姉太夫の珠月見も、それは大層褒めていて、何やら普段使いのできる細い(こまい)ものを頼みたいと言っていた。後でここにくるから聞いてやっておくれ。駄賃は私が」


「ありがとうございます」


 ズシリとした巾着の重みと音の重なりに中の小判を想像する


「あの、こんなには」


「月狗舞のご祝儀も入っているんだ、もらっておくといぃよ、春霞」


 肩を揺らし笑いながら、細石屋主人はそれよりも、と、加州を見た。


「随分と、都合よくあれをお渡しになったものでございますな、加州様」


「おや、そうかぃ?」


 煙管盆を手繰り寄せ、煙草入れを帯から外すとしゅるり、いつもの煙管を取り出し煙草を詰める。


「そんなことはないけどね」


 ひとつ煙を吐いてにやりと笑う。


「春霞、それは細石屋の主人から私が預かっていたものだ」


「これ、ですか?」


「そうだ」


 手の中の細長いものは、美しい携帯用の筆入れ…矢立である。随分と手の込んだつくりで、螺鈿細工に留め金は細かく彫金されていて、飾り紐も随分と凝ったものである。餝職人を目指している春霞にはとても興味深いもので。


「こんな高価なものまでいただいてもよろしいのですか?」


「…」


 ふっと、穏やかに静かに、大人二人が目を伏せて笑う。


「たしかに高価なものなんだろうけどねぇ」


 細石屋主人は朱の盃を置き、春霞を見据える。


「春霞。それの真価は外っつらではなぃんだよ」


 翡翠色の瞳が、不思議そうな顔をした春霞を見据える。


「それは…」


「いよぉ!!! 月狗舞太夫!!」


「おや、気がつかないうちに随分と話こんでいたようだね」


 着物の裾を払って、立ち上がった加州が、春霞の横を通って窓辺に立つ。


「小難しい話は後にして、こっちで道中を見ようじゃないか。お前んとこのも一人の息子は、随分と粋な男だねぇ」


「見てくればかりと言いたいところですがね」


 すっと、細石屋主人も窓辺に移動し、ゆるり腰を下ろす。


「あれはあれで、良くモノを見、考えて動いているようで」


 ぽかんとしている春霞に主人はゆるゆると手招きする。


「おぃで、春霞」


 慌てて立ち上がり、促されて身を乗り出すように外を見る。


「ぅわぁ…」


 声が漏れた。


 二人がその表情と声に、満足そうに微笑む。


 舞い上がるは、大量の五色の紙の花。


 打ち上がる狐火の花火。


 かき鳴らされる清掻に、喧騒、行き交う人々の歌声と歓声。


 先ほどまで人がまばらであった仲ノ町は黒々と人だかり。 大歓声にあちらこちらでは小さな小競り合い。


 瑠璃、紺、群青、瑠璃色、漆黒と、月ない宵闇の空とは対照的に、等間隔に植え込まれた大きな夏椿、さまざまなモノたちの耳や尻尾、毛むくじゃらにつやつや鱗、大きな口に長い首。ゆらり火狐、火鼬の火が行灯、灯篭提灯に入れられてゆらゆらゆらりと明るい仲ノ町。


 そんな中、あぁすぐとびこんでくる黒い傘の元の真っ白な集団。


 錫杖が音を立てると道は割れ、煙管盆に化粧一式を持った禿が二人、揃って歩く。


 肩貸し男衆がいなせに歩けば、名を呼ぶ歓声に笑みもせず、からからころり、こーんこん。駒下駄ならし、外八文字、ゆるりゆるりと焦らし進む。


 その後ろにただ一人、闇色桜色の傘持ちがこちらも能面、目元に朱落とし流し目微笑み、黄色い歓声を受け流す。


 それは見事な道中。いくら金が飛んだのかと、夢見る町人がうっとり見ている。


「これはこれは」


 にやり、加州が笑った。


「随分奢ったねぇ」


「舞…」


 無意識に身を乗り出し、落ちそうなほど目を見開いた。


「花嫁道中みたいだ」


「おや」


 ふふふと、細石屋主人が笑う。


「言い得て妙だねぇ」


「あながち間違ってないさ」


 ふっと、加州は煙を吐く。


「これから、大勢の旦那に嘘八百の妻恋夢物語を語るんだ、はなよめいしょうにまちがいはない」


 自分たちのいる繊月楼の、仲ノ町挟んで向かいの茶屋「梅郷屋」のまえで錫杖持ちが立ち止まると、中から現れて、深々頭を下げて暖簾を割った。


「さぁさ、道中もおしまいだ」


 次々と、冠、太鼓持ちたちが中に入っていく。


 そうして、太夫が中に入ってく。


「さ」


 加州が見終わったな、と窓辺を離れた。


「私たちも、珠月見を呼び上げて、酒宴でも開こうかね」


「ご相伴に預からせていただき、光栄でございますな」


 細石屋主人もそこを離れ、身を乗り出していた春霞を見やる。


「春霞や、私たちも…」


「てぇへんだぁ!!!!」


 悲鳴は、すぐに上がった


「月狗舞が消えたぁ!!!!」

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