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【完結】妖の國を幼馴染と暮らす人の子の騒乱話~陰謀渦巻く大芦原編~  作者: 猫石
3章 挨拶 愛想 合言葉

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さんのさん あいことば

 本日も大江戸は日本晴れ。


 これから一気にお天道さんは空を駆け上がり、ぐんぐん、がんがんと空気の熱を上げていく。


 柔らかな暖簾を出して、店先を箒で掃き清めて水を打てば、埃っぽい風も少しは和らぎ息もしやすいだろうと、ひととおり店前の掃き掃除と軒先の蜘蛛の巣払いも終わり、次は店の中の掃除と、そうだ、客間も掃除して床の間の花を生け直さなきゃ…庭は何が咲いていたかなぁなんて考えながら暖簾を潜ると、ちりんという鈴音がきこえた。


 音の先、帳場を見るとひょいひょいと、振袖番頭が手招きした。


「琉さんどうしたの?」


 手桶と箒を隅に置いて帳場に近づけば、財布と何かが走り書きされた端紙を渡される。


「お使い?」


 こくんとうなづく番頭新造から受け取った紙をみれば、大福六つ、 桜餅六つと書いてある。


「月兎の団子屋さんのでいいの?」


 問いかけに、こくん、うなづく。そうして指をその先に沿わせる。


「ふたっつずつは、猫又治療院……?」


 顔を上げると番頭新造はこくんと頷く。


「わかった、買ってきて、猫又治療院にお届けして残りは持って帰ってくるんだね。急ぎ?」


 こくん、頷き奥を指差す。


「あれ?お客様?」


 ずっと店の前にいた自分でも気がつかなかったお客とは。


「わかった、すぐに買ってくるね」


 ひらひらと手を振る振袖番頭に手を振り返し、春霞は店を出た。


 月兎の甘味屋は、細石屋から道挟んだ三軒隣の表店。店を出ればすぐ目につくほど近くにある。


 綺麗な満月色の暖簾のかかった間口3間の菓子司で、月兎という名のごとく、大きくまんまるな満月のようなお腹の兎がやっている。確か因幡の白兎の系図のものだと聞いた気がする。


「ごめんください」


「あいよ!」


 暖簾を潜り声をかけると、奥からどすどす、足音が近づいてきた


「お! 春霞じゃねぇか、ようやっと息子にくる気になったかい!?」


 どぉん!という音がよく似合う、ぽんぽこ腹の大兎が出てくる。


「もう、何言ってんですか、おまぃさん」


 ひょこり、その横から細身の、美しい白兎がやってくる。


「春霞ちゃん、いらっしゃい。お使い?」


「えっと、大福と桜餅を六つずつください4つと2つに包み分けてもらえたら」


「あいよ」


 頼まれものをぱっぱと竹の皮の上に綺麗に並べていく手を見ながら、その前に並べられた桐の箱の菓子を眺め、あ、と春霞はひとつ声を上げた。


「女将さん」


「あいよ、なんだい?」


 顔を上げた白兎に一つ、指を指す。


「そこの猫のお饅頭もかわいいやつ、一個、ふたっつのずつのに一緒に包んでもらえる?」


「あら、うれしいねぇ!」


 一つ包みの端に入れると、もう一つ、差し出した。


「一個あげよう! 今食べちゃいな」


 手のひらに置かれる小さな小さな、まんまる三毛猫のお饅頭。


 一口で食べられる大きさの小さなそれを、ぱくり、口に入れるとさらり下の上で溶ける溶ける甘いあんこの味と、わずかにまろい木の実の味がする。


「美味しい」


 もぐもぐ、もぐもぐ、ごっくん。しっかり飲み込んで。


「胡桃と胡麻の味だ」


「おう!よっくわかったな!」


 こちらも嬉しそうに、満月腹の兎がいう。


「おまぃはほんに、味がよっくわかるな!昨日来た蝦蟇親父は、田螺の味だって馬鹿言いやがった! 本当におまぃ、うちに養子にきたっていいんだぜ! 立派な菓子職人にしてやらぁ!」


「あはは、ありがとう」


 包みを受け取りながら、笑う。


「でも、食べるほうのが好きだからお店を潰しちゃうかも。 だからお客さんで十分だよ」


「そりゃ残念だ!」


 満月腹をぽん!と叩きながら、満月と三日月のような妖兎は二人、出ていく春霞に手を振った。


「じゃぁ、またな!」


「またね」


 手を振って暖簾をくぐり店を出れば、そのまま細石屋に帰らず裏木戸へ回る。


 細竹を編んだ格子で綺麗に手入れされた生垣に沿ってあるき、白木の門を今度はくぐる。


「ごめんください」


 薬草の植わった横を抜け、庭から縁側の方に入る。


「先生、いらっしゃいますか?」


「先生はお留守ですのよ?」


 奥から可愛い声とともに、星駒が出てくる。


「まぁ!霞の君! どうされましたの? お風邪でも?あ、それとも差込が!?」


「体の具合は全然、だいじだよ」


 あはは、と、笑いながら一つ、小さいほうの包みを渡す。


「これ、今日のお茶請けに先生と食べて」


 ぽん、と、差し出された両の手の上に乗せる。


「それから、ちっこい猫のお饅頭は頑張り屋さんの星駒ちゃんに」


 しぃっと、口のまえに人差し指を立てる。


「昨日、一人で洗濯したり、草の手入れしてたりしてたからご褒美だよ」


「まぁ! ありがとうございます、なの」


 ぱぁっと破顔した星駒ににっこり笑う。


「僕もね、ちっさい頃、長屋や表店のみんなにそうやってもらって嬉しかったんだ」


「駒も、とても嬉しいです」


 包みを大事そうに抱えてにっこり笑った星駒の何かが違う気がして首を傾げた春霞は、あ、と、気づいた。


「尻尾と耳はどうしたの?」


「そ、それは…」


 そう聞かれ、真っ赤な顔をした星駒はそうそう、と、話を変えた。


「お茶を飲んで行ってくださいませ。いま、私の実家から持ってきたとっときのお茶をお入れますの」


「あ、ごめんね」


 もう一つ、抱えていた包みを見せる。


「これを持って早く帰らなきゃいけないんだ。お茶はまた今度、入れてくれる?」


「もちろんですの!」


 それじゃ、と、手を振る星駒に返すように手を振って、今来た門をくぐって出て行った春霞は、急いで裏口から店へ戻った。







「さって」


 こちらは細石屋の奥、中の箱庭に臨む客あしらいの部屋の一つ。


「どうしたもんかねぇ……ねぇ、細石、なんかいい手立てはないかねぇ?」


 ふかり、煙を吐いて顎をしゃくったのは、凍った滝のように光る髪を、今日は珍しく銀杏返しに結い上げた六花四郎兵衛その人であり、


「ないだろぃねぇ」


 合いの手を打つようにふかり、煙を吐いたのはこちらは細石屋主人である。


「やれお前、そんな愛想のない言い方をして。お前はあの場に顔さえ見せなかったのだからそんなに呑気に構えていられるんだ。美兎螺屋なんか、戦々恐々、いつ逃げ出すのかとこちらは肝を冷やしていたのに」


「そんなことを言ったってねぇ」


 やれやれと、肩から落ちた羽織を直しながら、煙管を叩く。


「相手方に、やましいところはなぃんだろ?」


「ないねぇ」


 合わせて煙管から火種を落とすと、そのまま背をぴんと張り、しっかと腕を組み首をかしげる。


「私と美兎螺屋の印の入った証文もあるし、ちょいと身元を調べさせたがしっかと素性の裏も取れた。支払われる金も調度も、もうすでに美兎螺屋にきっちり耳揃えて収められた。金の一つ一つを調べたが、偽金とかでは断じてないし、何を取っても疑うべきものはなかったねぇ」


 はぁ、と、一つ深い深いため息をつく。


「それでも、なんかがひっかかる」


「越後は雪狐の感ってやつかねぇ」


「馬鹿にしておいでかい?」


「そんな訳はなぃわぃな」


 ふふっと笑いながら、それにしてもねぇ、と脇息にもたれかかる。


「身元も確か、金も払った、一番の心配だった加州様にもきちり、お許しをいただけた。全ての憂いは晴れているじゃないか。何がそんなに引っかかるんだぃ?」


「細石」


 ちろり、白銀の瞳を向けた。


「お前はわかっていて聞くんだね、なんて性悪なんだ」


「おや、そんなことはないょ」


 煙草入れを取り出し、煙管の先を突っ込むと葉を綺麗に詰めて火を灯す。そうすればふわり、もう一度煙が浮かぶ。


「世の中、わからないことだらけ、さ」


 煙を吐く。


「金と欲がぐるぐる渦巻く葦原の、表も裏も、酸いも甘いも全てを知って、取り締まる会所の主人が気になってるんだ、それがなぜか、何にかは分からなくたってそれにはきっと、訳がある。だとしたら……いつもより、ちぃと気ぃはつけたほうがいいわぃな」


「そうだなぁ」


 間。


 ひとときの静寂と、空気の揺らぎ。


「親父殿」


 襖の向こうから、声がかかる。


「失礼してもよろしいですか?」


「いいよ、入っといで」


 二人、顔を見合わせてから、細石屋主人が口を開く。


「失礼いたします」


 す、すーっと襖が開き、盆を持った零が頭を下げてから盆を持って入ってくる。


「お茶をお持ちしました…って、なんだい、客ってなぁ総取かよ」


「おや、お前、随分とそっけないねぇ。私だと困るのかい?」


「いや、そんなことはねぇんだが」


 とたん口調を崩し、とんとん、と、丁寧に入れられたお茶と、大福と桜餅が綺麗に乗った菓子皿をそっと各々の前に置く。


「とっときのお客しか通さないこの部屋を使ってるから、よっぽどのお大尽だと思ったんでぇ」


「おや、葦原会所の総取なんてのは、よそ様から見りゃ十分なお大尽だよ」


 くくく、と、肩を揺らして笑う主人は、零の持ってきたお茶を手にすると、ゆるゆるとすする。


「あぁでも、零は純に正直でいいねぇ」


「程度ってもんがありますな」


 同じく、茶を丁寧に持ち上げ、ゆるりすすった六花四郎兵衛が続く。


「こないだ、この男衆(おとこし)どもは、珠月見のお座敷で材木問屋の若旦那に喧嘩ふっかけてましたな…珠月見のお座敷でなければ、お太鼓持ちが全員でお大尽に喧嘩を振るなんてのは、まぁちょっとつとまりませんわな」

 おやおやそんなことが?、と、にやり笑う細石屋主人に、いやいやちょっと聞いてくれよ、と慌てて声を上げる。


「親父殿も、総取も、そやって好きかっていうのはやめてくりゃしませんかねぇ」


 一寸、立ち上がりかけてややあってそれをやめ、胡座をかいて座り込んだ彼は、腕を組んで、ふん!と鼻をならす。


「あの馬鹿旦那は、ちっとまえに振新(ふりしん=振袖新造)になったばっかのにあれやこれや手を出そうとしやがったんでぇ。そんなものはご法度だって知ってるはずなのに、ですよ? だから葦原の礼儀を教えただけでさぁに。ぎりぎりんところで床までは連れ込まなかったのと、馬鹿息子の親父が大層な金を積んだから今回は大事にならなかっただけで、本来なら葦原出入り禁止だ」


「まぁ、そりゃそうなんだけどねぇ」


 楊枝で桜餅を切り、口に入れながらため息を一つつく。


「おまぃたちはちぃとばかし力強すぎなんだよ」


「一月寝込むだけで済んだんだ、振新の身請け金を考えたら、安いもんでい」


「まぁまぁ。お互い痛み分けってことでいいんじゃないのかぃ? ただ、ちぃとは加減してやりな」


 笑いながら大福を手にふと、細石屋主人は零を見た。


「ところで零ゃ。最近、お前の葦原は穏やかかぃ?」


「なんで俺に聞くんでぇ? そこに…」


 ちらり、六花四郎兵衛をみて…鼻で笑った。


「天上蓮華の中から見る世界と汚泥の蓮の実底から見る世界は全く違うってか?」


 あぁ~と、まだ結い上げていない桜色の頭を ばりばりと掻いた。


「そんなにかわらねぇけどなぁ…」


 ふと、思い出したように零は首を傾げた。


「そいや、こないだ春霞とちっとお届け物に行くんに一緒に葦原を歩ってたんだが、ふと、あいつが消えてなぁ……で、すぐに戻ってきやがったんだが、でもあいつ、どこにもいってない、道なりに歩っただけだって言いやがるんだ。で、そんなわけあるか、心配したんだぞ、このまぬけっ!って怒鳴っちまったんだけど」


 ちらり、金色の瞳が、雛色と白銀の主人をちらり、見た。


「こんなんで、なんかてがかりになるかぃ?」


「どうかねぇ…ただ」


 茶碗を静かにおいて、にこり、笑った。


「碁盤目そぞろの葦原の道なりで迷子が出るたぁほんに珍しいねぇ」

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