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【完結】妖の國を幼馴染と暮らす人の子の騒乱話~陰謀渦巻く大芦原編~  作者: 猫石
3章 挨拶 愛想 合言葉

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さんのいち あいさつ

 ずらし木窓の隙間から入り込む光が、片付いた部屋を、机の上を明るく照らしていた。


 静かに座り、机の上にあるそれを見据える。


 外からも、内側からもほんのり暖かな光を放つ美しい石。


 断れる状況にもなかったとはいえ、引き受けてしまった以上は精一杯、自分のできる限りの事をしたいとは考えていて、さてどんな風な簪にしようかと思案する。


 せっかくの大粒なのだし、一度中を空洞にし、鳥籠のように細かく細かく掘り込んだ上で、小さな蛍玉を入れ、光を弾くびらびらをつけようか。


 いや、と、思い直す。


 余計な細工や彫り物をせず、細かな傷だけ取るために磨き粉を3種類使ってよくよく磨き、まん丸くしてそのまま、台座に挿すのはどうだろう。


「おぅ、春霞!起きてるか?」


「零?」


 うーん、と両手を組んで唸りを上げてながらぐーっと天井を見上げた時、障子が空いた。


「天井なんぞ見上げてなにしてるんだ? 蜘蛛でもいるのか? あ、女郎蜘蛛だったら俺が受けいるぜ、別嬪が多いからなぁ」


「零は……またそんなこと言って。外でいろんな女の子に 口説くのやめなよ。甘味屋のお花ちゃんにもなんか言ったでしょ。なんか楽しみにしてたよ」


「言ったかなぁ、覚えがねぇなぁ。 で、何してんだ?」


 顔を上げたまま部屋の入り口、鴨居を掴んで部屋の中を覗き込んでいた零に色々と困ったようなぁと息を吐く。


「なんだよ」


「いや、なんでもないよ。実はこの玉を簪にして欲しいと言われたんだけど、なにを作ろうかと思って」


「へぇ」


 のしのしと部屋に入って、机の上の宝玉をつまむ。


「綺麗なもんだなぁ、で、これはなんなんだ?」


「雪花珠っていうんだって」


 あの時聞いた話を思い出す。


「なんでも越後の雪狐が死ぬときに生み出す宝石らしいんだけど。舞の突き出しのために簪を作って欲しいって加州様にお呼ばれした席で頼まれちゃって。舞からの頼みなんだって」


「月狗舞、な」

 つまんだ玉をくりくりと指先で回し見、ぽん、と、春霞の手にそれを渡した。


「舞、じゃねぇ。月狗舞だ。もうあれは遊女でお前の幼馴染じゃねぇ。昨日の座敷でな、月狗舞はお前のこと、ありんす言葉以外で呼んだり話したりしたか?」


「…」


 思い出す。


「…いや、加州様がお許しになったけど…そういえば…」


 ぬしさん、と呼ばれた。


 つつがなくお暮らしで、安心しんした、と。


 あの幼い日、白天宮のお社に狸和尚が迎えに来たあの日、あのまま、二人揃って養児院を出た。


 風呂に入れられごしごし磨かれ、真新しい着物を着せられて、舞の方はうすら化粧までさせられて。


 少しだけある自分の荷物を風呂敷に包む時間だけが与えられ、二人、ちゃんと別れをいう間も無いままに自分は葦原大門…お日様の光の射す方へ。彼女は赤行灯揺らめく揚屋街の方へ迎えに来た大人に強引に手を引かれていった。


「売られるってことは、そういうことだ。しかもお前、一昨日はいたことすら分からなかったろう?」

あぁそういえば。


 初めての引き手茶屋ということもあって緊張していたとはいえ、8年共に過ごした筒井筒のことはさっぱり分からなかった。


 7年ぶり、相手は随分と変わった。


 化粧が白塗りの花魁姿ということもあるけれど、それでなくてもきっと、言われるまでわからなかったろう、とても変わったと思った。


「悪いことしたな…」


 ため息を、ひとつ。


「全然わからなかった」


「それでいいんだよ、春霞」


 子をあやすように、しゅんと落ち込んでしまった春霞の頭をぽんぽんと、軽く叩く。


「あの女はもう、おまぃの幼馴染の舞じゃあねぇ。それでいいし、しょうがねぇ事なんだ。あすこで生まれたものは、あすこで育ってあすこのものになる。俺やおまぃが大門から出れたってことは、男ってことを差っ引いたとしてもごくごく稀なことなんだ」


「そう、そうだよね…」


 もうひとつため息をついて…ふと、顔を上げた。


「俺や…?」


「まぁ一昨日や昨日の態度だと、月狗舞はちゃぁんと己の置かれた立場をわかってるってこった」


 がしがしと、両手を使って春霞の髪の毛をぐちゃぐちゃにしながら笑う。


「今度からは、ちゃんと月狗舞と呼んでやれ。 里心…いやちがうな、一人前の遊女になるための廓の女たちの『けじめ』ってやつだ。お前もちゃぁんと守ってやれ。あぁ、それからな、親父殿が下で降りてこいって呼んでるぜ」


「親父殿が?」


「親父殿が。」


 握り締めてしまっていた大切に宝玉を和紙の上に乗せると、ぼさぼさの頭をせっせと手で撫でつけながら零を見た。


「珍しくない?」


「ここ最近は、たぁんと珍しいことの大売り出しさね」


 かかかっと笑って、部屋を出ようとして…はた、と、零は振り返った。


「お前、その石なぁ…」


「なに?」


 うん、と、何かを言いかけて飲み込み、また口を開いた。


「変な細工とかせずに、でっかい一輪の雪牡丹のように、彫り上げたらどうだ? 存外綺麗だと思うぜ」


 じゃぁ早く降りてこいよと、階段を降りてった零の後ろ姿を見て、玉を見る。


「牡丹か……」


 そういえば、養児院の中庭に、いつも見守ってくれていた雪女の乳母が大切にしていた雪牡丹があって、舞とはよく手入れを手伝ったりしていたな。後で出来る限り思い出して絵に入れて考えてみようと頷くと、石を大切に箱に入れて部屋を出た。





 とんとんとん、と、階段を降りると、店面の上がり框に細石屋主人、それと影がふたぁつ見えた。


「おや、春霞」


 ふかり、足音に気づいた煙管をふかしながら振り返った主人が首をかしげる。


「おまぃ、零と一緒じゃなかったのかい?」


「あれ? 零は今、僕より先に……」


「あなた様は!」


 首を傾げながら最後の一段を降りたところで、大きな声を上げられて、びっくりしてそちらを見る。


 上がり框に座る見慣れた大柄の初老の男と、もう一人、大きな声を出した主であろう、大きな猫の耳とピクピクと、そして長い尻尾とぴぃんと震わす可愛らしい少女の姿。


「星駒や、お前、春霞を知っておるのか?」


 框にすわりこちらも煙管をくゆらす男の問いかけに、ぶんぶんと大きく首を振って、胸の前でぎゅうっと両手を握りしめてた少女はきらきらした大きな瞳で春霞を見る。


「お江戸についてすぐに、私のことを助けてくださったとお話しした殿方ですわ!」


「おぉ、氷水こおりすいの君か」


「氷水……?」


 春霞も、その言葉に思い出す。


「あぁ、お財布無くして困っていた猫又さんだ」


「星駒ですわ」


 大きな目をさらに大きく光らせる。


「その節は、本当に本当に、ありがとうございましたの! お陰で助かりましたの」


「おや春霞」


 こん、と、煙管が鳴った。


「そんな色っぺぇ出会いがあったのかい? 初耳だねぇ」


「親父殿、そんなんじゃないんです。ぜんぜん色っぽくはないです。零と落ち合う前に草団子屋でちょっと」


 かぁいいねぇと、にこにこからかうように笑う主人の少し後ろに座り、猫又医師・宗龍を向くと三つ指ついてしっかり頭を下げてた春霞は、くるり、膝を星駒に向けた。


「あのあと心配だったんだけど、お財布はちゃんと見つかった?」


「はい」


 そんな春霞に、星が瞬くような視線を送りながらもじもじと、恥ずかしそうに頬を染める。


「あの後、雨が上がるまでの間に荷を解いて見てみたら、奥のほうに入り込んでおりましたの…あなた様にもう一度、お会いできるなんて思ってもおりませんでしたの! お借りしたお代のお返しを…っ」


「返さなくて大丈夫だよ。それより宗龍先生のお知り合いだったんだね」


「あぁ、うちの…」


「宗龍先生の治療院に修行奉公にまいりましたの!」


 尻尾を小刻みに震わせながら、食い気味にまくし立てる。


「わたくし…っ」


「星駒や、いったん落ち着きなさい」


 まぁまぁと、黒銀の煙管をぽん、と叩いて火種を落とした宗龍は春霞に言う。


「実は、下総は北のほうにある猫又の郷に、長らく懇意にしている大きな薬草園があってな。そこで育てられた薬草は大層に質がよくて、私が扱う薬草を仕入れをしておるんだが、主人である父御にぜひにと頼まれてしまってな。しばらくの間、修行奉公に預かることになったのだよ」


 少し困ったように眉を下げる彼は、彼女を自分の横に座らせると肩をぽんぽんと叩きながらいった。


「名前は星駒、年は13だからお主とは2つ違いか。行儀見習いも兼ねておるから、いろいろとこちらの振袖番頭やお主には世話になると思うが、元気で素直でいい子だ。妹ができたと思ぅてよろしくしてやってくれ」


 もっと早くに挨拶に来るつもりだったんだが、昨日は往診が入ってしまってなぁと豪快に笑う医師に圧倒されながらも一つ頷いた。


 「そうだったんですね」


 茶屋にいた旅姿の小さな娘と、細石屋のお得意さまである宗龍の縁に不思議なものを感じながら、真っ赤な顔をしている星駒をみた。


「ご近所同士、よろしくね、星駒さん」


「星駒と!」


 ぱぁっと明るい顔で彼女は笑う。


「星駒とよんでくださいませ、氷水の君」


「氷水の君じゃなくて春霞でいいよ」


「そんな!殿方をお名前で呼ぶなんて……あの……では、霞の君とお呼びしても?」


「それも恥ずかしいなぁ」


 照れたように笑った春霞は、そうだ、と、懐を探った。


「あった」


 ちりりん、可愛い鈴の音


「これ、あげる」


 星駒の目の前に、小さな金鈴のついた五色組紐の、大きめ木彫りの根付が揺れた。


「まぁ、可愛らしい眠り猫ですの!」


「頼まれて飼い猫を彫っていたんだけど、尻尾を傷つけてしまって。お客様には別のを彫り直してこっちは自分のにしようと思っていたんだけど」


 ほら、ここね、と指差したのは尻尾の先で、少しだけ、真ん中に彫りが入り込んで尻尾が二本あるように見える。


 「星駒ちゃんは猫又だから、お揃いだね」


 にっこりと、笑う。


「猫又は耳がいいから、鈴の音がよく聞こえるでしょう? お財布につけて。もう無くさないようにね」


 大江戸は、怖いモノもおおいからね。


「あ」


 両の手で受け取ると、ぎゅうっと握りしめてさらに真っ赤に顔を染めた。


「嬉しい! ありがとうございます、大事に大事にしますわ!」


「ちゃんとお財布につけてね?」


 はい、と、笑顔で懐から出した可愛い小さな巾着のお財布につける。


「可愛い」


「遅くなっちまって」


 4つ影がそうして話し込んでいるところに、お待たせですよと、ひょっこり盆に茶を5つ持った零がやってきた。


「零、何して……」


「あーーーーーっ!」


 ばっと立ち上がった星駒の尻尾の毛が一気に逆立つ


「貴方は!」


「おっと、昨日ぶりだぃな」


 そんなことも気にせず飄々と春霞と星駒の間に座り込むと、皆の前に大きな菓子盆と、それから茶を並べ、にやりと笑って最後の茶碗をずいっと毛を逆立てる少女の鼻先に差し出した。


「星駒ちゃん」


「あ……貴方に名で呼んで欲しくなんかありませんわ!」


 ぎゅうっと、まん丸だった瞳が針のように細く細く形を変える。


「あんな!あんな不潔な!なんで貴方がここにいるんですの!」


「なんでって」


 とん、と彼女の前に茶托を置いてから、お茶を置くと、盆の上の自分の茶碗を持ち、ふぅふぅ少し冷ましてずずずとすする。


「俺んちだしなぁ」


「か……霞の君と兄弟なんですの!?信じられませんの!信じられませんの!」


「いや、確かにふたっりともうちの子だが、断じて兄弟ではないょ、まぁまぁ茶を飲んで落ち着きなさい」


 主人の言葉も耳に届かないくらい真っ赤になった星駒を、宗龍が座らせ、春霞が茶碗を渡す。


「で、零や?」


「なんでぃ? 親父殿」


 少し落ち着いた頃、煙管を叩く音がした。


「何があったんだぃ?」


「え?あ、いや」


 う~ん、と首を傾げながらぼりぼりと、人差し指のさきっちょで小さく頭を掻く。


「昨日、吾妻屋の店先でちぃとばかり」


「吾妻屋でどうしたんだぃ?」


 たしか、揚屋通りで、少し奥にある中籬の揚屋だったと記憶しているが、そこで何があったのだろうか、と、少し首を傾げた春霞と、さらに突っ込む細石屋主人。


「や、ちょぃとそこの遊女と店先で話し込んでたら、先生と星駒ちゃんが来たから軽く挨拶しただけで」


「おまぃ、遊女と話してるところに来た初見のお嬢さんが、挨拶だけでここまで怒りはせんだろぃ?」


「…ちょぃとからかっただけですよ」


「ちょっとじゃありませんわ!」


 茶碗を茶托に叩きつけるようにおいて叫ぶ星駒を、またまた宗龍が宥める。


「珍しいね、零は女の子の扱いに長けているのに……」


 よしよしと、星駒の頭を撫でた春霞は己が肩越しに零をみた。


「ほんとだぃなぁ」


 ぷかりぷかりとのんびりと煙を吐く細石屋主人。


「何やったらこうなるか……なぁ、零」


「いや、売られて来たんだったら水揚げは俺がやってやろか?っていう話をしただけで」


 追求されれば、もぞもぞと歯切れは悪い。


「そんな、大したことは…」


「対したことですわ! 初対面の相手の! しかもおなごに顔をあんなに近づけて!顎を触るなんてはしたない!失礼ですわ!」


 あぁ…と、納得した顔をした主人は、こつり、煙管で零の頭をこついた。


「初心な女の子にそんなことをしてはいけないょ。」


 大げさにいてぇ!と顔をしかめた零はへぇい、と、頭を下げる。


「星駒や、これは私からの詫びだ、あとで食べとくれ」


 懐から出した紙の包みを春霞を通じて手渡して、そうして、にこり笑った。


「零は性分がこんなでな、許してやっとくれ。家が近いもん同士、零とも、春霞とも、仲良くやっとくれな。困ったことがあったなら、うちに遠慮なくおいで」


 怒りにまかせて頬が膨らみ、耳はしっかり後ろ向き、毛の立った尻尾を右へ左へぶんぶんと、ちからいっぱい振り回している少女はそれでも小さくうなづいて。


 そんな可愛らしい少女の仕草にふふふとかたを震わせながら、ゆるり、暖簾の向こうを通し見た。


「雨は、うちに良き縁を連れて来たようだぃなぁ」


 ちりん、と、風鈴が音を立てた。







「ところで、水揚げってなんですの?」


 そっと振袖番頭に聞いた星駒。


 あぁ、言葉の意味を知らなかったのか、ならこのままに知らないほうがいいのになぁなんて思う他の面子の思いをよそに、聞かれたままにさらり、大福帳に筆で意味を書くと差し出す振袖番頭。


 受け取った星駒は、どれどれ、と見やり……書かれた文字をしっかと何度も反芻するように見たのだろう、やっぱり仲良くできませんわ!、と、尻尾の毛をパンパンに逆立て、細石屋家屋に連なる長屋を大きく震わす悲鳴が響き渡るのはすぐ後のことである。

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