03-26.視線
「カスタマイザー研究所を襲撃するんですか?」
ニウライザの開発主任が殺された事をアヤコ先輩に報告した事がキッカケ。それを聞いたアヤコ先輩が方々に放った斥候達から情報を集めてそう決断したところだ。
実際、ソメイヨシノ隊の斥候はニウライザ開発の情報までは掴んでいなかったみたいだ。が、恐らく実行犯だと思われる男の存在は以前からマークしていたらしい。
アカギ教授が睨んだ通り、事件の翌日発見された公務員の男はカスタマイザー研究所に関係する人物だったそうだ。
艦橋にある艦長席に腰掛けたアヤコ先輩が細い顎を摩り、思案顔で言う。
「ええ。向こうが実力行使に出たらコチラも報復しなければならないわ。やったらやり返されるという事を叩き込む。私たちは今までもそうしてきた。もちろん重要な施設だから守備も固い。簡単な事では無いけどね」
もともと念頭にあったカスタマイザー研究所への攻撃。機会を伺っていた矢先の今回の毒殺事件。カスタマイザー根絶を謳うレジスタンスとしては動かない理由などない事件だ。
暴力を暴力で返すというのはまるでテロリストの所業なのだけれど、アヤコ先輩のいう事も頭では理解出来る。
そして流石はというべきか、カスタマイザー研究所なるものの場所をすでに把握していること自体が驚きだ。
“ワルキューレ”の生産、そしてそれがカスタマイザー専用機で剰えパイロットがエディであるという所まで事前に調べ上げていた情報網は伊達ではないということか。
「コータくん、申し訳ないけれど貴方も一緒に来てもらうことにはなるわ」
「それは、はい。分かっているつもりです」
“ソメイヨシノ”に残ってニウライザ開発をすると決めた以上、危なそうなので降りますなんて事は出来ない。間もなくその作戦にむけた準備が開始されるみたいだけど、その間も僕はカレンさんとラボの研究者と一緒にニウライザ開発を進めなければならないからね。
そうなるとしばらくの間はテキサスに帰る事が出来ない。なんとかリオに連絡を取りたい所だけど、アカギ教授と違って暗号化通信に対応した端末を彼女は持っていない。経過時間を考えても未だ“ハーリンゲン”に乗っているだろうし、コンタクトは難しそうだ。
けどなるべく早く彼女に僕の無事を伝えてあげたい。
きっと今頃はすごく心配しているだろうから。
「あの、艦長」
「ふふ、アヤコ先輩って呼んでいいのに」
「そうですか? ではアヤコ先輩、少しお願いしたい事があるんですがいいですか?」
「何かしら?」
僕の申し出を聞いたアヤコ先輩は少し思案してから目を細めた。
「分かったわ。貴方の協力無くして目標は成されない。私達に出来ることは最大限に協力させてもらうわね」
「ありがとうございます」
「ふふっ」
僕が頭を上げるとアヤコ先輩は微笑んだ。すごく含みがあるんだけど。
僕がアヤコ先輩にお願いした事を考えれば彼女の反応もまぁわかる。実質、今日会ったばかりの人にこんな事をお願いするのは本当なら小恥ずかしい事なんだろうけど。
今の僕が最も必要とする事だし、アヤコ先輩になら任せられる。
◇
艦橋を後にした僕が向かったのは“ソメイヨシノ”の第一格納庫。
“ソメイヨシノ”に収容された“ワルキューレ”の状態を確認するために。あの機体は僕がロックを解除しないと機体をいじくり回す事が出来ないから、“ソメイヨシノ”のクルーが“ワルキューレ”の中に入っているデータなりを抜き出す事は出来ないから、その点は安心ではあるのだけど。
でも僕にとっては大切な機体だ。戦闘後の状況確認くらいしないと気がすまない。成り行きで僕の元にやってきた“ワルキューレ”だけど、手塩にかけて整備してきた機体。愛着も湧くというものだ。
けどカレンさんは、少し目を伏せていう。
「もう少し時間を空けた方が良いと思うがね」
「……そうかも知れませんが、大切な機体なので」
「そうかい、まぁその気持ちは分かる」
向かったのは、と言ったけど僕の案内役に徹してくれているカレンさんに連れられて行ったと言う表現が正しいか。
“ソメイヨシノ”に協力する事になったとは言っても、僕は国際連合の正規では無いにしろパイロットだ。そんな人物が敵対する組織の艦内を自由に出来るわけもない。
自由に出来るわけもないし、出来たとしてもそんな勇気はない。というのも、
「……」
「……」
格納庫に着いた僕に向けられたのは、そこに居たクルー全員の殺意に満ちた視線だった。
聞けば、“ソメイヨシノ”にMKにより構成された部隊は2隊あり、その内ひとつは前回と前々回の作戦でほぼ全滅したという事だ。
そう、それをしたのは他ならぬ僕だ。
ウエハラ率いる第二小隊を全滅させた奴が拘束もされずにやって来たら、まぁ良い気分はしないだろう。
刺さる様な視線を感じつつも僕はカレンさんに同行してもらって“ワルキューレ”の胸部、開いたままのコクピットハッチの元へ向かった。
第一格納庫には僕が戦ったあの黒い第4世代MKが何機も立ち並んでおり、それぞれが整備兵による調整を受けている状態だ。
これが第一?
こんな大きな格納庫が少なくとももう一つあるって事なのか?
ざっと見ただけでもこの格納庫には10機以上のMKが格納されている。それだけでこの“ソメイヨシノ”がいかに大きな艦かということが窺い知れた。
それにしてもこの時代にこれだけの次世代機を量産し、それを運用できるだけの技術を持っているというのはどういう事なんだろうか。最新機種の“ワルキューレ”でさえ目立たなくなってしまうほどに“ソメイヨシノ”が有する技術は輝いているように見える。
見たところ“ワルキューレ”に大きな損傷は無く、本当に一時的に機能を停止させただけみたいだった。
ダリル基地での戦いの時、歩兵が放ったと思われるチャフ弾が“ワルキューレ”の光学センサーを狂わせた。その事実をしっかりと持って帰って次の作戦に組み込んできた。
しかし二度も同じ様な手を食らうとは思わなかった。
これはもう“ワルキューレ”の弱点と言っても良いかも知れない。
弱点? いや、その結論は〝逃げ〟だ。
MKが機械である以上はチャフの様な電子系を妨害する手段は効く。それを使われる可能性を考慮して戦わなくてはいけないはずだし、何より一度僕はそれをダリル基地で受けている。
対策は講じれたはずだし、対策は無くとも念頭にさえ入れて置けば対応は出来たはずだ。
弱点だなんていうのはただの甘えだ。僕は敗北した。それだけの事だ。
「……」
こんな腕でリオを守れる筈がない。
心に悔しさが広がっていく。情けないが、僕は負けたんだ。この“ワルキューレ”が最新機種だったとしても、そう、パイロットがポンコツならなんの意味もない。
「コータ?」
「いえ、なんでもありません」
知らないうちに拳を握りしめていた僕を心配したのか、隣のカレンさんが声をかけてくれた。
そうだ、後悔しても仕方ない。反省して次に活かす。僕たち技術者はそうして進歩してきたんだ。反省し対応するんだ。
まずはチャフだな。
それに対応出来る様に、本当なら手を加えたい所だけど……今は無理そうだね。
この視線を受けながら作業できるような鋼の心は持っていないから、ほとぼりが冷めたら整備しよう。
それまでに下手にいじって壊さないようにしてもらわなきゃ。僕が言っても逆効果だろうからカレンさんの方から言ってもらう事にしよう。
「言った通りに“ワルキューレ”は無事だっただろ? さ、もうすぐ次の作戦に向けて出発だ。一旦基地に寄って補給をしないといけないしね」
「基地ですか、ハワイ島沖の?」
それはダリル基地で回収した黒いMKから引き出したデータを元に計算したソメイヨシノ隊の基地があるとされる地域だった。けれどカレンさんは首を横に振る。
「いや、違う。私たちのアジトは……」
そう言ってカレンさんは上を指差した。
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