03-25.訃報
“ソメイヨシノ”の通信装置を借りてアカギ教授に連絡を取ることに成功した僕を待っていたのは驚愕の事実だった。
「製薬会社の主任が……亡くなった?」
『うむ……。非常に残念な事にな。ワシも葬儀に顔を出させてもらっての、今さっき帰ってきた所じゃ。お主にも連絡を取ろうとしたんじゃが』
製薬会社の主任が亡くなったのは一昨日という事だ。という事は僕が“ハーリンゲン”に乗り込んでアメリカを出発する前後くらいの出来事だったそうだ。僕個人の通信端末は艦内に持ち込んでいたけど、ジャミング粒子の影響で電波を受信できない環境だったから連絡がつかなかったのか。
ニウライザの研究に尽力して下さった方だと聞いている。会った事も無いし、名前くらいしか聞いたことがない人だけど僕は彼の冥福を祈った。あれ、でも……
「まだお若くなかったですか?」
『そうなんじゃ、享年53じゃと』
53歳なんてまだまだ若い。最近では医療の発達で先進国の女性の平均寿命は100歳を超えているているというのに。人生の折り返し地点に到達したばかり。さぞ無念だっただろうに。
「ご病気ですか?」
『いや、そうでもないらしい。……コータ、実はな』
僕は通信機から聞こえてきたアカギ教授の言葉を復唱してしまった。それは余りにも、衝撃的だったから。
「……服毒、自殺?」
『そうなんじゃ。会社にあった毒を飲んだんじゃと』
「なんて事……」
余りの事に頭から血の気が引いていくのを感じた。彼に何があったのかわからないけれど、自殺するなんて相当のことがあったのか。
けれどアカギ教授はこうも言った。『最近の彼には特に変わった事はなかったらしい』と。
「まさか……」
『……分からんがな。飲んだ毒は会社にある物を使ったようじゃし、遺書も見つかっておる』
でもその遺書は手書きではなく、彼が使っていた端末のテキストに記録されていたそうだ。
彼の死に不審な点は無い。……それが不審だと感じる程に彼の人生は上手くいっていた様に見えるとアカギ教授は仰った。
『昨日まで何も変わった様子がなかったのに急に……なんて話は聞いた事がある。自ら命を絶つ者の多くは前触れなど分からなかったりするからの』
だから抑止しにくいんじゃとアカギ教授は言った。しかし、それは今回のことには当てはまらないような気がする。
僕が頭に浮かんだのは、
『他殺じゃな、恐らく。この画像を見てくれ』
僕の考えを代弁してくれたアカギ教授が僕のタブレットに何かの暗号化されたデータが送られてきたのでタブレットを操作して表示させる。
するとそこには見覚えのない40代と思われる東洋人風の男の画像が表示された。
「これは?」
『今朝、この男の遺体が上がった。国の役人じゃが、ワシの調べじゃと此奴には裏の顔がある』
「……まさか」
『そうじゃ、カスタマイザー研究所の工作員なのではないかという線が濃厚』
製薬会社主任を殺害した後に口封じの為に消された……?
『あの製薬会社にはニウライザ研究から手を引いて貰おうかと思っておる。まさかこんな事になるとはの、責任を感じてしまうわい』
「……いえ、そんな事はありませんよ。教授に話を持ちかけたのは僕ですし……」
『いや、すまん。こんなところで責任の所存の話をしても仕方がないのに。しかし残念じゃが、あの製薬会社にこれ以上仕事を振る訳にはいくまい。賊の思惑にハマった気がしてシャクじゃがの』
「そうですね、これ以上負担をかける訳には行きませんし。撤退した方が良いでしょう」
レギュレータの中和剤である【ニウライザ】の精製に成功してエディ1人分の量ならなんとか作れる様になってきたばかりなのに。これからソメイヨシノ隊と協力して量産を図ろうとした矢先にこの様な事件が起きるとはまさか思わなかった。
すごく残念だけど、研究に尽力して下さっている他の研究者の方の安全のためにも手を引いた方が良いかも知れない。
ニウライザが完成しては都合が悪い奴ら、この世からカスタマイザーが居なくなっては困る人間たちが少なからず居るということか。
真相は分からないが、研究者だけでなく加害者と思しき男すら消すなんて尋常じゃない。
その〝何者か〟の思惑通りに事が運ぶ事になるのは癪だけれど、意地を張って研究を進めて第二の被害が出てからでは遅い。
そして製薬会社の研究者を“ソメイヨシノ”に呼ぶ案も考え直した方が良いだろう。
足がついて“ソメイヨシノ”の存在が明るみになるのはまずい。表だった組織ではない、何者にも属さない〝裏〟の存在である事こそがソメイヨシノ隊の強み。
製薬会社と直接パイプを設けるのは得策では無い気がする。
僕はソメイヨシノ隊との〝出会い〟は端折って、アカギ教授にソメイヨシノ隊と協力して開発に取り組むという事を伝えた。
結果として製薬会社の研究をソメイヨシノ隊が引き継ぐ、という図式になったな。製薬会社とソメイヨシノ隊の二方向で開発を進める筈だったのに……。
いや、逆に考えれば引き継ぐ先が見つかったんだと考えるべきか。幸い、研究の進展は全て把握しているから今まで積み重ねたものが無くなってしまうという様な事はないけど。
このまま表の社会からは一旦ニウライザの研究は頓挫した事にして、このソメイヨシノ隊で極秘裏に開発を進めて、完成して量産出来次第、何らかの形で流通させる。
となれば、ソメイヨシノ隊でニウライザ研究を行う事になるのだけれど、その監修をするのは……どうしても僕になりそうだ。
“ソメイヨシノ”に残ってニウライザの完成を急ぐ。
それがあの日の惨劇を回避する為に必要な事だ。そう自分に言い聞かせないと覚悟が鈍ってしまいそうになる。
どうやら僕はニウライザ完成までリオと離れ離れで過ごさなければならなさそうだ。
もちろん手段としては他にもたくさんある。
例えば製薬会社の副主任辺りの人物をソメイヨシノに派遣するという手もない事も無い。けどそれは前述した理由で却下だし、カレンに技術指導してから艦を離れるという事も出来なくもない。けれどその分タイムロスもあるし、いざ研究を始めた時にそれなりに知識がある人間が居ないと研究に躓いた時に身動きが取りにくくなる。
要するに、僕がアカデミーに帰る為には多くの人を動かして迷惑をかけないといけないという事。僕がここに残って一緒にニウライザを開発すれば全てが丸く収まる。つまりはそういう事だ。
そう、僕はリオのそばを離れたく無いんだ、MKの操縦技術を磨かなければいけないんだ、といったワガママが通る状況じゃなくなってしまったという事だ。
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01.05-行動開始
02.1.01-幕間
上記エピソードの改稿を行いました。
内容は宇宙にあるコロニーをコロニー群としました。
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