03-20.論文
白衣の女、カレン・ゼィアイトはウエハラが属する部隊の軍医で、MK技術開発の研究者なのだそうだ。
少し毛先が跳ねた長い黒髪、やや切れ長の紫色の瞳、見上げるほどの長身の持ち主だけど所作から察するに体力的には非力な僕の方がまだ腕力がありそうだった。
「MK開発の技術者?」
「そうだ。君と同じだな」
「……僕はパイロットですが」
僕と同じ?
確かに大きな括りで言えば整備士でもある僕は技術者と言えるだろう。けど公的にはあくまでも整備補助員でしかないし、その資格は例えばリオの様に日々、整備補助のアルバイトをしている若い学生でも対策さえすれば比較的簡単にとまでは言わずとも取得する事が出来る世間的に言っても珍しい資格ではない。
その資格だけで技術者だと言っているのなら、それは揶揄いであるし、そもそも僕の整備補助員証はE.M.Sに保管してある。学生証にもデータは入っていないはず……。
前もって調べていたのかとも思ったけど、コイツらは“ワルキューレ”のパイロットはエディだと思っていた。つまりは“ワルキューレ”を捉えてコクピットハッチを開けるまで僕のことなんて知らなかった。事前に僕について調べることまでは至っていない筈。では何故分かった。
「……タブレット」
「うむ。シートの下に入っていた端末を見させて貰った」
“ワルキューレ”の戦闘データを集計しようとして用意していたタブレット端末。それをパイロットシートの下に収納していたのに思い至って僕は頭を抱えた。迂闊だった。
「実に合理的で次世代的な設計だ。一体どこでこの技術を?」
カレンが言っているのは僕が描いたMKの図面。まさかアカギ教授に開発依頼していた試作1号機と2号機の図面を元に僕が描いたもの……?
いや、それは無い。今日持ってきた端末はアカデミーで使用しているものだし、その中にそのデータは入っていない。
多分このカレンは“ワルキューレ”に行ったエネルギーパックの改造や“ブルーガーネット・リバイヴ”の図面を見たんだな。
せっかくの新機種なのにデータが敵に渡ってしまった……もっと厳重にロックをかけておくんだった。いや、初期段階の図面だとは言え持ち出した事自体が軽率だったか、エディには申し訳ない事をしてしまった。
「僕の妄想で描いた図面を合理的だと言うんですか、やはり賊の技術者の知識はその程度なんですかね」
思い切り挑発するつもりで皮肉ってみたけれど、カレンは全く気にしていない様に、むしろ肯定してから笑った。
「ふふ、まぁそう言うな。科学は数式、計算の積み重ねだ。その中で時には素人が最適解に偶然たどり着く奇跡もあるだろうが、この図面にはその奇跡があまりにも多く起こりすぎている」
僕の皮肉をカレンはさらりと受け流した。あの暴力女とは違ってしっかり頭で考えるタイプみたいだ。
「科学においてそのような奇跡は起こらない。つまりはこの図面はただの妄想の産物では無いという事だ。いや違うな。君には妄想を実現するだけの知識がある、という事だ」
カレンは左耳に髪をかけてから僕を見据えて言った。
「それともうひとつ。これが本題なんだが」
「本題? 今の話を枕にしてなにを話すっていうんですか」
カレンは昔の話をする様に、物事を思い出す様にして話し始めた。
自分はMKの技術開発を行なっている医師だと。それと同時に仕事の一貫としてカスタマイザーに投与されている薬物【レギュレータ】の研究もしているという事。
「勘違いしないで欲しいが、レギュレータの研究と言っても製薬はしていないからね」
「……」
この頃、レギュレータの精製方法は実のところよく分かっていない。もちろん成分などの検討は大体ついているが、レギュレータはそれ事態が謎に包まれた薬。恐らくこうだろう、という仮説は立てられても、それが本当にレギュレータとされている薬なのか分かっていない。そんな状態が数年続いていた。
そう、続いていたんだ。
「君はマサムネ・アカギ博士を知っているかい」
「……それは、まぁ、有名な方ですから」
知っているもなにも、僕の恩師。世界でたった一人だけ僕がタイムリープしてきた事を知る人物だ。
カレンはそのアカギ教授が1年ほど前に発表した論文を読んだのだという。それを元に、独自の見解を交えて【中和剤】の研究を進めた。繰り返し繰り返し研究に研究を重ねる日々。しかし、肝心のレギュレータの中和剤の完成には至らなかったらしい。
そうなのだ。あのアカギ教授の論文には問題があった。それが発見されるのは今から数年後、未だ来ていない未来の話。現時点でその問題点に気づくものは誰もいない。数年後、アカギ教授の下で研究をしていた僕が問題点に気がつくまでは。
自分はその答えにどうしても行きつかないのに、
「その答えが、このタブレットの中にあるんだ。何故だ」
そう言ってカレンはタブレットの画面を僕に向けた。それは僕がアカギ教授に宛てて作った論文への意見文をまとめたもの。
つまりは、カレンが日々追い求めていたレギュレータの中和剤【ニウライザ】の概要だった。
ニウライザは既にアカギ教授の監修の下で製薬が開始されているが、製薬量はごく僅かで世の中ヘの発表は未だされていないから、まだその情報は掴んでいないみたいだね。
が、カレンはそれを言っているのでは無い。
アカギ教授の論文に僕の様な学生が意見をしているという事、それが的確でその理論を応用すればニウライザを作る事が可能になってしまうという事。
「……」
「これも偶然出来たというのか」
僕が返す言葉を選んでいるとカレンは少し表情を固くした。
「いや、すまない。何がどうであれ、中和剤を作る事が出来るのか? これでカスタマイザーを救う事が出来るのか?」
カスタマイザーを、救う……?
カレンの瞳を思わず見てしまう。が、彼女の目は真剣そのものだった。
まるで縋るような、それでいて探し求めていた何かに出会えたような瞳だった。
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