03-19.治療
尋問室から再び独房に入れられた僕はコンクリートの壁に背中を預けて、深いため息を吐いた。
ウエハラに殴られた左頬が痛む。
当たる所を少しずらしたからまだマシだけど、普通に食らってたら鼻が折れていたかも知れない。
部下を失った気持ちは計り知れないけど、ああいう場で感情的になるような人の下では働きたくないな。
まさか自分が捕虜になるなんて……いや、捕虜の方がまだマシだ。僕が捕まったのはコクピットにガスを流し込むような卑劣な手を使うテロリストだ。さっきも尋問だとか言って平気で暴力を振るわれたし。
……って、そんなこと表に出ていないだけで何処の軍でも行われている事なんだろうな。その辺の覚悟は戦場に出る事を決めた時点で出来てはいたけど、実際にこうして捕まってしまうと色々な覚悟が足りなかったんだなって実感してしまう。
それはもちろんさっきみたいに痛い目に遭わされるのが怖いとかそんな事では無くて、リオをあの日から救うためにしなければいけない事の全てが中途半端になってしまっているという事が問題だ。
パイロットになる時点でこういう事になる可能性は考えておくべきだった。そしてそれを予防するための手段や保険を用意しておかなければならなかった。
あの後の戦場はどうなった。“ハーリンゲン”はリオを乗せて戦線離脱は出来たのか。新型機とエディやメイリン准尉がいるんだ、大丈夫だと思いたいが。
あの艦にリオが乗るといった時点で僕はもっと多くの防衛手段を考えておくべきだったんだ。
この2周目の世界にタイムリープしてきた時に誓ったじゃないか、この人生では必ずリオを救うって。
今の僕の力では全然足りない。僕は、無力だ。
だからと言って、だからこそ、こんな所で朽ちるわけにはいかない。ここが何処なのか知らないが、なんとしても脱出しなければ。
奴らはまだ僕から有力な情報なりを聞き出せていないはず、という事は多分まだ僕に利用価値があると思っているから今すぐに処理する様な事は……ない、と思いたい。
それと脱出する事を第一に考えながらも、奴らがどういう組織なのか探った方がいいかも知れない。
海賊だ、テロリストだと揶揄してはいるけど、実際の彼らの武力、科学力は世界水準を軽く上回っている。
次世代MKを多数保有している。という事は、それを実行出来る資本を有しているという事。その次世代MKを運用するにあたってもそれなりの、いや、かなりのノウハウが必要になって来るはずだ。
海賊だなんて言うけど、商船や輸送船などを襲って小金を稼いでいる様な輩ではないのは明らかだ。もっと大きな組織、そう、例えば国家やそれに準ずる組織……。
……レイズの残党軍か?
ひと通り思考した僕の結論はそこに至った。
北欧諸国連合機構、通称〝レイズ〟
数年前まで僕達が所属する国際連合機構軍と10年に及ぶ戦争をしていた相手。
当時、国際連合に加盟していた北欧諸国連合機構。それに所属する多くの国民の宇宙コロニーへの移住を早い段階から行っており、国際連合は宇宙開発でかなりの遅れを取っていた。
宇宙開拓事業で潤沢な資金を持ったレイズの前身となった組織は国際連合機構からの脱退を表明。新国家〝レイズ〟の建国を宣言したんだ。
戦争の結果は国際連合が一応勝った事にはなっているけど、未だにレイズの残党軍は世界各地でテロに近い行為を行なっている。そう、敗戦の理由は物量の差。未だにレイズ国民の心の火は消えていないんだ。
いわゆる、過激派の仕業だと言ってはいるが、多くのレイズ国民は未だに独立を望む者が多い。
それもレイズを統括する王族への忠誠心が強いから敗戦した後でもまだ独立への熱が冷めないでいる。
「……レイズの、特殊部隊?」
次世代MKの量産が出来る程の資金力と技術力。物量で国際連合に対抗出来ないレイズは持ち前の資金力を駆使して高性能量産機の開発に着手したという事、なのか。
全ては僕の想像、いや、妄想でしか無いけれど……。
ともなれば、ガーランドと繋がっている可能性もあるんじゃ無いのか。
あの日、奴は言った。『新国家建国のために動く』と。
いや、都合が良い考えか。この世界の結果を先に知ってしまっているからそう思ってしまうのか。結果に思考が引っ張られているんじゃないか。
そう思うけど、そう思えてならない。
「……?」
そんな風に思いを巡らせていると廊下で誰かが会話している雰囲気があった。少しすると、鉄格子の扉の前にあの白衣の女が現れた。
少し癖のある黒髪。前髪も長く、紫の左目が僕を捉えていた。その視線に敵意は感じられない。もっとも彼女はさっきのウエハラとかいう女と違って最初からそう言った目では見ていなかった様な雰囲気はあったけど。
「……傷はどうだ」
「拘束時のものは然程でも。殴られた傷の方は早急に手当てをしてもらいたいですが」
「そう思って……ほら、この通りだ」
と、彼女は救急箱と思しき十字マークが施された木箱を掲げてみせた。
「飴と鞭ですか。考えが浅はかですね」
「言葉もない。ほら、傷を見せてみろ」
「……自分でやります」
「治療をしろと今さっき言ったじゃないか。大丈夫だ、私は医者でもある。治す事はしても壊す様な事はしない」
「……」
手荒にした後に優しくして心を掴むつもりか……?
油断なく女を観察していると、眉根を寄せて救急箱を鉄格子の隙間から室内に入れて床を滑らせて寄越した。せめて自分で手当てして欲しいという言葉を添えて。
そして白衣の女はおもむろにその場に胡座をかいた?
「何のつもりですか」
「うん、少し君と話がしてみたくてね。同じ技術者として」
「……技術者?」
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