03-16.狙撃 ※リオン・シロサキ視点
飛び降りて数秒、パラシュートで十分に減速をしてからモジュールをパージ。
重力に引っ張られた“ジェニスタ”は自由落下を始める。足元には岩肌が露出した岩山。体勢を立て直して足から着地、斜面の岩を削りながらしばらく滑走。
アラート。
自重に耐えきれなくなった関節モーターが早々と音を上げた。悪態をつきたい気持ちを抑えて頭を切り替える。整備しきれていない機体に飛び込んだのは私だ。この子は悪くない。
関節の負荷を逃すために岩石と共に斜面を転がり落ちる。十分に勢いが死んだところで受け身を取らせて立ち上がる。銃は……大丈夫、問題ない。
たどり着いた岩山の斜面からは戦場になってしまった森林地帯が一望出来た。コータの“ワルキューレ”は……さすがに肉眼では見えないか。座標とマップを照らし合わせて方向を確認する。すぐさま機体を射撃モードに切り替える。さらに特別に設けられた精密射撃モードに移行する。
より正確な精密射撃を行えるように“ジェニスタ”の頭部にあるバイザーが下りる。するとコクピット内の正面モニターに望遠された“ワルキューレ”が映し出された。
ようやくここで“ワルキューレ”を捕捉できた。確かに膝をついて活動を停止しているように見えるけど、良かった、外傷は無い……けど近くに敵がいる。頭部が無い黒いMK。アレがやったのか。
私は思わず歯噛みしてしまった。コータを追い込んだ相手が許せなかったから。純粋に暴力を以て報復したいと思ってしまった自分が恐ろしかった。こんな気持ちが自分の中から湧き出てくるなんて思わなかった。
けれど、もちろんそんな衝動を抑えるつもりはない。
精密射撃モード、照準はセミオート。小さな手振れや細やかな弾道計算は“ジェニスタ”にインストールされているソフトウェアが行う。
“ジェニスタ”を地面に腹這いにさせて、バイポッドを立てる。そして長い砲身を持つライフルを脇に抱えるように構えさせた。
コクピット上部にある射撃用スコープを引き出して覗き込む。スコープ内の中央には大きなレティクルと、様々な気象情報が表示されている。
迷わずレティクルの中心に黒いMKを入れ込んでロックオン。
「…………っ」
右操縦桿の人差し指、安全装置ボタンを引き込んでから発射ボタン、引き金に当たる親指部分のボタンをクリックした。
乾いた破裂音がするのと同時に105mmのライフル弾が銃口から吐き出された。瞬間に音速を超え、火の玉のように真っ赤に燃え上がった特殊合金製の弾丸は緩やかな弧を描いて数十キロ先の目標向かって飛翔した。
長距離射撃用に調合された火薬を用いた弾薬でも着弾まで数秒かかる。その間にボルトを引いて次弾を装填。空薬莢が吐き出されて高い金属音を伴って転がった。
ややあって初弾が見当違いの所に着弾。照準モードの精度が悪すぎる。いや、違う。最初から射程外なのか、それでもエラーが表示されないシステムはどうなんだ。
次弾はフルマニュアルに設定。機械でダメなら自力しかない。この距離、このライフルでも工夫次第で十分に弾丸を届かせることが出来るはず。全ての動作を手作業に移行する。
表示されている気象情報を頼りに弾道を計算する。風向き一つ取っても、この場所と着弾箇所の風の流れは違う。初弾の着弾地点から全てを予測、計算。レティクルは目標とはまったく見当違いの所を指し示していたが、これでいい。次こそ、
「……当たれっ!」
私は再びトリガーボタンを押し込んだ。
初弾着弾から何秒も経たない内に次弾が空気を切り裂き再び飛翔し……命中。
黒いMKの胸部、コクピットに見事命中させた。“ワルキューレ”を捕らえようとしていた目標は上半身に強烈な衝撃を受けたので、のけぞって背中から転倒した。
コクピットハッチが開いていたので、装甲に阻まれる事なく弾丸はパイロットを直撃しただろう。一瞬だけパイロットの姿が見えた気がして嫌な感覚が胸に広がっていく。
これは罪悪感。私は人を殺めてしまった。けれど同時に大切な人を守れたと思った。けどまだだ。
深度の深い川に潜んでいたのか、水陸両用MK“ザブロック”数機が上陸してきた。ユーコンの雫が機体を滴り、モノアイが鈍い光を放った。
初弾でこの機体と銃の癖は掴んだ、もう外さない。
私は迷うことなく次弾を装填してトリガーボタンを押し込んだ。乾いた、それでも重い銃声が山彦の様に戦場にこだまする。
1機目の“ザブロック”が被弾したのを見た他の機体が何処から射撃されたのか分からずに狼狽えた様子を見せた。まさかこんなに離れた山の中腹から撃たれているとは思わないんだろう、この距離は戦艦級の大砲か固定砲台、ミサイルの射程。通常機体の光学センサーでは到底見つけられないと思う。
けどいつかは見つかる。それまでに見えている敵を殲滅しなければならない。
第4射、第5射を発射した後に弾倉を交換、再び装填。それを繰り返していく。……気持ちが焦る。
よく狙え。失敗したらコータは助からないかもしれない。他の部隊は自身の戦闘で精一杯。エディータ先輩たちからもかなり距離が離れている様に見える。
そう思って放つ弾丸は“ザブロック”から遠く離れた箇所に着弾して土煙を上げるにとどまった。
狙撃されている事に気付きながらも“ザブロック”は淡々と身動きが取れない“ワルキューレ”を拘束していく。どうして動けないの、ただのチャフじゃないの?
“ワルキューレ”を、コータをどうしようとしている?
川に引き込むつもり?
現れた“ザブロック”を全て排除しなければならないのに、コータが危ないのに。
そう思えば思うほど射撃の精度は落ちていく。自分でも動揺しているのが分かる。
やめて、お願い、私からコータを奪わないで。私の大切なコータ、私がコータを守らなきゃ。
私は狙撃を繰り返す。しかしもう弾切れだった。
コータ、コータ。
私の叫びなど届くはずもなく、“ザブロック”は“ワルキューレ”を川に引きずり込んだ。コクピットのコータもろとも連れ去ってしまった。
慌てて駆け寄ろうとしたけど、警報が鳴る。膝の駆動モーターが機能していない。さっき無茶したせいだ。
それに私とコータの距離はあまりにも離れすぎている。
なんて無力なの……。
自分の力があまりにも小さすぎて、私は自分の無力さを思い知った。
大切な人を守ることさえできない、好きな人に守られるばかりで、守る事が出来なかった。
ただ一方的に守られているだけ。そんな自分が許せなかった。
声が枯れるほど泣き喚いた。“ハーリンゲン”から回収部隊が到着しても私の涙は枯れる事はなかった。
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