03-15.衝動 ※リオン・シロサキ視点
“ワルキューレ”システムダウン。そんな情報が艦内に走り抜けた。
“ハーリンゲン”の格納庫でコータがいつでもエネルギーパックの交換を行えるように準備していた私は思わず顔を上げた。同じく顔を上げたロイ軍曹と視線が合う。大きく見開らかれた瞳を見た瞬間に私の聞き間違いではないと悟った。
どうしよう……。
そんな事を思う間もなく私の身体は弾かれたように動き出していた。
整備用足場を駆け抜けて腰の高さ程の手すりを飛び越える。隣のラックに固定された別小隊所属の第2世代MK、“ジェニスタ”が目に入る。
第3世代MKが浸透した後は時代遅れとなった前世代MKだけど、遠距離射撃専用機として運用するには十分のスペックを有している。頭部に取り付けられた精密射撃用バイザー。間違いなくこの“ジェニスタ”にもその様な改造が施してあるみたい。
搭乗するはずの主人の行方が分からないのか、出撃可能状態を保ったままコクピットハッチが開放されている。そう、最初から私のために機体を空けていたかのように。
「お、おい!?」
静止する誰かの声に耳を傾けるはずもなく、私はコクピットに飛び込んだ。
全ての起動チェックを省略。各関節のロック解除。いくつか起動項目がエラーを知らせていたけど捨て置く。そんなものコータのピンチに比べたら些細な事だ。
固定ラックのロックを解除。ゆっくりと開き始めるラックの動作が遅い。
早くして、早く!
無理に引きちぎって飛び出そうとしてラックが悲鳴をあげる。そのラックの上にオレンジ色のツナギ姿の男性が走ってきて必死で何かを訴えている。ロイ軍曹だ。
『ちょ、ちょっと待てリオ! 何するつもりだ』
「コータを助けます!」
『ば、馬鹿野郎、めちゃくちゃな事言ってんじゃねえ!!』
ロイ軍曹は通信用マイクを握りしめてそう一喝した。もちろん馬鹿な事だってわかってる。軍属の機体を無許可で持ち出せばそれは犯罪。むしろ今この時点で私はそれに相当する罪を犯している。
まだ引き返せる。けど私にそんな選択肢は無い。
サンクーバの時の気持ち。コータが戦って、私達を守ってくれている時のあの気持ち。
コータを失うかもしれないという恐怖。それが今私の心をギュッと締め付けてくる。
懲罰? そんなものコータを失う事に比べたら何でもない。
コータを失う事こそが私に対する最大の懲罰だ。そんな人生、地獄と同じ。
「私は往きます。何がなんでも」
『……正気かよ』
私は返事をする代わりに“ジェニスタ”を一歩前進させた。そもそも新しい機体ではないけど、それにしても関節の駆動音が耳障りだ。コータが整備していればこんな事にはならないのに。どこの誰が整備したかわからないこの“ジェニスタ”からは機体愛のようなものは感じなかった。
『わ、わかった! でもそこの狙撃用ライフルを使え。現場に着いても“ジェニスタ”じゃ足手まといだ。ハッチを開けさせる。間違ってもぶち抜いて出て行くんじゃねぇぞ!』
「……ありがとうございます!」
そう言って駆け出すロイ軍曹を見送ってから私は兵器ラックに格納されていた105mmスナイパーライフルと予備弾倉を数個、それと簡易パラシュートモジュールを“ジェニスタ”に持たせるとMK発進用カタパルトに機体を向かわせた。
語彙は強く、でも冷静に私を抑止してくれたロイ軍曹も内心ではコータの心配をしているはず。それでも感情に任せて暴走しそうになっていた私を抑えてくれた。まだ心は焦燥感に包まれてはいるけど、丸腰で飛び出さずに済んだ。
ゆっくりと発進用ハッチが開いていき、薄暗い格納庫に日光が差し込んでくると同時に風が流れ込んでくる。現在“ハーリンゲン”は戦闘地域後方の上空で座標を固定している。前線をMK隊に委ねて守備部隊数機を艦内に残して戦況を見定めている状況。
もう少し低い高度だったらそのまま甲板から狙撃しても良かったんだけど、ここからでは遠すぎる。
せめて飛び降りて、真下にある山の斜面から“ワルキューレ”に群がっているであろう敵機を狙い撃つ。
私は“ジェニスタ”の全高ほどもある砲身を有したスナイパーライフルを携えて“ハーリンゲン”から飛び降りた。
足では間に合わない。せめてここから銃弾でコータを援護する。
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