02-23.奇襲
『――』
銃声は響かなかった。
銃口に取り付けられたサイレンサーがそれを飲み込み、小さな笛の様な音が鳴るのみ。
「っ!」
瞬間的に僕は身体を捻り射線から逃れる。それと同時に銃を持っている女の手首を両手で掴み、勢いに任せて両脚で肩まで挟み込み組み伏せる。
「うっ……!」
床に叩きつけられた女の口からそんな声が漏れるが構わず腕と肩の関節をキメる。完璧な飛びつき十字固めの完成だ。あの感覚のおかげで避けられた。
あとは腕を折るかどうするか。こうなったら主導権は僕にある。
女性の腕を折るのは忍びない。けどそんな事知った事か。銃を撃ってくる様な人間に容赦するほどお人好しではない。
決して太くない腕をぎりりと締め付けると耐えきれなくなったのか、女はくぐもった悲鳴を上げて銃を取りこぼした。
「動くな! 侵入者か、抵抗するなら――」
「っ!」
次の瞬間、破裂音が頭上で鳴ったかと思うと閃光と轟音が激烈した。
スタングレネード。
耳と目を守る為に咄嗟に手を放してしまった。その隙に女はするりと拘束を解いて逃走を図る。
銃を取りこぼしたままだったので慌てて拾い上げて発砲……しようとしたが視界が霞んで、いや、もはや開けている事も出来ない。
「くそ!」
僕が悪態をつくのとほぼ同時に基地内に警報が鳴った。それは侵入者を告げる警報であり、又は所属不明のMK隊の接近を告げるものであった。
◇
怒号が飛び交う基地の通路。その怒号の中に混ざっている情報を掻い摘んでは集めて何とか状況把握を図る。
どうやら侵入者はさっきの女だけじゃ無く複数人居るらしく、外ではMK同士の戦闘が起こっているようで、確かに外ではMK級が放つ大砲じみた銃声がこだましている。
そしてそいつらの目的。このタイミング。もしかしなくても“ワルキューレ”だろう。
宇宙から降下して来たのが一昨日。斥候が混じっているのか、いや、それは今考える事じゃない。
とにかく基地の外に脱出したい……いや、あの大尉から預かったイグニッションキーはどうしたらいい。
これをメイリン准尉に届けなきゃ。けど、道が全く分からずに迷ってしまった。この基地に入ったのだって初めてなんだから分かるわけない。いや、前にシャワー浴びたっけ。ただそれだけだ。
もともと方向音痴では無いけど、この非常事態下だ。MKが放った流れ弾が当たったりして壁が崩れていたり、基地に駐屯している兵士が侵入して来た敵部隊と銃撃戦をしたりしていて通りたい道が通れない。流れに流れてようやく格納庫にたどり着いた。
既に出撃できる機体はほぼ出払っており、残されているのはメイリン准尉専用“ティンバーウルフ”と純白の一角獣、新型MK“ワルキューレ”だった。
その固定用ハンガーの上に人影があった。メイリン准尉だ。僕はハンガーを駆け登り准尉の元へ急いだ。
「准尉!」
「コータ!? 何故ここに!?」
僕がイグニッションキーを手のひらに乗せて見せるとメイリン准尉は驚いた表情を見せてから「ヤツの無責任さには呆れるよ」と眉根を寄せた。
「メイリン准尉はどうするんです!? “ティンバーウルフ”は整備完了してるはずですよ」
「ああ、だが私はコイツをどうにかしないといけない」
そう、メイリン准尉はこの“ワルキューレ”が敵の目的だと理解してどう対応したものか決めかねているようだった。
この場において自分だけ逃げるのは最悪だ。ドゥカウスケートが外で敵MKを駆逐しても基地内部に侵入してきた者に奪われかねない。
この“ワルキューレ”はこの時代においては最強レベルの機体だと言っていい。
フォトンライフルは既存のシールドでは防げないし、ルナティック合金製の装甲は逆にフォトン兵器以外で容易には打ち破れない。
この機種に対抗できる機体が生まれるのは半年先か、はたまた一年先か。
けど破壊はいくらなんでも悪手だ。他にやりようはいくらかあるはずだ。例えば。
「わ、私がパイロット登録をか!?」
「はい。この機体にパイロット登録さえすればこの場から持ち去る事が出来ます。起動さえしてしまえば足の速い機体です。登録を済ませてこの場を離脱しましょう」
現時点での最悪な事態は敵の手に“ワルキューレ”が渡ってしまう事だ。
メイリン准尉の操縦で戦線を離脱出来ればそれを最悪回避出来る。そうでなくても屈強な装甲を誇る“ワルキューレ”にメイリン准尉が乗り込めばかなりの戦力になる。エディータ隊副隊長を張れるほどのパイロットなんだから。
「しかしパイロット登録をしてしまったらその後はどうなる? アークティックの担当者はパイロット変更は出来ないと言っていたぞ」
「大丈夫です。パイロット変更が出来ないなんてあり得ないですよ。考えてもみてください。どんな厳重なロックも所詮は人が作り出したシステム、プログラムです。後から書き換えられないなんて絶対にあり得ません」
「……ふ、ふむ。それもそうか」
メイリン准尉は少し悩みつつも納得したように自らの細い顎を摩った。
そう、いくら厳重なロックだとしても時間をかけてプログラムと向き合えば解除出来るはず。
担当者はパイロット登録は一度きりだなんて言っていたけど、まぁそれは方便で、大変面倒くさい事になるから辞めてくれ。という事だと思う。
「……よし、それで行こう。キーを……いや、待て」
僕からキーを受け取るために一度手を伸ばしたメイリン准尉だったが、何かを思いとどまったように手を引っ込めた。
「どうしました?」
そして信じられない言葉を言った。
「……“ワルキューレ”にはコータ、キミが乗るんだ」
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