02-22.戦乙女
月からの旅路を終えたドゥカウスケートの新型専用機、型式番号【ARX-00】“ワルキューレ”
名前の由来は確か大昔の神話に登場する女戦士……だったか。〝女傑〟と名高いドゥカウスケートにピッタリの機体名だ。
全身を覆う屈強な装甲、ルナティック合金は眩しい程の純白に塗装されており、頭部に突き出した特徴的なブレードアンテナと相まって伝説の一角獣ユニコーンを彷彿とさせる。
鋭いバイザー型のカメラアイ、一見細身とも思えるシルエットをしているがジェネレーター出力は格段に向上しているために軌道は寧ろ力強い。
名前からするに恐らく〝彼女〟であるこの“ワルキューレ”からは底知れぬパワーのような物を感じる。
傍らで整備されているシールドは必要に応じて伸縮可動する事が出来、対フォトンコーティングを施した強靭なものだ。
そして第4世代MKの代名詞でもあるフォトンライフル。ライフルというより、大口径ショットガンの見た目に近い。
ボルトアクション式になっており、1発発射ごとにヒューズの交換が必要となる。
最大6発のフォトンビーム弾を撃ち出す事が可能。予備のエネルギーパックは腰部ハードポイントに装着可能だ。
フォトンセイバーは前腕部に内蔵されており、装備する際は前腕部装甲が開いてグリップがパージされる。従来機は腰や背部に取り付ける事が多かったので、これは無駄なアクションが必要とされない工夫だ。
頭部バルカンは弾薬を他機種と統一する為に従来通り60mm弾を採用。
そして腰部サイドアーマーに装備された合計6基のカスタマイザー専用兵器【チェイサーミサイル】
口径はさほど大きくはないけれどパイロットの意思で飛行方向を変える事が出来るので驚異的な戦果が期待出来る。
……もっとも上手く作動すれば、の話だけど。
そもそもあったドゥカウスケート機の開発案。そこに湧いて出た新技術を後付けで組み込んだみたいだね。後付け装置だから粗悪な出来だったら外してしまえばいい、なんて開発者の考えが窺い知れた。
この機体の開発経緯は置いておいて、このビジュアルはメカマニアである僕の琴線に確実に触れた。
全高20.8m、機体重量38.6tのスタイリッシュかつ実用的なボディ。
うん、さすがアークティック社製だ。デザイナーのセンスがいい。すごく格好いい。
と、例の神出鬼没の海賊の襲来も危惧される中、何事もなく無事に納品された〝ワルキューレ〟を格納庫に残して僕たち整備班は、カスタマイザー専用機であることを知る者のみでダリル基地内にある研修室へやって来ていた。
なんでも専用パイロットスーツがあるとの事でその説明会が行われる事になっている。
「……この背中のデバイスがパイロットの意思を伝達する送信機になっています。“ワルキューレ”のシートに受信機がありますので、信号を受信して【チェイサーミサイル】へ送信します」
「そのマニュアルはこれだな。ではミサイル側の調整はどうすれば良い?」
「はい、それにつきましてはテキストのH-196をご覧ください」
「……」
機体は格好いいんだけど、今の僕はすごく格好悪い。
“ワルキューレ”専用に同時開発されたパイロットスーツをドゥカウスケートに見立てた僕が試着をしてアークティック社の開発主任が説明会を始めた。
どうして僕なんだ。そうメイリン准尉に聞いたら「キミは隊長と身長同じくらいだろ?」というなんともな答えだった。
僕のことを小僧呼ばわりしたダリル基地の整備主任の大尉の前で全身各所を指さされてクルクルと回される様子は宛ら人体模型の気分だ。そう、平たくいうと屈辱的だ。
それこそマネキンでいいじゃないかとも思わなくもないけど、パイロットスーツなんてなかなか着る機会も無いし、確かに貴重な体験なのは間違いない。
スーツを着ること自体は役得だよ、実際。
だって1周目の時から含めてもパイロットスーツなんて着たこと無いから。空間戦闘訓練があるパイロット専攻コースの生徒やアカデミーに通っていたリオは着たことがあるって言ってたっけ。
地上戦闘訓練の時は学園指定の野戦服だったから、初めての体験だ。
パイロットスーツはシリコンのような伸縮性のある素材で構成されている。頭部のない人型の風船のような見た目で着用前のサイズは子供服程度の大きさしかない。
専用のインナーを着用後、首の部分から足を入れて着用する。この時の感覚は着るというより『履く』感覚に近い。
そのまま肩まで身体を入れて腕を通す。両手部分は素肌のままで、後からグローブを着用する。グローブとスーツとの繋ぎ目は専用リストバンドで密閉する。
着用感はあるが、素肌に張り付くような不快感は一切ない。薄いようでしっかりとした質感がある。伸縮性もあるが剛性もある。
体温管理、防弾、防炎。専用のヘルメットがあれば宇宙でも使える対Gスーツ。
そんなハイテクの限りを尽くされたスーツを着れる機会なんてそうそう無いからね。
担当者の一言で説明会は終了。
「おい小僧。これ准尉に渡しとけ」
「え、わ」
と“ワルキューレ”のイグニッションキーを放って投げたのは僕たちを小僧呼ばわりした大尉だ。
マジかよコイツ。今納品したばかりの新型のキーを投げるなんて、しかも外部の人間の僕に、小僧呼ばわりすらした人間にそれを預けるか普通?
「まぁ、分かりました」
こんなやつに預けておいた方が不安だよ。所作からするに打ち上げだとばかりに酒でも飲むつもりだろうし、失くしでもされたら捜索に駆り出されるのは目に見えてる。
思い切り嫌な顔してやったからか、大尉は鼻を鳴らして踵を返して行ってしまった。
あんな責任感のない奴がこの基地の整備主任なのか? 〝女傑〟の機体をいじってるのがそんなに偉いのか知らないけど責任感の強いロイ軍曹とは大違いだよ。あんなクソ上司の下で働いてる彼も苦労してるんだろうな。
「はぁ、切り替えよ」
僕はキーを大事にスーツの中にしまってから、ため息混じりにそう言ってからふと思う。
あれ、更衣室ってどこだっけ。
着替えてからふらふらとみんなについて来ただけだから場所がイマイチ分からないぞ。
メイリン准尉は説明会の途中で出て行っちゃうし、ダリル基地の中はそんなに詳しくないんだよなぁ。説明会に参加していた人たちは散り散りになっちゃったし。
「……仕方ない、誰かに聞こう」
長い廊下をとりあえず歩いて人を探す。通路が交わる所でばったりと人と出くわした。
「……!」
僕の姿を見て驚いたように目が見開かれる。黒曜石のような黒色の瞳。口元はマスクで隠されているけど、側頭部で縛ったしなやかな黒髪が美しい女性だった。
驚かせてしまったみたいなので詫びを入れる。道を聞くのはそれから。
「すみません、驚かせてしま――」
「ごめん」
そう言って彼女は、その女は腰から引き抜いた拳銃を僕に向けて引き金を引いた。
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