02-16.痕
東から登った太陽が西に沈み、闇が無人島を包む。僕は焚き火を見つめて心にある違和感と向き合っていた。
違和感、それは言わずもがな非常用テントの中で眠るドゥカウスケートの事。
あの日、入隊式典の最中に自身に与えられた新型MKを以て新兵たちを虐殺した反逆のテロリスト。
あの時、僕はドゥカウスケートの行動を見ていたわけでは無いけどガーランドの言動から彼と結託していたのは間違いないはず。
新型MKで生身の人間を虐殺するような極悪非道のテロリスト。
そう、彼女はそんなことをする人間なのだろうか。
いや、もちろん安易に善人扱いするつもりなんてない。それに今は無害でも5年後にその虐殺テロは起こる。それまでに何らかの出来事があった可能性もある。
……それでも、僕には彼女がそんな事をする人間には思えなかった。
甘いな、自分でもそう思う。こうやって人は裏切られていくんだろうな。
人は人を信じるから裏切られる。けれど人は個では何も出来ない。信頼して助け合う事で人間は発展してきたんだ。綺麗事だけど事実だ。そしてそれを何度も覆されて来たという事も歴史が証明している。
国を、民を守るために国際連合軍士官として身を挺して戦うドゥカウスケートがその民を裏切ってまで得たかったものはなんだ。
彼女に何があった、何がきっかけなんだ。
国の何が彼女を絶望させた?
パチパチと爆ぜる焚き火を見つめながら思考を巡らせていると、ドゥカウスケートが眠っているであろうテントから苦しそうなうめき声が聞こえて来た。
何事かと思いつつも女性が寝ているテントに断も入れず入って良いのかと考えるが、苦しそうに喘ぐドゥカウスケートの声は只事では無い。
返事なんて出来なさそうな程に苦しそうではあったけど、一応断りを入れてからテントの入り口を開ける。
下着姿のドゥカウスケートは苦しそうに横たわって、シーツや自らの身体を掴み、苦しそうに悶えていた。
意識が朦朧とした様子で目を見開いき「怖い」だの、「助けて」だのと意味不明な言葉をしきりに口走っている。
僕を見るやいなや泣きつくように縋りついてくる。まるで何かに怯えるかのように。
その姿には昼間までの無口なドゥカウスケートは見る影もない。ましてや今の彼女を見て誰が〝女傑〟と称されるエースパイロットだと思うのか。
持病か。そんな考えが頭を過ぎる。今回の作戦も彼女の体調不良が原因で出発が遅れている。
精神的なものか?
考えてみれば、エースだろうが〝女傑〟だろうが少尉だろうが何だろうが、彼女はまだ18歳の少女だ。
常日頃から命を奪いに来た連中と、命のやり取りをし、命を奪っている。彼女がどれだけの撃墜数を叩き出しているのかなんて知らないけど、僕はサンクーバのあの出来事ですら未だに引きずっている。
常日頃から戦場のストレスに晒されていれば、心が悲鳴を上げたって不思議じゃない。
持病という事は常備薬の類がある筈だ。
女性のバッグの中身を見るのは気が引けたけど、仕方なく彼女の持ち物を引っ掻き回して、それらしいポーチを見つける。中を開けると何種類もの飲み薬が出てきて彼女の持病が重いものだという事が窺い知れた。
こんなに種類があったら分からない。どれを飲ませれば。全部か? いや、発作時に飲ませるべきじゃ無い薬が混ざっていたらどうする。
思考を走らせるが、答えは出ない。
するとポーチの奥底に注射器のセットが入っているのに気づく。透明の液体が入っているようで、針がついた大昔からあるオーソドックスなタイプのもの。発作時に使用する旨の記載もある。……これか?
が、そのパッケージの薬品名を見て僕はハンマーで頭を打たれたような衝撃を受けた。
そして、全てが理解できた。
彼女が苦しんでいる理由、〝女傑〟と呼ばれるほどのパイロットになれた理由、ドゥカウスケートの裏切りの理由までも。
僕は何かに怯えてしがみついてくる彼女をなだめながら注射器を用意する。
打ちたくはない。いや、打つしかないんだが、この薬品は……。
でも苦しそうな彼女をこのまま放置するわけにはいかない。こんな彼女は見ていられない。
僕は彼女の左腕をとり、注射器を構える。
「……っ」
今はまで素肌は隠していた為に気づけなかったが、彼女の左前腕部には痛々しい注射痕が多数あった。
透けるような白肌に浮かぶ赤紫色の夥しい内出血の痕。こちらまで苦しくなるほどのその痕を出来るだけ避けて注射をした。
しばらくすると発作が治ったドゥカウスケートはすうすうと安らかな寝息をたて始めた。
「……」
僕は手にした注射器を睨みつけた。あの症状にこの薬。ドゥカウスケートの腕に残る痛々しい注射痕は度重なる投薬がもたらしたものだ。
そうか、そうだったのか。
ドゥカウスケートは、投薬と特殊な訓練により戦闘能力の引き上げを施された禁忌の存在。
自身の探究心を拗らせ、良心を捨てて悪魔に心を売ったマッドサイエンティスト達が生み出した前大戦の負の遺産。
「……そういう事、だったのか」
そう、彼女は非人道的な手段で戦闘能力を無理矢理引き上げさせられた兵士。
“カスタマイザー”だったんだ。
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