02-09.鞄
ドゥカウスケート隊が所属するダリル基地に夜が訪れた。
本来なら日没にはクルスデネリに向けて出航していたはずなんだけど、ドゥカウスケート本人が体調を崩しているとかで出航時間が延期になっているそうだ。
延期になったとて待機しているのかというとそういうわけではなく、僕ら整備班は機体整備や母艦である“リトルダーナ”の各種チェック、弾薬の点検などやる事はある。
僕はロイ軍曹に言われた通り、意図的に整備不良箇所を残してあった“キュー”のスクリューモジュールを修理し終わった。
そのタイミングで基地内にあるシャワー室で入浴して来ても良いという事だったので、お言葉に甘えてシャワーを済ませて来たところだ。
テキサス州の内陸部にあるダリルの夜は冷える。
ドライヤーなどは持ってきていなかったので、僕の髪はタオルで拭いたのみなので濡れたままだ。
基地を出た僕は湯冷めしないように小走りで“リトルダーナ”へ行こうとした所で、バッタリと大きなバッグを携えたドゥカウスケートに出会ってしまった。
軍指定の士官制服に身を包んだ彼女と目が合う。
「ドゥカウスケート……隊長」
「……?」
医務室帰りなのか、外部の病院から来たのか。ものすごい大きなバッグ。キャンプ道具一式が入りそうな大きさだ。
僕を見て一瞬だけ眉がピクリと動いたような気がする。「ああ、あの時の」といった反応だろうか。
なにか言ってくれても良さそうなものだけど、彼女はそういう感じの人物じゃないみたいだし。
一応僕の顔は覚えているみたいだ。けど、表情は全く変わらない無表情。
僕はEMSから派遣されてきた旨を伝えると、ドゥカウスケートの表情が少しだけ納得したような色を見せた気がした。
「……キミが」
「はい。ご存じなかったですか?」
「……知らない」
「そ、そうですか」
会話が続かないな。単語しか喋らないし、澄んだ良い声だけど何より小さい。
バッグを携えたというのは比喩で、実際はコンクリート製の通路をずるずると引きずりながら歩いているようだ。
旅行などに用いるキャスター付きのものなら良さそうなものだけど、彼女が手にしているのは円柱形の本体に取っ手を付けたトラベリングバッグだ。
革製の非常に質の良さそうなバッグだから穴は開かないのか、いや逆に高級そうなバッグだから引きずるのは如何なものか。
「……」
その異様な光景に僕が口をつぐんでいると、ドゥカウスケートは興味を失ったのか、僕から視線を外して再びズルズルとバッグを引きずって歩き出す。
用がないなら行く。そんな感じだろうか。
「お、お持ちします」
見るからに重そうだったからか、僕の口からはそんな言葉が出た。
〝女傑〟と言われる戦士だけど、見た目は華奢な女性。手脚は細く、ガラス細工のように繊細に見える。
「……?」
するとドゥカウスケートは僕を見て不思議そうに、けれど表情は変えず首を傾げる。アメジスト色の瞳に月光が反射して儚げに光って見えた。
「……何故?」
「何故って……」
穴が開きそうだし、重そうだから……。
けどなぜそんな事が口を出たのか。それほど僕はドゥカウスケートとの接点を欲していたのか。そう思ったけど、僕も何故声をかけたのか分からなかった。
けど分からないのはドゥカウスケートも同じようで、言葉が続かない僕を置いてスタスタと、いや、ズルズルと歩き出す。というかフラフラしてないか、あれ。
そうだよ、彼女は体調が悪いとか言っていたじゃないか。薄暗くて血色までは分からないけど無理をして倒れられたらかなわない。
作戦開始時間を遅らせるような事態なんだよね? 安全な航行の為にも無理はさせられない。例え裏切り者のテロリストでも、今は14名のクルーの命を預かる国際連合の小隊長なんだ。
「体調が優れないとお聞きしたので。荷物お持ちします」
「……」
彼女に駆け寄り、断りを入れてからバッグの取っ手に手をかける。するとドゥカウスケートは素直に従うと、僕にバッグを預け、一歩下がった。
彼女は何も言わずにアメジストの瞳を僕に向けて首を傾げる。
「……重い」
「いえ、大丈夫です」
取っ手に腕を通して肩に掛ける。すると確かに重いけど、見た目以上に軽い事に気付く。
引き合いに出しては悪いけどリオやシャルなら持てると思う。少なくとも引きずるような重さじゃない。
それほど体調が良くないのか、そもそも非力なのか。
確かにドゥカウスケートの線は細い。
そんな女性が荷物を重そうに引きずっていた。少なくとも僕は彼女を無視して通り過ぎるなんて事は出来なかった。漢気とかそんなものではなく、ただ良心が痛んだだけだ。
「……そう。…………」
「……?」
それ以降ドゥカウスケートは何も言わなかった。
何か言葉を飲んだように見えたけど、お礼でも言おうとしたのかな。彼女は僕の上官だし、そんなのは不要なんだけど。
その後、僕とドゥカウスケートは会話する事なく“リトルダーナ”へ向かった。
その間、ずっと彼女は僕の数歩後を歩く。上官の前を歩くのは嫌だったので先に行くように促しても。
これが将来的に新型機を与えられる事になる軍のエースか?
思えばこうしてドゥカウスケートと話すのはほとんど初めてのような気がする。
噂に聞く〝女傑〟などという二つ名が付くような豪傑には思えない。
年相応の、いや、もっと幼く頼りなさすら感じる少女。そんな印象を得た。
そのあともドゥカウスケートは艦に着くまで僕の後ろをトコトコと付いてきていた。
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