02-05.派遣前夜
ドゥカウスケート隊に派遣される前日、僕はリオと一緒に夕食を摂っていた。
いつもなら寮生が利用できる食堂で食べる事が多いのだけれど、今日はEMSの給料が振り込みされた日だったので、少しだけ奮発して学園都市外にあるレストランに訪れていた。
奮発したとは言っても、ほんの少しだけ背伸びした、小洒落た、けれど庶民的なレストラン。
柔らかな間接照明とロウソクの灯り。心落ち着く音楽が流れる、古き良きアメリカを感じさせる店内に僕とリオは向かい合って席についていた。
「すごく美味しかったね、コータ。誕生日でも無いのにこんなご馳走食べちゃって良かったのかな」
トールグラスのノンアルコールカクテルで口を湿らせたリオが満足そうに言った。
そこまで贅沢な料理は食べていない筈なのだけれど、店の雰囲気と何よりリオと過ごしたという特別感が非日常的な時間を演出していた。
幸せそうに料理を口に運ぶリオを見ているだけで幸福感が満タンになっていくのを感じた。
おかげで僕の心はホクホク。自然と口端が上がるのが分かった。
こんな雰囲気の良い店を紹介してくれたヨナには感謝しかない。持つべき物は友人だよ、本当。
「ははっ、リオの反応が良すぎて見てて楽しかったよ」
「ふふっ、実は私もずっとコータの反応見てた」
「え、そうだったの?」
「うん。お肉を口いっぱいに入れてるコータは小動物みたいで可愛かった」
「か、かわ……マジか」
く、くそう。リオを観察していたつもりが逆に観察されていたなんて。すごく恥ずかしい。
僕の反応を見てリオは楽しそうに目を細めてるし。
仕返しとばかりにリオのほっぺたにソースが付いている事を指摘すると猛烈な勢いで赤面した。はい、可愛い頂きました。
お互い堪えきれずにくつくつと一通り笑い合った後、リオがぽつりと呟いた。
「……また来ようね」
「……もちろん」
明日、僕は大西洋を渡り、クルスデネリに行く。アフリカの西端に位置する国だ。
敗戦後もなお抵抗を続ける一部のレイズ残党軍の補給ルートがあるらしく、その周辺の調査が主な任務らしい。
〝女傑〟ドゥカウスケートが駆り出されている事から察するにそれなりに会敵する確率は高そうだ。
と、そこまで細かいところは機密情報なので例えリオにも話す事は出来ない。リオがその情報を持っていた場合、何かあったときに迷惑を被るのは彼女本人だ。
けれど僕の雰囲気を悟ってなのか、今日のリオは少しセンチメンタルになっているみたいだ。
「どうしても行かなきゃいけないの?」
「それは……」
そのセリフに僕は言葉を返す事が出来なかった。
リオは僕の真意、ドゥカウスケートの裏事情を探るという目的は知らない。アルバイトの延長としか思っていないはずだ。
任務の内容も気を利かせて敢えて問わなかったリオだったけど、それだけは言わずにはいられなかったのだろう。リオは僕を引き止める様にそう言った。
どうしても……行かなきゃいけないんだろうか。
あの日の反乱を回避するため、阻止する為のきっかけがあればと思ってはいるけれど、そもそも裏切る原因が金などの思想等に関係のない理由だったら。
そもそも国際連合になんの愛着もなく、裏切る事自体なんとも思っていなかったら。僕が明日出発する理由はあるのだろうか。
そして1週目では気づかなかった事。
それは戦争の残り火があまりにも身近にある、という事だ。
前大戦から続く小競り合いのせいで終戦したというのにも関わらず、人手不足は深刻で、僕の様な資格を持たない整備士もどきのような人材が平気で戦場に派遣されている。
これは何も僕が特別扱いされている訳ではなく、国際連合軍内では珍しい事ではないみたいだ。
それを現場の士官はもちろん、さらに上の上層部も知らないはずがなく、黙認しているような状況だ。
世間的には終戦しました、平和が訪れましたということになっているが、現状は全くそんな事はない。
確かにレイズとの間で和平交渉などを、行ってはいるみたいだが、レイズも一枚岩ではないらしく、未だ徹底抗戦の姿勢を見せる派閥も存在する。
そんな状況で、僕は自ら戦地に赴こうとしている。僕は戦闘員ではなく、後方にいるとしてもだ。
タイムリープまでして。あの日の惨劇を回避する為とはいえ、リオにこんな心配までさせて。
心から守りたいと思っている女性にこんな表情までさせて。
もっとそばにいてあげた方がリオは喜ぶんじゃないのか。
ついさっきまで幸せそうに笑っていたリオの笑顔はどこかへ行ってしまった。
僕が奪ってしまったんじゃないのか?
僕の選択は間違っていないのか?
リオに全て話してしまおうか?
そんな事が過ぎる。
でもダメだ。決めたじゃないか。
リオと亡き両親を繋ぐたった一つの夢。パイロットになるというたった一つの絆。
それをあの理不尽な暴力のせいで諦めさせたくない。
僕はリオを守る。それはリオの命でもあり笑顔でもあり、夢、でもある。
彼女の全てを僕は守ってみせる。絶対に。
「行かなきゃいけないんだ」
「……」
僕はリオの手を取る。
すべすべで柔らかくて、少しだけ冷たいその手を。
僕は翡翠色の美しい瞳を見つめた。燭台に立つロウソクの灯りが映り込み、キラキラと美しく輝いている。
「大事な事、なの?」
「うん。すごく」
「……」
少しあって、リオが諦めた様にふっと笑った。
「分かったよ。……じゃあ待ってる」
「うん。そしたらまたこのお店に来よう」
「絶対、ぜえっったい約束! だよ?」
リオは自らの小指に僕の小指を絡ませ、お店の人の様子を伺ってから顔を寄せて内緒話をする時みたいに声を低くする。
「ここもステキだけど、他にもいっぱい、いっぱい色んなところへ行こう」
努めて明るく振る舞ってくれたのか、それとも素なのか分からないけれど、その明るさに僕は心底救われた。
我慢ばかりさせたらダメだ。心配ばかりさせたらダメだ。
暗い顔なんかしてたらダメだよね。
リオの笑顔に引っ張られて僕も笑顔になる。
「うん。約束だ」
僕のその言葉を聞いてリオはさらに笑顔の花を咲かせた。
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