01-24.起動
滑走路を全力疾走で横切り、格納庫に飛び込んだ。幸い火の手はまだMKの所には及んでおらず、煙も屋外に逃げている。
地面と平行のうつ伏せ状態でラックに固定された“ティンバーウルフ”のコクピットは操縦者を迎え入れるかのようにハッチが開いている。
ラックの足場を駆け登り、コクピットを覗く。見慣れた、整備し慣れたそのコクピットに辿り着けた事にとりあえずは安堵する。
ここまで全て全力疾走だったけど、少し息が上がっている程度だ。日々のトレーニングが活きているんだな。
僕は身体を機内に滑り込ませ、少々硬めのシートに腰掛ける。すると自動でシートベルトが装着され、両脚で挟める位置にあるセンターコンソールパネルを操作して発進準備に入る。
デュアルサイドスティック方式を採用したこのパイロットシートには、アームレストに位置する場所にTの字型の操縦桿が左右にそれぞれ備わっている。
その操縦桿には幾つものスイッチが設けられており、人間の身体を模したMKの多彩な動きの多くを指先で操作する事が出来る。
機体はいつでも起動できるように待機状態を維持しており、コクピット内部はモニターが起動した状態だった。
この“ティンバーウルフ”は第3世代MKと言われており、その大きな特徴の一つとして360°モニターが挙げられる。
コクピットは球体の内側のような空間になっており、上下左右四方八方がモニターで外の景色を映し出している。
それはまるでシートだけが宙に浮いているような錯覚を覚える作りになっている。
コンソールパネルを叩いてハッチを閉鎖させると排気音を伴って二重構造のハッチが閉まった。
メインコンソールパネルに『Hello Pilot』の文字が表示され、すぐ『Timber・Wolf get ready...』と表示が切り替わる。
昨日から何度も何度も項目のチェックはした。何の問題もない。今すぐにでも飛び出していける最良の状態だ。
外部電源からの給電をカット。内部電源に切り替える。メインエンジン始動。各センサーアクティブ。各関節のロック解除、リフトオフ。
固定用ラックから解き放たれた機体はズシンと足音を立ててコンクリートの地面に降り立った。
機体の姿勢を維持するための装置、自動姿勢制御装置も問題無い。
「……」
“ティンバーウルフ”は大地に立ち、いつでも戦闘を開始できる状態になった。
全ての箇所が正常に作動しており、ソフトウェアにもエラーは無い。OSも良好。再びメインコンソールに表示が出る。
『Ready.』
全ての準備が整った。いつでも戦える状態だ。
MKの操縦は1周目の人生の中でシミュレータ訓練も含めれば何十時間も行った事がある。
もちろん実際の機体に搭乗した事もある。何ならその多くはこの“ティンバーウルフ”に乗った。
格闘訓練もやったし、射撃訓練では実弾も発射した事がある。でも実際の戦闘は初めてだ。
しかし怖さは一切無い。
一度誰かに殺されたという経験のせいなのか。いや、それもあるかも知れないけれど。
僕は自分が死ぬよりも怖い事があるという事を知っている、知ってしまった。
『コータ……愛してる』
貫かれた〝ライラック〟のコクピット。
あれから何度もフラッシュバックするあの地獄の様な光景。
あの時味わった虚無感、絶望感が今の僕の原動力になっている。
側に用意してあった縦長で湾曲したシールドと90mmマシンガンを手に取らせる。全ての動作がスムーズで調子の良さを実感した。
それから機体を歩ませ格納庫から外に出て、青空を見上げる。
相手は2機。ライドブースターに乗り、空中を滑るように移動する様はさながら波に乗るサーファーのようだ。
僕の姿を、屋内に隠されていた“ティンバーウルフ”を補足したのか、蛇行しながら一気に高度を落として来ている。
僕を標的にしたか。それでいい。
緊張はしていない。驚くほどに頭はクリアだ。
向かってくる〝敵機〟に僕は機体を低く構えさせ、戦闘態勢をとった。
後ろにはサンクーバの街。僕の大切な人が居る街。
絶対にここは通さない。僕の命に変えても。
こうして僕の生まれて初めての実戦が始まった。