01-22.依頼当日
リオとのデート後、ヨナとホテルのロビーで再合流した僕は搭乗予定のパイロットによる稼働テストと細かな調整を行う為、郊外にある小さな飛行場を訪れた。
予めテキサスにてEMS社長のアルフレッド・イージス氏の操縦でテストは行っていた為、大きな問題は発見されず、当日搭乗予定のパイロットであるフレミング氏の注文を聞いて解散となった。
まだ日は高いが、僕たちの作業はこれから始まる。何しろ明日の朝からこの“ティンバーウルフ”は祭りの護衛、用心棒として働かなければならないから。
とはいえ、取引先のパイロットであるフレミング氏からの要望は非常に軽微なものが多く、多少のプログラムの書き換え程度で済ませる事が出来た。
彼自身がスタンダードな調整を好むパイロットで良かったと思う。
簡単なプログラミングと各所の点検をして、貸し出し前日の作業は全て終了となった。
思ったより早く作業が終了したため、まだ日は高い。
余った時間でリオと海に沈む夕日を眺めるのもいいかな、なんて考えながらホテルへの帰路についた。
次の日、あんな事が起こるだなんてこの時の僕は知る由もない。
一見、平和な日々が続いているように見えていても、時は確実に流れ、あの日に繋がっているんだという事を思い出させるような事件が僕を待っていた。
◇
次の日、サンクーバ祭りの当日。
当初の予定通り“ティンバーウルフ”を地元自警団に所属するフレミング氏に貸し出した正午過ぎ。
祭りの出店目当てに街へ繰り出したリオとシャルを送り出した僕とヨナは、機体に不具合が起きた時に対応出来るように“ティンバーウルフ”の待機場所であるサンクーバ空港のロビーに待機していた。
今日は地元の人たちが待ちに待ったお祭りだ。当然お酒も出回るだろう。
そんな中、飲酒してテンションの上がった地元の男の人にリオが声をかけられたら、と思うと少し不安だけど、シャルが居るから大丈夫だと思う。
シャルは一見華奢だけど、総合格闘技で鍛えた技は一年生の現段階で既に頭角を表している。
……それに念のためシャルは護身用の携帯武器も持ってるみたいだし。観光するくらい、彼女と一緒なら大丈夫だろう。
僕たちも一緒に行きたかったんだけど、そもそも僕とヨナは遊びに来ているわけじゃない。
何よりヨナの初仕事でもある。万一の事が起きてしまった時に整備不良があってはEMSの信用に関わる。
まぁ必要な時に動くように事前に最善を尽くすのが整備士というものなのだけれど、それでも納品して後は知らない。なんて無責任な事はしたく無かった。
って、今思えば僕にとっても初仕事なんだよね。
1周目の時に実習として散々MKの整備をして来たから忘れていたけど、こうして仕事として機体を整備するのは始めてだった。
あの頃はリオと月の基地へ配属が決まっていたんだけどな。
そう思うと2周目にしてようやく僕の夢の一つが叶ったと言っても良いかもしれない。
「よう、お二人さん。こんな律儀に付いていなくても大丈夫だと思うぜ? 機体のチェックも十分すぎるほどしてくれたんだ。問題無いさ」
ロビーのベンチに腰掛けていると自警団のユニフォームなのだろうか、カーキ色の野戦服姿のフレミング氏がやってきた。
ヘッドセットにインカム。どうやら操縦の準備は万全のようだ。
「今からでも彼女達と祭りを楽しんで来いよ」
「いえ、商品に何かあってはいけませんから。それに実弾での射撃テストは出来ませんでしたし。私たち整備士が居ないと事態が起きた際に早急に対応出来ませんから」
そう言うヨナからは若者特有の頼りなさのような物は一切感じられず、とてもこれが初仕事とは思えない態度だった。
まぁでもこれが初仕事なのは変わらないのであるから、内心はもしかしたら不安もあるのかも知れない。
しかしそれをクライアントに感じさせない態度はさすが民間軍事会社の次期社長というべきか。
そんなヨナの態度に感心したようにフレミング氏は破顔し、ヨナの肩を叩いた。
「若いのに大したプロ意識だ。客としてはありがたいがね」
「いえ、まだまだです。ですので私たちはここに待機していますので、機体の事なら何でも言って下さい」
ヨナの言葉を聞いたフレミング氏は屈託無く笑うとロビーを後にした。
「ヨナはいつから整備士になったんだ?」
僕がそういうとヨナは「方便だよ、ビジネストークさ」 と15歳相応の笑顔でそう言った。
◇
『ーー』
「……え、なんだ、今の……」
それからしばらくした後、ロビーで待機していた僕の脳裏に『何か』が過ぎった。
そのあとすぐに空港のロビーや敷地内にあった防災用のスピーカーがけたたましく唸った。
スピーカーから聞こえて来たのはよく通る女性の声。よく訓練されているのか非常に冷静で聞き取りやすい。
指示はこの街に迫る異常を告げるものであり、住民及び観光客は係員の誘導に従い、速やかに地下シェルターに避難せよという内容だった。
頭をよぎるのはあの日の出来事。平穏な日常を一気に奪い去ったあの最低最悪の出来事だ。
少し平和ボケしていた自分に悪態をつきながら僕はすぐさまリオに連絡を取るべく通信端末を取り出す。
それとほぼ同時に着信音が鳴った。
「……! リオ、大丈夫!?」
『コータ! 無事!?』
リオもすぐさま僕に連絡を取ろうとしてくれたみたいだった。良かった。非常時はこういった一般キャリアの通信はすぐにパンクしてしまうけれど、行動が早かった事が功を奏したようで連絡が取れた。
聞けばリオとシャルは無事に地下シェルターに避難できたみたいだ。
このサンクーバは国際連合機構には参加していないが、それゆえに自国の防災に力を入れているらしく、津波対策用に作られたシェルターは核攻撃にも耐えられる仕様らしい。
まぁ本当に核に耐えられるかは置いておいて、屈強なシェルターの中にいればひとまずは安心だ。
リオが避難したシェルターの番号を確認し、必ず合流しようと約束して一旦電話を切った。
すると何処かと連絡を取っていたヨナも同じく通話が終わったらしく、通信端末を耳から離した。
「まずい事になった」
深刻な表情をしたヨナが重い声でそう呟いた。
どうやら通話していた相手は父親のアルフレッド氏だったらしく、国際連合よりこの島周辺の民間軍事会社にMK出撃要請が出たらしい。
それはつまり敵対する部隊がこの周辺の島に出現したという事を示唆していた。
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