01-21.散策
今回のこの遠征にはリオとシャルも同行していた。EMSからのMK運搬には輸送機をチャーターしてある。
その乗員が2人ほど増えたとしても何の問題もないだろうと言うのは社長令息のヨナだった。
有名リゾート地ではないにしろ、このサンクーバはそれに勝らずとも劣らないロケーションを有する自然豊かな街だ。
機体の貸し出しという危険性の低い仕事内容であった為、息抜きも兼ねて誘ってみたらいい。そう気を利かせてくれたのだ。
慣れない国での生活でストレスが溜まっていないかと気を遣ってくれたのかもしれない。さりげない気遣いがありがたかった。
リオ、シャル、2人にとってはアカデミーに入る為の受験勉強も相当に神経をすり減らしていたとは思うし、合格通知からの引っ越しでバタバタしていたので羽も伸ばす暇も無かったし。
まぁもっともリオもシャルも忙しい日々を送っているとは言え、ストレスなど抱えるタイプでは無いと思うけどね。
……もしやヨナのやつ、海も近い事もあって、あわよくばリオやシャルの水着姿を期待してたりしたんだろうか。
……いや、ヨナに限ってそんな事は。
「……ないよね?」
「ん? なんだよコータ?」
一泊したホテルのロビーで僕とヨナは向かい合ってソファーに腰掛けていた。
朝食を摂った後、僕らは今日の仕事の段取りをしなければならず、リオとシャルとは別れている。
僕の主語のない疑問を受けたヨナが首を傾げている所だ。
「あ、いやなんでもない」
「……? まぁいいけど。それよりこれからの予定は午後から先方のパイロットと待ち合わせして稼働テスト。再調整をして明日の朝から本稼働だからな」
「了解。あれ、て事は」
「ああ、午後までは自由時間だ。リオを誘って海にでも行って来たらどうだ?」
「いいの? 僕としてはすごく助かるけど」
そういうヨナは役所になにやら書類を提出しなければならないらしく、それほど時間がある様には思えなかった。
手続きをしている間に何か雑用でもしておこうと思っていたんだけど、どうやらヨナは気を利かせてくれたみたいだな。
シャルは意気揚々とカジノに出かけて行ったのも分かった上で言ってくれているんだろう。
僕としてはすごくありがたい。けれど、一応このサンクーバに遊びに来ているわけじゃないから、多少の申し訳なさはある。多少の、ね。
本当にいいのかと念を押すと気持ちよく頷いてくれた。彼の気遣いを無下にするのも悪いので、ここはヨナに甘える事にしよう。
「ありがとう、何かあったら気にせず呼んでよ」
と言う僕をヨナは笑顔で送り出してくれた。
◇
ヨナの気遣いのおかげで、僕はリオとサンクーバの街を散策出来た。
まだ2月で日本では雪も降る真冬だと言うのに、このサンクーバの街は赤道に程近い場所ということもあり非常に暖く、汗ばむほどの陽気で、海に入っている人もちらほら居る。
僕たちもそうかと言えばそうではなく、一応浜辺には行ったものの、海には入らなかった。いざ入るとなるとそれなりに準備がいるしね。
露店で購入したドリンクを片手に散策をするにとどまった。
先方との打ち合わせがある正午までという約束でリオとの時間をこうして過ごせるのは本当にありがたい事だった。
タイムリープしてからこの方、リオとの時間はすごく多かったとは思う。だけどこうしてのんびりと2人の時間を過ごす事は出来なかった。
僕としては出来れば卒業旅行みたいな事はしたかったから、今日は絶好の機会だ。
「ねぇコータ。オキナワの海とか、この海もそうだけど、どうしてこんなに緑色なのかな? 同じ海なのに不思議だね」
交わす会話もこんなにも他愛もない会話だ。
椰子の木の木陰を2人並んで歩く。他愛もない会話も繋いだ手の温もりを感じながらだととても楽しいものに感じられる。
長い黒髪を後頭部の高い位置で結い、淡い青色のノースリーブワンピースを纏ったリオからはいつもとは少し違う香りが漂ってきて、少し胸が高鳴ってしまった。
シャンプーが違うのかな?
いや、でも考えてみれば僕たちは同じホテルに泊まっているのだから、備え付けてあるシャンプーも同じじゃないのか。
その旨をリオに伝えると、彼女は顔を耳まで赤くして、しかし嬉しそうに微笑んだ。
いつもとの違いに僕が気づいたのが嬉しかったらしい。ほんとに可愛いかよ。
「あのね、昨日ヘッドスパをしてもらった時にトリートメントのサンプルを貰ったの。それをさっき使ってみたんだけど……どうかな、いい匂い?」
そう聞いたリオは、僕の返答が少し不安なのか握っていた手を少しだけキュっと握る力を強めた。
僕が「好きな匂いだよ」と答えると、嬉しそうに「じゃあ買って帰らなきゃ」と笑顔を咲かせるリオを見ていれば僕も自然に眉根が下がる。
きっと今の僕の表情はとろとろに蕩けているに違いない。そう、きっと目の前のリオの表情みたいに。
ほんの数時間だったけれどリオとこうしてゆっくりと2人きりの時間を過ごす事が出来た。
1周目では体験できなかったこのデート。
僕はこの日の出来事を、リオのひとつひとつの仕草や言葉を絶対に忘れるもんかと、心に刻み込んだ。
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