05-23.女傑との約束
ガーランドが意図的にとも思える形で作戦の情報を流したのは、2機の試作MKを奪還する為だと僕は思っている。
特派という部署ごと飲み込んで手に入れたMKを奪われたのはかのガーランドであっても予想外で、更に言えば相当の痛手だったはずだ。本来ならあの2機があれば更に大胆な強行作戦も可能だったと思うし。
そして奴なりにどんな組織の者が奪っていったか推測したんだろう。情報を敢えて流して自分に敵対するであろう組織を誘き出して奪還をしようと考えているに違いない。
更に言えば、恐らくその敵対する組織にアカギ教授が深く関わっているであろうということも掴んでいるかもしれない。更に言えば、アカギ教授周辺の人間関係を操作していくうちにもしかしたら僕にすら辿り着いているかも知れない。
まぁもう僕の正体がバレるのは仕方ない。この作戦には愛機の“ワルキューレ・ブレイズ”で出るつもりだし、この相棒も今まで行ったE.M.Sでの作戦の中でかなり有名になってしまった。
〝蒼星〟だなんて大袈裟な二つ名で呼ばれる事も多くなった。だから多分この作戦以降は表社会では生きていけなくなってしまうかも知れない。
けど、それを代償に恋人と平和に暮らせる世界が手に入るのであれば安いものだ。
平和な暮らし、か。
平和とは一体何なんだろうと思う。
恐らく僕が言う平和に暮らせる〝世界〟とは非常に狭い範囲を指す。
リオや僕が幸せに暮らす事が出来る世界。僕の友人が安全に暮らせる世界のことを指す言葉。
僕が生まれてこの方、この世から戦争が消えた事は一切ない。太陽系の何処かでは必ず戦争は起きているし、それが例え終わったとしてもそれは次の戦争への準備期間でしかない。何よりそんな時でも必ず小競り合いは世界各所で起こっている。
その全てを止めて、本当に戦争のない平和な世の中に。と、僕はそんな理想を掲げる人間ではない。
もちろんそうなる事に越した事は無いけれど、そうはならない事を僕は知ってしまっているし、何より人類の歴史そのものが争いの上に成り立っているのは明らかだ。
それら全てを排除するのは不可能だろう。でも、それでも大切な人、大好きな人が安全に平和に暮らせるだけのスペースを確保するくらいの力はきっと今の僕にもあるはずだ。いや、これは願望だ。そうであってほしいという願望。
『コータ……?』
ワイプモニターに少し心配そうな表情を浮かべたリオが表示された。僕と同様にフルフェイスタイプのパイロットヘルメットを被り、綺麗な瞳で僕を見据えている。
「リオ。うん、大丈夫だよ」
僕のその言葉を聞いたリオは目を細めて優しく微笑んでからワイプを切った。
口では大丈夫とは言ったけど、確かに今までとは違う緊張感がある。今まで通りに身体が動いてくれるか一抹の不安は確かにある。
でもそんな僕の小さな不安さえ理解して、ただ優しく微笑んでくれたリオはやっぱり長年の付き合いがある幼馴染だなと思うし、僕の全てを捧げるに相応しい女性だなと思う。
『……コータ』
「ん、エディ。どうしたの?」
『……』
再度ワイプディスプレイが現れて今度はエディのバストアップが表示された。珍しくプライベート回線、マンツーマン専用の回線を利用してきていた。
バイザーシールドの向こうの表情はいつもの無表情……に見えるだろう、普通の人なら。
でも僕には彼女から不思議と何か決意めいた意思が感じ取れた、気がした。
『……』
「……」
エディは何も話さず、僕から目を逸らして視線を漂わせる。
言葉を紡ぐのが苦手な彼女の事だ。自分が言いたい言葉を一生懸命、言葉にしようとしているんだろう。弾道ロケット発射までしばらくはある。僕は手を止めて彼女の言葉を待った。
時折、言葉がまとまったかのように口を開くが、自分で納得出来ないのか何も言わずに口を閉じてしまう。その一生懸命な様が、なんというのか、エディには失礼かも知れないけど可愛らしく思えた。
『……帰ったら、話したい事、ある』
「話したい事……? 今じゃダメなの?」
『……ダメ。今言ってしまったら、安心』
「安心……ああ、そういう事か」
エディの表情はいつもと変わらず無表情ではあるけど、言葉の雰囲気から察するに、その話したい事を今話してしまうと緊張が解けてしまって任務に集中出来ないって事なんだと思う。
我ながら彼女の表情からそれだけ読み取れるものだなと感心してしまうな。
でも、今から僕たちは決死の覚悟で出撃する。もちろんそんなつもりはないし、そんな状況になったら全力で生き残る努力をしてとはみんなに言ってあるけど。それでもやっぱりあのガーランドに立ち向かうにあたっては、それなりの覚悟は必要だと思うから。
もしかしたらエディの言いたかった言葉は僕はもう聞けないかも知れない。そんな考えに至った僕はそう提案したんだけど、エディはあっさりと首を横に振る。
『……帰ってきたい。だから、言わない』
「約束、って事かな」
『……コータと、私の約束』
そう言ってからエディは自身の小指を立てて、少し、ほんの少しだけ微笑んだ。
「うん、約束だ」
『……』
僕もエディに習って小指をワイプ画面に向けて掲げる。それからエディは掲げた小指を自身の胸に押し当てて抱きしめた。そう、まるで大切な何かを胸に、心に押し入れるかのように。
これは生きるための約束。約束は守るためのものだと信じているし、実際にそうだと思ってる。
『……コータは死なせない。私が守り抜く』
そう言って通信を切った彼女の瞳には未だ感じた事のない強い意志を確実に湛えていた。
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