05-09.一人じゃない
アカギ教授と別れてホテルに戻っても、ガーランドから試作機を取り戻す方法は思い浮かばなかった。
こうなる可能性ももちろん考えた。考えた結果、ヤツの手が及びにくい特派という特殊な部署に着眼したんだから。
でも僕の知恵もその程度だったということだ。現にこうして情けなくもヤツに全てを奪われてしまったんだから。
試作機2機を手に入れたガーランドは近々、必ず大規模は反乱を起こすだろう。それは“ソメイヨシノ”の諜報員から仕入れている情報をまとめて至った結論だ。
軍が開発した新型機、“ダリア”や“ライラック”などのシリーズだけでも厄介なのに、試作1号機と2号機まで敵に回ってしまったら。
……くそ、どうしたら。
あの日の運命からリオを守るためだけにこの1年間は駆け抜けてきた。それなのに、その全てを奪っていったヤツがどうしても許せない。
いや、違うな。
僕は僕に腹を立てているんだ。
あちこちに働きかけてきたけど、肝心なところの予防線をあやふやにしてしまっていた僕自身に。
「コータ……?」
「あ、ああ、リオ……」
ツインルームのベッドに腰掛けて考え事に耽っていると、ホテルの大浴場で入浴を済ませたリオが部屋に戻って来た。
頬はほんのり赤らんでおり、化粧を落としているはずなのにその素肌にはひとつの曇りもない。元々薄化粧だけど、やっぱりリオの美貌は天然物だ。
ほんのりと濡れた黒髪からはいつもとは少し違うシャンプーの香りが漂ってくる。いつもの香りも好きだけど、この香りもまたリオの魅力を引き立てるスパイスになり得た。
「大丈夫? さっきからずっと元気無いよ」
「ああ……そう、かも知れない。ごめん」
ホテルが用意してくれた浴衣姿のリオが僕の隣にそっと腰掛け、その柔らかく滑らかな手で僕の手を包んでくれた。
手から伝わるリオの心の温かさで自分の心が軽くなるのを感じた。
「……何があったの。話せる範囲で大丈夫だから。少し話せば楽になるよ、きっと」
リオは察しの良い女性だ。多分、僕が抱えている事が他言出来ないものだと理解し、それでも僕を気遣ってくれる。
僕はリオに甘えてばかりだ。そして今もリオの優しさに甘えようとしている。リオもそれを望んでる。だから僕はリオに甘える事にした。
「ずっと頑張ってきた目標がもう少しで達成出来そうだったんだ。でも、それが目の前で消えてしまったんだ。頑張って、頑張って……人も巻き込んで、たくさん時間を使わせて……でも、僕が至らなかったせいで」
「そんな事ない。コータは頑張った。だからもう一度――「もうあんな思いをするのは嫌なんだ!」
リオの慰めの言葉を遮る様に僕の口から、信じられない事に大きな声が出て思わず口を押さえる。
僕を思って優しい言葉をかけてくれていたリオに、僕は怒鳴ってしまっていた。
どんな目的や目標があったとて、僕の大切なリオに僕自身がしてしまった事が信じられなくて。
傷付けてしまっただろうか……。
傷ついたリオの顔は見たくない。見たくないけど、自分がしてしまった過ちを謝罪したくて僕はリオの顔を見た。
「ご、ごめ――」
けど、相当に慌てた顔をしていたんだろう、僕の顔を見たリオは柔らかい、本当に柔らかい微笑みを浮かべていた。僕の全てを、そう、全てを包み込むかの様な笑顔でもう一度、僕の手を握ってくれた。
「……辛かったね、悲しかったね。コータに何があったのか分からないけど。私はコータがずっと頑張って来たのは知ってる」
翡翠色の瞳が僕を見つめる。視界が、何故かじんわりと霞んでいく。……自分の目に涙が浮かんできていた。
「きっとコータは誰かのために頑張ってくれていたんだよね。ひとりで辛かったね。……でも、コータはもうひとりじゃないよ」
「……リオ」
「何があったのか、私は知らなくていい。話せなくていい。でも、せめてコータのその想いの半分だけでも私に背負わせて欲しい。私の大切なコータが辛そうにしている姿はもう見てられないから」
リオの細くて柔らかい手。リオの翡翠色の瞳。それらから伝わるリオの気持ち。優しくて、力強くて、僕の全てを受け入れてくれていて、理解してくれていて、
「アナタはもう一人じゃない。私のコータなんだよ」
だから、
「ひとりで悩まないで。私も貴方と一緒に悩みたい」
僕はリオに、大好きで大切なリオに、全てを話そうと思った。
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