05-06.岐路
僕にはその手の目は効かないから分からないけれど、上等そうなアンティーク調のティーセットをワゴンに乗せたエドワーズ大尉が部屋に戻ってきてお茶の用意をしてくれている。
振り子式の時計の音と陶器同士が優しく触れあう音だけが室内に広がる。
そんな中、ガーランドは僕の答えを待っていた。
答えとは軍が製造を続ける新型機のパイロットとして搭乗するか否かだ。
通常であれば軍からの命令書なりを提示されてそれに従う、というのが普通だとは思うけど、僕は軍への入隊を目指す立場である学生だ。
今の僕は軍への入隊を目指しているわけではないにしろ、表向きはいわば予備軍だ。
そうじゃなくても、最新鋭機への搭乗依頼ともなればそれは大変栄誉な事であるので二つ返事で承諾するだろう。実際、1周目の人生ではリオが“ライラック”のパイロットに着任。その際には彼女は涙を流して喜んでいたんだし。
それに僕もタイムリープしてきた直後にすぐに新型機のパイロットに選出されないかと考えた。僕の操縦技術では夢のまた夢だと言って即却下したけど。
でも現にこうして指名されるところまでこじつけた。これは根拠のない憶測だけど多分、僕の選出には軍を退いたエディの存在も大きいと思う。
本来なら彼女もこうして新型機のパイロットとして指名されているはずなんだが、彼女は既に軍を辞めている。アカデミーには相変わらず通っているので卒業後にもう一度入隊、という可能性もない事もないが、現時点では僕と同じ立場だ。
そう、同じ立場だと言っても、軍を辞めたエディを指名するわけにも行かない、と言ったところだろうか。
何機かある新型機の中で僕に当てがわれる機体はどれだろうか。順当にいけばエディが抜けた穴を埋める意味で、近接戦を得意とするエディが乗るはずだった、あの日に乗っていた機体“クレピス”だろうか。
機体はほぼ完成しているそうだから機体の名前くらいは決まっていそうなものだけど、それを僕に提示するつもりは今のところないみたいだ。
要は、受けるか受けないか。それだけだ。
そして選択は決してふたつではない。この場合の選択肢はある様でない。
全てのパイロットの頂点であり、全ての兵の模範。国際連合の剣であるガーランド中将から直々に打診している。
それを抜きにしても軍が管理する最新鋭機専属パイロットとして選抜されるという栄誉を受けない理由など、ない。
時間にして1分ほどだろうか。エドワーズ大尉が淹れてくれた紅茶を飲んで、ソーサーに戻す。上質なファーストフラッシュの香りが鼻を抜けた頃、同じく紅茶で唇を湿らせたガーランドがカップ片手に僕に問う。
「受けてくれるか」
と、そんな風に。その鋭い目で僕を見つめて。
多分、僕とこうして会ったその時からコイツは僕の答えは予想できていただろう。そう、僕がガーランドの元に呼ばれた理由も分からなかったその時、その瞬間から。
僕の答えは決まっている。
「今の自分にはまだその実力はありません。大変恐縮ですが、自分にはその資格が無いと思います」
「ふむ……では」
「はい、このお話は無かった事にしていただきたいと思います」
「っ!? な、き、貴様、本気か!?」
ガーランドの左後ろに控えていたエドワーズ大尉が血相を変えて僕に詰め寄りそうになるが、思い止まる。
「理由を聞いても」
「はい」
僕は当たり障りのない理由を並べてガーランドに差し出す。奴は僕の話を黙って聞いていたが、後ろに控えているエドワーズ大尉は理由を語る僕をずっと睨みつけていた。
彼の気持ちもわかる。何度も述べた通りに、この選抜はパイロットにとって大変な栄誉だ。それに選ばれたという事は小隊、ゆくゆくは中隊を指揮する立場になる事も約束される事になる。その全てを僕が蹴った。それは面白いはずがない。
彼がどんな信念を抱いているのかは知らないが、彼にとってももしかしたら目標の一つだったかも知れない。
建前はともかく、僕が断った理由はいくつかあるが、大きな要因は、ヤツ、ガーランドとの距離が近くなりすぎると何らかの形、具体的にはレギュレータを用いて感情のコントロールを受ける可能性があるから。
何より、こんな奴の手下になるなんてまっぴらごめんだ、などという幼稚な理由もある。
本当はこうして顔を合わせているだけで我慢なんだ。これが日常にでもなってしまったらたまらない。
結局、言葉巧みに正義がどうこうとか平和がどうのだとか耳触りの良い言葉を並べて僕を懐柔しようとしたけど、ヤツとしては、E.M.Sで多くの任務を遂行する僕というパイロットを自分の手の届く所に置きたかったんだと思う。
平和だと、ふざけるな。ヤツこそがその平和を乱す根源。平和は抑止により生まれる。行使を繰り返していては本当の平和は手に入らない。と、僕は思う。
それに、ここでそのポジションに落ち着いてしまったら日々の業務に追われて計画の身動きが取れなくなってしまう。
僕の話、全て建前だが、を聞き終わったガーランドは静かに頷き「残念だ」と、短く言った。エドワーズ大尉は終始僕を恨みったらしい表情で睨んでいたけど。
どうやらこの大尉はガーランドを全面的に信頼して、盲目的に付き従う事を誓ってるっぽいな。
奴の裏を知る僕からしてみれば信じられないことではあるけど、奴ほどのカリスマ性があれば、ましてやレギュレータなどという薬物を使えば洗脳に近い事も容易だろう。
「気が変わったら何時でも私を訪ねてくると良い。我々は君を歓迎する」
最後にガーランドはそんな事を僕に言ったが、その言葉ですら建前だろう。
僕がこうして奴の誘いを断ったのは、明確にヤツとは違う道を歩むという意思表示だ。
あの宇宙で行った戦闘は偶然なんかではなく、明確にカスタマイザー研究施設を狙った攻撃であると。
だから僕たちは別れるまで握手は交わさなかった。
新兵器の完成も間近で、このように手駒を増やそうとしている。つまりヤツもこうして着々と計画に向けて歩んでいる。
五年後のあの日は確実にすぐそこまで来ている。
けど、もうあの頃の僕ではない。僕には抗う術がある。
そう、未来のブラックテクノロジーを詰め込んだ最強の機動兵器が、新型試作機1号機と2号機の完成ももう間近なんだから。
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