04.1-05.幕間 ※ロゼッタ・フォーマルハウト視点
「ロゼッタ・フォーマルハウト二曹、帰艦します」
『ロゼッタ二曹、おかえりなさい。1番のハッチからどうぞ』
任務を終えたボクは“ファントムクロウ”の姿勢を宇宙空間で微調整して“ソメイヨシノ”に収容する。
機体の各所に仕込んである姿勢制御用小型スラスターが細かく噴射して巨大な鉄の巨人を見事に操る。
コータくんが地球へ帰って半月程が経った。
元々は滞在の予定なんて無かったんだけど……というか、まさか滞在する事になるだなんて思わなかった。だって彼は捕虜のつもりだったらしいんだから。
敵パイロットだったコータくんが“ソメイヨシノ”にもたらした物は非常に大きい。
“ファントムクロウ”やアスカ三佐の“ライオウ”の新装備、ヨーコさんの義手、そしてカスタマイザーをレギュレータの依存から救う新薬、ニウライザの製薬。彼がきた事により、技術力が一気に数年進んだとはカレンさんが言っていた事。
ボクもそう思う。コータくんは本当にすごい。技術の方は正直分からないけれど、頭が良いのは話していて分かる。ボクと一才しか違わないなんて信じられないくらい。
ボクはレイズ出身だから詳しくはないけど、国連の中で随一の名門と謳われるアカデミーに在学しているというのも理解出来る。
それよりもボクはコータくんの操縦技術に注目していた。いや、注目なんてものじゃない。もはやこの感情は憧れに近い。あれだけ尊敬していたアスカ三佐から心変わりしてしまう程に。アスカ三佐が聞いたら多分怒るだろうから言えないけど。
コータくんは「僕が勝てるのは“ワルキューレ”のポテンシャルのおかげだから」とずっと言っていたけど、そう言っているのは本人だけで、“ソメイヨシノ”のクルーは全員コータくんはどの部隊へ行ってもエースを張れる逸材だと知っていた。
だからボクはそんなコータくんに憧れていた。彼が居た時間は確かに短かったけど、僕の心を奪う時間には十分だった。そもそも彼をひと目見た時からカッコいいな、とは思っていたし。……けど。
あの日、月にあるアークティック本社の作業部屋で彼が作っていたのは指輪。自分で着けるにしては細過ぎる。多分……彼女の、かな。
結局それを聞く事は出来なかったけど、あんなに柔らかい表情をしたコータくんは見た事が無い。ボクは恋愛なんてした事ないけれど、それくらいは何となく分かる。
だから、その、本気になる前に気付けて良かったなって。そう思う事にした。
「ロゼッタ」
「はい? ああ、カレンさん」
第一小隊のロッカールームで着替えている所に技術部のカレンさんがやってきた。
スラリとした長身、長い黒髪と儚げに輝く紫色の瞳が特徴的な美人さんだ。ボクはちびだから、並ぶとそれこそ大人と子供に見える。……いや、実際そうなんだけど。
ボクは脱いだヘルメットをロッカーにしまうとカレンさんに向き直る。
ちなみに“ソメイヨシノ”にも軍隊の様な階級はあるけど、階級呼びする事は少ない。もちろん必要な時は階級で呼ぶ事もあるけど。だから二佐であるカレンさんの事をボク達は敬称をつけて呼んでいる。
「先程、地球から定期輸送船が来てな。私宛の荷物の中に君宛の手紙が混ざっていたみたいだったので持ってきた」
カレンさんが差し出した紙の封筒を受け取り、宛先を確認すると、確かにボクの名前が明記してあった。
「カレンさん自らですか、すみません。ありがとうございます」
「なに、ニウライザの製薬も軌道に乗ったし、“ファントムクロウ”の改修も終わった今、私は思いの外ヒマなんだよ。何故ならコータが私の仕事を全て奪ってしまったからな」
そう言うとカレンさんは眉端を下げて肩をすくめる。とは言ってもカレンさんもここ数ヶ月は激務が続いていたんだし、少しくらい一息ついても良いような気がするだけど。
「にしても、ロゼッタ。お前もなかなかやるじゃないか」
「な、何がです」
「その手紙の差し出し人はコータだろう。彼の文字はここ数ヶ月間ずっと見てきたからな、それくらい分かる」
「う、ま、まぁそうですが……別に何もないですよ」
カレンさんの言う通りに手紙の差し出し人は地球に降下したコータくんからだと思う。アカデミーに潜入した諜報員を通じてこうして手紙のやりとりが出来る。
と言っても、これはつい先日出した手紙の返事だろうけど。こうやって文通して仲を深めれば……ああ、だめだめ。我ながら未練がましくてダメだ。
ボクは少し勘繰るような視線を向けてくるカレンさんに下心が無いことを証明しようと、ペーパーナイフを取り出して封を切った。
「ん、なんだそれは」
ボクが便箋を読んでいると、カレンさんがペーパーナイフを指して首を傾げる。
まさかペーパーナイフを知らないわけがないので、カレンさんの興味は別のところにある。つまり、
「これですか? これはコータくんから貰ったんです」
「コータから? 少し見せてくれるか? ふむ、見たことのない素材だな。何で出来ているんだ」
カレンさんは僕が渡したペーパーナイフを興味深々と言った様子で眺めている。
これは以前、コータくんと一緒に作った合金のあまりで彼が作成してくれた物だ。
親指ほどの刀身のペーパーナイフを加工して、キーホルダーのようにした物で、お守り代わりにパイロットスーツに装着してあった。
何で出来ているか。えーと、確かあれは……。
「“ワルキューレ・ブレイズ”の装甲のルナティック合金と、スタークリスタル、だったかな」
「ほう、ルナティック合金とスタークリスタルの合金か。それを掛け合わせるとこんなに美しい物になるのか。……ふむ」
カレンさんはそのペーパーナイフを光に照らしたり、刀身をさすったりしていて……完全に研究者のスイッチが入っている様子だった。
「ふふっ、良かったらお貸ししますよ。材質を調査したいんでしょう?」
「なに、いいのか」
「はい。でも無くしたり傷つけたりしないで下さいよ、大切な物なので」
「もちろんだ。すまない、必ず無事に返す」
確かスタークリスタルは電気をよく通す性質があってMKなどの電子機器にも使われていたはず。だからカレンさんはそれが混ざった合金がどのような物か気になって仕方がないみたいだ。
カレンさんなら無くすような事はしないだろうし、少しくらいなら貸しても良いかな。と、そう思って出た言葉だった。
そう、この時にカレンさんにペーパーナイフを見せなければ、事態はどうなっていたんだろうと。ボクが、そう振り返るのはまだまだ先の事。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
少しでも面白い! 続きが読みたい! と思っていただけたら、
『ブックマーク』と広告下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしていただけると幸いです!
評価ボタンは、モチベーションに繋がりますので、何卒応援よろしくお願いします!