04.1-01.幕間 ※リオン・シロサキ視点
『――』
「……?」
コーランド州のアカデミーが管理するMK演習場の宿泊施設。そこに合宿に訪れていた私は、不意に訪れた胸騒ぎとも取れる感覚を覚えて目を覚ました。
え、今のは?
身を起こして考える。
夢の中の出来事だったような気もするけど、もっとリアルな感覚だった。
なんだろう。虫の知らせ……は少々縁起が悪すぎるだろうか。けど、誰かが私を呼んだ様な……いや、気のせいかな。でも……。
でも、いや、うん。確かに感じたその感覚が拭い去れない私は、隣で安らかな寝息を立てるシャルを起こさないようにベッドから起き上がる。
行かなきゃ。
何故か私はそんな衝動にかられていた。理由なんて分かるわけない。でも、居ても立っても居られなくなった私は防寒をして部屋を飛び出……さず、きちんとシャルに外出する旨のメモを残して、静かに部屋を出た。きっとシャルは私が突然居なくなったらすごく心配すると思うから。
外に出ると冷たい冬の風が私の肌を刺した。
冬のグランドキャニオンは本当に冷える。標高が1000mを超えているのもあるけど、なんと言っても今夜は雲が全く無いので、放射冷却で気温がグッと下がっているようだった。
けど私は寒いのはそんなに嫌いでは無い。何より冬の星空が私は大好きだった。
秋の月も好きだけど、やっぱり冬の星空は特別だ。私が冬生まれだという事ももしかしたら関係あるかも知れないけど、冬の星空には思い入れがあった。
多分あれは10年くらい前の事、孤児院施設で夕食を摂っていた私たち。今夜は流れ星がたくさん見えるらしいなんて話を聞いた。
夕食後、ブランケットを羽織って夜空を見上げて流星を待つ。けど時間が合っていないのか、なかなか流れなかった。
今ならこうして夜空を見上げて星を見るだけで十分楽しいのだけど、幼児だった私にそれ程の胆力がある訳もなく退屈していた私の隣にやって来たのは、施設の図書室から持ち出したのだろう、星座の図鑑を持ったコータだった。
小さなライトで手元を照らしながら、コータは図鑑を頼りに星空を指差して私に星の見つけ方を辿々しく、でも一生懸命に教えてくれた。
ベテルギウス、プロキオン、シリウス。
手が届きそうな程に近くに感じていた星たちが、実は何億キロ離れた場所にあるという事をその時初めて知った。
あの輝きは何年も前のもので、何年もかけて宇宙を飛んできた光なんだと、そう思うとすごく楽しく、そして子供心にロマンすら感じた。
夜空を見上げて、図鑑と見比べる。そんな事をしている間に空に星が流れ始める。
ひとつ、ふたつ。初めて見る流星。隣のコータ。
「……」
あの夜の素晴らしい星空を思い出し、気づけば私は涙を流していた。
懐かしい、とても、とても大切な思い出。
この空はあの星空とは違う。でもそれに勝るとも劣らない程に綺麗な星空だった。
こんなに綺麗な星空を、コータと見られないのがすごく、すごく寂しく感じた。
隣にコータが居てくれたら、一生の思い出になったに違いない。それほどに綺麗な星空だった。
「……流れ星?」
その時、一筋の光が夜空に現れて消えた。右から左に、一瞬だけど通って行った。すごく綺麗な流れ星。とても長い尾を引いていた。あんな風に綺麗な流れ星は今まで見た事がないかも知れない。
『――』
頬をつたう涙を拭うと、何か予感めいた感覚が私の脳裏に過ぎる。それはさっき感じた物と同じ、いや、でもさっきより確実な、もっとはっきりとしたもの。
呼ばれてる。何故かそんな気がした。気のせいだろうと思う。でも、思い過ごしだと言い切ってしまうにしては明確過ぎる感覚。
『――オ』
「……!?」
今の、なに?
コータの声が聞こえた。いや、聞こえたんじゃない。感じた。だから余計に気のせいだと思ってしまう。空耳、気のせい、幻聴……?
いやでも、今動かなきゃ後悔する。きっと。
私は実習用に購入したモーターサイクルに飛び乗り、キックペダルを引き起こして思い切り踏み抜いた。
エンジンが轟き、マフラーが吠えた。今の音で誰か起きたかも知れない。いや、でもいい。
ガソリンで走る骨董品だけど、この荒れた大地を走るタフさがあるオフロードバイクだ。いつかコータがこんなの欲しいと言っていたバイク。
私は暖機をする事もなく、アクセルを捻った。
呼ばれるままに。気のせいかも知れない、会いたい気持ちから産まれた幻聴かも知れない。そんなわけない。
でも、あの蒼い流星が“ワルキューレ”だったんじゃないかと。コータなんじゃないかと思えてならない。
だから私は駆ける。あの流星を追って。
◇
真夜中の道をオフロードバイクで駆ける。
満点の星空が綺麗だけど、月は出ておらず辺りは暗い。その中をヘッドライトと道路に埋め込まれている照明を頼りに流星を追った。
いや、流星なんてとっくに消えてしまっているから、今の私はひたすらに自分の勘を信じて走っているだけなんだけど。
けどその勘に自信はあった。何故か分からないけど。
私は吸い寄せられるように、峡谷が見渡せる展望台に辿り着いた。バイクを駐車し、展望台への階段を駆け上る。いつの間にか東の空がほんのり朝色に染まり始めていた。
『――』
まただ。あの感じ。さっきより強い、意志のようなものが私の中に入ってくる。それに応えたい。そう思った私はどうすれば良いか分からず、声に出す。
「コータ!」
そう、口にした。すると瞬く星々の内のひとつが輝いた。
その光は流星となり、星空を踊るように旋回してからとうとう私が立つ展望台までやって来た。
足元の絶壁から姿を現したそれは純白の一角獣、少しだけデザインが変更されているけど、間違い無く“ワルキューレ”だった。信じられないけど、空中でホバリングしている。
「コータ!? コータなの!?」
無言で私を見つめるサファイア色のツインアイに私はそう問いかけた。けど“ワルキューレ”は私になにも応えない。代わりに“ワルキューレ”は私の直ぐ横に巨大な腕を伸ばして来る。そして、その時はやって来た。
「リオ!」
「コータ!」
排気音を伴って胸部のコクピットハッチが開かれ、コータが現われた。
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次回は12月2日金曜日の19時に投稿予定です。