04-07.競争
二曹のヘルメットを無事調整し終わって一晩が明けた。
僕に譲ってくれたヘルメットは軍からの支給品だそうだから当然といえば当然なのだけど、今まで二曹たち“ソメイヨシノ”に所属しているパイロット全員に配られていたヘルメットは機体とリンクさせる事によってシールド面に機体情報などを表示させる事が可能な物だった。
けれど必要な情報以外にも機体のモニターと同じ表示が多く、結果的に視界の邪魔になってしまっていたそうだ。実際僕も見にくかったから、その気持ちはよくわかる。
なので“ソメイヨシノ”のパイロット達はせっかくの機能だったにもかかわらずヘルメット側の表示をオフにしていたそうだ。
けれど僕が二曹のヘルメットの調整を行ったと聞いた第一小隊のパイロットが次々と僕のところにヘルメット持参で押しかける事態になった。
ニウライザの開発作業中ではあったけど、騒がしいし集中出来ないからという理由で一旦作業を中断して全てのパイロットヘルメットを調整してあげる事にした。
作業中はなるべく控えてほしいけど、操縦環境を整えてあげる事でより効率的に、より安全にカスタマイザーを保護できるようになれば僕もやった甲斐があるというものだ。
「よう、コータ。ヘルメット調子いいぜ、ありがとな」
「はいっ、どう、いたしまして」
「“ファントムクロウ”の装甲のアイデア出したのお前なんだって? やるじゃねぇか」
「あれは、偶然の、産物で」
「あの白いヤツのパイロットなのに技術開発も出来るってすごいわね」
「いや、その、パイロットは、成り行き、で」
と、この通り“ソメイヨシノ”のクルーにも前より気軽に声をかけられるようになった。……んだけど、今のこの状況は決して和やかなものではなく。
「てかアンタ達、コータの邪魔すんなよな。100ドルも賭けてんだから絶対負けんなよ、コータ!」
「隊長! 絶対負けないで下さいよ、隊長!」
「うっさい! 静かに、してなさいよ! はぁ、はぁ!」
息を弾ませて僕の隣で隊員に大声を張り上げるのは、黒髪のロングヘアを側頭部の高い位置で結い上げたウエハラだ。
ことの発端はトレーニングルームでランニングしていた時の事。
僕が走り始めて5分ほどした後に、隣のマシンにウエハラがやってきて、なにを思ったのか僕のマシンの速度をチラ見で確認すると自分のマシンの速度を僕と同じにして走り始めた。
まぁトレーニングにやってきたのは言わずもがななんだけど、わざわざ僕の隣に、しかもマシン速度まで一緒に設定するのかよ。対抗意識燃やされてもね。
僕が目標だった時間に達したのでマシンの速度を下げて切り上げようと思った時、ウエハラは言ったんだ。
「……勝ったな」と。
「なん……だと……?」
その言葉で僕の心は決まった。絶対に泣かせてやると。
いや、うん。子どもっぽい競い合いだ。だからどうした。僕だって男の子だ、負けられない戦いがある。特にこの暴力女にだけは絶対に負けたくないのだ。
そのうち意地になって競い合っている僕と暴力女を見つけたギャラリーがワラワラと集まってきて、どちらが勝つかの博打が始まってしまった、と。以上がここまでの経緯だ。
僕のマシンの周りには第一小隊が、ウエハラ側には第二小隊の面々が集まっている。
お金がかかると人ってこんなになるのか、僕らよりもはやギャラリーの方が目が血走ってるんだけど。
「はぁ、はぁ、そろそろ、バテて、きたでしょ、はぁはぁ」
「全然。今から、アメリカまで、行ける」
「はぁ!? よく、言うわ……! てか、今、アメリカ、だから」
「領海、的にはって、話じゃ、なくて」
隣を走るウエハラはもう息も絶え絶えだ、いや、そりゃそうだよ、マシンのカウンターは2時間を超えている。いや、本音を言うと僕ももう終わりにしたい。というか、走りながら喋らせないでくれ!
もういい加減終わりにしたい……けど負けたくない。即ち、さっさと降参しろよと思ってウエハラを睨む。するとウエハラも同じような視線を向けてくる。
お互い譲る気はないのでどちらかが倒れるまで続くのか、と半ば諦めていたところで騒ぎを聞きつけたのか、第一小隊の隊長がトレーニング室にやってきた。
黒髪を短く切り揃えた端正な顔立ちをした20代半ば程の男性。そう、僕が牢に入れられていた時にアヤコ先輩に付き従っていた軍服の男だ。
名前はユースケ・アリマ……確か二佐、だったかな。確かに若いけど今まで踏んできた場数、経験のせいなのか、立ち振る舞いに貫禄すら感じる。まさに隊長って感じの人だ。そうだよ、本来の隊長はアリマ二佐みたいな人のことを言うんだ。
手錠をした捕虜をいきなりぶん殴るような奴は隊長とは認めないぞ。
アリマ二佐は一目で状況を把握したみたいで、肩をすくめてやれやれといった半ば呆れた様子だった。
「お前たち、持ち場に戻れ。そろそろ宇宙に上がるぞ、準備しておけと命令があっただろ」
「ですけど隊長、まだ勝負はついてねぇっすよ」
「そうっすよ、ドローじゃ気がおさまりませんよ」
「賭けてたのかよ……。とりあえず一旦解散してくれ。ほら、散った散った」
賭博現場を目撃したアリマ二佐は咎めるでもなくパンパンと手を叩いて解散を促す。どうやら賭博していた事自体は許容しているっぽい。マジか、賭博はいいのか。でも白熱した兵士達は解散しようとしない。
そんなギャラリーにため息をつきつつもアリマ二佐は怒鳴るでもなく、僕とウエハラのランニングマシンのスイッチをオフにした。
やがてゆっくりマシンは停止する。うん、助かった。意地になってたけど、いや、ほんと助かったよ。ウエハラも心底安心したような顔してるし。もう少しでとどめをさせたのに。
ウエハラもとうに限界を超えていたんだろう、膝に手を当てて肩で息をしている。僕も人の事を言えないけど、ウエハラも限界は超えていたみたいだ。
アリマ二佐の登場で勝負は無効になってしまったけど、僕もウエハラも、そしてギャラリーも正直不完全燃焼だ。
肩で息をするウエハラがポツリと「模擬戦で決着よ」と言った。つまりこの続きはMKでという事なのか。
そもそもそんな事が可能なのかどうかも怪しかったけれど、酸素不足で思考がうまく回っていなかった僕が短く「分かった」というと、散り散りになりそうだった観戦していた兵士達から歓声が上がった。
掛け金はそのままで勝負はMK同士の模擬戦に持ち越しとなった……けど、いやいや。
え、でもそんなの勝手にやるわけには行かないよね。僕は元々敵軍のパイロットだったわけだし、やるとしたら許可とか要ると思うんだけど、そんなの簡単に許可が降りるわけ……、
「許可します。コータくんがそれでいいのなら」
……と艦長の許可が降りたので僕はウエハラが駆る“ライオウ”と模擬戦を行う事になった。
宇宙空間でMKを駆るのは初めてなんだけど……いや、ウエハラにだけは負けられない。やるからには絶対勝たなきゃ。
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