04-06.二曹殿
僕を乗せた“ソメイヨシノ”は補給を受けるために宇宙に上がる手筈になっているらしい。けれどここ数日間はアラスカ沖の海底に潜水している状態が続いている様だ。牢屋でエンジン音の様な航行音がしなかったのはそういう理由があるみたいだ。
艦のスペックは分からないけれど当初から思っていた通り、この“ソメイヨシノ”は相当に大きな艦だということが分かった。
基本的に僕の生活はベッドと簡易的な机がある個室からラボ、格納庫、それから食堂の移動なのだけれど、それだけで“ソメイヨシノ”が大きな艦である事がわかった。
MKが10機の整備が出来る格納庫がふたつもあるし、廊下が広くて長い……居住スペースにこれだけ容量を割けるという事がそれを物語っている。
これだけ大きな艦を宇宙に上げるともなればそれなりに準備がいるだろう。自力で大気圏に入れる航行能力を持っているならまだしも、恐らくだけど巨体を有する艦だろうからマスドライバーやロケットブースターなどの補助が無いと宇宙へは上がれないんだろう。
結局僕は宇宙へは行った事がない。
あの日、国際連合軍の入隊式典が終わり次第、月の基地に向かう予定だったけど、それが叶うことは無かった。
無重力も真空も体験した事が無いから、それは少し楽しみではある。
けど今の僕はパイロットでもあるからMKの操縦がどう影響するのかわからない。
今のうちに“ワルキューレ”も宇宙仕様に換装しておいた方がいいんだろうか。MKは局地専用では無い限り、空間戦を想定している機体がほとんどだ。なのでその多くはプログラムの切り替えのみで地上戦から空間戦用に容易にモード切り替え出来るはずだ。
……って、そういえば宇宙用のヘルメットがないじゃ無いか。
“ワルキューレ”と同時に支給されたパイロットスーツは空間戦にも対応出来る仕様だけど、僕が持ってきたヘルメットはハーフタイプ、地上戦仕様のものだ。“ワルキューレ”に乗る機会があるかどうか以前に、“ソメイヨシノ”が戦闘に入ったらスーツとヘルメットの着用が必須だ。何かの拍子で艦内から空気が無くなってしまったら窒息してしまう。
「……死ぬのは、イヤ」
でもウエハラ達が着ていたパイロットスーツのメーカーは僕のものと同じだったはずだから、ヘルメットの互換性もあるはずだよね。宇宙に上がる前に準備しとかなきゃ。
ヘルメットの調達か、どうしようかな。
これ以上カレンさんの手を煩わせるのも気が引けるし、わざわざ艦長のアヤコ先輩に言う案件でも無いし、暴力女は論外だし……。
他に頼めそうな人と言えば……。
今は協力関係になっているとは言っても元は敵艦だ。絡みのあるラボの人たち以外で僕と話をするクルーは多くない。
その中でヘルメットの調達を頼めそうな人物に一人だけ心当たりがあった。彼に頼んでみよう。
◇
「コータくん、これでいいかな?」
次の日、昼食を摂るために食堂にいた僕のところにヘルメットを持ってきてくれた少年。……名前は、まだ聞いていない。聞くタイミングを失ってしまってそれっきり。
階級章はどうやら二曹みたいだから階級で呼ぼうとは思ってる。まだ、呼んだ事もないけど。
金色の毛先がくるくると遊んだ短髪、大きな黄玉色の瞳。長いまつ毛、すらりと通った鼻筋。間違いなく美少年だ。多分同い年か、少し下くらいかなと思う。もちろん15歳としての僕からして、という意味だ。
聞けば、“ソメイヨシノ”は大きく第一小隊と第二小隊で分けられるのだとか。
第一小隊は主に世界各地から集まった国も立場もバラバラの傭兵達。それに対して第二小隊は元々あった民間軍事会社を丸ごと雇い入れた小隊なのだとか。前回の戦闘で僕と戦った部隊が第二小隊。
元々、仲間間の繋がりが強い第二小隊だったので仲間を失った悲しみが僕に対する態度に出ているらしい。格納庫で僕を睨んできた連中がそうだ。
第一小隊のみんなはそんなに気にしていないよ、とは二曹の言だ。
昨日撃ち合っていた敵同士が今日は味方になっている。傭兵とはそういう物だと割り切っている者が多数を占めるそうだし、実際、第一小隊の人たちは比較的気軽に話しかけてくれてきたりする。
そう、この第一小隊のパイロットである二曹のように。
もう食事を摂り終わったのか、僕にヘルメットを差し出すとミルクの入ったカップを僕の隣の席に置くと椅子を引いて腰掛ける。
「ありがとう……って、これ新品じゃないか、大丈夫なの?」
「あ、ううん。これボクが使っていた物なんだ。予備はもう一つあるから使ってよ」
「いいの? ありがとう、助かるよ」
見たところ傷ひとつない綺麗な物だったから新品かと思ったけど違ったみたいだ。よく見たら小傷は少々あるけどすごく丁寧に扱われているのが伝わってくる。シールドもピカピカだ。
白と赤を基調にしたデザインになっているので、僕のパイロットスーツの色にも合いそうだ。
「うん、サイズもバッチリだよ。ありがとう……ってどうしたの」
「あ、その、クリーニングとかする暇なくて。その、汗臭かったりしたらやだなって……消臭スプレー……あるけど」
「え、そうなの?」
被った瞬間にシャンプー的なめちゃくちゃ良い匂いがしたからクリーニングしてくれたのかと思ったよ。そういえばお姉さんと同室だって言ってたからシャンプーも同じなのかな。
新品同様だし良い匂いすらするから全然問題無いと伝えると、二曹は更に赤くなって俯いてしまった。例え傭兵でも身だしなみとか匂いとかそういうのが気になる年頃だもんね。僕も日頃から身だしなみには気を使う方だからその気持ちはよくわかる。
二曹からヘルメットのスペックをざっと聞くと、どうやら国際連合軍でも使われているシールドに情報を表示させられるタイプみたいだった。
そういえば“ハーリンゲン”から出撃する時に感じたけど、360°モニターの情報とヘルメットの情報と重複してしまっている部分が多々あったから、情報量が多かったと感じた。
休憩時間の内に調整してしまおう。
タブレットを取り出して無線インターフェースでヘルメットに内蔵されている端末と接続する。少しソフトウェアの書き換えをして終了。
「これでよし」
「今なにをしたの?」
と興味がある素振りを見せた二曹に説明をすると、是非自分のヘルメットも調整して欲しいと言った。
彼にはヘルメットを貰っているし、まだ知り合いの少ない僕とこうして話をしてくれる数少ない人物だ。
断るつもりなんて一切ないし、むしろこちらから頼みたいくらいだ。
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